岩手県遠野市には、古くから語り継がれる伝承が豊富にあります。この地を題材にした『遠野物語』はそれらをまとめ上げた民話集であり、日本の民俗学の礎となった名著として知られます。著者である柳田国男氏が遠野に滞在したこともまた、よく知られています。以来、多くの民俗学者が逗留を重ねました。働きながら旅をする「ワーケーション」の源流を、そこにみることができるかもしれません。かくして遠野を訪れてみると、自然と里山、伝承と食文化が渾然一体となっていて、おどろくほど刺激に満ちていました。
画像1: 柳田国男の足跡と美食を廻る、東北の古里。岩手県・遠野で感動ワーケーション

岩手県遠野市は、古くは城下町として栄え、また古き良き山あいののどかな農村の情景が残る土地。東京から仕事を携えて訪れた里山で感じる空気は、霧がかった空気と相まって、ひんやりと心地よさを覚えます。

画像2: 柳田国男の足跡と美食を廻る、東北の古里。岩手県・遠野で感動ワーケーション

明治42年にこの地を訪れた柳田国男氏は、この地で語り継がれる民間伝承に触れ、『遠野物語』を書くことを決めたと伝わります。以来多くの志ある学者がフィールドワークを兼ねて旅路をなぞりました。それらは仕事と観光を両立するワーケーションに近い感覚であったのかもしれません。

柳田国男氏の足跡を辿ることができる「とおの物語の館」

氏の足跡を辿るのにうってつけの場所のひとつが、遠野市中心部にある「とおの物語の館」です。遠野に伝わる伝承をテーマにした展示施設「昔話蔵」では、鶴の恩返しやかちかち山など、懐かしい昔話をテーマにした楽しい展示が並びます。

画像1: 柳田国男氏の足跡を辿ることができる「とおの物語の館」

ぜひ見ておきたいのが、生前に定宿としていた旧高善旅館。今もその姿を残しています。二階の客室には柳田氏のほか、折口信夫やネフスキーが宿泊し、民俗学調査の拠点として使用されました。

画像2: 柳田国男氏の足跡を辿ることができる「とおの物語の館」

敷地内には晩年に過ごした世田谷区成城の家屋が移築されていて、書斎などが当時の姿のまま展示してあります。

画像3: 柳田国男氏の足跡を辿ることができる「とおの物語の館」

また一日に3回、語りべの方が昔話を披露してくれます。「むかしあったずもな、むがし長者どんとしてさがえたものが……」という口上で始まったのが、遠野に古くから伝わる「座敷童」のお話。髙橋ノブさんによる岩手弁の語り口はやわらか。訥々としていて、つい聞き入ってしまうあたたかなものです。

とおの物語の館

住所岩手県遠野市中央通り2-11
電話0198-62-7887
営業時間9:00~17:00(入館受付16:30まで)
定休日年中無休
料金一般510円、高校生以下210円

遠野に伝わる赤い妖怪に出会えるかも?「カッパ淵」

画像1: 遠野に伝わる赤い妖怪に出会えるかも?「カッパ淵」

遠野には、赤いカッパが棲むと伝えられています。駅前のロータリーにはこんなオブジェがありますが、時間があればカッパに遭遇できるとされる「カッパ淵」へと足を運んでみましょう。

画像2: 遠野に伝わる赤い妖怪に出会えるかも?「カッパ淵」

うっそうとした茂みの中にあるせせらぎは、そこかしこに木漏れ日を透かし、静寂のなかに川音だけが響きます。もしかしたらかっぱが姿を現すかもしれないという気持ちにしてくれるから不思議なものです。

カッパ淵

住所岩手県遠野市土淵町土淵

遠野で仕事の拠点を作るなら、「Commons Space」

仕事の拠点を自由に設定できるのがワーケーションの利点ではありますが、仕事のしやすいデスクがほしいならば、「Commons Space」を利用するのもいいかもしれません。単発利用であれば1時間500円。長期滞在で何度も訪れたい方であれば月額3,000円で利用し放題です。

画像1: 遠野で仕事の拠点を作るなら、「Commons Space」

「地元の方や移住された方、短期でワーケーション滞在されている方がお見えになります。Wi-Fiやプロジェクター、モニターなどが利用可能で、フリードリンクもあります。自家焙煎している豆屋さんがあるので、コーヒーを淹れていただくこともいいでしょう。益子の作家さんの器もあり、お料理だってしていただけますよ。また貸切予約がなければ、お隣や二階もお使いいただけます」

