旬の食材の時期に合わせて、メニュー作りは1年前からスタート
「私は国際線機内食の企画をしているのですが、JALはほかの航空会社と比べても、機内食にかなり力を入れています。最近の傾向としてファーストクラスの機内食は、お客さまに選んでいただくアラカルトのスタイルが増えています。しかしながらJALは和食でも洋食でも、その魅力を最大限味わっていただくために、コースサービスを前面に押し出しているのが特徴です」(商品・サービス企画本部 開発部 客室サービスグループ 主任 福田慶太)
メニューは3カ月ごとに年4回替わり、四季のある日本らしく旬の食材を積極的に取り入れています。
「そのためメニューの作成は、旬の食材が入手しやすいという理由で、通常ほぼ1年前に行っています」(福田)
ファーストクラスのメニューを作成する際は、まずシェフが考案したメニューを、シェフ自身のお店で関係者に披露する“メニュー提案会”を行います。そのレシピは、機内食の調理を担当するケータリング会社に受け渡され、後日正確に再現されているかどうかを確認する試食会が開催されます。そのときに出た課題をクリアにして2回目の試食会を行い、さらに実際に提供を開始する1カ月ほど前に、最終の確認を行うのが基本的な流れです。
今回、ジャルロイヤルケータリング(以下、JRC)で開催されたのは、メニュー提案会後の1回目の試食会。メニューを考案したのは「神楽坂 石かわ」の石川秀樹シェフと、「虎白」の小泉瑚佑慈シェフです。
「石かわさんと虎白さんは姉妹店ですが、それぞれの個性が料理にも表れています。石かわさんが素材を最大限に生かす正統派の和食だとしたら、虎白さんは珍しい食材も積極的に取り入れるようなお店。その組み合わせの妙を楽しめる、贅沢なコースに仕上がっていると思います」(福田)
試食するのは、2020年6~8月に提供予定のファーストクラスの和食メニューです。ちょうど東京オリンピックの開催期間と重なることもあって、いつも以上に力の入った豪華なメニューを考えてもらいました。
味、衛生管理、オペレーション、それぞれの立場からチェックする試食会
試食会に参加するメンバーは、石川、小泉両シェフと、監修メニューを再現するJRCの調理担当者。JALからは、機内食の企画を統括する開発部と、食材の衛生管理や食器の運用、コストなどを細かく管理する機内食オペレーション室、機内で発生する作業をマニュアル化して、客室乗務員に伝達する客室品質企画部です。
「試食会でチェックすべきポイントは、部署によって異なります。私たち開発部としては、やはり監修されたシェフの思いをそのまま形にしたい思いが強いのですが、機内という特殊な環境上、それが難しいケースも出てきます。各部署の要望を聞きながら、それらをひとつひとつ調整していくのが開発部の役割になります」(福田)
まず出てきたのは、先付五種。盛り付けを確認して、試食した石川さんは「生姜の量はレシピ通りですか?」とJRCの調理担当者に質問。その場で修正が可能なものは、会議室に併設されているキッチンですぐに作り直し、再度味の確認をしてもらいます。
一方、機内食オペレーション室で気になったのは、牛しゃぶとじゅんさいに香味ゼリーを添えた一品。牛しゃぶがレアに近い状態だったので、その殺菌処理の方法と、菌の発生しやすい食材であるじゅんさいの衛生管理方法を確認したい、とのことでした。
アンカーとなる客室乗務員が、最高の状態で食事を提供するために
客室品質企画部は、客室乗務員が機内で行う作業をイメージしながら、確認していきます。
「私たち客室品質企画部は、試行錯誤を経て完成した機内食を、実際にお客さまに提供する客室乗務員へとつなぐ架け橋のような存在です。ファーストクラスの食事は基本的に、機内でいくつかの調理工程があります。ステーキであればお客さまにお好みの焼き加減を伺い、それに合わせて火入れをします。柚子のように香りが立つ食材は、提供直前に機内で削って添えるなどの工夫をします。またコースを通してひとつ一つ美しく盛り付けることで、シェフが考案して下さった料理が最終的に完成します。しかしながら、私自身が客室乗務員なのでよく分かるのですが、作業負担が増えてしまうと余裕がなくなり、生き生きとしたサービスができなくなってしまいます。監修いただいた素晴らしい料理を、最高の状態に再現し、笑顔で自信を持ってお客さまに提供するためにはどうすればいいか。その点を常に意識しながら会議に参加しています」(客室本部 客室品質企画部 企画・運営グループ リードキャビンアテンダント 山根可愛)
