JALふるさとアンバサダー、奄美群島担当の吉福です。
奄美大島に暮らしていると、「これって、奄美ならではなんだな」と感じるものにたくさん出会います。そのひとつが、「奄美黒糖焼酎」。
奄美群島でしか製造することができない、島の大切な文化のひとつです。
そんな黒糖焼酎について学び、「未来へつないでいきたい」とさまざまな活動に取り組んでいるのが、鹿児島県立奄美高等学校 商業倶楽部の高校生たち。
今回は、私が活動を通して出会った、高校生たちの挑戦をご紹介します。

JALふるさとアンバサダー〔鹿児島支店奄美営業所〕 吉福

20歳になったら、黒糖焼酎を
「黒糖焼酎について知らないまま、18歳で島を旅立ってしまうのはもったいない」
そう話してくれたのは、鹿児島県立奄美高等学校 商業倶楽部の祐名姫花さんです。

西平酒造での様子
奄美群島には大学がないため、高校卒業後、進学などを機に島を離れる若者が多くいます。だからこそ高校生たちは、お酒を飲める年齢になる前から、黒糖焼酎の歴史や文化について知ってもらうことが大切だと考えています。
高校生たち自身も、活動を始めるまでは知らなかったことがたくさんあったといいます。酒造会社を訪ね、造り手の生の声を聞いた小西愛音さんは、「黒糖焼酎がなくなってしまうのは惜しい」と感じ、伝統産業の継承に少しでも力になりたいと思うようになったそうです。

意見を出し合う高校生たちと顧問の飛松先生
島を離れても黒糖焼酎を身近に感じ、20歳になったときに「まず黒糖焼酎を飲んでみたい」と思ってもらえたら。そして、島の外でも誰かにその魅力を伝えてくれたら。
そんな未来を目指して、高校生たちは“お酒を飲めない世代”だからこそできることに挑戦しています。
知っているようで知らない、黒糖焼酎のこと

高校生たち自身も、探究活動を始めてから初めて知ったことがたくさんあったといいます。
「黒糖焼酎が奄美群島でのみ製造を認められていることは知っていました。でも、焼酎の中でも黒糖焼酎が占める割合はわずかだと知り、その希少性に驚きました」
そう話すのは、泉 夏蓮さん。

取材の様子
黒糖焼酎は、その名のとおり黒糖を原料に、米麹を使って造られる蒸留酒です。そして「黒糖焼酎」として製造できるのは、奄美群島だけ。
島では身近な存在だからこそ、つい「昔からある奄美のお酒」とだけ捉えてしまいがちですが、調べてみると、その背景には知らなかったことがたくさんありました。
小西愛音さんが意外だったと話してくれたのは、黒糖焼酎の歴史です。
現在のような黒糖焼酎が造られる以前、奄美では「黒糖酒」が造られていたそう。高校生たちは、歴史を調べたり酒造会社を訪ねたりしながら、黒糖焼酎が現在の形になるまでの歩みについても学んできました。

視察研修の様子
そして、知れば知るほど見えてきたのが、奄美群島で受け継がれてきた黒糖焼酎の貴重さです。
島にいると当たり前のように目にする黒糖焼酎。でも一歩踏み込んでみると、そこには奄美群島ならではの歴史や文化、そして造り手たちが受け継いできた思いがありました。
高校生たちはまず、自分たち自身が黒糖焼酎を「知る」ことから、この活動を始めていったのです。
小学生に伝えたい!高校生たちの挑戦
「自分たちがもっと早くから黒糖焼酎について知っていたら」
探究を進める中で、高校生たちは次の世代へ伝えることの大切さを感じるようになりました。
そこで取り組んだのが、小学生を対象にしたワークショップです。
もちろん、小学生にお酒を勧めるためではありません。伝えたいのは、黒糖焼酎の背景にある奄美群島の歴史や文化です。
黒糖焼酎ウルトラクイズで楽しく学ぼう
高校生たちが先生役となり、黒糖焼酎に関するクイズを出題。黒糖焼酎について楽しく学びました。
クイズでは、黒糖焼酎の歴史や造り方、奄美群島とのつながりなど、高校生たちがこれまでの探究活動で学んできたことが盛り込まれています。
楽しみながら黒糖焼酎について知ることで、子どもたちにとって難しく感じる歴史や文化も、ぐっと身近なものに。
「乾杯」をもっと身近に。黒糖ドリンク
続いて挑戦したのは、「黒糖ドリンク」の試作です。
奄美群島の自治体には、宴会などの乾杯を黒糖焼酎で行い、その普及を図る「乾杯条例」があります。そんな黒糖焼酎での乾杯を、子どもたちにも一緒に楽しんでもらいたい。高校生たちは、黒糖焼酎を飲めない世代でも同じようにグラスを手に取り、乾杯の輪に加われるような黒糖焼酎に代わる乾杯ドリンクを作りたいと考えています。
今回のワークショップでは、高校生たちと一緒に、子どもたちも味や香りを考えながら、自分たちなりの一杯を試作しました。

