冬のある日、南国鹿児島へ降り立ちました。街には沢山の史跡や案内看板。のんびりと走る市電やにぎやかな商店街「天文館」など遊びどころが目白押しです。初日は薩摩藩が奨励し海外への輸出が盛んだった「薩摩焼」のふるさと美山を訪ねます。
画像: おじゃったもんせ!冬でもあったか鹿児島で薩摩の志士と絶品グルメに出会う旅(前編)

西村 愛

2004年からスタートしたブログ「じぶん日記」管理者。47都道府県を踏破し、地域の文化や歴史が大好きなライター。
島根「地理・地名・地図」の謎 (実業之日本社)、わたしのまちが「日本一」事典 (PHP研究所)、ねこねこ日本史でわかる都道府県(実業之日本社)を執筆。 サントリーグルメガイド公式ブロガー、Retty公式トップユーザー、エキサイト公式プラチナブロガー。

2日目は鹿児島市内中心部をまわる旅。幕末と明治維新の歴史をイッキ見します!そこここから肌で感じる鹿児島県民の「西郷どん愛」を受け止めながら街歩きします。昭和初期に建てられた珍しい建築様式を持つ公会堂や大正時代から続く老舗百貨店の名物食堂、桜島の撮影スポットもご紹介します!

明治維新と近代日本を築いた偉人達の誕生地を訪ねるコースを巡る。

昨年の大河ドラマで人気に拍車がかかった西郷隆盛。鹿児島の人たちが西郷さんのことを本当に大好きなのは街のあちこちから伝わってきます。しかし鹿児島の英雄は西郷どんだけではありません。薩摩には大きな活躍をした偉人が沢山いるのです。
今回は「鹿児島ぶらりまち歩き」というボランティアガイドさんと一緒に歩けるコースに参加しました!
このコースでまわった加治屋町は下級武士たちが住んでいたエリアです。ここに、明治政府の要職に就く人物、そして幕末の薩摩の若い武士たちが沢山住んでいたのです。まずは、小さなエリアにこれだけ優秀な人物がいたというのが驚きです。
例え自らが信じた正義のためとはいえ、兄弟、いとこ、親子などがそれぞれ自分の思いに基づいて各軍に別れ、そのため西南戦争後も命あっても会うことが出来なかった悲しい歴史。しかしその歴史の上に生きている私たちは、冷静にこの歴史を知り学ぶことが大事なのだと思いました。まだたった150年しか経っていないので、細かい逸話もいくつも残っていてガイドさんの話はとても興味深かったです。

行ったことがないのに懐かしい!大正時代の老舗百貨店の食堂で食べる名物焼きそば。

鹿児島市内中心部は、鹿児島中央駅から発着するバスや市電を使ってまわることが出来ます。今回私は徒歩で回ることが多かったのですが、街を歩いていてもバスや市電が街の風景となり、鹿児島の個性的な風景を作っていました。
特に道に植えられた花々が冬なのに咲き誇り、南国の光景をつくり出していますし少し歩くと錦江湾、そして桜島。市内から少し行くだけで絶景に出会えます。
そんな中、大正時代の豪華でエレガント、そして一歩入れば名門としての風格と貫録を感じさせる佇まいを持つ「山形屋百貨店」を訪問しました。
ここには地元民が愛するソウルフード「焼きそば」があります。焼きそばと言っても…?な名物は、上階の「山形屋食堂」で食べられます。

今でも火を噴く活火山!鹿児島と言えばやっぱり桜島。

錦江湾越しに見える桜島を一番良いスポットで見るには?ということで、まずはドルフィンポートを目指します。
ドルフィンポートは飲食店やお土産屋さん、足湯スポットなどが集まった複合施設。鹿児島中央駅からは2.5キロなので色々見ながら行けば歩けないこともない距離ですが、路線バスなら15分程度。
ドルフィンポートのすぐ横のNHK鹿児島放送局の4階には自由に入場できるフリーの展望スペースがあり、ここからの眺めも最高です。また、いおワールドかごしま水族館を越え、北ふ頭ターミナルから展望灯台あたりからの桜島も絶景です。
私が訪問した1月下旬は、桜島方面は午前中毎日霞んでいてよく見えなかったのですが、必ずお昼すぎになるとくっきりと見えるようになり夕方までの間きれいな桜島をあちこちから楽しめました。
例え霞んでいてもあきらめず時間帯をよく見極めて、美しい桜島の雄姿を堪能してくださいね。

後編はこちら

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