予備知識はほぼゼロで出発――山口宇部空港へ――
空港にあるポスターやモニュメントが人の潜在意識に与える影響は結構大きいように思います。今回、山口の宇部空港でそのことを実感いたしました。宇部へは羽田からJALで向かいました。宇部という街についての予備知識はほとんどなくて、山口といえば大昔家族旅行で訪れた秋芳洞と、出張の帰りに立ち寄ったサビエル教会の記憶があるくらいでした。どちらも宇部からは距離があるので、宇部空港ではどんな観光地が推されているのか、予想がつかない部分がありました。
細かい行き先は、空港に着いてから決めました
二時間弱の快適なフライト(最近飛行機運がアップしてる気がします)を経て到着した空港で、まず目にしたのは五重塔の縮小模型。山口市に瑠璃光寺という有名なお寺があるのを知り、さっそく脳内候補地の一つに。それよりも目を引かれたのは、木彫りの動物(カピバラやテナガザルなど)です。そして空港一階に鎮座していたトラフグのオブジェも魅力的でした。やはりポスターよりも立体の方が影響力があります。行き先を迷っている人へのひと押しになりそうです。
山口県の名物の代表格、ふぐをいただきます
宇部に降り立ってまず訪れたのは、「呑兵衛」という、寿司とお刺身の名店。地元の名士や政治家も訪れるという、天然ふぐが名物の老舗です。店内にはとらふぐたちが泳ぐいけすがあり、二階の個室は螺鈿細工のテーブルや、掛け軸などの高級感漂う空間でした。大将と女将の真心がこもった接客によって、そこまで緊張感を抱かず、高級なふぐ料理を堪能させていただくことができます。
ふぐを食べ慣れない素人なので、つい毒が心配になってしまいますが……。
「ちゃんと免許持ってますから大丈夫ですよ。私は肝も食べたことありますが、命かけて食べるほどおいしくはないですね」と、淡々とおっしゃる大将の海老さん。
山口はふぐの中心というイメージがあるので、料理店は絶対に中毒者を出さないよう細心の注意を払っているそうです。
「最近はしけが多くて仕入れるのが大変ですが、この店はいつも天然のふぐを切らさないようにしています。急に十人の予約が入っても対応できます」
と、おっしゃる大将がかっこいいです。
しばらくして、ふぐのお刺身が運ばれてきました。白くて光沢感のあるお刺身が美しいです。何気なく真ん中の方から一枚取ったら
「さすがわかっていらっしゃる。外側から取ると全体の形が崩れてしまうので、内側から取るほうが美しいですよね」と、大将。知らずにふぐ検定の一次試験をパスできたようで嬉しいです。
天然ふぐのお刺身は、上品で繊細で、歯ごたえもあって、どの魚にも似ていない格別なテイスト。ふぐは、このおいしい身を守るために毒を持ったのでしょうか……。
「トロは一口、二口食べると飽きちゃうけど、ふぐは毎日だって食べられますよ。お金がかかりますけどね」と、大将がおっしゃる通り、淡白だけれど精妙で何枚でも食べられます。天然のふぐは保水力も高いそうです。瀬戸内のふぐは、とくに柔らかく甘みがあっておいしいとのこと。宇部のふぐを食べたらもうちまたのふぐは食べられません。皮も歯ごたえがあって滋味深いです。美容に良さそうな予感がして箸が進みました。
ふぐちりをいただきながら、プーチン大統領と炭鉱のお金についての知識を得る
続いてふぐちり鍋をいただき、そちらも弾力が半端なく、また違ったおいしさがありました。美人女将が取り分けてくださりながら、宇部の情報を教えてくださいました。
「二年前プーチンさんが山口に来た時は警備がすごかったですよ。宇部空港にロシアの飛行機が二台来ました。一台はプーチンさんが乗る車などが入っていて、もう一台にプーチンさんが乗っていたみたいです。専用のコックさんも連れてきたそうですよ」
常に身辺を警戒しているプーチン大統領は、信用している専用コックの料理しか食べないそうです。宇部のこんなにおいしいとらふぐを食べられないなんて、超VIPでも気の毒になってしまいます。海外に行ってもボルシチとか食べているのでしょうか……。
山口は政治家や権力者を多く輩出しているイメージですが、宇部はそんな感じではないそうで、大将によると「ここはもと炭鉱で、炭鉱のお金でインフラを整えたんです。宇部は自己完結している街ですね」とのことです。山口方面に足を伸ばして観光するよりも、もっと宇部周辺を知りたくなりました。
国宝の五重塔ではなく、インスピレーションを感じた場所へトリップ
食後は、空港でも心惹かれたオブジェのサルたちがいる、ときわ公園の動物園と植物館に向かうことにしました。こちらの「世界を旅する植物館」は、プラントハンターとして有名な西畠清順氏が監修したそうで、期待が高まります。園内は熱帯アジアゾーン、オセアニアゾーン、アフリカゾーン、ヨーロッパゾーンなどにわかれていました。入ってすぐに金運アップのパワーが宿っているというガジュマルが。
