病で身体が思うように動かなかったり、障がいを抱えていたり——そんな人々やその家族にとって、旅に出る情熱は、知らず知らずのうちに薄れてしまうことがあるかもしれない。

まるでレールのないジェットコースター。やみつきになるデュアルスキー

JAL:一度は諦めていたウィンタースポーツを再び楽しむことができたときの気持ちは、どのようなものでしたか。

中岡:言葉になりませんでしたね……。「こんな体験ができるのか」と。デュアルスキーは、厳しいトレーニングを積んでライセンスを取得したパイロットと、相談しながらゲレンデを滑ります。だから自分の遊び心次第で、自力では滑れないようなコブ斜面や、時には30度を超える急斜面を滑ることもできるんです。

レールのないジェットコースターのような感じで、スリル満点です。心の底から感動して、子どもにかえったようにキャッキャ言いながら楽しんでいました(笑)。やみつきになるとはこういうことか、と。

画像: デュアルスキーで滑走する中岡さん

デュアルスキーで滑走する中岡さん

中岡:今回の雪あそびツアーでは、自らハンドルで操作できるスノーカートも日本で初めて導入しました。手が動かせる方は、やはり自分で進みたい方向に行きたいという思いをお持ちの方も多いんです。

マラソンにダイビング、ゆくゆくはパラグライダーも。車いすで空から海まで楽しみたい

JAL:スキーを含めて、ata Allianceでは多種多様なアクティビティーを「クラブ活動」として行っていますね。

中岡:はい。山登りやキャンプを行う「山岳部」もありますし、「マラソン部」では昨年夏、筑波大学が主催した『なないろ4時間耐久リレーマラソン』に車いすで参加してきました。1つのタスキをみんなでつないで走ると、個人で走るよりずっと楽しいんですよ。ほかにも、まだ部にはなっていませんが、海でダイビングもやっていますし、いまは空も飛びたくて、パラグライダーを調査しているところです。

画像: 2017年7月に行われた『筑波大学なないろ4時間耐久リレーマラソン』

2017年7月に行われた『筑波大学なないろ4時間耐久リレーマラソン』

JAL:まさに陸海空、すべてを楽しもうとしていらっしゃいますね。

中岡:もっと海外にも車いすで行ってみたいですし、自然にももっと果敢にトライしたいです。私たちはバリアフリーにこだわらないというか、むしろバリアフリーを基準としていません。自然のなかをバリアフリーにすることは、環境に負荷を与え、コストも莫大にかかります。何より本来の自然が楽しめませんから。

私自身が、旅では日常の生活からかけ離れた場所に行ったり、珍しいものを見たりするのが好きなんです。北緯60度の北極圏で見たオーロラや富士山もそうですね。

画像: 2013年、カナダで見た夏のオーロラ

2013年、カナダで見た夏のオーロラ

JAL:アクティブな旅を楽しむ際の、必需品はありますか?

中岡:自然のなかを楽しむときは、アウトドアメーカーのfinetrackさんと共同開発した信頼性の高い装備で自分の身を守ります。大自然は時に厳しく、時に優しく、すべての人間を平等に受け入れてくれる。「障がい者割引」はありませんから(笑)。

画像: 愛用しているレッグソックとウエアーは、finetrackと共同開発したもの

愛用しているレッグソックとウエアーは、finetrackと共同開発したもの

「やりたいことを諦めてしまう人も多い。でもあと少し頑張れば変えられることばかり」

JAL:あらためて、中岡さんにとって旅の醍醐味とは何でしょうか。

中岡:私にとって大自然への旅は、人生の喜怒哀楽のすべてを教えてくれるものですね。自然相手の旅にハプニングはつきものですが、一緒に行った仲間や家族と話し合いながら解決していく。それを乗り越えた末に出会う新しい景色や体験は、また格別です。まるで人生そのもののような、山あり谷ありの一瞬一瞬——すべてが旅の面白さだと思います。そしてその濃密な体験や感情を仲間と共有できるのは、大自然を楽しむ旅やアクティビティーならではなのではないでしょうか。

画像: 2013年、カナダのイエローナイフでオーロラの出現を待ちながら

2013年、カナダのイエローナイフでオーロラの出現を待ちながら

JAL:そうした旅の可能性を、中岡さんはご自身で切り拓き、そして世に広めていっていらっしゃると思います。

中岡:そもそも活動を始めたのは、私自身が楽しみたかったから。でも、私が率先することで、同じように感じている人のために、少しでも選択肢を増やしていければいいと思っています。私が行きたい場所は極端なので(笑)、私がギリギリのところまで行けば、そこまでの道はつくれるわけですから。

選択肢が生まれたとき、行くか行かないかはそれぞれの人に選んでもらえばいい。重要なのは、行きたいと思った場所に行ける方法があることだと思います。

物理的な環境を理由に、やりたいことを諦めてしまう人もまだまだ多い。でもよくよく考えれば、あと少し頑張れば変えられることばかりなんです。私たちが選択肢を増やすことで「自分の人生なんだから、諦めなくていい」と思ってもらえるきっかけになれれば嬉しいです。

「チャレンジしているとき、人は後ろ向きにならない。旅をその機会にしてほしいです」

JAL:そうした「道」をつくるための、中岡さんの情報収集力や発信力もすごいですよね。

中岡:じつは病気になる前は、まったくそういうタイプではなかったんです。団体行動よりも一人が好きでした。でも病気になってから、個人プレーでは何もできなくなり、だからこそ周りの支えのありがたさに気づくことができました。社会を変えていくならみんなで変えていこう、と思うようになったんです。

画像: 「山岳部」で出かけた長野県の上高地

「山岳部」で出かけた長野県の上高地

JAL:前向きになれたのは、周囲の支えのおかげだったのですね。

中岡:「前を向く」「前に進む」って、言葉では簡単ですが、実際には決してそうではなく、それこそ身体を引きずるような思いもあります。けれどトライを繰り返しているうちに、だんだん慣れてくる。立ち上がり方を覚えると、良い意味で図太くなれるんです。

何かにチャレンジしているとき、人は後ろ向きにならない。これは私が活動を始めるようになって、日々実感していることです。チャレンジの機会が増えるほど、きっと人生はより豊かに楽しくなるはず。障がいのあるなしにかかわらず、皆さんにとって、旅をそういう機会にしてほしいと願っています。

画像: バリアフリーじゃないから大自然は楽しい。車いすで空から海まで

中岡亜希
1976年、鳥取県生まれ。一般社団法人ata Alliance代表。JALの客室乗務員として勤務していた25歳のとき、進行性の難病「遠位型ミオパチー:縁取り空胞型(DMRV)」と診断され、車いすでの生活を余儀なくされる。2008年、長野県の立ヶ峰登頂を皮切りに、2010年富士山頂登頂、2012年には北緯60度・気温マイナス30度のカナダでの調査活動など、精力的に車いすユーザーの旅やアクティビティーの選択肢を開拓。その傍ら、それらに必要な水陸両用の車いす「HIPPOcampe」や着座型スキー「デュアルスキー」といった機材の輸入やインストラクター養成を手がけるなど、すべての人が多様な選択肢のなかから旅やアウトドアアクティビティーを選び、楽しめる環境を整えるために活動中。

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