フライトの際、搭乗口付近から窓の外をご覧いただくと、たくさんの飛行機が並んでいます。JALが保有する機材のなかで、もっとも軽量なボーイング737-800の最大離陸重量は約68〜79t、対してもっとも重いボーイング777-300ERとなると約340tにも及びます。これほどまでに重い巨体がなぜ空に浮かび、正確に目的地へと辿り着けるのか、その仕組みを改めて考えると不思議に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

楠機長「飛行機が飛ぶ仕組みには、目に見えない空気の力を巧みに利用する知恵が詰まっています」
そう語るのは、JALで18年のキャリアを持つ機長の楠 義寛です。ボーイング747-400やボーイング777といった大型機を操縦し、現在はボーイング737-800の機長として、また次世代機・ボーイング737MAXの導入評価を行うテストパイロットとしても活躍する空のプロフェッショナル。その視点から、飛行機が飛ぶ仕組みと知られざる操縦席の世界を解説してまいりましょう。
飛行機が空を飛ぶ秘密その1:「揚力」と「推力」のバランス
飛行機が空に浮かび上がるために欠かせないのが、「揚力(ようりょく)」という上向きの力です。

楠機長「飛行機が飛ぶ基本的な理由は、まずジェットエンジンが『推力』を発生させて機体を前進させ、その際に翼が風を受けることで『揚力』が発生するからです。この揚力が機体の重量を上回ったとき、初めて飛行機は浮き上がります」
飛行機が空を飛ぶ説明の際、しばしば翼の上下で空気の流れる速さが違うために生じる圧力差(ベルヌーイの定理)が理由として説明されますが、楠機長によればそれだけではないとのこと。
●揚力が発生するしくみ

楠機長「圧力差による理論はおおむね正しいのですが、実際には翼が空気の流れを物理的に下向きに変えることによる『反作用』も、大きな力を生んでいます。つまり、圧力差と反作用という2つの理由が組み合わさって、重い機体を持ち上げているのです」
飛行機が空を飛ぶ秘密その2:尾翼が担う「安定」の役割
機体後方にある尾翼も、ただ付いているわけではありません。これらは飛行機の姿勢を安定させ、進行方向をコントロールするための重要な舵です。

楠機長「水平尾翼は機体の上下(ピッチ)の動きを、垂直尾翼は左右(ヨー)の動きをコントロールします。特に垂直尾翼が威力を発揮するのは、横風が強い日の着陸です。風に流されないよう斜めに構えて飛びながら、接地直前に滑走路と平行になるよう機首を整える。こうした繊細な調整を、尾翼を使って行っています。また、万が一エンジンが片方止まってしまった際にも、左右のバランスを保って安全に飛び続けるために不可欠な装備です」
飛行機が空を飛ぶ秘密その3:翼の先端などに施された、最新技術
最近の飛行機をよく見ると、翼の先端がピンと上に跳ね上がっていることに気づくはずです。これは「ウィングレット」と呼ばれるパーツで、現代の航空技術における最先端の工夫のひとつです。

楠機長「翼の上下で圧力が異なるため、翼の端では空気が下から上へと回り込もうとし、強力な渦(翼端渦)が発生します。これが大きな空気抵抗となり、燃費を悪化させてしまうのです。
●翼の形状による翼端渦の違い


ウィングレットはこの渦を軽減し、よりスムーズに、より静かに飛ぶために開発されました。最新のボーイング787やエアバスA350などでは、コンピューターシミュレーションと複合材料の技術によって、さらに効率的で美しい曲線を描くようになっています」
飛行機が空を飛ぶ秘密その4:実は巨大なプロペラ、ジェットエンジン
飛行機を前進させるエンジンについても、意外な事実があります。現代の旅客機の主流であるターボファンエンジンは、実は純粋なジェット噴射だけで飛んでいるわけではありません。

