2020年6月28日に行われた「おうちで工場見学を楽しもう!!リモート社会科見学」。このプロジェクトがスタートしたのは、5月初めのことでした。
阿部「もともとつながりのあった日本マイクロソフトさんから、『こんなときだから、工場見学をオンラインでやりませんか?』というお声がけをいただきました。オンラインミーティングシステムの『Microsoft Teams』とMixed Reality(複合現実)デバイスである『HoloLens 2』を使って、休止していた工場見学をリモート実施することになったのです」
企画を担当した、レベニューマネジメント推進部の阿部元久はこのように振り返ります。コロナ禍の影響から減便が続くなか、「JALとして何かできることはないか」と模索していた時期でもありました。そこで阿部が声を掛けたのが、JAL公認の社内ベンチャーチーム「W-PIT」。そのメンバーであり、整備本部でデータ解析などを行うJALエンジニアリング技術部の谷内 亨が振り返ります。
社内ベンチャーチームに協力を仰ぎ、スタートから2カ月弱で実施へ
谷内「W-PITとは、Wakuwaku-Platform Innovation Teamの略です。Wakuwakuをコンセプトに、異業種共創を通じて新たな価値創造に挑戦するという活動指針です。今回は日本マイクロソフトさんと共創して、新しい価値を提供する試みということで、我々の思いと合致しました」
「W-PIT」のメンバーで、本企画のリーダーを務める客室教育訓練部の大江絵美も企画に賛同したひとりです。
大江「W-PITでの企画立案は挙手制なのですが、これならぜひやろうということになりました。普段は客室の訓練を担当しています。私はロケーション選定に同行したほか、職場であるシミュレーターの撮影のほか当日の司会を担当しました」
こうして動き出した企画ですが、実施までわずか2カ月弱。整備場での工場見学をリモートで配信するという初の試みです。さまざまなハードルがありました。その調整は多難な道のりが予想されましたが、社内からは前向きな声が多かったのです。
谷内「広報部や整備本部、また工場見学を担当している部署があるので、彼らを巻き込んでいきました。基本的にはみんな前向きで、仲間がどんどん増えていきました」
スタッフの熱意で実現した、リモート社会科見学
企画のこだわりのひとつが、「HoloLens 2」というガジェットです。複合現実を体験できるこのデバイスは、目の前の光景にバーチャル映像をリアルタイムで重ねて表示できるものです。実際の整備場見学だとお客さまは飛行機に近づけないため、整備士は「HoloLens 2」を着用。案内役の女性とコミュニケーションを図りながら、整備士の目線で飛行機がどう見えるのかを解説します。
谷内「配信方法はいろいろパターンを用意していたのですが、当日になって、『HoloLens 2』の映像をリアルタイム配信するのは技術的なハードルが存在することがわかりました」
リモート配信で映像の乱れなどが起こる可能性もあり、お客さまによりよい体験をしてもらうために、生配信ではなく直前に収録したご案内動画を配信することにしました。お客さまへのベストなおもてなしを尽くすための現場の判断があったのです。
また解説用に手配した機体についても、チームの努力が実った部分です。エアバスA350という、2019年からJALが導入した最新の大型機です。
谷内「整備に支障がなく、安全であることが前提ですから、機体に選択の余地はありませんでした。しかしリハーサルと機体が違うと演出が難しくなります。そこで整備の広報担当が動いてくれて、ちょうど空いている最新のA350を確保することができたのです」
阿部「通常だとなかなか難しいことが実現できて、スタッフのモチベーションがとても上がりました。ファインプレーだったと思います」
大きな反響を呼んだ、サプライズのフライトシミュレータ
こうして、いよいよ配信がスタートしました。まず、司会の大江がご挨拶し、整備場をご案内する流れです。
大江「スタジオから整備工場にスタンバイしているスタッフに呼びかけ、中継をつなぐ流れから始まり、機体の背後を回ってご案内しました。機体の先端に来たところでホロレンズを着用した整備士が登場し、機体のご説明ムービーを流しました。はじめての経験ですから、とても緊張しました」
阿部「大変さが伝わってきましたが、最終的にすごくチームワークがいきていたように思います」
また、お客さまからもっとも反響が大きかったのが、整備場の次にサプライズでご用意していたコクピットの訓練用フライトシミュレーターです。奄美へのフライト直後のため、今回リモートで取材に参加した副操縦士の小畑眞一郎が振り返ります。
小畑「コクピット内は通常ご覧いただけませんから、お客さまにとっては未知の部分だと思うのです。工場見学のプログラムに、フライトシミュレーターを入れたら喜んでいただけるのではないかと思い、この企画への参加を希望しました」
ボーイング767の訓練用フライトシミュレーターに乗務員が搭乗し、カプセル型の筐体が油圧機構で前後左右に動く本格的な訓練の模様をご覧いただきました。
小畑「操縦は検証を行う部署の担当機長と副操縦士が行いました。客室乗務員や整備など、お客さまにご覧いただける舞台裏は多いと思いますので、この先もいろいろ考えていきたいですね」
谷内「コメント欄ですごく大きな反響がありました。『リモート工場見学にようこそ』という機内アナウンスをアドリブで流したのですが、それが大人のお客さまにすごく刺さったようで。小畑さんが諦めずに実現できたことが、本当によかったと思います」
また、「popIn Aladdin」も当企画に協力いただいたパートナー企業の一つです。同社が提供するプロジェクター付きシーリングライトを使って工場見学の様子を大画面で見ることで、さらに迫力の映像をお楽しみいただけます。
リモートを通じて、さらにお客さまにご満足いただける体験を
こうして無事に配信は終わり、世界10カ国、推定1万3,000人のお客さまからアクセスがあり、実施後のアンケートでは「満足した」「人に勧めたい」と感じていただけた方がほとんどという結果となりました。
谷内「段取りに不慣れなところはありましたが、逆に『手作り感があってよかった』というお声をいただけたのは、ありがたかったです。他部署を巻き込んでの調整はハードルが高かったですが、この企画を『やらなくていい』などという人はひとりもいませんでした。前向きな空気のなかでプロジェクトは進み、大きなニーズに気づけました。そこで今回収録したシミュレーターの動画配信を始めたのです。この先も、ライブでのリモート参加型プログラムを、年に数回はできるといいなと考えています」
リモートという枠組みで作るコンテンツの可能性は広いと感じています。普段の工場見学では小学生以下のお客さまは安全のためにご参加いただけませんが、今回は大勢のお子さまにご覧いただけたほか、病室など外出が難しい場所からのご参加もありました。
阿部「社会的意義があり、参加スタッフ全員がみんな納得のできる取り組みでした。この枠組みを使って、お客さまと私たち、そして観光地の気持ちをつなげられるオンラインイベントができるのではないかと考えています」
コロナ禍の影響でフライトの機会が減っても、飛行機の安全を維持し続けるため、またお客さまへの上質なサービスをご提供し続けるため、裏ではスタッフが絶え間なく任に当たり続けています。たとえ飛行機にご搭乗いただけなくとも、お客さまに何かを届けたい。そんなJALの想いで始まった今回のリモート社会科見学は、これからの飛行機の楽しみ方に、さまざまな可能性を感じさせてくれます。
A350導入の裏話や機内食のメニュー開発など、JALの仕事の舞台裏を紹介します。
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