※ランキングは2020年1月7日時点のものです。2020年3月現在、新型コロナウイルスの影響により、一時的なビザの発給停止が行われている国もあります。ご了承ください。
4人に1人が持つ、日本のパスポート
日本では、4人に1人が持っているというパスポート。毎年2月20日(旅券の日)に発表される統計では、2019年に発行されたパスポートは約450万冊で、有効なパスポートは約3030万冊も存在しているといいます。
そしてそのパスポート、実は5種類もあることをご存じでしょうか。左上の紺色が5年用、赤(えんじ)が10年用。一般の人には珍しい緑色は、主に国会議員や各省庁の方が使う公用旅券。茶色は皇族や閣僚そして外務公務員が使う外交旅券。右下の紺色は「緊急旅券」といって、在外公館において特別な理由があるときに即時発効するものです。
「2020年の五輪までにはパスポートを刷新したかった」
取材に対応してくれたのは、外務省領事局、旅券課の首席事務官である上薗英樹さんと、外務事務官の佐藤美貴さん。パスポートの刷新がこのタイミングになった理由から聞きました。
「理由はいくつかあります。大前提として、旅券(パスポート)には偽変造対策が欠かせないので、新しいセキュリティ技術を投入するなど定期的にグレードアップさせています。周期は5~7年ごとですね。前回が2013年で、今年はそれから7年目にあたりますから更新の時期だったのです」(上薗さん)
2013年といえば、「東京2020オリンピック・パラリンピック」の開催が決定した年。上薗さん曰く、今回の五輪開催までにはパスポートを刷新したい、という思いもあったそう。このタイミングで偽変造対策を強化することは、今後の不法入国などの水際対策にも寄与できるのです。
日本初のパスポートは江戸時代に誕生
では、日本のパスポートはこれまでどのように進化してきたのでしょうか。上薗さんが、エポックメイキングな出来事を中心に教えてくれました。
「現代のパスポートにあたる海外渡航文書の発給が始まったのは、江戸時代末期の1866(慶応2)年です。初めて取得したのは曲芸団『日本帝国一座』を率いてパリ万博に向かった隅田川浪五郎という人です。当時は写真が普及していなかったので、文字で人相などの特徴を記載していました。当時の旅券は賞状のような形状で、年齢や身長のほか、目、鼻、口……といった項目に、その人の特徴などが記載されています」(上薗さん)
そう言って見せてくれたのが、当時の旅券のレプリカです。
確かに、人相などの項目があり、外見的な特徴が書かれています。なお、現存する最古の旅券は、1番目に発給された隅田川浪五郎氏のあと、曲芸師の亀吉さんに発給されたもの。年齢は23歳。身長は数字ではなく「髙き方」という表記で、目は小さく鼻は高い人だったことなどが書かれています。
「その後、明治維新を経て1878(明治11)年2月20日に海外旅券規則が制定。法令の中に初めて『旅券』という言葉が使われたことから、毎年2月20日は『旅券の日』となっています。そして今の旅券の原型が生まれたのが、1926(大正15/昭和元)年。賞状型から現在のような冊子型へ刷新され、表紙にも菊の紋章が入りました」(上薗さん)
しかし1939年、第二次世界大戦が勃発。日本人は海外渡航が禁止され、終戦後もGHQの許可が出ないと海外旅行はできませんでした。解除されたのは、1951(昭和26)年にサンフランシスコ平和条約が締結されてから。ここで今日の旅券法の礎もできましたが、戦後間もない時代は外貨が入らなかったため、海外に行く日本人は少なかったそうです。
「海外旅行が身近になったのは、前回の東京五輪が開催された1964(昭和39)年です。日本人の海外観光渡航が自由化され、観光目的のパスポートも発行されるようになりました。年間の発行部数が、10万冊を突破したのもこの年です」(上薗さん)
その後1992(平成4)年に国際民間航空機関の勧告を受けて、機械読み取り式になったパスポートは、冊子の大きさも現在と同じサイズに。そして2006(平成18)年には、ICチップが導入されました。
「技術の進化としては、(ICチップの導入は)大きかったですね。でも今回の2020年版も、これまでにない試みがなされました。芸術作品をデザインの一部に取り入れたことです」(上薗さん)
セキュリティ対策で採用された、葛飾北斎の「冨嶽三十六景」
