先人から伝わる風習や伝承、信仰などが今も生活の中に息づき、旅の中でも体験できる津軽地方。人との関わり合いと暮らしの知恵、先祖が伝えた物語を守り伝えた津軽の人たちを近くに感じられる津軽のディープ旅「古津軽(こつがる)」を楽しみます。
画像: あなたの知らないディープ青森~ 生活に息づく物語を抱く里・古津軽の魅力

西村 愛

2004年からスタートしたブログ「じぶん日記」管理者。47都道府県を踏破し、地域の文化や歴史が大好きなライター。
島根「地理・地名・地図」の謎 (実業之日本社)、わたしのまちが「日本一」事典 (PHP研究所)、ねこねこ日本史でわかる都道府県(実業之日本社)を執筆。 サントリーグルメガイド公式ブロガー、Retty公式トップユーザー、エキサイト公式プラチナブロガー。

鳥居の「鬼コ」はやさしい鬼。鳥居にちょこんと座るかわいい鬼に出会う

青森県弘前市、津軽の霊山とも呼ばれる岩木山のふもとにある「鬼沢地区」。
ここは私たちが怖いと信じている「鬼」を神様として祀り、愛すべき存在と捉え、大切に扱っている地域です。
鬼沢にはある日鬼がやってきて、一晩で堰(せき)を築き周囲の田んぼを水で潤したという伝説が残っており、今でもそれは「逆堰(さかさぜき)」として利用されています。米作りが盛んな地域にとって、大変ありがたい存在であったことは間違いありません。

その鬼を祀るのが「鬼神社」で、地域の人たちが大切に守ってきた氏神様です。
鬼神社の鳥居に掲げられた扁額の文字の「鬼」には、角を表す最初の1画目がありません。我々が思う”恐ろしい鬼”とは違い、心優しくてみんなの幸せのために働く鬼沢の鬼への敬意を表した形です。本殿には大きな鉄製の鎌などの農機具が納められています。堰を作ってくれたことへの感謝を鬼へ伝え、また農業の繁栄のご利益を預かる存在として、鬼神社は地域の人たちに大切にされ、多くの崇敬を集めています。

津軽地方の約40の神社では、鬼は地域を守ってくれる「いい鬼」として、鳥居の上に「鬼コ」がちょこんと座っています。
迫力があるけれど憎めない、そしてちょっと情けない表情や愛らしい表情で鳥居にちょこんと座る鬼コ。立体的で鳥居にはめ込まれているので正面からだけでなく横から見るのも楽しく、守り神として鳥居を肩で支える後ろ姿も頼もしく、色や表情もさまざまです。

鬼沢には、鬼が腰かけたとされる大木「鬼沢のカシワ」や鬼が相撲を取った場所「鬼の土俵」など、鬼にまつわるスポットが点在します。
鬼とともに生き、先祖から代々受け継いだ鬼神信仰をしっかりと守り伝える鬼沢の人々は、節分の豆まきはしないか、「福は内、鬼も内」と唱えるということです。

鬼神社(きじんじゃ・おにじんじゃ)

住所青森県弘前市鬼沢菖蒲沢
電話0172-32-5796(宮司宅)
URLhttps://kotsugaru.com/story/maine_story/maine_story01.html

白山姫神社

住所青森県弘前市鳥井野宮本4

石川八幡宮

住所青森県弘前市石川寺山62

創意工夫から生まれた伝統の模様、雪国の手仕事"こぎん刺し"

青森・津軽に伝わる刺し子「こぎん刺し」。歴史は定かではないものの1600年代の文献に見え、1788年(天明8年)に記された「奥民図彙」に絵入りで紹介されています。

藩政が敷かれていた江戸時代、豪雪地帯の津軽であっても農民は麻しか身に着けることが許されていませんでした。か細い糸の粗悪な麻しか着ることが出来なかった農民たち。そこに木綿の糸で刺し子をすることで麻着物を丈夫に、そして保温性を持たせるために刺し子をする…、それが雪国の知恵から生まれた「こぎん刺し」でした。