自分自身で作った黒糖ドリンクで乾杯
20歳の自分に贈る、一本の黒糖焼酎
そして、子どもたちが挑戦したのが、「20歳になったら飲みたい黒糖焼酎」づくり。
自分が20歳になったときに飲んでみたい黒糖焼酎の名前を考え、思い思いのラベルをデザインします。

作成したラベルを発表している様子
完成したラベルは、酒造会社の協力の下、実際の黒糖焼酎の瓶に貼られ、後日、子どもたちのもとへ届けられます。
子どもたちは、「20歳になったら、まずこの黒糖焼酎を飲みたい!」と話していました。
今はまだ飲むことのできない黒糖焼酎。でも、自分で考えたラベルの一本が手元に残り、20歳になる日を待つ。今回の体験が、黒糖焼酎を身近に感じるきっかけになっているようでした。
泉 夏蓮さんは、黒糖焼酎を通して子どもたちに奄美の歴史や文化にも興味を持ってほしいと話します。
「自分たちの地域には、大切に受け継がれてきた文化があることを知って、将来は自分たちも次の世代へ伝えていこうという気持ちにつながってほしいです」
高校生から小学生へ。そして、その小学生が大人になり、また次の世代へ。
黒糖焼酎について「知る」きっかけをつくることは、ずっと先の未来へ文化をつなぐ、小さな種まきなのかもしれません。
ラジオで伝えたい、黒糖焼酎のこと
小学生へのワークショップなど、黒糖焼酎について「知ってもらう」ための活動を続けてきた高校生たち。
今、新たに挑戦しようとしているのが、ラジオを通した発信です。
「もっと島の人たちに、黒糖焼酎のことを知ってもらいたい」
そんな思いから、地元のラジオ局に自分たちで企画を持ち込み、黒糖焼酎をテーマにした番組づくりに向けて動き始めています。
私も、その打ち合わせの様子を見学させていただきました。

あまみエフエムでの打ち合わせの様子
高校生たちが考えているのは、自分たちが一方的に黒糖焼酎について紹介するだけの番組ではなく、酒造会社の方などをゲストに迎え、黒糖焼酎づくりへの思いや、その背景にある歴史や文化について話を聞くなど、さまざまなアイデアが出ていました。
酒造会社を訪ねて学び、小学生へ伝え、そして今度はラジオを通して島の人たちへ。
高校生たちの「もっと知ってほしい」という思いは、少しずつ学校の外へと広がっています。
高校生たちが描く、黒糖焼酎の未来
高校生たちの挑戦は、まだまだ続きます。
今後目指しているのは、これまでの調査やワークショップでの経験を生かした「黒糖焼酎ジュース」の商品化。お酒を飲めない人や子どもたちにも、黒糖焼酎の文化を身近に感じてもらえるものを目指しています。
時田あいりさんが話してくれたのは、「お酒を飲めない世代だからこそ、伝えられることがある」ということ。
酒造会社を訪ねて学び、小学生へ伝え、ラジオで島の人たちへ届けようとする高校生たち。その姿を見て、文化を未来へつなぐことは、まず「知る」こと、そして誰かに「伝える」ことから始まるのだと感じました。

県大会で最優秀賞を受賞した際の様子
「100年後にも黒糖焼酎が残っていてほしい」
そんな高校生たちの思いとともに、奄美の大切な文化がこれからも受け継がれていくことを願っています。
皆さまも奄美群島を訪れた際には、ぜひ黒糖焼酎を味わいながら、その一杯に込められた島の歴史や文化にも思いを馳せてみてください。
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