※価格は税込み表記です。
飛騨牛が生まれたのは、1981年のこと。安福号(やすふくごう)という一頭の種雄牛を岐阜県肉用牛試験場が、兵庫県から購入したことに始まります。飛騨牛はブランド化されてから30年あまりと、そこまで歴史は古くありません。ご承知の通り、日本における本格的な食肉文化は明治期に入ってからのことです。今日世界で知られるようになった和牛は、1939年に兵庫県で生まれた田尻号の血を引いているとされます。
これこそがあらゆる和牛の“ルーツ”として知られる但馬牛、中興の祖。自然の中で伸び伸び育ち、やわらかな牧草を食べて育ったその肉質は芳醇で、実に美味であると評判を呼び、やがて全国に伝わっていったのです。松阪牛や神戸牛など、世に名を馳せるブランド牛のご先祖様。岐阜県の飛騨牛ももちろん然りです。
環境的要因もさることながら、肉質を決めるのは“対話”も大切
「野菜もそうですが、高冷地では寒暖の差により食材にうまみが凝縮するわけです。地域の風土、気候環境に合わせたおいしさが出る。おそらく飛騨は、肉牛が育つ環境に適しているんでしょうね」
こう教えてくれたのは、飛騨市内の数河(すごう)高原で山勇(やまゆう)畜産を営む山村勇人さん。先代のご両親が約50年前に畜産を始め、約30年前から飛騨牛の一貫生産を行っています。
一貫生産とは、約4年をかけて、繁殖(種付け)から肉牛になるまで仕上げる、手間のかかる生産方法のことです。現在牧場では、繁殖牛(母牛)が160頭、肉牛が370頭、仔牛を含め全部で600頭ほどを育てているそうです。
山村さん「但馬牛や近江牛、松阪牛、神戸牛といった名だたるブランド牛は古くから育てられていますが、飛騨牛の歴史はまだ浅いものです。しかし自治体と事業者が協力して力を入れ、今や世界に輸出されています。各県にいろんなブランド牛が群雄割拠していますが、岐阜県はブランド牛を飛騨牛だけに絞っています。日本には肉牛の素となる繁殖牛(母牛)が約65万頭いるとされますが、その中で飛騨牛はわずか1万頭に過ぎません」
にもかかわらず広く知られるようになったのは、その味わいが優れていることが大きな理由のひとつです。
「山勇畜産は標高1,000mという高地で、軟水の湧き水と自然の牧草を与え、伸び伸びと育てています。それが高品質な飛騨牛を生産するのに重要なのです。またおいしい肉質のためには、牛との“対話”が重要です。それぞれに親が違うため血統が違い、性格が違い、個性がある。個々の状態をきちんと把握しながら、仔牛から愛情を持って育てることで、すくすくと成長し、美味しい飛騨牛になるのです」
おいしさを伝えたい。この思いから生まれた、直営レストランで飛騨牛を堪能
このおいしさを直接味わってもらいたいという思いから、山村さんは飛騨市内で直営レストラン「山勇牛一貫」を経営しています。ランチタイムはお客さまが自分で焼く溶岩焼きのスタイルでの提供ですが、要予約のディナータイムでは山村さん自身が鉄板焼きを振る舞います。ディナータイムは、サーロイン150gのコースが7,000円からです。
「お店をオープンしたのは約8年前。コロナ禍により一時休業を余儀なくされましたが、令和5年5月5日にリニューアルオープンを果たしました。それをきっかけに、飛騨牛生産者としてのこだわりを伝えたいという思いから、自ら焼きを手掛けることにしました。私自身が育てて、私自身の目利きで見立てた飛騨牛を、目の前で召し上がってほしかったのです」
店内は広く個室もあり、大型バスの観光客も受け入れるキャパシティがあるのだとか。山村さんが用意してくれたのは、見事なサシの入った牛肉の数々。45日前後のウェットエイジングを経て、うまみ成分をギュッと凝縮させた珠玉の飛騨牛、山勇牛一貫オリジナルブランド「山勇牛」です。
「お店でこだわっているのはメス牛で、生後月齢29カ月以上のもの。定番のサーロインとフィレのみならず、その他の希少部位も食べごろとなる熟成の度合い見極めています。セレクトも焼き加減もお任せいただきたい。というのも、私自身が育てていますから、一番おいしいものをおいしく食べていただける自信があるのです」
鉄板で焼くステーキ! ……の前に、飛騨が育んだおいしさをたっぷりと賞味
肉塊を前にして喉が鳴りますが、山勇牛一貫はコース仕立て。はやる気持ちを抑えながらいただく前菜の品々にも、飛騨のおいしさが詰まっています。
