NHK大河ドラマ『龍馬伝』(2010年)や、同じくNHKテレビで放映中の美術番組『美の壺』(2006年〜)のタイトルなど、さまざまな場所で目にする力強く表現力に豊む墨の文字。これらを手がけたのが書家/アーティストの紫舟である。2014年にルーヴル美術館地下会場で行われた『フランス国民美術協会展』や2015年の『ミラノ国際博覧会』では金賞受賞し、海外でも積極的に作品を発表し、書の概念を新たにする表現に挑戦しつづけてきた。
旅のなかで受けるインスピレーションは、彼女の作品づくりにどのように活かされているのだろうか? パリでの個展を終えて日本に戻ってきたばかりの紫舟に、話を聞いた。
文:島貫泰介 写真:中村ナリコ

異文化の「美」を理解するためには、訓練が必要

JAL:「右回り」「左回り」の他にも、西洋と東洋での「慣れ」の違いはありますか?

紫舟:空間における線対称、非対称もありますね。日本の伝統的な庭はほとんど非対称で、いたるところに余白、すなわち「間(ま)」をつくります。対して西洋の庭や絵画は、線対称を基本としています。

JAL:有名なべルサイユ宮殿も、たしかにきれいな線対称ですね。

紫舟:そして「間」。映画などでよく見るかもしれませんが、ヨーロッパの人たちはよく、自宅の壁を家族写真でいっぱいに飾ります。ルーヴル美術館でも、絵画は壁をすべて使って上下左右に飾られています。それが彼らにはちょうど良い「間」ということですね。
それに対して、日本は襖絵でも絵巻物でも、画面の大半が余白で、隅に植物や生き物が描かれているような表現が多いです。この美的感覚を理解してもらうためには、彼らに「見える」ものを繰り返しつくって、徐々にその域まで育てていく必要があります。いまはまだ、その途中だと感じています。

画像: 異文化の「美」を理解するためには、訓練が必要

JAL:私たち日本人も、西洋絵画の理屈をしっかり理解しているとはいえないかもしれません。

紫舟:そうですね。芸術よりも身近な「食」で考えてみると、たとえば熟成したワインやブルーチーズは、大人になったいまだからこそ「おいしい!」と喜んで口にできています。子どものころに、初めてのチーズでいきなり熟成チーズを食べさせられていたら、きっとそこまでおいしいとは思えなかったでしょう。ワインを例にとれば、最初は甘めのワインから試したり、炭酸で割ったり、といった「慣れるためのきっかけ」を経て、徐々に違う文化の食べ物を味わうことができるようになっていくものだと思います。
同じように、美的感覚の共有にも「訓練」が必要だと思います。特にフランスの方たちは、いまとても日本の文化に興味を持っています。そして日本らしさを味わう舌や目を持ち始めている。日本文化や書を知り、関心を持ってもらうための橋渡しの一助になれるよう、努めていきたいと思っています。

「世界中の芸術家がパリに行きたがるのは、フランス人が優れた鑑賞の目を持っているから」

JAL:海外での発表が文化的な交流や理解を促している一方で、紫舟さん個人の作家としての今後の目標はなんでしょうか?

紫舟:海外や展覧会での発表はもちろんつづけていきたいのですが、いまはそのような外向きの活動に加えて、「書の完成度」と向き合うような内向きの活動によって、次のステージに向かっている気がしています。

JAL:それはどういったことでしょうか?

紫舟:ワンストローク(一筆)を書くあいだだけでも、意識をコントロールすることは、とても難しいです。みなさんも文章を書いている途中で、心に過去の後悔が思い浮かんだり未来の不安がよぎったりと、雑念が芽生えてしまうことがあると思います。そのように、あっちこっちに行ってしまいがちな意識を、ワンストロークのなかにだけ留めながら書く、という鍛錬をいつもしています。そうしてできた作品に込められた力は、可視光線では見えないのですが、しっかり伝わると思っています。

画像: 「世界中の芸術家がパリに行きたがるのは、フランス人が優れた鑑賞の目を持っているから」

JAL:海外での発表が文化的な交流や理解を促している一方で、紫舟さん個人の作家としての今後の目標はなんでしょうか?

