旅という非日常の中でこそ改めて感じられる、日本の良さがそこにある。伝統を学び、豊かな自然の恵みを受ける1泊2日のモデルコースをご紹介します。
※価格は税込表記です。
旅の玄関口となるのは、2024年に開港60周年を迎えた いわて花巻空港。東北新幹線がまだ開通していなかった開港当時は、東京都と岩手県を結ぶ空の玄関口でした。現在は札幌、名古屋、大阪、神戸、福岡のほか、海外では台湾に就航しています。
〈1日目・奥州市・一関市〉
「Mizusaki Note」で「江刺りんご」を食べ比べ
最初に訪れたのは奥州市江刺(えさし)にある「Mizusaki Note(ミズサキノート)」。「及川りんご園」を営む及川健児さん・由希子さん夫婦が2010年に開業したカフェで、花巻空港から車で約35分の場所にあります。
グラフィックデザイナーを経て家具職人として宮城県で活躍していた健児さんが、実家のりんご園を継ぐために帰郷。窓から見える景観を意識して整備し直したという園地は、早稲種から晩成種まで植えることで長くりんごの実が成る景色を楽しむことができます。
花が咲き誇る春や雪に覆われる冬もまた絶景で、来るたびに違う景色を愛でることができるのも魅力です。
カフェメニューを考えるのは由希子さん。その時獲れるりんごの特徴やその年の出来具合に合わせて味を調整し、メニューを開発しているそう。一番人気はアップルパイ。育成している約15品種の中から旬のりんごを使用するため、時期によって違うりんごのアップルパイを食べることができます。
人気は、品種ごとに搾った9種類の「APPLE JUICE」。写真左から王林、きおう、トキ、つがる、サンふじ、シナノゴールド、さんさ、ジョナゴールド、紅玉で、左の王林が最も甘みが強く、右にいくにつれて酸味を強く感じます。
昼夜の寒暖差が大きく、肥沃な大地を有する奥州市江刺は、りんご栽培に適した土地。昭和40年代、国が実施した樹高を抑える「わい化栽培」のモデル園地に選ばれ、一大産地となりました。
初セリでひと箱120万円の高値が付いたこともあり、「江刺りんご」はブランド化されています。秋冬は果実が凍結するほどまでは気温が下がらないため収穫ギリギリまで樹の上で熟成させることができ、その分蜜を豊富に含ませることができるそう。
この地ならではのりんごの味わいを、ぜひ楽しんでください。
Mizusaki Note
住所 | : | 岩手県奥州市江刺稲瀬水先595-2 |
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電話 | : | 0197-35-8548 |
営業時間 | : | 10:30〜17:00 |
定休日 | : | 月〜水曜 |
web | : | Mizusaki Note 公式サイト |
「及富」でお気に入りの南部鉄器を手に入れる
Mizusaki Noteを後にして訪れたのは、車で約20分のところにある奥州市水沢の南部鉄器工房「及富(おいとみ)」。
奥州市出身のメジャーリーガー・大谷翔平選手のSNSで商品が紹介されたほか、イタリアミラノの国際デザイン賞「A'DESIGN AWARD&COMPETITION 2024」で、8代目菊地章さんがデザインした鉄瓶「スワローポット」が銀賞を受賞するなど、注目を集めている工房です。
1848年創業の同工房では、伝統を引き継ぎながらも新しいデザインを取り入れた鉄器製品を生み出してきました。予約すると工房を見学することができ(平日のみ)、職人が商品を製造する工程を間近に見ることができます。
訪問した日は、鉄を流し込むための「生型(なまがた)」と呼ばれる砂型製作の様子を見学することができました。金型に砂を詰め、機械で圧縮して成形していきますが、元となる鉄器の型は繊細に手作業で作られるのだそう。
日によって熱した鉄を流し込む迫力ある工程を見ることもできるので、予約の際に確認してみてください。工房見学の後は、歴代の商品がずらりと並ぶショップスペースへ。
及富では古くから斬新で遊び心のある商品を生み出してきたそうで、スワローポットを発表したのも約40年前。6つの瓢箪が隠れている「ひさご」などユニークなデザインのものも見られます。
6代目がデザインした「ひさご 1.2L」(33,000円)。6つの瓢箪(ひょうたん)で「むびょう」、無病息災のごろ合わせです。縁起の良い言葉でゲン担ぎするところに、日本らしさを感じます。
「おもしろいかおもしろくないかで製造するものを決めています」と菊地さん。デザインのみならず、3D砂型プリンタ技術を取り入れた製品づくりの実験もするなど、工程にも新しい手法の導入を試みているそうで、終始挑戦する姿勢が伝わってきました。その情熱とワクワクする気持ちが商品からも滲み出て、ファンを増やしているのでしょう。生活に取り入れると暮らしが楽しくなる。そんな逸品が揃っていました。
