半世紀以上の歴史があるホノルルマラソンは、参加者を歓迎するハワイ特有の"アロハスピ
リット"に満ちたハートフルな大会として、どなたでも参加しやすく、誰でも楽しんでいた
だける大会を目指しています。時間制限がないことや10kmの距離も用意されていることな
どから、ランニング初心者でも参加しやすく、障がいのある方もご参加いただけます。
本記事では、病気により車いすでの生活を送る母と、知的障がいのある弟と過ごす岸田奈
美さん一家がホノルルマラソンに挑戦した様子をお届けします。

走ってもないのに、岸田一家はやりきった表情をしている。

ちょっとずつ前へ進み、5時37分、スタートラインを切った。

「おっ」

走っている。弟が、走っている。
やったー!よかったー!
張り詰めていた緊張がブワッと解けた。

あたりはまだ暗い。
夜明けを迎えに行くように走るのだ。飛行機みたいに。

さあ、行くぞ!
岸田一家、ファイヤー!

「……あれっ」

弟の姿が消えた。

画像11: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

座って、休んでいた。
まだ1キロも走ってないのに。

「こらこらこらこら!」

走って、引き返した。
ただでさえしんどいマラソンで、なぜにわたしは引き返さねばならんのか。

弟を引き連れて、走りなおす。
しかし。

画像12: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

弟ははるか後方で、座り込んでしまう。

「良太、大丈夫―?」

母が叫ぶ。

画像13: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

弟が走った。極端に走った。

だめだ。
マラソンを短距離走かなんかと、勘違いしてやがる。

案の定、すぐにバテて、また動かなくなる。

わたしは、頭を抱えたくなった。

ハワイまで来て、走らないやつがいるなんて。いや、彼ならやりかねないけど、それでも
、みんな走ってるんだから、走ると思っていた。

その時、反対側の道路から、すごい歓声が聞こえた。

なんと、トップランナーたちがすでに折り返してきたのだ。あまりの速さに目を疑った。
風のように走り去っていった。

わたしたちはと言えば。

画像14: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

参加者3万人中、すでに3万人目。
ドンケツのビリだ。

途端に、怖くなった。恥ずかしくなった。

どうしよう。ゴールできないかもしれない。
せっかく、ハワイまできたのに。
わたしたちのこと、応援してくれる人もいるのに。

このまま、のろのろ歩くなんて。

「良太、すごーい!かっこいい!」

母が手をメガホンのようにして、弟に声援を送っている。弟はまんざらでもなさそうに立
ち上がった。

まさか……。

「おだてよう!それしかない!」

褒められるのが大好きな弟のことを、さすが母はよくわかっている。でも本当にそれで、
なんとかなるんだろうか。不安でしかない。

空が白み始めてきた。

夜が明けてしまった。

さっきまでの歓声も音楽も、もう聞こえない。

止まったり、歩いたりして、やっと3キロ地点にたどり着いた。

画像15: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

ホノルルマラソンは、沿道の応援がすばらしいと聞いていたけど、誰もいない。とても静
かで、とても悲しかった。わたしたちは遅すぎたのだ。

その時、遠くから音楽が聞こえた。

画像16: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

給水所のボランティアさんたちが、大歓声で迎えてくれた。

待っててくれたんだ!

「ガンバレー!」「You can do it!」と、日本語も英語もごちゃ混ぜになった声援を、紙テ
ープみたいにポンポン投げてくれる。背中を叩いてくれる。

落ち込んでいた気分が一気に上向いた。夜明けより、本当の夜明けみたいだった。

「わっ」

画像17: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

母が驚いた。なにかと思えば、弟が母より前を歩いていた。
28年目にして、初めて見たフォーメーションだ。

他人からすれば当然で、我が家からすれば奇跡が起きた。

これは、いけるかもしれない。

スタートから2時間半が経過。
歩いて、歩いて、4キロ地点。

大半の人たちはもうとっくにゴールしている。

ついに交通規制が解除されてしまった。
車が道路を走り出すので、わたしたちは歩道に上がる。

まめに立ち止まり、地図を確認しながら、進んでいく。

足が痛い、と弟が座り込んだ。

画像18: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

こんな距離を歩くのはすでに初めてのこと。
体にもガタがくる。

車輪をこぐ母の手も、固いマメができはじめた。

もんで、さすって、なんとかかんとか、だましだまし行くことにする。

画像19: 大切なのは走ることより、前へ進むこと(岸田一家のホノルルマラソン参加記)

5キロ地点。半分まできた。
思わず、笑顔がこぼれる。

「やったー!おわり!」

弟が両手を振りあげた。

「まだ終わりちゃうで」

諭すと胸が痛んだが、正直、もう終わってしまうだろうなと思った。最初の絶望感に比べ
たら、折り返し地点まで来れたというだけで、途方もない安堵感がある。

ここからはもう、どこでリタイアしてもおかしくない。

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