植物に囲まれていると癒されますが、中でも特別な波動を感じたのは、巨大なサボテンたちが大量に植えられた南アメリカゾーンです。思わず声を上げると、知らないおじさんが「いっぱいいるでしょ」と笑いかけてきました。この空間は、サボテンたちと無言で交信できそうな不思議なバイブレーションが満ちていました。地球に生まれてきたことの意味をサボテンたちに気付かされるような……。共生、浄化、癒し、といった波動がうずまいていて、時間があったらこの場所で瞑想したいくらいのパワースポットでした。ネイティブアメリカンに心のどこかで縁を感じている人にもおすすめです。
空港で目にしたオブジェに心惹かれた理由がわかります
園内にある動物園も想像以上の充実ぶりでした。動物たちが自然に近い環境で暮らしている「生息環境展示」形態なので、皆生き生きしていました。まず、入ってすぐのところでシロテテナガザルたちが、木々の間を飛び回っている姿に目を奪われました。まるで踊っているかのように、枝から枝へ飛び移っていました。よく見ると体がマッチョで猿フェロモンが漂っていました。小柄なボンネットモンキーが身を寄せ合う姿もかわいかったです。大人猿二匹と子猿が一緒にいる姿は年賀状になりそうな場面でしたが、実際は家族じゃなかったのかもしれません。
リスザルやミーアキャットは黒目がちで安定のかわいさ。ここのサルはサービス精神旺盛というかやたら人懐っこくて、小屋の窓から覗くと窓に寄ってきて歓待してくれるのが嬉しいです。エリマキキツネザルなど、次々と窓辺に挨拶に来てくれて、手を差し伸べたり 舌を出してなめるような仕草をしたり、連れて帰りたいくらいでした。旅先では、人間との出会いだけでなく動植物との出会いにも価値があります。
園内の遊園地で童心にかえることもできそうです
夜になると遊園地は期間限定のイルミネーションが点灯。「TOKIWAファンタジア2018」というイベントで、たくさんの人が集まってきました。若者だけでなく、シニア世代も多くて、老若男女イルミネーションを楽しんでいました。寒くても家にこもらず、大人世代も元気に出歩く宇部は素敵な街だと実感しました。
運命に導かれ、ディープなパワースポットで記憶を上書き
よく、空港近辺には何もないと言われがちですが、それは多分見落としているだけなのだと思われます。今回は、プーチン大統領も行けなかったディープなスポットを満喫することができました。そしてサビエルの遠い記憶がふぐ、サボテン、サルで上書きされました。空港でサルやふぐのオブジェに引き寄せられた時から、もう運命は決まっていたのかもしれません……。
呑兵衛 | ||
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web | : | http://www2s.biglobe.ne.jp/~non-bay/index.html |
住所 | : | 山口県宇部市新天町2-2-8 |
電話 | : | 0836-31-1390 |
定休日 | : | 月曜休み |
ときわ公園 | ||
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web | : | https://www.tokiwapark.jp/ |
住所 | : | 山口県宇部市則貞3丁目4−1 |
電話 | : | 0836-54-0551 |
月でひろった卵 | ||
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web | : | http://tsukitama.com/ |
価格 | : | 1個200円(税込み) |
電話 | : | 0820-22-0757 (果子乃季(あさひ製菓株式会社)) |
辛酸なめ子
漫画家・コラムニスト。東京都生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。近著は『ヌルラン』(太田出版)、『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『おしゃ修行』(双葉社)、『魂活道場』(学研)など。
ツイッターアカウントはhttps://twitter.com/godblessnameko
撮影・構成/コレロ
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