東京駅を建築した辰野金吾の明治・大正ロマンを感じるスポット
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日本近代の扉を開けた名建築家の代表作・5選

東京駅を建築した辰野金吾の明治・大正ロマンを感じるスポット

2017.06.30

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文明開化の風を受け、日本全国に西洋式の建築が生み出されていった明治~大正時代。まだ日本式の家屋ばかりが建ち並んでいたこの頃、レンガや石で造られたモダンな建物は人々にとって憧れの的でした。そんな時代に活躍したのが、建築家・辰野金吾です。1873年に工部大学校(現・東京大学工学部)を一期生として卒業した辰野は、イギリス留学後、近代日本建築のパイオニアとして、東京駅や日本銀行本店など、新時代の象徴となる数々の建物を設計。現在、辰野の手がけた建物の多くは重要文化財に指定されています。今回の記事では、日本全国に現存する辰野金吾の建築を巡りながら、彼の足跡を辿っていきましょう。

辰野建築の代表作。1日43万人が利用する、地方と東京をつなぐ玄関口

東京駅

復元された東京駅の内観

復元された東京駅の内観

辰野金吾の代表作として知られ、もっとも多くの人々に利用されているのが、1914(大正3)年に竣工した東京駅でしょう。1日に43万人あまりが乗車する東京駅の赤レンガ駅舎は、国の重要文化財に指定され、2012年に全面的に復元されました。

明治時代、「三菱ケ原」と呼ばれる空き地だった丸の内に駅をつくるにあたって、逓信省工務顧問でドイツ人技師のバルツァーは「東京駅舎計画」を提案します。しかし、レンガ造りでありながら、瓦屋根、唐破風をあしらった日本ならではの和洋折衷案は不評により却下。そこで白羽の矢が立ったのが辰野でした。彼は、西洋風の赤レンガを使った全長335メートルにも及ぶ堂々とした外観の駅舎を考案します。

当時の日本では斬新だった西洋の建築を取り入れたデザインは、一躍新時代の象徴となりました。その一例として、日本近代詩の父と呼ばれる詩人の萩原朔太郎(1886~1942年)は、『都会と田舎』という詩のなかで「紳士のステッキ、磨いた靴、石の敷石、歩道の並木、窓、窓、窓、窓、中央停車場ステーションホテルの窓、また一方はにぎやかな大通り」と東京駅を描きました。

また、赤レンガ駅舎の優れた点は、デザイン性にとどまりません。辰野は、地震の揺れに耐えるために、腐食しにくい松の杭を地中深くに打ち込み、その上に鉄骨を組み立て、レンガ壁で建物を包みました。この耐震性によって、東京中が壊滅的な被害を受けた関東大震災でも、無傷のまま駅舎が残されたのです。

しかし、そんな頑丈な駅舎も、1945年の東京大空襲によって壊滅的な打撃を受けてしまいます。戦後、突貫工事によって修復がなされたものの、在りし日の面影とは大きく姿を変えざるを得ませんでした。そこで、2000年代に入ってから、復元計画が持ち上がり、2012年、辰野が設計した通りの東京駅の姿に戻されました。レンガの色や目地の深さまでも大正時代と寸分たがわぬ姿で全面的に復元された今回の復元プロジェクト。その駅舎内に足を踏み入れ、シンボルであるドームの下に佇むと、周囲の喧騒を忘れ、重厚な時の流れを感じることができるでしょう。

DATA

東京駅(赤レンガ駅舎)

営業時間 駅舎ライトアップは、日没~21:00
休館日 年中無休
公式HP http://www.tokyoinfo.com/
住所 東京都千代田区丸の内1丁目

北海道きっての金融街にある、ノスタルジックな建物

日本銀行旧小樽支店 金融資料館

日本銀行旧小樽支店 金融資料館

日本銀行旧小樽支店 金融資料館

辰野が手掛けたのは、小樽市内に造られた「日本銀行小樽支店」(1912年竣工)。積み上げたレンガにモルタルを塗った石造り風の外壁が美しいこの建築の屋根には、当時国内随一の鉄鋼生産量を誇る「八幡製鉄所」で造られた鉄骨が使用されています。現在この小樽支店は「日本銀行旧小樽支店 金融資料館」として開放されており、2階まで吹き抜けの広々とした空間には、在りし日の小樽の雰囲気がそのまま保存されているかのよう。大理石を利用したカウンターや、アイヌの守神シマフクロウをモチーフにした塑像、そしてイギリス製の螺旋階段が取りつけられるなど、レトロな雰囲気を色濃く残した内装も見どころです。

DATA

日本銀行旧小樽支店 金融資料館

開館時間 9:30~17:00(4月~11月) 10:00~17:00(12月~3月)
休館日 水曜日、12月29日~1月5日
公式HP https://www3.boj.or.jp/otaru-m/
住所 北海道小樽市色内1-11-16

現在でも銀行業務が行われている、レンガ造りの名建築

大分銀行赤レンガ館

大分銀行赤レンガ館

大分銀行赤レンガ館

北の果て小樽の町と同様に、南の果て九州でも新時代を迎えてさまざまな洋風建築が立ち並びました。そもそも、辰野の生まれ故郷は、九州・唐津藩。「我らの身分で槍一筋とならば非常の栄達なり」と回想するほどの最下級の士族の家に生まれた辰野は、後に総理大臣にまで上り詰める高橋是清のもとで英語を学び、新時代を支える建築家として見事立身出世を果たします。辰野にとって、九州に建築を生み出すことは、故郷に錦を飾ることをも意味したのかもしれません。

