「キャビンクルー、プリペアーフォーランディング(Cabin crew, prepare for landing.)」。飛行機が着陸態勢に入る前、こんな機内アナウンスが流れます。これは操縦室からキャビンアテンダントに向けて、「着陸に向けて準備をはじめてください」という常套表現。
このように、機内のスタッフの間では英語が公用語として使われます。なぜなら、飛行機は世界中を飛び交うため。そしてそれらは、ただの英語ではないことも。航空用語は、意思疎通を円滑にするためにちょっと独特な言い回しをするケースが少なくないのです。そのなかには、日本ならではの表現もあります。
そこで、JALのパイロットにヒアリング。珍しい航空用語の数々をご紹介します。
INDEX
Lv1「地上と空とでは意味が違う、珍しい航空用語」
【シップ】直訳すると「船」ですが、航空用語でも……
「シップ」は「船」という意味ですが、航空業界では飛行機の機体を指します。飛行機は、より歴史の古い船旅の文化を継承しているためです。機長のことを「キャプテン」といったり、お客さまが乗降する機体の左側のことを「ポートサイド」(港側)といったりするのは、海事用語のルーツから来ているのです。
例文「今日のシップは最新の機材(機体)です」
機体は「シップ」ですが、客室のことは「キャビン」と呼び、これも船の文化から引き継いでいます。その意味では、フライトは空の船旅といえるかもしれませんね。
【コンタクト】……といっても、レンズのことではありません
英語ではContactと表し、その意味は「接触する」です。航空用語として用いる場合、無線通信がつながったときや、実際に目視で確認した際などに使い、パイロットが多用するフレーズです。
例文「レーダー管制にコンタクトします 」
もしかしたら、パイロットは「視力がよくなければなれない」というイメージがあるかもしれません。たしかに以前は裸眼の両目視力が1.0以上を求められていましたが、日本では2016年から裸眼で両目視力0.1以上、矯正視力が1.0以上あればいいと改定されました。そのため、現在はコンタクトレンズを付けているパイロットも存在します。
【バンク】フライト中、必ず“この体勢”になります
英語で書くと、「Bank」。銀行の意味ですが、土手や道路の傾斜面を意味する言葉でもあります。航空用語における「バンク」とは、飛行機が旋回するために機体を傾ける角度のこと。
例文「滑走路に向けて、バンク15度」
ちなみにお客さまを乗せる旅客機のバンクは、通常の場合、最大でも30度程度。客室内の安全に配慮した角度として規定されていますが、単座式の飛行機などでは60度以上に達するものもあります。この場合、パイロットの体勢は地上に向かってほとんど“真横”に感じます。
Lv2「空だけで使われる、略語表現」
【ラバ】いつも清潔を心がけている場所です
英語ではトイレ、レストルーム、バスルームともいいますが、飛行機では「ラバトリー(Lavatory)」といいます。略して「ラバ」。ラテン語の「lavare(洗う)」を語源としていて、用を足すことのみならず、おむつ交換や洗面所として、さまざまな用途に使われる多目的室というニュアンスです。
例文「ラバの掃除、よろしくね」
余談ですが、JALの場合、ラバトリーの掃除はキャビンアテンダントの登竜門。いつもピカピカの状態にしておくことが、一人前になる第一歩です。フライトの際には清潔なラバトリーをご利用ください。
【トロポ】フライトの際にしばしば使う気象用語です
「トロポポーズ(Tropopause)」の略で、対流圏界面という意味ですが、こちらはあまり馴染みがないかもしれない気象用語です。地上から10km前後にある対流圏と成層圏の境界のことで、水蒸気が存在できる限界高度です。空気の質が変化するため、揺れにつながるケースがあり、高高度を飛行している飛行機のパイロットはこの存在を常に意識しています。
例文「この辺りはトロポだから少し揺れるかもしれません」
旅客機の巡航高度はおおむね地上10kmほど。軍用機にもなれば、限界高度は18kmに達するものもあります。ちなみに国際宇宙ステーションの軌道は278~460kmにもなります。“上には上がいる”のですね。
Lv3「世界でもここだけ。JALならではの専門用語」
【P訓】……と書いて、「ぱいくん」と読みます
これは、JALならではの表現です。「Pilot訓練生」をもじっており、主に上司が後輩パイロット訓練生に親しみを込めて「パイ君(パイ訓)」と呼称する伝統があります。この写真はフライトシミュレーターでの訓練風景。このように、パイロットは運航乗務に加え、日々の訓練は欠かせません。
例文「私はパイ君の◯◯です」
このように自己紹介をして、「自分でいうな」と先輩に笑われたことがある訓練生いるのだとか。
【シスコ】米国の地名ですが、航空会社でもJALならではの言い回しです
サンフランシスコの最後の3文字をとって「シスコ」。これは一般的にも用いられることがある日本の慣用表現ですが、他の航空会社では「サンフラン」と呼ぶケースが多いとされています。「サンフラン」か「シスコ」か、略称を耳にすれば所属航空会社が当てられるかもしれませんね。
例文「今回のフライトの目的地は、シスコです」
サンフランシスコ国際空港の空港コードは「SFO」。アメリカ西海岸ではロサンゼルス国際空港(LAX)に次いで2番目に利用者が多い空港です。サンフランシスコには日本人街もあり、比較的日本から近いことから、観光地としてもオススメです。
【ナナロク】日本中の空港で見ることができるものです
ボーイング767、JALでは略して「ナナロク」。機体に対する愛称です。他社では「ビーロク」と呼称するといいますが、JALでは1985年に導入し、約40年も第一線で活躍する名機。ほかボーイング機の略称では、737をナナサン、787をナナハチ。777だけは、なぜか他社も同じでトリプルなのだとか。
例文「今度、ナナハチの操縦資格に挑戦しようと思うんだ」
ちなみにJALのエアバスA350の愛称は「サンゴーマル」。日本ではJALだけが採用する最新鋭機なだけに、他社での愛称は存在しません。
航空用語や独自表現は、お客さまのためのものでもあります
ほかにも、さまざまな航空用語や表現が存在しています。なかには、「特殊と思われる用語を使わないように心がけています。JAL社内でも表現が異なるケースがあるからです」と語るパイロットもいます。空の安全に直結する航空用語は、簡潔かつ速やかに情報を伝えるための工夫なのです。言いかえれば、お客さまのために育まれたコミュニケーション術といえるでしょう。
聞き慣れない言葉を耳にしたら、お近くのキャビンアテンダントやグランドスタッフにご遠慮なくおたずねください。フライトの際に、奥深い航空用語の文化に触れてみてはいかがでしょうか。
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