400年以上前に千利休から始まった茶道の文化、その流派のひとつ裏千家の業躰(ぎょうてい)である奈良宗久。業躰とは、家元のそばに仕え、厳しい修行を積むことで、家元での茶道を伝承することを許された一握りの指導者のことだ。
奈良は、金沢の名門窯元「大樋焼(おおひやき)」の家に生まれ、陶芸を志しながら、やがて茶の道へ進んだ。茶の湯の精神を現代に受け継ぐものとして、日々研鑽に励みながら、国内外を飛び回り指導に努める生活を送る。プライベートな時間は移動のときだけ、という多忙な茶の達人が生涯をかけて歩んでいく、茶の道という旅路とは。
取材・文:坂口千秋 インタビュー撮影:永峰拓也

「移動時の機内が唯一、ほっとするプライベートな時間です」

JAL:業躰のお仕事はどのくらいお忙しいんですか?

奈良:裏千家としての公の行事や個人で呼ばれる仕事もあって、本拠地の金沢には月に数えるほどしかいません。逆に何日も金沢にいると調子が狂ってしまって、つい風邪を引いたりしますね。常に動いて緊張感があるほうが、私には合っていると思います。

JAL:旅先にいつも持っていくものはありますか?

奈良:着物は必ず持っていきます。スーツも着ますが、なんだかしっくりきませんね。やはり着物でいるほうが、気持ちもしゃんとします。海外へ行ったときなどに着物姿の大宗匠やお家元の後ろ姿を拝見すると、やはり厳かで凛とされた美しさだと思います。どんなフォーマルな洋服よりも、やはり着物ですね。

画像1: 「移動時の機内が唯一、ほっとするプライベートな時間です」

JAL:旅先ではどのように過ごされますか?

奈良:目的地に着いてしまえば、自由な時間はほとんどなく、いつでも仕事です。だから飛行機のなかがいちばん自由で、プライベートな時間。乗る前からワクワクして、12、3時間でも足りないくらいです(笑)。

JAL:機内ではどのように過ごされますか?

奈良:多少リラックスして過ごします。映画を見すぎて翌日寝不足ということもしょっちゅう。予定表を見て計画をたてたり、お菓子を食べたり、本も多めに3冊くらい持っていったり……やりたいことが多すぎて、機内持ち込み用の荷物はいつも大きくなってしまいます(笑)。

JAL:あれこれと準備する時間も楽しいものですよね。どんな本を読まれるんですか?

奈良:お茶の歴史などの本や、これから行く旅先に関係する本を選ぶことが多いですね。ロシアへ行ったときはドストエフスキーの『罪と罰』を持っていきました。分厚くて3分の1くらいしか読み終わりませんでしたが……(笑)。旅先のストーリーを自分なりに考えるのが好きなんです。

画像2: 「移動時の機内が唯一、ほっとするプライベートな時間です」

JAL:素敵な時間の使い方ですね。

奈良:飛行機に限らず、移動している時間全般が、ほっとする時間です。おそらく、自分一人の時間が持てるからではないでしょうか。仕事では緊張のなか、誰かと一緒にいる時間がとても長いですから。一人になったときにふと、稽古や仕事について新しい発想が浮かんだりします。移動中は、自分を見つめ直す時間でもありますね。

高いものでなくていい。旅先で見つけた何気ないものを茶に取り入れる

JAL:旅先で必ずやることはありますか?

奈良:ちょっとした時間を見つけては、旅先の工芸品や日用品で、お茶に使えるものを探しにいきます。蓋置に使えそうなナプキンリングや抹茶入れによさそうな焼き物などを買って帰って、稽古などで使うんです。自分の記憶にも深く残るし、人にも披露できる。一生の記念にもなりますね。

画像: 奈良さんが旅先で集めたお茶の道具。左から、金属の建水(タイ)、木の建水(ハワイ)、茶器(ウィーン)

奈良さんが旅先で集めたお茶の道具。左から、金属の建水(タイ)、木の建水(ハワイ)、茶器(ウィーン)

JAL:お茶の道具って、伝統やしきたりで決まっているものと思っていました。

奈良:そこは自由です。「見立て」といって、何気ない日常のものを積極的にお茶に取り入れたのが利休居士なんです。有名な話に、釣り人が腰にぶら下げていた籠を借りて花入れにした、というエピソードもありますね。また近年、立礼(りゅうれい)といって椅子とテーブルを使う新しいスタイルのお茶会では、あえて新しいものを取り入れることも多いんですよ。