及富
住所 | : | 岩手県奥州市水沢羽田町宝生57 |
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電話 | : | 0197-25-8511 |
営業時間 | : | 9:00〜17:00 |
定休日 | : | 土・日曜、祝日 |
web | : | 及富 公式サイト |
「助八寿司」でブランド牛に舌鼓
昼食は、奥州市のブランド牛「前沢牛」を食べようと、市内で初めて前沢牛の握りを提供したとされる「助八寿司」を訪れました。前沢牛は、1978年に東京食肉市場で肉質日本一を記録。国内最大規模の全国肉用牛枝肉共励会で最高位を6度受賞しています。
同店の人気メニューは、「前沢炙り牛セット」。握り、軍艦、巻物の3種を食べることができます。
霜降り肉ながらしつこくなく、脂に甘みがあるのが特徴で、リピーターも多いそう。地元客にはちらし寿司も人気でした。
助八寿司
住所 | : | 岩手県奥州市前沢駅東2-8-9 |
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電話 | : | 0197-56-4141 |
営業時間 | : | 11:30〜14:00、17:00〜21:00 |
定休日 | : | 月曜(祝日の場合は翌日) |
歴史ある酒蔵「世嬉の一酒造」の建物群を見学
食後は、一路一関市へ。約25分のドライブで、「世嬉の一(せきのいち)酒造」に到着します。
敷地内の建物群は国の登録文化財に指定。大正初期に、東京駅で知られる辰野金吾の門下だった小原友輔が設計したもので、レンガ造りのモダンな洋風建築が特徴です。
事前に予約するとガイド付きで巡ることができます。
もともとはすべて酒造りのための施設でしたが、売上が低迷した時期にショップやレストラン、博物館として改装。貴重な建物群が今に至るまでに残されました。
最初はイベントホールと、「いわて蔵ビール」の工場になっている「石蔵クラストン」へ。
精米蔵だった石蔵を改装し、コンサートや結婚式に活用されているほか、奥ではビールを醸造しています。
同社では1995年にビール醸造を開始。アメリカ合衆国で開催されるビールの世界大会「ワールドビアカップ」で銀賞を受賞した商品もあるなど、世界からも評価されるビールです。
工場見学のみのコース(550円)もありますが、試飲付き(1,650円)に参加すると、酒米を蒸す窯場を改装した「蔵元レストラン せきのいち」で4種のビールの飲み比べも体験できます。
原料となる麦芽を食べ比べた後にビールを試飲。左からヴァイツェン、ペールエール、レッドエールに使われる麦芽で、スタウトは4つの麦芽をブレンドして味を決めているそう。
次は仕込み蔵を改装した「酒の民俗文化博物館」へ。実際に使われた1,600点もの酒造りに関わる道具が展示されています。1階は和風の土蔵ですが、屋根には、「トラス方式」と呼ばれるヨーロッパで伝統的に使われていた建築様式を導入。これにより東北一の面積を誇る蔵を造ることができたといわれています。
酒の民俗文化博物館の隣にあるのは、お酒を搾る「船場」と呼ばれた場所。ここでは現在清酒が造られています。同社は2023年に念願の清酒事業を復活。ビール造りの知見を生かし、一年中少量での醸造ができるようになりました。
最後は商品倉庫を改装したショップ「酒の直売所 せきの市」へ。
お土産を購入して、本日の宿へと向かいます。
世嬉の一酒造
住所 | : | 岩手県一関市田村町5-42 |
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電話 | : | 0191-21-1144 |
営業時間 | : | 施設により異なる |
定休日 | : | なし |
web | : | 世嬉の一酒造 公式サイト |
料理が自慢の「祭畤温泉 かみくら」に宿泊
宿泊したのは、「祭畤温泉 かみくら」。一関市内から約40分の祭畤(まつるべ)と呼ばれる土地にあります。1989年に温泉が見つかり開業。2024年1月からリニューアルに着手し、地元の幸を生かした“ジャパニーズフレンチ”のコース料理の提供を始めました。
着物の着付けサービスも新たに始め、好評を得ているそう。好みの着物を選び、部屋で着付けをしてもらうことができます。
着付けをしてもらって夕食へ。グランドハイアット六本木出身の千葉翔太シェフが監修した料理が、ひと皿ひと皿提供されます。厳選した岩手県産の素材を使用し、祭畤の自然を表現した遊び心たっぷりの盛り付けが自慢です。
食後はゆっくりと温泉に浸かり、疲れをとります。カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉の温泉は、肌触りも柔らかく、「美肌の湯」として親しまれているそう。天気にも恵まれ、露天風呂では頭上に星を眺めることができました。
