これからの人生を豊かにするために、50歳になった自分に「人生のハーフタイム」を。2014年、そんな思いから社会人になってはじめてとなる1か月間の長期休暇を取り、世界をめぐる旅に出かけた放送作家・脚本家の小山薫堂氏。考えていたのは、偶然の出会いが与えてくれる「可能性の種」を、自分のなかにたくさん蒔くことだったという。
熊本県のマスコットキャラクター「くまモン」の仕掛け人である小山さんは、多数のグルメ本を出版するほどの食べ歩き好きであり、大のホテル好き。全国の名店、名ホテルを知り尽くした旅のスペシャリストは、機内食から羽田空港のラウンジのプロデュースまで、JALとも数え切れないコラボレーションを行なってきた。そんな彼が語る、自由な旅の楽しみ方とは?
文:杉原環樹 写真:南阿沙美

「旅の見返りは期待しない」「神様の予測を裏切る」。小山薫堂流、旅の心得

JAL:劇的な変化はない、というのはリアルですね。たしかに長い旅が終わっても、あまり日常は変わらなかったりする。仕事にはすんなりと復帰できたのでしょうか?

小山:ええ。帰国時は、やっと終わった、という気持ちでした。矛盾するようですが、旅のあいだとても忙しかったので、「早く休みたい」と思っていた(笑)。そんな心境だったのもあって、新鮮な気持ちで仕事に戻れましたね。

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JAL:1か月間の旅から数年が経ちますが、当時の経験が仕事に活きたと感じることはありましたか?

小山:じつは、まだないんです。旅の経験からはつい何らかの芽吹きを期待するけど、それをマストにしてはいけない気もするんですね。そもそも何をもって「得た」とできるのかはすぐにはわかりませんし、「何も得られなかった」と感じたとしても、記憶があるかぎりは、あらゆる可能性が「種」としてこれからの人生に残るはず。そうしたものこそが、まだ息吹いてはいなくとも、血となり肉となっていくのだと思います。

JAL:小山さんと同じように、50代を迎えてこれからの人生を考える人も多いと思います。そんな方も、「ハーフタイム」を取ることで新しい可能性に出会えるかもしれませんね。

小山:ぼくはよく、「神さまにフェイントをかけるような行為が、人生を面白くするきっかけになる」と言っているんです。神さまが予測するような予定調和を裏切った先にこそ本当の「偶然」があり、面白い物語が待っている。その意味で、計画しすぎない旅はオススメですよ。JALのキャンペーンで「どこかにマイル」というのがあるけど、あれなんかはすごく良いですよね。

JAL:「どこかにマイル」は、4つの行き先候補地をJALからご提案し、そのなかの1か所に普段の半分以下のマイルで行ける企画です。
候補地はランダムに選出されるので、応募するまではどこに行けるか分からないという仕組みです。

小山:綿密に計画を練って、行きたいところだけをめぐる旅もいいけど、本当に偶然の連鎖によって何かと出会う旅は、より良いと思う。たとえば、スマホで意図した曲を聴く心地良さと、車の運転中にたまたまラジオから流れてきた曲と風景が合ったときの心地良さは、違いますよね。
予期せぬものに会ったときの心地良さが多い旅が、良い旅だと思います。

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JAL:偶然が大切な一方で、年齢が高くなると、失敗への警戒心も強くなりますよね。それに現代では、ウェブを通じて、体験の先取りも簡単にできてしまう状況があります。

小山:誰かのレビューや体験談によって訪問先を決める。リスクヘッジですよね。でも、そうして選んだ訪問先は、良くて「当たり前」、悪いと「がっかり」でしょう。そうではなくて、悪くても楽しめ、良ければ喜びが倍増するのが良い旅。この時代だからこそ、人生の後半に向けて、そんな下調べのない旅をするのは良いんじゃないでしょうか。

情報収集は美容室で。旅先の楽しみは偶然の出会いから広がる「物語」にある

JAL:生真面目な人ほど、旅を隅々までデザインしてしまいがちですが、そうした意図や目的を取り払うことで見えるものもあるかもしれませんね。

小山:そうですね。最近ある雑誌で、3日間好きな場所に行ける企画に呼んでもらったんです。それで、長崎県に行って、「ちゃんぽんと皿うどんのどちらがいいか、自分のなかで決める旅」という企画を思いついた。編集長と2人で長崎に行き、食べまくり、聞きまくりの旅をしたのですが、面白かったです。