こぎん刺しの模様はひと針ひと針でまず小さなパターンが生まれ、それらを組みあわせることによって大きな図柄が出来上がります。それぞれの地域性あるパターンも生まれ、どの地域の女性が刺したのかわかるまでに。
模様には魔除けや祈りや願いが込められ、加えてしょいこを背負う肩口に厚みを持たせるなど実用性もありました。

古い時代のこぎんは細い繊維の繊細な麻に刺されているため、図柄そのものも細かくなります。これら江戸時代や明治時代に刺されたものは総称して「古作こぎん」と呼ばれています。
明治期頃の古作こぎんを展示するのが「ゆめみるこぎん館」です。
故・石田昭子さんが収集した古作こぎん30数点を展示し、管理するのはお孫さんである石田舞子さん。編集者でもある舞子さんは祖母の集めた古作こぎんの本を制作し、奥深いこぎんの世界を広く紹介しています。時代とともに着られなくなっていったものの大正期から昭和にかけて見直されて復活、さらに現代は針仕事として楽しまれるものとなったこぎん刺しの文化を語り継ぐため、石田さんは編集者として“出版”という形で世の中に送り出しています。
こぎんが大好きだった昭子さんが実際に刺したこぎんや、縫った手芸作品も展示。祖母への愛が詰まったスポットであり、かつここに展示されるこぎんからは、津軽を生きた女性たちがこぎんを通して現代の私たちに語りかけてきてくれるような世界観がありました。

こぎん刺しを現代に伝え、創作だけでなく研究も行う第一人者・佐藤陽子さんの工房兼展示場「佐藤陽子こぎん展示館」にもお邪魔しました。
展示館では、民俗学者・田中忠三郎氏より受け継いだ古作こぎんコレクションの一部の展示や、津軽の暮らしの中から生まれたこぎんの文化的側面や歴史などを、こぎんと共に歩んできた佐藤さんからわかりやすい言葉で直接解説してもらえます。

佐藤さん「こぎんにはメソッドはなく、針の刺し方ひとつひとつでその人その人のこぎんがある」。

元々は藍染め麻に白い木綿糸だったこぎんの世界は昭和になり、カラフルで現代モチーフなどを取り入れた新しい楽しみ方が続々と生まれました。そんな中、太目12本取りの佐藤さんオリジナル糸が考案され、販売されています。この糸は図柄が立体的に浮き上がり、かつ、隙間なく刺せることで布地とのコントラストをはっきりと出せると好評です。

こぎんの世界を知ったらきっと誰もがやってみたくなるはず!
そんな時はこぎん専用の布や糸の種類豊富な手芸店「しまや」へゴー。
こちらできる体験は1時間程度。針と糸を使ってこぎんを指先で味わう楽しさ!加えてかわいい作品を作って持って帰ることが出来ます。こぎんの歴史やパターンについても説明してもらえ、有意義な時間になるでしょう。創作意欲に火がついたらその場でこぎん専用布や刺繍糸も購入できます。種類は色々なものがありますが、自分にあった道具や材料の相談にも乗ってもらえます。

「使ってこそこぎん」。
佐藤陽子さんの言葉にもあるとおり、作る楽しみ、つかう楽しみを与えてくれる津軽の手仕事が、私たちの生活を彩りあるものに変えてくれるかもしれません。

ゆめみるこぎん館(見学・体験は要予約)

住所青森県弘前市高屋本宮453-1
電話090-5194-1278
営業時間予約制
URLhttps://www.instagram.com/maiko.ishita/

佐藤陽子こぎん展示館(見学・体験は要予約)

住所青森県弘前市真土東川199-1
電話0172-82-3367
営業時間予約制
URLhttp://youko-kogintenjikan.com/

しまや(体験は要予約)