新緑に包まれながら入浴することができる、朝風呂もおすすめです。
祭畤温泉 かみくら
住所 | : | 岩手県一関市厳美町祭畤32 |
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電話 | : | 0191-39-2877 |
営業時間 | : | チェックイン 15:00〜18:00、チェックアウト 10:00 |
日帰り入浴 | : | 10:00〜15:00(入浴受付は14:00まで) |
web | : | 祭畤温泉 かみくら 公式サイト |
〈2日目・一関市・平泉町〉
創業100余年の「京屋染物店」で藍染め体験
翌朝は、宿で朝食をとり、再び一関市へ。
35分ほど車を走らせ、1918年創業の「京屋染物店」が手がける複合ショップ「縁日」に到着。築200年の古民家を改装した店舗は広大な敷地の中にあり、予約すると簡易の藍染め体験をすることができます。
工程はとても簡単。白いハンカチの好きな場所でビー玉を包み、輪ゴムで留めるだけ。留めた部分に染料が入らないため、固く結ぶとくっきりと、緩く結ぶと、じんわりと輪の模様が生まれます。
結び終わったら手袋をしてハンカチを染液へ。揉み込むように浸したのち、空気に触れさせることで濃い緑色から濃い藍色に発色していきます。
染液を揉み込み、空気に触れさせる工程を2回繰り返します。
水で洗うと鮮やかな藍色が出現。オリジナルの藍染めハンカチが完成しました。
敷地内にはカフェもあり、岩手県内で害獣駆除された鹿肉を使ったカレー(1,430円)を提供しています。これまで鹿肉はそのほとんどが廃棄されていましたが、山からいただく恵みを供養する郷土芸能・鹿踊りの舞手でもある蜂谷さんは鹿の命を生かす取組に尽力。鹿革を使った製品を開発するほか、自ら狩猟も行っています。
京屋染物店では、長く郷土芸能の衣装の染色などを手がけてきたことから、土着の文化をもっと伝えていきたいと「縁日」という自社ブランドでオリジナル製品も開発。ショップスペースでは、同社がセレクトした岩手県を中心とした作り手の商品とあわせて「縁日」の商品を購入することができます。
「岩手の南の玄関口になれたら」と蜂谷さん。ここに来ると岩手や東北に根付く文化の一端に触れることができそうです。
縁日
住所 | : | 岩手県一関市赤荻笹谷275 |
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電話 | : | 0191-34-8030 |
営業時間 | : | 11:00〜17:00 |
定休日 | : | 火〜木曜 |
web | : | 縁日 公式サイト |
「平泉世界遺産ガイダンスセンター」で事前学習
午後はいよいよ奥州藤原氏が築いた世界遺産を有する平泉町へ。まずは縁日から車で10分の「平泉世界遺産ガイダンスセンター」で世界遺産の概要を学びます。
前九年合戦、後三年合戦と、平安末期に東北地方で起こった戦で、父と妻子を亡くした奥州藤原氏の初代・清衡。平和な世の中を創ることを望み、戦で命を落とした敵味方、鳥獣すべての霊を弔い、現世に争いのない極楽浄土を築こうと建立したのが構成資産のひとつである「中尊寺」であると考えられています。
館内には、「中尊寺」「毛越寺(もうつうじ)」「観自在王院跡」「無量光院跡」「金鶏山」という構成5資産と、追加登録を目指す関連資産「柳之御所遺跡」「達谷窟(たっこくのいわや)」「骨寺村荘園遺跡(一関市)」「長者ヶ原廃寺跡(奥州市)」の解説などがあり、資産を訪れる前に知識を深めることができます。
清衡の思いを継ぎ、2代基衡が町の南西部に浄土庭園をもつ毛越寺を造営。妻はその東側に観自在王院を、3代秀衡は、金鶏山を背後に京都の平等院鳳凰堂を模して無量光院を建設したと伝わります。
観自在王院は、金鶏山に沈む夕日の輝きにより、はるか西にある極楽浄土を体感できるよう設計されたとか。世界にも仏教に関連した遺跡は多くありますが、日本固有の自然崇拝と融合して築き上げられた庭園が独特であることが評価され、世界遺産に登録されました。
これで事前準備は万端、遺産へと赴きます。
平泉世界遺産ガイダンスセンター
住所 | : | 岩手県西磐井郡平泉町平泉伽羅楽108-1 |
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電話 | : | 0191-34-7377 |
営業時間 | : | 9:00〜17:00、11〜3月は〜16:30 |
定休日 | : | 12月29日〜1月3日 |
web | : | 平泉の文化遺産 公式サイト |
「毛越寺」をゆったり散策し、心を浄化