画像2: 遠野で仕事の拠点を作るなら、「Commons Space」

こう教えてくれたのは、コミュニティマネージャーの照井菜々さん。落ち着きのなかにも洗練された雰囲気の内装は、栃木県益子在住の建築家の方がデザインと設計を手掛けたのだとか。

画像3: 遠野で仕事の拠点を作るなら、「Commons Space」

「私は神楽を舞うのですが、そちらに興味を持ってくださる利用者の方も多くいらっしゃいます。深いところで地域に関われることを目指しているので、地域の魅力や色んな活動をさまざまな方に知ってもらえるとうれしいですね。遠野は広くて、中心部だけでなく周辺の集落にも、面白い場所が多いんです。それらを見ると、『遠野物語』が生まれた感覚がわかってくるような気がします。1日2日だと普通の観光で終わってしまうので、長くワーケーションなどで利用してもらいたいですね。自然の怖さやすばらしさを体験していただけると思います」

Commons Space(レンタルスペース/コワーキングスペース)

住所岩手県遠野市中央通り5-32
電話0198-68-3544
営業時間10:00〜17:00(問い合わせ受付時間)
webhttps://note.com/tsukuru_univ/n/na3932511859d

発酵食の醍醐味をコースでいただけるオーベルジュ「とおの屋 要」

仕事を兼ねているとはいえ、紛れもなく旅。緩急を付けて楽しむのもまたいいものです。遠野の中心部からもほど近いオーベルジュ「とおの屋 要」にお邪魔しました。

画像1: 発酵食の醍醐味をコースでいただけるオーベルジュ「とおの屋 要」

予約が取りにくいオーベルジュとして知られるこちらは、1日1組限定の宿です。自由に使える宿泊エリアは広々としていて、ベッドルームは2部屋、洋室と和室があり、2階のロフトはリビングとしても使うことができます。

画像2: 発酵食の醍醐味をコースでいただけるオーベルジュ「とおの屋 要」

部屋で持ち込んだ仕事を片付けながら、浮き足立ってしまうのは、やはりすばらしい食の体験が待っているから。ディナータイムのレストランは貸切で、発酵食の興味深いアプローチが楽しめます。

端正な和朝食は、深く考えさせられるおいしさ

さて、翌朝。昨晩あれだけ食べたのに「この先はどう楽しませてくれるのか」と言わんばかりにお腹が鳴ることに驚きます。昨晩のジャンルを超えた豊かなラインナップとは打って変わって、端正な和朝食が姿を現します。

画像: 端正な和朝食は、深く考えさせられるおいしさ

まずは、キュウリとわらびを和えたサラダ。素朴ながら驚くほどの味のまとまりに、目が覚めるような驚きを覚えます。

ご飯は「遠野一号」という無農薬米の釜炊きです。お供には地元の野菜の盛り合わせ、カリフラワー、夕顔というかんぴょうの原料、どんこしいたけ、ふき、ワカサギを使ったみそ。そして白眉なのはホタテのぬか漬け。ほどよく表面だけ焼いてあり、なかはねっとりとクリーミーです。

今朝獲れたばかりの焼きピーマンはかつお節と醤油でシンプルにいただきます。種まで味が濃く、ジューシーそのもの。力強い生命力を感じます。イワナの一夜干しは、旬らしく身が締まっていながらも脂のりがよく、ご飯を呼ぶ罪な存在感が際立ちます。また三陸の角なしオキアミと天然三つ葉のお味噌汁が五臓六腑に染み渡るかのようです。

遠野出身の料理人が紡ぐ、深い感動を伴う“おいしさ”

「うちで使っている味噌は、野菜の味噌漬けで使った味噌を熟成させ、さまざまな野菜のうまみを蓄えているものです。昔味噌は贅沢に塩を使います。塩気が強いイメージがあるかもしれませんが、調理の際に使う量を調整すればいいわけです」

画像1: 遠野出身の料理人が紡ぐ、深い感動を伴う“おいしさ”

こう語るのは、ご主人の佐々木要太郎さん。その料理の哲学は、驚きに満ちたものでした。佐々木さんの“おいしいもの”は、常識を疑うようなアプローチにも表れています。たとえばお米の「新米こそ最上」という一般的な認識を覆す考え方。

「遠野一号は熟成米です。新米がおいしいとされる文化は100年経っていません。現在のおいしいとは、糖質が高く甘いお米のことですよね。品種改良が進み、徹底的に肥料を与えて糖質を蓄えた今のお米はたしかに味はいいのですが、酸化するからすぐ味が落ちる。ところが古いお米は味が乗っていない分、冬を越して寝かせるとおいしさが生まれます。僕たちのお米は肥料も与えていませんし痩せているわけですが、健全なんです。寝かせることでうまみが増す昔ながらのおいしいお米です」

