建築家・田根剛。2005年に行われた「エストニア国立博物館」の国際設計コンペティションにおいて若干26歳という若さで最優秀賞を授賞し、国際的な注目を浴びた。同博物館は2016年10月1日にオープン。また、日本の新国立競技場のコンペティションにおいて「古墳スタジアム」の設計案が大きな話題を呼んだことも記憶に新しい。現在、田根はパリを拠点に世界中のクライアントからの要望に応えるため世界中を飛び回っている。建築家の仕事は単に構造物を設計することではなく、その土地に刻まれた文化や歴史を掘り起こすことからはじまると彼は語る。建築家・田根剛が旅先でその土地を見つめる眼差し、そして旅をすることの魅力とは?

田根剛が世界各国で買い集めたヴィンテージアイテム。歴史を刻むものに魅せられた理由とは?

時間は生み出すことができない。歴史を重ねたものが持つ、絶対的な魅力

JAL:旅も生活も、偶然の出会いを大事にしているということですね。旅先での、印象的なものとの出会いはありますか?

田根:旅先でヴィンテージのアイテムを買うことが好きなのですが、先日奈良に訪れたときに骨董屋で紀元前200年頃につくられた小さな壺を買いました。多くの人の手を渡ってきた歴史があると思いますが、その偶然が重なっていまぼくの手元に来たと思うと、おもしろいですよね。

JAL:紀元前200年というと、2,000年以上前のものですね。なぜ、古いものに興味を持たれるのでしょうか?
田根:時間はお金に換えられないじゃないですか。自分の人生では到底追いつけないような長い時間を、ものを通じて手に取ることができるっていうのはすごいことだなと。1,000年前のものが10,000円だとしたら、1年あたり10円の計算になる。もちろん、価値の決まり方はこんなに単純ではないですが、1000年前のものが1年10円の価値で手元におけるというのは、ぼくの感覚からすると安いと思うんですよね。

JAL:「ものが持っている時間」に価値があるということでしょうか?

田根:「時間そのもの」の価値もあるとは思いますが、「長い時間をかけることでしかつくり出せないもの」を引き寄せるというようなイメージですね。ぼくたちは現在や未来に残すものをつくり出すことはできますが、過去にさかのぼってものづくりをすることはできません。
歴史を持つものって、絶対的に再現不可能なものなんですよね。そして、そのものには時間を経たがゆえの質感がある。この壺をのぞいてみても、なかは真っ暗ですけど、やっぱり他のものとは違う、「吸い込まれるような黒」なんです。そういった質感がおもしろいですね。

JAL:他にも集めているものはあるのでしょうか?

田根:旅先のアンティークのお店に入って、気に入ったものを1つ買って帰るというのは旅行中の習慣になっています。その土地から引き離して、自分の住む場所に持って帰るというのはものに対しては申し訳ないとは思いますが……。旅の記憶にもなりますし、家にコレクションしていますね。

画像: 世界各地で集めたヴィンテージのアイテム

世界各地で集めたヴィンテージのアイテム

自身の想像を超える旅での体験。そこに身を置くことで人は育っていく

JAL:古いものに対するお話からは歴史や長い時間をかけて生まれたものに対する強い敬意を感じます。田根さんの建築作品は過去の歴史を踏まえながら設計されているものが多いですよね。

田根:過去と現在を結びつけるだけでなく、それを未来に向かって残していくかという意識が常にあります。忘れ去られてしまいそうな記憶や物語をつないでいくっていうのは仕事のなかでも大事にしていますね。

JAL:2016年10月にオープンした「エストニア国立博物館」も、その土地がソビエト連邦占領下における軍の滑走路であったという歴史を持っています。そして、その事実を踏まえ、滑走路の形状をそのまま活かしたデザインを中心に設計をなさっています。

画像: エストニア国立博物館。博物館上部は、滑走路の形状をそのまま残したデザインとなっている (Photo : Arp Karm / Image Courtesy of DGT.)

エストニア国立博物館。博物館上部は、滑走路の形状をそのまま残したデザインとなっている 
(Photo : Arp Karm / Image Courtesy of DGT.)

田根:「エストニア国立博物館」に限らず、戦争の歴史のように土地が持っている暗い記憶というのは時代が経つにつれて忘れ去られていくものです。ただ、簡単に忘却していいものであるとは思いません。ぼくは、それを長い時間軸のなかでどう残し、後世の人々に伝えていくのかということは設計の際の大きなポイントでした。
歴史における苦い記憶、目を背けたくなるような事実であったとしてもその意味を残すことは、将来に渡って、そこに訪れ、この建築と出会った人へ向けてのメッセージにもなります。

JAL:それは博物館を訪れた方にとっての「未来」をつくり出すことにもつながるかもしれませんね。田根さんにとって、旅をすることの魅力とはなんだと思いますか?
田根:自分の想像以上の経験ができることですね。旅ではじめての土地に訪れたとき、全部がいい思い出として終わることは、まずないと思います。「辛い」とか「寂しい」とか、異文化に身を置いているからこそ、そういう感情が生まれてくる。
JAL:苦い経験も含めて、旅の魅力ということですね。

田根:はい、経験が人生の糧になり、人間を育ててくれるものだと思いますね。旅先で騙されそうになったりとか、ケンカをしている人に出会ったりとか、自分の生活と違う場所でしか味わえないものがある。その場に身を置いて、自身がなにを感じるのかというのは旅をしないとわかりません。

例えば、小さな道の選択ひとつにしても、「自分がなぜこちらの道を選んだのか」とか、「なぜあの場所に惹かれるのか」とか、それはその場で直感を働かせてはじめて自分の経験になると思うんです。想像の範囲内だとつまらないじゃないですか。想像を超える体験を求めて、ぼくは知らない土地に足を運び続けていきたいですね。

エストニア国立博物館

バルト三国の一番北に位置するエストニア。その首都・タリンから南に約180㎞、文化・学問都市・タルトゥにある「エストニア国立博物館」は2016年10月1日にオープンした。設計を担当した田根剛はその魅力を「気持ちいい夏の北国の気候もいいですが、ぜひ訪れてほしいのは真冬のエストニア博物館。大地も、木々も、建築も冬は景色のすべてが真っ白になる。そんな凍りついたような風景のなかにエストニアの民族が暮らしてきたという事実がある。その意味を、建築とともに感じてほしいですね」と語る。

エストニア国立博物館
開館時間火曜日〜日曜日10:00-19:00(水曜日のみ10:00-21:00)
休館日月曜日
公式HPhttp://www.erm.ee/en
住所Muuseumi tee 2, 60532 Tartu, Estonia
画像2: 偶然の出会いが人を育てる。世界が注目する建築家・田根剛をつくった「旅」

田根剛
1979年東京生まれ。建築家。2006年よりフランス・パリを拠点に活動。DGT.ので10年間の活動を経て、2017年よりATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTSを設立。代表作に『エストニア国立博物館』『A House for OISO』『虎屋パリ』『LIGHT is TIME 』など。また2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリストに選ばれ国際的な注目を集める。フランス文化庁新進建築家賞、フランス国外建築賞グランプリ、フランス建築アカデミー新人賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞(2017)など多数受賞 。2012年よりコロンビア大学GSAPPで教鞭をとる。
www.at-ta.fr

掲載の内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。

This article is a sponsored article by
''.