さて、メニュー提案会のときから気がかりだったのが、先付の一品である穴子の載った酢飯です。
「メニュー提案会でご提案いただいたときは穴子が熱々で、酢飯はほんのり温かい状態でした。ですが、酢飯と穴子を異なる時間で温めることは、機内では容易ではありません。まずオーブンの台数には限りがありますし、同時に他の小鉢の温めや、洋食の調理も行っているからです。その場で石川さんにご相談すると、『熱々の酢飯も美味しいから、穴子と同じ温め具合でいいんじゃないかな、まずはやってみよう』と言ってくださって。そういったやり取りがあっての本日の確認会だったのですが、温かい酢飯もとても美味しくて安心しました」(山根)
料理の味やシェフの人柄まで伝わる、臨場感のあるマニュアルを作成
食事を提供する客室乗務員に向けて、客室品質企画部はマニュアルを作成します。そこには試食会の臨場感が伝わるような、細かなアイデアが盛り込まれています。
「調理や盛り付けの工程については、客室乗務員が事前学習できるよう写真とイラストを交えたマニュアルを作成します。シェフからのメッセージとして、食材に関するお話や、隠し味、召し上がり方の提案も添えるなど、確認会でお聞きしたことを具体的に盛り込んでいます」(山根)
さらにはマニュアルを補完する動画も作成。盛り付けイメージを動画で解説するだけでなく、シェフから毎回コメントをいただいたり、メニュー提案会のときにお店の様子を撮影するなど、凝った内容になっています。
「もちろんメニューの話をしてくださるシェフもいますし、近況報告をしたり、なかには手品を披露してくださる方も(笑)。『それって関係ないでしょ?』と思われるかもしれませんが、私はとても大事なことだと思っています。というのも、石かわさんも虎白さんも、予約待ちで行きたくてもなかなか行けないようなお店ですし、食事をきっかけにお店に興味を持たれるお客さまもいらっしゃると思うのです。客室乗務員に動画を通して、シェフの人柄や料理に対する思いを感じてもらえれば、お客さまにもより心のこもったご紹介ができますよね」(山根)
チームワークで作り上げる、JALにしか作れない機内食
試食会はその後、お椀、お造り、煮物などと続き、味や量など調整が必要なものをその都度確認していきます。
1回目の試食会ながら、総合的な再現度はかなり高く、和やかな雰囲気からふたりのシェフの満足感が伝わってきます。
「JALでは、チームワークでメニュー作りをしていただけるシェフとご一緒していきたいと考えています。おいしいレストランや技術力のあるシェフはたくさんいらっしゃいますが、機内食のメニュー作成はひとりで行うわけではないので、機内という特殊な環境を考慮して考えていただける柔軟性が非常に重要な要素といえます。ですから実際にお会いして、お料理をいただき、その人間性に惚れ込んだ方とご一緒させていただいています。おかげさまで今回も素晴らしいメニューになるはずです」(福田)
「プライベートの旅行では、勉強も兼ねてほかの航空会社も積極的に利用するのですが、世界的に機内食のレベルが向上していると感じます。その中でもJALの機内食は世界一と言えるレベルだと自負しています。また日本航空という名前に相応しく、日本ならではの四季を感じていただける旬の食材をふんだんに盛り込んでいます。だからこそお客さまがご搭乗するちょうど一年前の時期、つまり旬の時期を合わせて確認することに意味があり、非常に大切な会だと感じています。機内食を目当てにJALを選んでいただけるようになりたいですね」(山根)
このようにファーストクラスの機内食は、多くのスタッフが関わり、時間をかけて仕上げていきます。「今日はシェフが乗っているの?」という質問をいただけるレベルのお食事を提供することが、JALの目標のひとつです。空の上の究極のレストランを目指して、これからもさまざまなシェフとコラボレーションし、多彩なメニュー作りにチームワークで臨んでいきます。
A350導入の裏話や機内食のメニュー開発など、JALの仕事の舞台裏を紹介します。
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