前菜は地元野菜の揚げ浸し、酢の物、シャドークイーンとメイクイーンのジャーマンポテト。ヨーグルトと玉ねぎを使った特製ドレッシングは、やさしく滋味溢れるおいしさです。
なかでも驚きなのが、発酵が進んだ漬物を焼いた、漬物ステーキという郷土料理。店長で厨房を切り盛りする田尾千春さんの手による、地元の味わいに箸が進みます。
「前菜としてサラダや小鉢が、そのときに合わせて5品前後提供されます。それらはすべて手作りで、飛騨のものを中心に使っています」と田尾さん。舌鼓を打っているうちに、鉄板に火が入りました。
ジュワッと豪快な音を立てて、肉が鉄板に腰を下ろすや否や、たちまち香ばしい香りがあたりに漂います。ほのかに甘く、カラメルのような印象もあります。
「うちの肉は焼くと甘い香りがするでしょ。これがおいしさの特徴なんです」
手際よく仕事が進みます。両面に焼き色を付け、ドームを被せて軽く蒸します。鉄製のヘラが踊り、カチカチと小気味いい音を立てながら、一口大のポーションに切り分けられていきます。食欲をそそる、ロゼ色に輝く断面……。まずはフィレから。
フィレ、サーロイン、ランプ、ミスジ。熟成肉を鮮やかな火入れで、「いただきます」
サッパリした肉質は本当に柔らかく、熟成を感じさせます。その反面フレッシュさも際立ち、くどさは皆無。サックリと噛み切れる赤身と、ナッツを思わせる香ばしさ。お肉と塩だけでここまで! と思わせるポテンシャルがあります。
相対するサーロイン(写真左)は、脂のうまみが秀逸そのもの。噛みしめるたびにおいしさが口の中で花開き、とろけるひとつ手前に焼き上げられ、ほどよく柔らかい食感が絶妙です。ご飯と合わせると格別のおいしさになる確信が得られます。
この日のセレクトのひとつはランプ(写真右)。力強く、肉のうまみが凝縮したようなおいしさです。噛みしめるごとに、肉汁がジュワッ。赤ワインがほしくなります。
もうひとつの希少肉はミスジ(写真右)。華やかなおいしさです。しっかりとした食感の中に、はじけるようなうまみが潜んでいます。
そして最後にひと品、ランプ肉のローストです。弱火と余熱でじっくり火を通したランプは、上気した頬のような赤身が鮮やかで、繊細な美しさ。ステーキとはまた違ったジューシーさで、これまた田尾さん特製の生姜ベースの醤油ソースを付けることで、味がほどよく引き締まります。実はこのローストビーフ、家族のイベントでも大人気な、山村さん自慢の家庭料理がベースだとか。
ストーリーを知れば、おいしさが際立つ。産地に赴くグルメ旅の醍醐味
「飛騨牛というブランドのおかげで自分の経営が成り立っているわけです。ならば、伝えることが自分の仕事。『うまい』と言われる瞬間が何よりのご褒美です。飛騨に来たら飛騨牛と、旅の思い出に『いい店だったね』と幸せになっていただける体験を提供したいんです。おいしいだけではなく、なぜおいしいのか、飛騨牛のストーリーを交えて、食事を楽しんでほしいわけです」
山村さんがとうとうと語ります。畜産技術や料理の腕前のみならず、話術も一流です。家業が嫌で上京し、バイトで入った花屋さんでアイデア活かし、お店を盛り上げた話、コロナ禍の起死回生の一手としてキッチンカーを導入した苦労話など、飛騨牛のみならず話題が尽きません。
「最後に」と、ご飯と一緒に供された牛すじ煮込みは、無水で煮込んで牛肉のうまみがこれでもかと濃縮されたような小鉢です。濃いめの味わいにご飯が進みます。
いつしか飛騨牛のおいしさにすっかり詳しくなっていることに気付きました。目の前に並ぶ食事の背景を知ることで、味わいに深みが増すという体験は、産地に足を運ぶグルメ旅の醍醐味といえそうです。知的好奇心と食欲を存分に満たしながら、飛騨高山のおいしい旅の夜が豊かに更けていきます。
山勇牛一貫
住所 | : | 岐阜県飛騨市古川町南成町1-27 |
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電話 | : | 0577-73-3929 |
営業時間 | : | ランチ 11:00~15:00(L.O.14:30) ディナー 18:00~21:00(L.O,20:30) ※ディナーは予約優先(鉄板焼きは要予約) |
定休日 | : | 無休(臨時休業あり) |
web | : | https://hida-yamayuushi.com |
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