紫舟:海外や展覧会での発表はもちろんつづけていきたいのですが、いまはそのような外向きの活動に加えて、「書の完成度」と向き合うような内向きの活動によって、次のステージに向かっている気がしています。

JAL:作品が強度を持つんですね。

紫舟:たしかに、勢いに任せて書き、見た目に美しい作品をつくることもできます。ですがそうではなく、筆の毛の最後の一本が紙から離れる瞬間まで意識を留めてできた書は、明らかに何かが違っています。それは技術というより、説得力の有無に近いですね。たとえ技術的には未熟であっても、一生懸命さや熱量、そのときに注ぎこむことのできる想いの全部がこもっている作品は、強く人の心に届きます。
日本の三筆の一人として数えられる空海の書はよく「いまにも動き出しそうだ」と表現されますが、意識をコントロールできるようになれば、1,000年経っても通用する書が生まれると思います。

JAL:それは海外の人にも伝わるものでしょうか?

紫舟:文字の意味をとらえようとしない分、海外の方々にはより伝わると思います。イタリアやフランスで暮らしている人たちは、小さいころから美術を見る教育を受け、日々の暮らしのなかで素晴らしいアートを目にし、豊かで深い美的経験を蓄積しています。そしてそれは、本質を見る深い洞察力につながっていると思います。
世界中の芸術家たちがパリに行きたがる理由は、そこにあるのでしょう。ルーヴル美術館やポンピドゥーセンターといった著名な美術館があるからではなく、そこかしこにいるフランス人たちが優れた鑑賞の目を持っているから、アーティストはパリにいるだけで、その審美眼に否応なく育てられる。パリによく行くようになって、それを実感していますね。

旅の移動時間の環境を一定に保ち、意識をコントロールする

JAL:紫舟さんがそういった理解にたどり着いたのも、旅を重ねてきた結果なのかもしれませんね。

紫舟:海外に進出した最初のころは、まったく歯が立ちませんでした。それが少しずつ通じるようになってきたと感じています。そのために、日本と海外を行き来するなかでのコンディションを一定に保つことを心がけるようになりました。

JAL:たとえばどういったことでしょうか?

画像: 紫舟氏の旅のお供。左から、ノイズキャンセリングイヤホン、小型電気マッサージ器、電動歯ブラシ、SEVネックレス

紫舟氏の旅のお供。左から、ノイズキャンセリングイヤホン、小型電気マッサージ器、電動歯ブラシ、SEVネックレス

紫舟:フライト中は、飛行ノイズをシャットアウトするためにノイズキャンセリングヘッドホンを装着しています。身体の血流やバランスを整えてくれるSEVネックレスや小型の電気マッサージをはって、できるだけリラックスできるようにしていますね。歯ブラシや化粧品も普段使っているものを持っていきます。

JAL:意識をコントロールする、という話がありましたが、これらもノイズをなるべく除き、平常感覚でいるための必須アイテムといえそうですね。

紫舟:環境を整えることも、作品づくりの大切な一部だと思います。

画像: 文化による美の違いは「文字」から。書家・紫舟が旅で学んだこと

紫舟(シシュー) 書家/アーティスト
代表作に、NHK大河ドラマ『龍馬伝』、美術番組『美の壺』、伊勢神宮『祝御遷宮』、内閣官房『JAPAN』、ディズニー・ピクサー『喜悲怒嫌怖』。2014年、フランス・ルーブル美術館地下会場にて開催された『フランス国民美術協会展』において、書画で金賞、書の彫刻で最高位金賞と、日本人初の金賞ダブル受賞。翌年同展にて世界で1名枠とされる「主賓招待アーティスト」に選出。日本人では横山大観以来、現存日本人初。2017年には愛媛県美術館にて、天皇皇后両陛下に紫舟展を御覧いただき、紫舟本人が作品をご案内させていただく。日本の伝統文化である「書」を、書画・彫刻・メディアアートへと昇華させながら、世界に向けて日本文化を発信している。Facebook / Instagram / Twitter / YouTubeにて情報発信中(共通アカウント名「sisyu8」)。

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