まずは2代基衡が造営した毛越寺を拝観します。
基衡が築いた建物は焼失し、礎石が残るのみですが、仏堂と「大泉が池」を中心とする苑池(えんち)が一体となった「浄土庭園」がほぼ当時の形のまま現存しています。大泉が池は海を表し、「州浜」や「築山」などを「塔山」と呼ばれる小山を背景に表現。自然の美しさを生かしながら作庭された人工池です。
かつては池の中心に橋がかかり、その奥に「圓隆寺」と呼ばれた本堂があったと考えられています。池を覗くと、水の中に残る橋脚の根元を見ることもできました。
庭園の奥に池に水を取り入れる水路「遣水(やりみず)」が往時の姿のまま発見されたことも貴重。平安時代の遣水の遺構は、日本で唯一、毛越寺だけだそう。
取材時はハスが満開。アヤメ、ヤマユリ、カエデなど季節ごとに草花を楽しむこともできます。
平和を願い、造営された毛越寺。焼失してしまった仏様や建物も、当時の最先端技術を結集し作られていたと考えられています。
「戦がある世の中では、富があれば武器を集めたり砦を造ったりしがちだと思います。けれども藤原氏は、お寺を造り、亡くなった方や生きている方を癒すという取り組みをしたんですね」と南洞さん。
現代を生きる私たちが、平泉から学ぶことは多くありそうです。
毛越寺
住所 | : | 岩手県西磐井郡平泉町平泉大沢58 |
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電話 | : | 0191-46-2331 |
営業時間 | : | 8:30〜17:00、11月5日〜3月4日は〜16:30 |
定休日 | : | なし |
web | : | 毛越寺 公式サイト |
「中尊寺」で平和を願う
旅の最後は、初代・清衡が建立した中尊寺へ。「月見坂」を上り、境内へと進みます。中尊寺は標高約130mの丘陵にあるため、この坂が本堂や金色堂への表参道として利用されてきました。
本堂の御本尊は、文献をもとに2013年に造顕されたもの。左右には「不滅の法灯」と呼ばれる延暦寺からの分灯が絶えず灯されています。特徴的な左手は、実在する書物に描かれていたもので、お釈迦様が一方的に説法するのではなく、弟子の言葉も受け止める様子を表しているそう。
本堂を後にして向かったのは、讃衡蔵(さんこうぞう)。平安期の諸仏、国宝「中尊寺経」(複製)、奥州藤原氏の遺体の副葬品などを間近に見ることができる宝物館です。
藍染めの紙に金字・銀字で書写された経文は必見。執事の佐々木五大さんによれば、経典には東北に一大拠点を築くことで国全体の秩序を守ろうとした清衡の思いがしたためられているといいます。
続いて、いよいよ金色堂へ。現在は金色堂を守る「新覆堂(しんおおいどう)」の中に金色堂を見ることができます。
かつて金色のお堂は覆われない状態で丘陵地に立ち、人々は山の麓から夕日が沈む金色堂に手を合わせ、日々の仕事を終えるような生活を送っていたと想像されています。
新覆堂に足を踏み入れると、堂の内外に金箔を押した金色堂を拝観できます。上棟は1124年。建物は青森ヒバ、屋根には船などに使われる水に強い高野槇(こうやまき)が使われていたことからも、覆いがない状態で外に立っていたと考えられました。
堂内の装飾には、螺鈿細工や透かし彫りなど、当時の優れた工芸技術が採用されていて華やか。平安末期には多くの阿弥陀堂が建てられましたが、漆を塗った上に金箔を飾った例はほかにはないそう。中央に清衡、左に基衡、右に秀衡・泰衡が眠っています。
また、阿弥陀三尊像の前に六地蔵が安置されているのもならでは。佐々木さんによれば、六地蔵は地獄や修羅道で苦しんでいる人も救う仏様で、生前に戦などで悪事をせざるを得ず地獄に落ちてしまった人も救済し、その後阿弥陀様の世界へ行けるようにという清衡の願いが込められていると考えられているそう。
いかに万物平等と平和を願ったか、清衡の強い想いを感じることができる場所でした。
中尊寺
住所 | : | 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202 |
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電話 | : | 0191-46-2211 |
営業時間 | : | 8:30〜17:00、11月4日〜2月末日は〜16:30 |
定休日 | : | なし |
web | : | 中尊寺 公式サイト |
約100年にわたり栄華を誇った平安時代から現代まで、土地の恵みを生かした多様な文化が育まれてきた岩手県南。その豊さと、平穏を願ったからこそ生まれた遺産の力強さを体感し、失ってはならない感覚を呼び覚ますような旅でした。
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