今回、新しくなったのはパスポートの中の査証ページ。ここに初めて、芸術作品が採用されました。葛飾北斎の「冨嶽三十六景」は、46の作品がありますが、その中から基本的にアイウエオ順に、5年用パスポートは16作品、10年用パスポートは24作品を採用しています。
「2013年版の登場から、すぐに2020年版をどうするかというプロジェクトがスタートしました。デザイン選定にあたっては、著名なジャーナリストや芸術大学の名誉教授のほか、元マラソン選手や俳優など5人の方による『次期旅券冊子デザイン選定準備会合メンバー』に議論をしていただき、外務省の内部検討を経て岸田外務大臣(当時)が最終決定し、2016年に報道発表をしました」(上薗さん)
デザインの候補はほかにも、正月やひな祭りなど、日本の原風景にも似た情景や、空を飛ぶ旅を連想させる鶴、桜などの日本の季節を代表する四季の植物をモチーフとしたものがあったそう。その中で、「冨嶽三十六景」となった決め手は何だったのでしょうか。
「ひとつは日本らしさ。世界的に広く知られている、日本を代表する浮世絵であり、富士山をメインモチーフにしていることも大きかったです。あとは親しみやすさなど、芸術作品としての特性も決め手でしたね。そうして、いくつかの候補から『冨嶽三十六景』が最もふさわしいという結論に至りました」(上薗さん)
「冨嶽三十六景」の中でも、通称“赤富士”の名で親しまれている「凱風快晴」。偽変造防止技術が施されている特殊なインクのため赤い色ではありませんが、日本伝統の「江戸紫」が採用されています。「江戸紫」は、東京スカイツリーのライトアップにも使われている色です。
日本のパスポートが世界最強の理由
「冨嶽三十六景」を導入したのは、デザインよりも前に偽変造防止の観点があるからだと上薗さんは言います。数字などのシンプルなデザインよりも、複雑性のある芸術作品にしたほうが、不正な読み取りや、偽変造がされにくいのだそうです。
ほかにも、パスポートにはさまざまな特殊技術が盛り込まれています。製造は紙幣を作る国立印刷局が担当していて、用紙も紙幣と同じ様に、国立印刷局製造の特殊技術が採用されているとか。
さらに2020年版パスポートは、IC内の個人情報の不正読み取り等を防ぐ機能も強化しているなど、とにかく精密。2013年版にしても十分にセキュリティは強固だったはずですが、この信頼性の高さが、日本のパスポートを“世界最強”たらしめている所以なのでしょうか。
ここからは、佐藤さんが答えてくれました。
「まず、世界一となった出自からお話ししますね。イギリスのコンサルティング会社『ヘンリー&パートナーズ』は、事前にビザをとることなく外国への渡航が可能な国・地域の数を定期的に調査し、“パスポートの強さ”として発表しています。その最新結果が1月7日に発表され、日本が1位になったと報じられました」(佐藤さん)
2020年版 ビザなしで渡航が可能な国・地域が多いパスポート | ||
---|---|---|
1位 | 日本 | 191 |
2位 | シンガポール | 190 |
3位 | ドイツ、韓国 | 189 |
日本人がビザなしで渡航可能な国・地域の数は、現在191で世界一。2018年7月時点ではシンガポールと並び189でしたが、その後ミャンマーにもビザなしでの渡航が許可されて以来、日本のパスポートは単独1位の評価を得ています。また、2019年にはブラジルへの渡航もビザが免除されました。191もの国と地域にビザなしで入国できるのには、どんな理由があるのでしょうか?
「もちろん、旅券のセキュリティの高さに対する信頼性はあると思います。そのうえで、海外で日本人による不法滞在や犯罪が少ないことですね。また、渡航先の国から、ビジネスや観光の面で日本人が歓迎されているという期待の高さも挙げられると思います」(佐藤さん)
日本のパスポートが最強の理由。それは、日本の信頼の高さにあったようです。そう言われてみると、日本人は海外でのスポーツ観戦後に会場を掃除する姿や、宿泊施設や飲食店でのマナーの良さが注目されています。それに加えて、外国人が驚くという、日本の電車の運行時間の正確さなどからも、誠実な国民性を感じてもらえているのかもしれません。こうした信頼の積み重ねが、ビザなしで渡航できる国が多い「世界最強のパスポート」を生んだのでしょう。
※2021年7月20日に一部内容を修正いたしました。
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