編集者・岡本仁。彼の名前を知らなくても、『ELLE JAPON』『BRUTUS』『ku:nel』『relax』『Tarzan』(いずれもマガジンハウス)などのファッション、カルチャー雑誌をとおして、その仕事に触れたことのある人は多いだろう。最近は、独自の視点で街を紹介するガイド本『BE A GOOD NEIGHBOR』シリーズ(ランドスケーププロダクツ)や『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』(京阪エルマガジン)などの取材、編集を行なう岡本さんに、旅のスタイル、そして街歩きの楽しみ方をうかがった。

場所や人の「ほどよさ」を感じる旅が、すごく気持ちいい。

JAL:欲張りすぎない一方で、気に入った旅先には何度も訪れるそうですね。著書『今日の買い物』(プチグラパブリッシング)でも、ある温泉街にある素敵な看板を見るために何度も訪れているというエピソードがとても印象的でした。

岡本:旅だけじゃなく、普段でもいいと思った場所には何度も通ってしまうんです。でも、それだと居心地はいいけど自分の世界が狭くなってしまう。だから、あえて違った感覚の友だちを連れて行きます。すると、いつもの場所の違った一面が見えてくる。

画像: 場所や人の「ほどよさ」を感じる旅が、すごく気持ちいい。

JAL:何度も通ってしまう旅先に共通する点はなんでしょうか?

岡本:情報やテンポ、コミュニケーションにおける「ほどよさ」ですかね。そんな場所やそこで暮らす人たちと一緒にいると、自分も心地いいし、楽しい。

JAL:そんな「ほどよさ」を感じた旅のエピソードがあれば教えてください。

岡本:タイのチェンマイに行ったとき、ベジタリアンのデリに入ったんです。素っ気ない店内には、8品くらいのおかずとご飯の入った電気釜が並んでいて、横には皿がざっと重ねてある。その皿に自分で盛りつけ、秤に乗せて、1グラムあたり何バーツかで会計する。店内には丸テーブルがいくつかあるんですけど、そのうちの1つは店主の家族の居間になっていて、みんなが談笑している。

余計なものやサービスが一切なくて、でも冷たい感じはまったくない。四国にあるセルフのさぬきうどん屋さんも同じですよね。シンプルなお店で、お客さんも過剰に求めたりしない。そして当然のことながら安い。すごく気持ちいいです。そういった「ほどよさ」の感覚を確かめるために、何度も行ってしまうのかもしれません。

旅先ではとにかく歩くので、珍しい瞬間に立ち合える機会が多い気がします。

JAL:旅の魅力の一つに「偶然の体験」がありますが、それを引き出すために、岡本さんが意識されていることはありますか?

岡本:現代音楽家のヤン富田さんが「必然性のある偶然」という言葉をよく使われていて。鍛練を続けている人にだけ訪れる偶然があるという意味なんです。ぼくの場合、なにかを鍛錬しているわけではありませんが、旅先ではとにかく歩くので、小さな偶然の瞬間に立ち合う機会が多い気がします。

JAL:たとえば、どのような偶然でしょうか?

岡本:先日、札幌市の大通公園まで、彫刻家イサムノグチによる『ブラック・スライド・マントラ』というすべり台の作品を見に行ったんですが、まだ雪が残っていて近づけなかったんです。でも、次の日にもう一度しつこく見に行ってみたら、作業着のおじさんが5、6人いて、ブーンと大きな音のする機械で除雪を始めた。「へえ! こうやってやるんだ!」と写真を撮りまくったのですが、突然こういう珍しい瞬間に立ち会えるのは旅の魅力だなと実感しました。

画像: 「スマートフォンが便利で、メモのように写真を撮っています」と岡本さん

「スマートフォンが便利で、メモのように写真を撮っています」と岡本さん

どこに行っても「散歩をする」という気持ちで平常心を保つ。

JAL:いま、こうやって自然体でお話されている岡本さんも、東京を旅している途中のような印象を受けました。

岡本:そうですか(笑)。たしかに旅先でも東京でも、基本的に散歩ばかりしているので、日常は変わらないのかもしれません。ぼくは家にコーヒーとお酒を置かないようにしているんですが、それは外に出る理由を残すため。旅先でもまったく同じで、散歩が好きだから、ホテルで朝食をとらずにコーヒーを飲みに外に出る。チェンマイにいても、ロサンゼルスにいても散歩ばかりしているんです。

画像: 「旅は非日常ではなく、日常の延長線上にある」という岡本さんにとって、東京の街を歩くことも「旅」になる

「旅は非日常ではなく、日常の延長線上にある」という岡本さんにとって、東京の街を歩くことも「旅」になる

JAL:最後に旅を楽しむためのアドバイスを教えてください。

岡本:「平常心を失うな」かな。非日常的な体験だからこそ、それを平常心で捉え直すことも大事。あと、1回の旅でたくさんの成果を求めすぎないのも大事ですね。旅は1回で済ませるなって思っています。

旅に行ったとしても、普段の生活と同じか、それ以上のスピードで動いていたら、その場所の本当の魅力は見えず、どこも同じに見えてしまう。だけど、欲張らずに平常心で過ごしていると、旅先の街の普段のテンポがわかってくる。そのテンポが自分と合った場所に何度も行きたくなるんだと思います。そんな感じで、自分をマイルドに外に連れ出してくれるものが旅なのかなとも思います。

画像: どこに行っても「散歩をする」という気持ちで平常心を保つ。

東京ひとり歩きのすすめ

2017年4月に出版された『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』は岡本さんが東京中を歩いて案内するガイド本。一度行っただけではその土地の魅力を味わいつくすことはできないという岡本さんの言葉が表す通り、東京の街はどんどん変わっていく。「東京は、街の移り変わりが早く、本をつくっているそばから街の姿が変わりお店がどんどん入れ替わっていきました。もしこの本をつくるのが来年だったら、まったく別の本になっていたでしょう」と岡本さん。いつ巡っても新たな発見があるところが東京の魅力だ。

岡本仁
北海道生まれ。マガジンハウスで『BRUTUS』『ku:nel』『relax』などの雑誌編集に携わった後、ランドスケーププロダクツに入社。同社の「カタチのないもの担当」として、コンセプトメイクやブランディングなどを担当している。著書に『今日の買い物』(プチグラパブリッシング)、『ぼくの鹿児島案内。』『ぼくの香川案内。』『ぼくらの岡山案内。』(ともにランドスケーププロダクツ)、『果てしのない本の話』(本の雑誌社)などがある。

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