住所青森県弘前市百石町13-1
電話0172-32-6046
営業時間9:00~18:30
定休日日曜日
URLhttps://shimaya.info/

津軽の奥座敷、名湯湧き出でる温泉地「温湯温泉」「大鰐温泉」

青森県は全国でも片手に入るほどの名湯、秘湯がひしめき合う県。
歴史をさかのぼると、農閑期に体を休めるため、また休暇を楽しむために温泉地へ出かける「湯治」が盛んに行われた過去があり、現在でも往時を思わせる個性的な町並みや宿を見ることができます。

そのひとつが、湯治が盛んだった時代の町の造りを今に見ることができる黒石市にある「温湯温泉」です。
湯治とは、農民や炭鉱民などが温泉で長期滞在しながら温泉治療を楽しむ、主に明治時代~昭和初期に盛んだった文化的な活動を指します。皆は食材を持ち寄り、自炊しながら温泉宿で滞在しました。寄り集まった人たちは、見ず知らずの間柄でも助け合い、時にはおかずを分け合ったりしながら一緒に楽しみました。
温湯温泉の中心地にある共同浴場を囲むように「客舎」が並んでいます。客舎は湯治をするための自炊宿のこと。客舎は内湯がなく、宿泊客は共同浴場を利用します。
中心にある共同浴場は昔、客舎よりも低く作られた屋根の上で出し物などが行われ、客舎の部屋から見物することができたそう。徐々に失われつつあるどこの温泉地にもあった風景。温湯温泉は、今でもこの形態が残る貴重な温泉街といえます。

「大鰐温泉郷」は、りんご畑に囲まれた青森らしい景色の中を通るローカル線の、弘南鉄道大鰐線終着駅にあります。
温泉街にはマジョリカタイルの湯ぶねとステンドグラスの光が差し込む、情緒的な浴場を持つ温泉宿「ヤマニ仙遊館」があります。明治5年創業、130年に届く趣深い建物で、源泉かけ流しの温泉に浸かり、しみじみと静かな夜を過ごすことができる宿。かつて宿の1階部分は湯治部屋として使われており、かの太宰治も家族と一緒に過ごした由緒ある旅館です。
温泉街には昔から地元で愛される黒糖を使ったお団子を販売する「八木橋餅店」や、焼型で1枚1枚丁寧に焼く落花生入りせんべいを販売する「まみや煎餅店」など、個性的でどこかなつかしいお店がいっぱい。温泉の湯気で育てる地元伝統野菜「大鰐温泉もやし」を使ったラーメンは細くシャキシャキとした食感のもやしをたっぷりと乗せたアツアツメニュー。
ノスタルジーあふれる風景やおいしい体験・癒しの体験から、当時の面影を探索するタイムトリップをしてみませんか。

[温湯温泉]

飯塚旅館

住所青森県黒石市温湯字鶴泉60
電話0172-54-8303
URLhttp://matinami.o.oo7.jp/hatago/higasi-nippon/iiduka-nuruyu-kuroisi.html

温湯温泉郷 温湯温泉共同浴場(鶴の名湯温湯温泉)

住所青森県黒石市大字温湯字鶴泉79
電話0172-54-8591
営業時間5:00~22:00(入館は21:30まで)
休館日なし
URLhttps://www.nuruyuonsen.com/

[大鰐温泉]

ヤマニ仙遊館

住所青森県南津軽郡大鰐町蔵館村岡47-1
電話0172-48-3171
URLhttps://senyukan.com/

まみや煎餅店

住所青森県南津軽郡大鰐町大字大鰐字前田37-5
電話0172-48-2422
営業時間8:00~17:30
定休日なし
URLhttps://machi-aruki.sakura.ne.jp/spot_detail.php?m=1&s=185&sbmin=1&SSID=1