そんな辰野が、九州・大分で手掛けたのが1913(大正2)年竣工の「第二十三国立銀行本店」です。赤レンガ造り、白い花崗岩による装飾、そして八角ドームや小塔など「辰野式」と呼ばれる彼独特のデザインが色濃く反映された作品です。大分大空襲(1945年)で、外壁の一部を残して建物は消失してしまいましたが、無事修復され、現在でも「大分銀行赤レンガ館」として銀行業務が行われています。100年にわたって受け継がれてきた市のシンボルは、その用途も変わることなく使われ続けているのです。

DATA

大分銀行赤レンガ館

開館時間 平日10:00~18:00、土・日10:00~17:00
休館日 水曜、祝日
公式HP https://www.oishiimati-oita.jp/spots/detail/231
住所 大分県大分市府内町2丁目2番1号

結婚式も挙げられる、旧家のクラシカルな邸宅

西日本工業倶楽部会館(旧松本邸)

西日本工業倶楽部会館(旧松本邸)

西日本工業倶楽部会館(旧松本邸)

九州のなかでも、長崎と並んで洋風建築のメッカとして知られているのが北九州市。門司港周辺には、JR門司港駅や、旧門司税関、旧門司三井倶楽部といった当時の面影を残す建築が目白押しとなっており、多くの人々の目を楽しませています。北九州市や周辺の地域は、筑豊炭田によって石炭関連の産業が発達し、1901年につくられた八幡製鉄所により、本格的に重工業の街として発展を遂げました。また、中国や朝鮮に近いという地理的な関係上、国際貿易港としても「富国強兵」を掲げた明治の日本を支えてきたのです。

そんな北九州市に現存する辰野建築のひとつが、「旧松本邸(現・西日本工業倶楽部会館)」。ここもまた国の重要文化財に指定されており、古き良き明治の香りを感じさせる建物は年2回一般開放をされているほか、個人の結婚式でも利用することができます。1912(明治45)年に竣工した旧松本邸は、もともと安川電機、九州製鋼、日立金属の前身となる帝国鋳物などを創業した実業家・松本健次郎の私邸として設計されたもの。これまで紹介したレンガによる堅牢な辰野建築とは一風違う、アール・ヌーヴォー様式による曲線の美しさ、そしてアンティークな家具が並ぶ広々とした内装が、まるでおとぎ話のようなロマンティックな雰囲気を醸し出しています。

辰野はこのほかに、「北九州市立旧百三十銀行ギャラリー」「安田工業八幡工場」、そして現存しないものの「明治専門学校本館」などを市内に生み出しました。北九州は、辰野建築とその時代を知るうえで、うってつけの目的地と言えるでしょう。

DATA

西日本工業倶楽部会館(旧松本邸)

開館時間 要問い合わせ
休館日 不定休(春と秋に一般公開を実施)
公式HP http://www.nkc.or.jp/
住所 福岡県北九州市戸畑区一枝1-4-33

アインシュタインも訪れた、歴史的な公会堂

大阪市中央公会堂

大阪市中央公会堂

大阪市中央公会堂

辰野の功績は、建築作品のみにとどまりません。帝国大学工科大学学長、建築学会会長などの要職を歴任し、日本の建築界をリードしてきた辰野は後進の育成にも励み、近代建築の可能性を広げていきます。その象徴的な建築が最後に紹介する「大阪市中央公会堂」(1918年竣工)です。「中之島公会堂」の愛称でも親しまれているこの建物は、日露戦争後の狂乱相場で巨万の富を得た株の仲買人・岩本栄之助の寄付によって建築。視察旅行で訪れたアメリカの公会堂に影響を受け、私財を投じて造られました。

これを設計するにあたり、当時はまだ珍しいコンペ方式で決定された建築家は、若干29歳の岡田信一郎。後に鳩山会館や歌舞伎座、博報堂旧本社ビルなどを手がけるようになる若手の原案をもとに、辰野は実施設計を担当しています。ネオ・ルネサンス様式(正円アーチ、左右対称など、均衡がとれたルネサンス様式の特徴を基本としつつ、各地の建築手法を融合させた建築様式)によるモダンな建築を生み出しました。その美しい建物に足を踏み入れると、しばし、日本にいることを忘れさせ、映画の登場人物になったかのような気分を味わうことができるでしょう。

大阪市中央公会堂(大集会室)

大阪市中央公会堂(大集会室)

この美しい公会堂では、これまでにアルベルト・アインシュタイン、ヘレン・ケラーなど歴史的な人物らが講演を行っています。また、2002年に国の重要文化財に指定された後も公会堂として利用されており、音楽ライブや文楽といったイベントが開催されているほか、併設するレストランでくつろぐ市民の姿も見られます。大阪府内には、辰野が手がけた「日本銀行大阪支店」や「日本生命京都支店」が建築当時と変わらない姿で存在しています。

鎖国のもとに、独自の文化を築き上げてきたそれまでの日本人にとって、文明開化がもたらした西洋文化の波は、巨大なインパクトを持っていました。これを受け入れ、咀嚼し、自らのものとしてきた辰野のような人物がいたからこそ、日本の近代が生み出されました。近代建築は、その美しさだけでなく、歴史への鮮やかな想像力を羽ばたかせてくれるのです。

DATA

大阪市中央公会堂

開館時間 9:30~21:30
定休日 毎月第4火曜日(祝日の場合は直後の平日) および、12月28日~1月4日
公式HP http://osaka-chuokokaido.jp/
住所 大阪府大阪市北区中之島1丁目1番27号

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