画像: ベルリンの壁の破片が埋め込まれた茶碗

ベルリンの壁の破片が埋め込まれた茶碗

奈良:東西ドイツの統一後、ベルリンの壁の前で大宗匠が平和の御献茶式をされたことがありました。当時現地で売っていたベルリンの壁の破片を大宗匠がお持ちになられ、陶芸家である私の父がそれを埋めこんだ茶碗を焼きました。その器はいまも平和の茶会の際などに使います。ハワイの茶会では、椰子の実を湯をこぼす建水に見立てたり、なにかしら見つかるものですよ。

JAL:道具にまつわるエピソードが、お茶会の話題にもなるのですね。

奈良:旅先で洋服や鞄を買うのもよいですが、すぐに使わなくなってしまいます。でもお茶に使えるものなら、使うたびに旅の思い出が何度でも蘇ってきます。高いものは要らないんです。空港で探してもいい、何気ない日常のものがいいんですね。

「金沢は闘うところ、京都はゼロになるところ」

JAL:いろいろなところへ行かれていますが、奈良さんにとって特別な場所といえばどこでしょうか。

奈良:大宗匠、お家元がいらっしゃる京都と自宅のある金沢は月に何度も往復していますが、茶の道に入った場所である京都にいるあいだは、私にとってリセットする時間です。お家元のところでは、肩の荷を全部おろしてゼロになります。
一方、金沢に着くと「ああ、また闘いが始まるな」と思うわけです。自分の稽古場がある金沢では、いつも闘っている感じですね。しかし生まれ育った場所でもあるので安堵して、ずっとそこにいるとやがて慢心が起こってくる。それを京都へ行くことでゼロに戻すんですね。お家元のところへ行くと、朝8時にご挨拶があります。全員着物で座して、一人ずつ挨拶をする。そこが、私がゼロに戻る瞬間です。

画像: 「金沢は闘うところ、京都はゼロになるところ」

JAL:地元である金沢には、どんな思いがありますか?

奈良:京都と金沢、そして東京なども行き来しながら、金沢の立ち位置を考えています。加賀藩の藩主前田家は、江戸にも京都にもない独自の文化をつくろうと、お茶や工芸を奨励して加賀文化を築いていきました。金沢の街は北陸新幹線が通っていまだに浮足立っている感がありますが、安易な観光化や大衆化など、迎合しすぎないことが大切だと感じています。

JAL:文化が簡単に消費されないように、守るべきものは守るということですね。

奈良:茶道のほか、書道や華道など、昨今「道」とつくものには、興味はあるけれど入りづらいという人が多いようで、人が離れています。かといって、敷居を下げすぎるのはやはりよくないと思います。堅いところも柔らかいところもある、それが茶というものの本来の姿。制約があるなかに楽しさを見出すからこそ、自身の励みになるのではないでしょうか。

JAL:金沢らしさを感じる場所があれば教えてください。

画像: 金沢、鈴木大拙館での供茶の様子

金沢、鈴木大拙館での供茶の様子

奈良:鈴木大拙館 がいいですね。禅を世界に広げた仏教哲学者・鈴木大拙を記念して建てられたもので、「思索の間」という茶室で私も何度かお茶を点てたことがあります。書や著作などの展示にも解説はなく、奥には凛とした水景が広がっています。そこに自分自身を投影して何を感じるかというコンセプトには、お茶に通じる精神を感じます。おすすめですよ。

画像: 京都でゼロになり、金沢で闘う。国内外を飛び回る茶人の「旅」

奈良宗久
茶道裏千家今日庵業躰。1969年金沢市生まれ。陶芸の窯元である大樋陶冶斎(10代長左衛門)の次男として生まれ、玉川大学で芸術を学び、在学中より日展、現代工芸展などへの入選を続ける。美術、陶芸を通じて茶の湯への関心を深め、1995年に裏千家今日庵に入庵。家元直属の指導者(業躰)として、日々研鑽するとともに全国で指導に努める。京都造形大学美術工芸学科客員教授、金沢美術工芸大学非常勤講師を務めるほか、さまざまな和文化の体験講座を行うNPO法人「和塾」の主催する茶会など、幅広く活動している。

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