やぎはし餅菓子店

住所青森県南津軽郡大鰐町大鰐99-3
電話0172-48-4010
営業時間9:00~16:00
定休日なし

山崎食堂

住所青森県南津軽郡大鰐町大鰐前田34-21
電話0172-48-2134
営業時間11:00~15:00
定休日なし

津軽の人々の心も財布も潤した「大石武学流」庭園を散策

津軽地方にはこの地域だけで発展した庭園流派があります。
津軽地方の平川市尾上地区を中心とし、黒石市、弘前市などに広がる津軽地方独特の形式や技法を用いた「大石武学流庭園」です。

どこでどのように生まれた流派なのか、わかっていないことが多いこの庭園形式。切り出されたままの自然石をダイナミックに配置するのが特徴で、それらはどれも巨石と呼べる大きなものです。
大きな石をつかうためには牛馬を使い、人々の手によって運ばれてくる必要があります。このように大がかりな作庭を行った理由には、商家が小作人たちに仕事を与えるという意図がありました。長い年月をかけて作らせることで、その間の賃金を払うことにより貧しい小作人たちの生活を安定させていたのです。

石の使い方には特徴があり、座敷の縁側から庭へと向かう1方向から3方向の飛び石や、中心に置かれる礼拝石、また、自然石を使った石灯籠(野夜燈・やどう)が設置されます。一般的に礼拝石は、その上に立って遠くの社などを拝むものですが、大石武学流ではこの石に乗ることは許されずお供え物などを置く場所として使われるなど、庭の作法も決められています。

黒石市にある金平成園は、政治家・実業家である加藤宇兵衛の庭。「万民に金が行き渡り、平和な世になるように」との願いから名付けられました。10年をかけて作庭されています。主屋にもこだわりがあり、金箔張りの襖や豪華な欄間、緻密な意匠の釘隠しなど見どころがあります。

平川市の清藤氏書院庭園は、鎌倉時代に現代地に土着した清藤家の庭園です。現在清藤家は27代目、書院を持つ家は築150年で今も使い続けられています。
清藤家に伝わる文献によると1619年に作られた庭だとされており、当初は鎌倉の北条時頼の妾・唐糸御前の菩提樹であったケヤキの木を中心に作庭、大石武学流庭園の原型であり先駆けと言われています。

その清藤家の別邸にあたるのが、清藤氏書院庭園のすぐ隣にある盛美園。金平成園と同じ庭師を招いて作られ、大石武学流の傑作との呼び声も高い庭園です。盛美園築庭当時は凶作に次ぐ凶作で、困窮を極めた農民たちを集め、意識的に9年という時間をかけて庭園技術者を養成する意味で作られたとも言われています。
築山した高低差のある庭に雪国にも強い針葉樹が中心に植えられ、シンボルツリーにも見事な松が配置されています。
男性的な庭を感じさせる大石武学流庭園に優美な和洋折衷の洋館、のコントラストも楽しめます。庭は回遊式になっており、庭側から見る洋館の姿も大変美しいものです。

加藤家や清藤家といった名家と助け合う心があって、現代にも残る名庭園が数多く残されている津軽。先人たちの努力によって、現在も造園業が盛んな土地柄が築かれました。大石武学流の流れは、大規模庭園に限らず一般の家庭にも普及しており、「庶民の庭」としてもその精神が受け継がれています。
古くからの魂が今に伝わる里「古津軽」の暮らしや、伝統文化をじっくりと噛みしめる旅の締めくくりに、心休まる庭園散策。小さな農村に花開いた富の象徴は、津軽の誇りを存分に感じさせてくれました。

金平成園

住所青森県黒石市内町2-1
電話0172-53-2242
開園期間2023年11月30日(木)まで ※予定
開園時間9:30~16:00
休園日月曜日(国民の祝日の場合はその翌日)
URLhttps://kuroishi.or.jp/sightseeing/kanehiranarien

清藤氏書院庭園

住所青森県平川市猿賀石林1-6
電話0172-57-2127
開園時間9:00~17:00(要予約)
休館日不定休

盛美園

住所青森県平川市猿賀石林1
電話0172-57-2020
開園時間9:00~17:00
休館日なし

ものがたりが生きる里「古津軽」
https://kotsugaru.com/

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