ライターという立場からテニスの魅力を伝える秋山さんは、JALが企画するグランドスラム観戦ツアーの監修を行い、観戦ポイントのアドバイスや会場施設の案内などをサポートしています。スポーツ観戦の楽しみ方や旅のマストアイテム、今年の『ウィンブルドン選手権』の見どころなどを語っていただきました。
文:加藤将太 写真:玉村敬太
テニスに魅了されるきっかけとなった『ウィンブルドン選手権』での海外取材
On Trip JAL編集部(以下、JAL):秋山さんがスポーツライターを志すようになったのはいつのことですか?
秋山英宏(以下、秋山):大学時代にテレビで観た1980年の『ウィンブルドン選手権』がひとつのきっかけになっているかもしれません。男子テニスの黄金時代を築いたスウェーデンのビヨン・ボルグとアメリカのジョン・マッケンローが覇権を争っていた時期で、彼らによる決勝戦は印象的でした。遊んでばかりの学生生活でしたが、いろいろと本を読みあさっていて、創刊されたばかりの『ナンバー』や沢木耕太郎氏の著作などスポーツノンフィクションに触れる機会もありました。そこで物書きのような、いわゆるクリエイター的な職能に漠然とした憧れが芽生えました。
JAL:秋山さんはテニスを中心に国内にとどまらず海外の試合も取材されていますが、はじめての海外取材はいつ、どんな内容だったのでしょうか?
秋山:1989年のことです。当時、テニス専門誌の仕事を受けていたものの、テニス専門のライターというわけではなく、海外の取材経験もまったくなかったんですが、ある日編集長に取材を任されました。それがよりによって『ウィンブルドン選手権』だったんですよ。
世界最高峰の大会ですから、もちろん現地のロンドンには歴戦の海外ジャーナリストが揃っていました。世界一の舞台で経験の浅い私のようなライターがジャーナリストとして仲間に入れてもらっているような状況で、ウィンブルドンの舞台に足を踏み入れたこと、憧れのマッケンロー選手が目の前にいたこと、そのなんともいえない高揚感が強く記憶に残っています。
JAL:取材を経験して感じた『ウィンブルドン選手権』の魅力とは何でしょうか?
秋山:試合や選手の活躍はもちろんですが、建築、会場の雰囲気が印象的でした。いまは変わってしまった部分もありますが、ウィンブルドンのセンターコートはものすごくクラシカルなつくりだったんですね。コートの外壁には蔦が生い茂り、記者席の椅子も学校の講堂にあるような木製のもので。観客席はやや湾曲したかたちで全体を見渡しやすかったこともあり、観客の視点がコートの一点に集まっているのがひと目で見てとれるんです。
また、これはテニス特有のことなんですが、審判がコールする瞬間に会場が静まり返るんですね。そのマナーが世界で一番定着しているのがウィンブルドン。15,000人の観客が一斉に静かになるんです。音が芝と木造の会場に吸収されてしまうのか、水を打つような静けさに包まれて、ボールを打つ音や選手の息遣い、芝の上を動く音までがはっきりと聴こえる。いまでもその光景を憶えています。
スポーツ観戦も、旅も、記憶に残るのは「ディテール」
JAL:はじめてのウィンブルドン取材の経験が、テニスにのめり込んでいくきっかけになったのでしょうか?
秋山:それは大いにありますね。当時は28歳と若かったですし、他の分野にも興味があったため、テニスを専門としないライターになる選択肢もありました。それでもテニスで勝負していこう、と。私にとってスポーツ取材の魅力とは、その場で起きているとんでもない現象やパフォーマンスを目の当たりにすることで、そのときの高揚感や怖さは何とも言えません。
JAL:怖さですか?
秋山:手に汗握る状況は頻繁に起きるわけですし、取材中はものすごく大事なことが起きるかもしれないというプレッシャーをつねに感じています。試合で大きな番狂わせが起きたりすると、速報の記事を出さなければならないため、当日は睡眠時間ゼロになるぐらい仕事が降りかかってくるという怖さもありますが(笑)。
そうしたプレッシャーの反面、その場で自分にしか拾えないものを原稿に一言だけでも表したいという気持ちもあります。試合の流れが変わった分岐点や、例えば鳥が迷い込んできてコートの上を横切ったという一見取るに足らないようなディテールも含めて、その場にいた自分が感知した何かをできるだけ取り入れたいなと。もしかしたら目の前でテニス史に残る試合が繰り広げられるかもしれない。そんな環境に身を置いていられるわけですから。
JAL:試合だけでなく、その場で起きるあらゆることにアンテナを張っているのですね。取材以外にプライベートで海外を訪れる機会もあると思いますが、印象に残っている旅はありますか?
秋山:どの国、どの旅ということではなく、旅先で出会った光景やささいなディテールが印象に残ることが多いです。1987年にヨーロッパを6週間ほど旅したとき、スペインのプロサッカーリーグ、リーガエスパニョーラの試合を観戦したんです。レアル・マドリード対バレンシアという好カードを約80,000人収容のエスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウというスタジアムで観たのですが、ほぼレアル一色の応援で、得点をすると、初見であろう若い男女が抱き合いながらキスを繰り広げている。ちょっとしたラフプレーには積極的に野太い声をあげて、得点シーンでは立ち上がって歓喜する。このような盛り上がりは日本では見られない光景ですよね。そういったディテールが印象に残っています。
同じようなシーンはテニスでも起こるんです。『全仏オープン』で特に地元のフランス人選手が活躍したりすると、観客が一斉に席を立って15,000人収容のセンターコートが地震のように揺れるんです。オーロラを見るためにアラスカ旅行をしたとか言えたらいいんですけど、やっぱりスポーツの話になっちゃいますね(笑)。
JAL:国ごとに観客の気質は異なるんですか?
秋山:そうですね。例えばフランスは地元選手への声援は多いのですが、フランス選手であっても、競争心が低いプレーをしたり、変にびびっていたりするとブーイングが起きるんですよ。勇敢に戦う人が尊敬されるんです。
実際、全仏オープンで、地元フランスの有望選手がランキング下位の選手に負けてしまったことがありました。その選手は少しハートが弱くて、はじめは観客みんなで彼女を後押ししようと盛り上げていたのですが、うまくいかず、そこからブーイングに発展してしまった。熱烈に応援しているからこその厳しさがあるんですね。
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