楠機長「実は、推力の約80%はエンジン前方にある巨大なファンが空気を後ろに押し出すことで生み出されています。いわば、非常に効率のよいプロペラのような役割ですね。残りの約20%が燃焼ガスによるジェット噴射です。この仕組みにより、昔の戦闘機のようなエンジンに比べて、燃費が飛躍的に向上し、騒音も劇的に抑えられています」
上空で静かな機内環境が保たれている理由の一端は、このファンの進化のおかげなのです。
飛行機が空を飛ぶ秘密その5:パイロットの技能と絶対の判断基準


空を飛ぶ仕組みのみならず、飛行機を操る操縦士が訓練を重ね、規律を守ってフライトに臨んでいることも、忘れてはならない重要なポイントです。たとえば離陸時、もっとも集中するのが「V1(ブイ・ワン)」と呼ばれる速度です。
楠機長「これは決心速度と呼ばれ、文字通り『離陸を決心する速度』です。この速度に達するまでに異常があれば離陸を中止しますが、一旦V1を超えたら、たとえ何が起きても必ず離陸を継続します。無理に止まろうとするよりも、そのまま空へ飛び上がってから対応する方が安全だからです」
着陸においても、「スタビライズドアプローチ(安定した進入)」という厳格な基準があります。
楠機長「決められた高度(通常1,000フィート)までに、速度、降下角、機体の姿勢が完璧に整っていなければなりません。もし少しでも基準から外れたり、風の急変で姿勢が乱れたりした場合は、迷わず『ゴーアラウンド(着陸復行)』を選択します。これは決して危険な状態だから行うのではなく、より安全に着陸をやり直すための、極めて前向きな決断なのです」

また、上空で飛行機が揺れることで不安を感じる方もいらっしゃることでしょう。しかし楠機長によれば、揺れ程度では安全に問題はないといいます。
楠機長「揺れは、高度による風速や風向きの変化、あるいは富士山のような高い山を風が越える際にできる空気の渦(山岳波)などが原因です。私たちは事前にこれらの情報を精査し、できるだけ揺れない高度を選んで運航しています」
飛行機は数万人の情熱が結集した「芸術作品」。飛行機が空を飛ぶ背景には、科学と誇りがあります
飛行機が空を飛ぶことを、楠機長がもっとも強く実感したのは訓練時代のことだったと振り返ります。

楠機長「アメリカでの基礎課程に進み、初めて実機の操縦席に座って小型プロペラ機のエンジンをかけた瞬間、あまりの緊張に頭が真っ白になりました。それまで座学やシミュレーターで学んできた理論が、震動と轟音を伴って現実に変わったあの時こそ、私がパイロットとしての第一歩を実感した瞬間でした」
そして現在、機長として1万メートルの高さを飛び続ける景色では、“空を飛ぶ”という実感に溢れているそうです。
楠機長「厚い雲を突き抜けた瞬間に広がる真っ青な空、そして眼下を高速で流れていく白い雲海を見るとき、改めて飛行機の速さを実感します。時には積乱雲の近くで窓ガラスの周りに光が走る『セントエルモの火』や、ダイヤモンドダストのような氷の粒がキラキラと窓を流れていく幻想的な光景に出会うこともあります。これらは操縦席からしか見ることのできない景色です」
パイロットが操縦する飛行機は、メーカー、整備士、そして運航に携わる者まで、何万人もの専門家が知恵と技術を結集させた「芸術作品」のような存在です。
楠機長「飛行機は、たとえエンジンが一つ止まっても安全に飛び続けられるよう、非常に大きな安全マージンを持って設計されています。私たちパイロットも、あらゆる事態を想定して厳しい訓練を積み重ね、自信を持って皆さまをお迎えしています」

次のフライトの際、ぜひ窓から翼をご覧ください。そこには1万メートルの空の旅を支える航空力学と、安全に運航するプロの技術が宿っていることを感じていただけるはずです。
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