とはいえ、そんなお米は一般的には流通していません。そこで自ら栽培に乗り出し、無農薬で育てて20年。離れていった虫や鳥も帰ってきて、ハーブや野いちごが自生するようになりました。

画像2: 遠野出身の料理人が紡ぐ、深い感動を伴う“おいしさ”

「私が考えるおいしいという価値観は少し違うのかもしれません。複雑性があって、食べながら考えられる要素があることこそ、おいしさだと考えています。うまみの主要成分である要素を単純に増やした料理は、単なる『うまい』。しかし『おいしい』という感覚は複雑味に富んでいる。それを目指しているんです」

味のみならず香りや深み、物語もふくめて「おいしい」。香りも味の要素ですし、丹念に仕込まれたお酢は塩味を感じるといいます。奥ゆかしさすら感じる食への探究心は、空間作りにも表れています。遠野という土地で、都市部のレストランのように華やかに飾る必要はないと考えたといいます。

画像3: 遠野出身の料理人が紡ぐ、深い感動を伴う“おいしさ”

「高い精神性にも繋がる美徳は大切で、大都市の真似をする必要はない。たとえば空間において北国の美しさは暗さだと思います。それに気づいたのは7年ほど前、京都の料理人の方に指摘されたのです。自然体でいることもまた、誇りのひとつです」

画像4: 遠野出身の料理人が紡ぐ、深い感動を伴う“おいしさ”

「予約が取れない」「見たことのないアプローチ」という美辞麗句でも評することができる一方、「とおの屋 要」には肩肘を張らず深く感動できる料理と、心底落ち着ける豊かな時間がありました。

とおの屋 要

住所岩手県遠野市材木町2-17
電話0198-62-7557
webhttp://tonoya-yo.com

訪れればきっと心安らぐ「遠野ふるさと村」

伝承と食文化を育んだ遠野は、はたしてどのような場所なのか。一端を垣間見るには、「遠野ふるさと村」はうってつけの場所です。

画像1: 訪れればきっと心安らぐ「遠野ふるさと村」

幼いころに親しんだ原風景になくとも、見る人の心を大きく揺さぶる里山の景色が、今もここに残ります。なだらかな傾斜を描くたんぼ道と田畑、遠くには藁葺きの古民家があり、その傍らには家畜がのどかに草をはみます。耳に届くのは川のせせらぎと水車が回る音だけ。なんと極上のロケーションでしょうか。

画像2: 訪れればきっと心安らぐ「遠野ふるさと村」

遠野の文化と伝統を守る“まぶりっと(守り人)衆”の方々の姿も。「遠野ふるさと村」では農村体験もでき、遠野郷の自然と素朴な人情にふれることもできます。

画像3: 訪れればきっと心安らぐ「遠野ふるさと村」

ふらりと立ち寄り、日常からかけ離れた空間で仕事をする、というのもまた一興。古民家の小上がりがそこかしこにあります。オフィスや自宅では出てこなかったひらめきが生まれるかもしれません。

遠野ふるさと村

住所岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛5-89-1
電話0198-64-2300
営業時間3~10月 9:00~17:00(入村受付は16:00まで)
11~2月 9:00~16:00(入村受付は15:00まで)
定休日水曜
料金一般550円、小中高生330円
webhttp://www.tono-furusato.jp

めくるめく遠野に“ごんどはれ”。唯一無二のワーケーション

かつて柳田国男氏を魅了し、一流のキャリアを重ねてきた料理人に大きな気づきを与えたのは、やはり遠野という土地が特別なものだから。こう考えざるを得ません。里山の懐の広さは、私たちの想像を超えています。柳田国男氏が情熱を持ってこの土地と向き合ったのは、ふれあいのたびに心を揺さぶられたからに違いありません。

画像: めくるめく遠野に“ごんどはれ”。唯一無二のワーケーション

そんな感想を抱きながら、このワーケーションの旅は“ごんどはれ”。昔話を聞かせてくれた髙橋さんに教わった方言で、「服に付いた藁(ごんど)を払って仕事納め」ということから、“おしまい”を意味します。ここで遠野に別れを告げますが、後ろ髪を引かれる思いを抱きます。

仕事を携え、遠く離れた古里へ足を運んでみませんか。古くから変わることのない、素朴で唯一無二の豊かな時間がきっと待っています。

※2021年11月22日に一部内容を修正いたしました

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