「アフリカの厳しい面ではなく、明るい面、美しい面を伝えたい」と現地の少数民族に会いに行き、撮影を続ける写真家ヨシダナギ。2009年、24歳当時、これだけインターネット環境が発達した現代もなお生の情報がほとんど入ってこないアフリカ大陸に、英語もままならないまま乗り込んだ。以来、エチオピア、マリ、ジブチ、スーダン、ナミビアなど、幾度となくアフリカ大陸へ足を運び、現地の人々の姿を写真に納め続けている。
日本とはまったく文化が異なる少数民族の世界に物怖じせずに飛び込んで行く彼女だが、そこまでアフリカに魅了されるのはなぜなのか。幼少から憧れていたというアフリカ人への熱い思いや、度重なるアフリカへの旅を通じて身につけてきたコミュニケーション術などについて聞いた。
文:冨手公嘉 写真:豊島望

アフリカから学んだ「人生を楽にする秘訣」。先のことを考えすぎなくてもいい

JAL:それでも現地の人々と、コミュニケーションの齟齬が生まれたり、衝突したりしてしまうこともあったのではないかと思いますが、どう乗り越えたのでしょうか?

ヨシダ:悔しい思いをしたことは幾度となくあります。初対面の人に砂を投げつけられたときは、「肌が白いというだけで、なぜこんなことをされなきゃいけないんだろう」と反発の気持ちが湧きました。だけど、同時に彼らが白人たちから受けた迫害や憎悪はこういうものだったのではないかな、とも感じられて。あまりの理不尽さとやるせなさに、悔しくて思わず泣いてしまったんです。すると砂を投げつけていた彼らは、気まずそうに逃げていきました。

画像: エチオピアの「アファール族」の男性たち(nagi yoshida、2015年)

エチオピアの「アファール族」の男性たち(nagi yoshida、2015年)

JAL:著書には、お金絡みのエピソードもいくつかありましたね。

ヨシダ:お金をちょろまかされたりしたら、嫌だということをしっかり口にします。「いつもは優しいけど、怒ることもある」ということをちゃんと理解してもらうのが大切。アフリカ人の場合、日本人独特の「言わなくてもわかる美学」は通用しません。必要なときには泣いて見せ、きちんと言葉にしなければ、わかり合えないんです。

彼らと対等の関係を築くには、「彼らが私に接してくるのと同じ方法で接していい」「理不尽な仕打ちを受けたら仕返してもいい」。そう思えた頃から、楽になっていきました。アフリカ人は、どんなにケンカをしても肩を組めばもう仲直りみたいな、あとくされのないところがあるので、取り繕わず、むき出しの自分でいていいんだと思いました。

JAL:日本人とは違うものの考え方を身につけられたんですね。

ヨシダ:そうですね。アフリカに通い始めて7、8年経ちましたが、成長させてもらったと感謝しています。もしアフリカに旅をしていなかったらいま自分がどうなっているか、恐ろしいと思うことが多々あって。いまの自分は考え方を含めて、全部アフリカ譲りかなって思うんです。日本人はなんでも先のことを考えすぎて、がんじがらめになってしまう。だけど彼らって、先のことを考えないんですよ。論争になっても5分と経たないうちに、「もう仲良くしようよ! 難しいことは明日また考えよう」となってしまう(笑)。自分にとっては新しい、楽観的な考え方を知って、日本での生活のストレスも減りました。

友好的な関係を築きたければ、「過度に警戒しないこと」

JAL:ヨシダさんにとってのアフリカのように、何度も同じ場所を旅することの魅力はありますか?

画像: ブルキナファソ「カセナ族」の家(nagi yoshida、2010年)

ブルキナファソ「カセナ族」の家(nagi yoshida、2010年)

ヨシダ:最初はアフリカ54か国を制覇したい気持ちがありましたが、いまは必ずしもそんなことなくて。旅のなかで知り合った、私を娘や姉のように慕ってくれる人たちに、また元気な顔を見せに行きたい、というモチベーションのほうが大きいんです。SNSで誰とでもつながれる時代ですが、私の大切な人たちは、ネット環境とはかけ離れたところで暮らしています。定期的に戻って、アフリカのお母さんと妹弟たちに元気な姿を見せなくてはいけないな、といつも思っています。

JAL:アフリカを旅するときに、意識しておいたほうがいいことがあれば教えてください。

ヨシダ:意外に思えるかもしれませんが、身だしなみを小綺麗にしておくことですね。これはガイドから聞いたんですが、「綺麗な格好でいることが、君を守ることになる。なぜならアフリカ人は男も女も綺麗な人が好きだから」と。もちろん高価な貴金属や宝飾品などを身につけて華美になるのはいけませんが、小綺麗な格好をして、化粧もちゃんとしていると「そのネイルどこでやったの?」「その珍しいデザインの洋服は何?」と声をかけられることもあり、現地の人との交流が生まれます。

また、ガイドにも善し悪しがあるのですが、最初はすべて運です。相性のいい人を見つけたら連絡先を交換しておいて、次につなげることも旅を成功させる秘訣かもしれません。あと、「アフリカだから」といってあまり気を張らないでほしいですね。現地の人々は、旅行者が自分たちを警戒しているかどうかをすごく繊細に感じ取ります。誰だって、「警戒されている」と思ったら、相手と友好的な関係を築くことは難しいですよね。いろいろな意見があると思いますが、私自身はある程度無防備でいることと、愛想良くいることが身を守ると思っています。

画像: エチオピアの首都アディスアベバの風景(nagi yoshida、2010年)

エチオピアの首都アディスアベバの風景(nagi yoshida、2010年)

JAL:これからの活動は、どんなふうに続けていきたいですか?

ヨシダ:アフリカのいい面を少しでも日本の人たちに知ってもらいたい、と思って写真を撮り続けていますが、先のことは、じつはあまり考えていないんです。「マサイ族になりたい」という夢が打ち砕かれて以来、何かになりたい、という目標を持ったことが一度もなくて。先にビジョンを描いて、その通りに運ばなかったときに落ち込んでしまうのが嫌なんです。

ただ、いままで自分が人として、写真家として生きてこられたのも、人生が楽しくなったのも、すべてアフリカ人のおかげ。だから、何かしらのかたちで恩返しできたらいいなとは、漠然と思っています。アフリカの人たちが明日のことをまるで気にしないように、私も遠い先のビジョンや目標は持たずに、好奇心の赴くままに進んでいけたらいいですね。

画像: 写真家ヨシダナギがアフリカで学んだ「言葉より大切なもの」とは

ヨシダナギ
1986年生まれ、フォトグラファー。幼少期からアフリカ人へ強烈な憧れを抱き「大きくなったら彼らのような姿になれる」と信じて生きていたが、自分は日本人だという現実を10歳で両親に突きつけられ、挫折。その後、独学で写真を学び、2009年より単身アフリカへ。アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。その唯一無二の色彩と生き方が評価され、TVや雑誌などメディアに多数出演。2017年には日経ビジネス誌「次代を創る100人」に選出される。同年、講談社文化賞(写真部門)受賞。近著には、写真集『SURI COLLECTION』(いろは出版)、アフリカ渡航中に遭遇した数々のエピソードをまとめた紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)がある。

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