今回ご紹介するのは、横浜の地で1927年に開業したホテルニューグランド。暮らしの中にあるデザインに対する審美眼を持ち、それを文章や写真で切り取るはくるさんが、たっぷりの写真とともに綴った滞在記をお届けします。
1927年開業。数々の要人が宿泊した歴史を持ち、現代では作られていない意匠があちこちに
8月の末、横浜・山下公園前の「ホテルニューグランド」を訪れた。
1927年の開業以来、ダグラス・マッカーサーやチャーリー・チャップリンなどの著名人が宿泊し、2007年には経済産業省から近代化産業遺産の認定を受けたこのホテル。設計は、戦前を代表する建築家の一人として知られる渡辺仁が担当している。関東大震災の被害を受けて閉鎖した「グランドホテル」に代わる施設になってほしいという願いを込めて、現在の名称が付けられたのだという。
かつて正面玄関として利用されていた本館入り口には、ホテルを象徴する大階段がある。通称「ニューグランドブルー」と呼ばれる青い絨毯、それからタイルの色合いと曲線も特徴的だ。調べてみると、このタイルの形状は現代では作られていないものらしい。
階段を上ると、異文化のエッセンスが見事に調和したロビーが広がっている。西洋のマホガニー(木材)の中に東洋的なランプやレリーフが混在する光景は、駅や繁華街の近隣だとは到底思えない静謐さ、そしてなにより不思議な開放感があった。
大きな船が出迎えてくれる、眺め飽きることのないベイビューの客室
タワー館のチェックインロビーでは、きらびやかな装花が出迎えてくれる(個人的に、ちょっといいホテルに来たぞと改めて背筋の伸びるポイントである)。カードタイプではなく、アナログな鍵を手渡されるところがあたたかい。
今回宿泊したのはベイビューのお部屋。カーテンを開けると、大きな船の浮かんだ海が目前に見えた。つい先ほどまで数々の意匠が視界を埋め尽くしていたところに、今度は自然の眺めによるとびきりのお出迎え。眺め飽きない空間と景観がそなわったホテルの実力に、改めて圧倒された。
ホテルニューグランド発祥の「スパゲッティ ナポリタン」を味わい、英国調の正統派バー「シーガーディアンⅡ」へ
フロントロビーと本館をつなぐ位置にある「ラ・テラス」には、アフタヌーンティーを楽しむ女性たちの姿があった。遅めのお昼ご飯としての利用だったのでサンドウィッチを頼むつもりでいたのだが、メニュー表に誘惑され、思い切ってモンブランを注文。甘いものは移動の疲れを取り去ってくれる。
夕食は本館1階「ザ・カフェ」で、ホテルニューグランド発祥の料理、スパゲッティ ナポリタンをいただいた。戦後の時代、アメリカ兵が軍用保存食のパスタにケチャップをかけて食べていたことを参考に、それでは味気ないからと、2代目総料理長がトマトからソースを作ったのがナポリタン誕生の瞬間だと言われている。元祖と聞くと、ごくシンプルなものを想像するが、奥行きのある上品な香りと味がした。ホテルのシェフの見事なお仕事の片鱗を食べる時間。
驚くべきことに、シーフードドリアやプリン・ア・ラ・モードもホテルニューグランドから広まった料理だという。これは再訪しないわけにはいかない。
眠るにはまだ早い時間だったので、食後のお酒を楽しむために英国調の正統派バー「シーガーディアンⅡ」へ。港に停泊する客船内のバーをイメージして作られたこの場所では、「ヨコハマ」や「バンブー」など、有名なカクテルを多数提供している。クラシカルな雰囲気から来る夢見心地に豪華な名前の印象がシンクロしたので、迷った末に「ミリオンダラー」というお酒を注文。これはジンをベースにパイナップルと卵白を使ったカクテルで、グランドホテル(1873~1923年)の支配人をつとめた方が発案したものだと教わった。
夜風にあたるために中庭を通ってホテルを出ると、日中とはガラリと表情を変えた噴水が、そしてシンプルでいて威厳をたずさえた「HOTEL NEW GRAND」の看板が、横浜の夜の中で堂々と光っていた。
格式がありながら、外に向けて親しげに開かれている
朝食は、タワー館5階にある「ル・ノルマンディ」でいただいた。このレストランも「シーガーディアンⅡ」同様客船にまつわるレイアウトで、フランス人建築家ピエール・イヴ・ローションが、ノルマンディ号のダイニングルームをコンセプトに演出を行っている。
案内を待って席につき、3種類の朝食セットの中から、スタッフの方がすすめてくださったモンテクリストサンドをチョイスした。ちなみにこのサンドウィッチは北米生まれのフレンチトーストサンド。ほんの1泊の間で世界を一周しているようで、なんだか愉快な気分になる。
湾岸の眺望の中、寝起きでぼやけたままの頭が本当に船旅をしているかのような錯覚を起こす。アーチを描く中央の椅子の美しさ、手際の良いお給仕の様子。食後のコーヒーによって多少意識が冴えてきたところで、体験への感動がだんだんと込み上げてきた。この時間の延長線上にチェックアウト後の私の暮らしがあることが、なんだか勝手に誇らしい。
最低限の必要なもの、それから少しの娯楽を詰め込んだ鞄を持って、どこを切り取っても美しい建物に飛び込む。惜しみない歓迎を受け、心地よく眠り、目覚めたら好きな朝食をとる。ホテルニューグランドは、こうした贅沢を過ごす舞台として、あまりにも完璧だった。
ドラマティックでありながら、格式は外に向けて親しげに開かれ、ロビーやカフェは一般の観光客が利用する姿も多く見られる。長い歴史の中で世界の様式を取り入れ、あらゆる場所から来た人間を包み込むこの肯定的な場所の存在は、きっと立ち寄るたびに得難い安心感をもたらしてくれるだろう。
ホテルニューグランド
住所 | : | 神奈川県横浜市中区山下町10番地 |
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アクセス | : | 羽田空港国際線ターミナルからリムジンバスで山下公園前(約35分)→徒歩でホテルニューグランド(約1分) |
電話 | : | 045-681-1841 |
Web | : | https://www.hotel-newgrand.co.jp/ |
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