その旅をするまで知らなかったのですが、ちゃんぽんは長崎県民にとって、「ハレ」と「ケ」のうち、ケの食事なんです。つまり、お母さんが普段からつくってくれるような食事。一方で皿うどんは、ハレの場で親戚が集まったときなんかに注文する食事。この偶然の旅を通して、多くの長崎の県民性がわかって、普通に観光するよりも圧倒的に得るものがありました。

画像: 情報収集は美容室で。旅先の楽しみは偶然の出会いから広がる「物語」にある

JAL:事前の情報の乏しさが、むしろ旅を豊かにしたと。小山さんといえば、グルメとしても知られていますが、旅先で良いお店に出会うコツはあるんでしょうか?

小山:不思議と出会えるというのが本音です(笑)。でも、地元の情報通の人に聞くのはよくやりますね。たとえばぼくは、旅先でよく髪を切りに行くんです。そうすると、美容師さんと1時間、いろんな話ができるわけですよね。そこで「最近、どこに食べに行きましたか?」という質問をする。地元の人と話す場を見つけることが大切ですね。

JAL:本当に偶然に委ねているんですね。旅先で意識してやられていることはほかにもありますか?

小山:路上での人との出会いを大切にすることですね。(オフィスの棚を指差して)あそこに小さなメモが飾られていますよね。あれは10年ほど前に、サンフランシスコの道端でもらったメモです。この日、食事中に車がレッカー移動されてしまったのですが、日本と違って保管先もわからず、途方に暮れていたんです。そんなとき、路上で声をかけてくれたおじさんがいたのですが、事情を話すとメモに保管先を書いて助けてくれました。その出会いに感動して、いまも飾っています。

画像: 車の保管先の住所が書かれたメモが額装され、小山さんのオフィスに飾られている

車の保管先の住所が書かれたメモが額装され、小山さんのオフィスに飾られている

JAL:一枚のメモから、いろいろと想像が広がりますね。

小山:JALとのコラボレーションで2017年10月からスタートした、「JAL TODOFUKEN SEAL」も、乗客と客室乗務員の会話のきっかけをつくりたくて企画したものです。乗務員はみんな、都道府県が書かれた「縁(ゆかり)都道府県」バッジをつけている。乗務員に声をかけると、その都道府県のシールがもらえるという仕組みです。

画像: 小山さんがプロデュースした「JAL TODOFUKEN SEAL」。47都道府県のシールをきっかけにお客さまと客室乗務員の会話を盛り上げる企画

小山さんがプロデュースした「JAL TODOFUKEN SEAL」。47都道府県のシールをきっかけにお客さまと客室乗務員の会話を盛り上げる企画

小山:お客様は、ゆかりのある都道府県に反応して積極的に乗務員に話しかけてくれる。それをきっかけに乗務員は、自分にゆかりのある場所について話すことができる。そこに物語がはじまる予感が生まれます。やはり旅では、どれだけの物語を見つけられるかがとても大切だと思うんです。そのきっかけとなる企画をつくっていきたいですし、ぼく自身、そんな予期せぬ物語に溢れた旅をこれからも楽しみたいですね。

小山薫堂
放送作家。脚本家。『料理の鉄⼈』『カノッサの屈辱』など斬新なテレビ番組を数多く企画。2008年公開、初の映画脚本『おくりびと』で第81回⽶ アカデミー賞外国語映画賞を獲得。著書に、絵本『まってる。』『いのちのかぞえかた』(共に千倉書房)、『もったいない主義』(幻冬舎新書)など。執筆活動の他、JAL国際線新商品・サービス総合アドバイザーをはじめ、京都造形芸術⼤学副学⻑、下鴨茶寮主人、熊本県地域プロジェクトアドバイザー、⾦⾕ホテル顧問など多くの地域、企業のアドバイザーを務める。

杉原環樹
ライター。1984年東京生まれ。出版社勤務を経て、現在は美術系雑誌や書籍を中心に、記事構成、インタビュー、執筆を行う。主な媒体に『美術手帖』『PRESIDENT』「CINRA.NET」「朝日新聞デジタル&w」など。構成を担当した書籍にトリスタン・ブルネ著『水曜日のアニメが待ち遠しい:フランス人から見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす』。一部構成として関わった書籍に、Chim↑Pom著『都市は人なり—「Sukurappu ando Birudoプロジェクト」全記録』、筧菜奈子著『めくるめく現代アート イラストで楽しむ世界の作家とキーワード』など。
http://tmksghr.tumblr.com

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