2021年9月の舞台は島根県。悠久の歴史を持つ土地の食材をふんだんに取り入れたメニュー作りの舞台裏をご紹介します。
「ご監修をお願いするお店(以下、監修店)は、インターネットなどを活用した情報収集、社外アドバイザーによる提言、対象地域に精通する社員の意見を踏まえて候補を絞り込み、機内サービスの企画開発部門にて打診先を決定します。監修店候補へのファーストコンタクトは電話で行います。機内食は、食品安全と食品衛生、大量調理、オペレーションなどに基づく制約が多く、また、予算内に収める必要もあり、監修店がお店でご提供されているメニューをそのまま機内でもご提供できるケースはまずありません。監修店には機内食の制約に合わせて一からメニューを考えていただく必要があり、ご負担も大きいことから、ファーストコンタクトの時点でご快諾いただけることはほとんどないのです。そのため、次に直接ご訪問もしくはリモートで詳細をご説明する場を設け、ご納得いただければお引き受けいただけますし、この時点でお断りされてしまうことも稀にあります」と商品・サービス開発部の吉田佳織は語ります。
「このような経緯を経て監修店が決まるのは、機内でご提供する月の4~5カ月前となることが多いです。これが毎月続き、そして企画に穴をあけるわけにはいきませんので、緊張の連続です」(吉田)
9月のJAL国内線ファーストクラスの機内食のメニュー監修は、明治21(1888)年に島根県松江市で創業し、明治・大正・昭和にかけて松江を訪れた多くの文人墨客に愛された、約130年の歴史を持つ老舗の料亭旅館「皆美館」にお引き受けいただけることが決まりました。
島根県松江市は、国宝・松江城を有する城下町として、江戸時代から脈々と続く食文化が色濃く残る土地です。2021年6月8日、風情を残す街並みの一角にある皆美館で、メニューの提案会が行われました。JALからは、機内サービスの企画開発部門、機内食の品質/運用管理部門、客室乗務員の所属部門、地域事業部門、山陰支店の担当者、また、羽田空港に拠点を置く機内食会社のティエフケーから、監修店にご提案いただいたメニューを機内食としての再現を担うシェフらが参加しました。
島根の食文化と歴史を鮮やかに盛り込んだ、機内食の提案会
「お話をいただいたのは提案会の1カ月ほど前です。今までの経験や知識もありますが、あらためて色んな食材を探して新しい表現を求めました。とくに大切にしたのは生産者の思いと地元らしさを献立に織り込むことです。島根は自然に恵まれています。安心安全な地域食材の価値を、あらためて見直せる機会をもらった気がします」
こう語るのが、皆美館の調理長・佐藤治(さとうはるひで)さんです。機内食として採用するのは3セット。実際の機内搭載用食器を使った3つのトレーが並びます。
いずれも肉と魚がバランスよく組み合わされており、島根県の食文化や歴史の要素を随所に盛り込んだ構成です。
コロナ禍の感染拡大防止に配慮し、広いボールルームでは席同士に適切な距離を取り、パーティションを設置。試食は黙食を原則としていますが、一品ごとの試食を重ねるたびに大きなうなずきや笑みが見られます。
地元食材がふんだんに使用され、見た目にも美しく、美味しいメニューは、佐藤調理長の経験に基づく知識と腕前のなせるわざといえるでしょう。試食の後には、機内食としての再現するためのディスカッションが行われました。
「この地元産の食材は、機内提供を行う9月に、食数分の物量を食材業者さんに確保いただくことは可能でしょうか。また、納品形態はどのようになりますでしょうか」
「この味を再現するためには、調味料も地元産にこだわる必要がありますね。調達先をご紹介いただくことは可能でしょうか」
「機内で可能な盛り付けには制限があるため、このような盛り付けに変更させていただいてもよろしいでしょうか」
「飛行時間が短い路線では温める時間を確保できず、このメニューは直前まで保冷されていた状態のままご提供することになりますが、それでもおいしく召し上がっていただけるよう、食材や調理方法の工夫でカバーできますでしょうか」
「機内食工場での調理工程の都合上、ご用意いただいたレシピ通りに対応できない部分もありますが、出来上がりはご提案いただいたメニューに可能な限り近づけるようにしたいと思います」
……といった具合に、味わいやレシピについてのみならず、使用する食材の確保、機内食会社における調理工程や客室乗務員がお客さまにご提供する際の手順など、さまざまな制約のなかでも最高の機内食をご提供するための検討が行われました。
舞台は東京へ。機内食用に再現した、3つのトレー
さて、レシピや議論の内容はティエフケーのシェフらが持ち帰り、約1カ月をかけ機内食として再現するための作業が進められます。その内容は、必要食材の確保、味の再現、機内食に求められる衛生要件の担保、機内食工場で対応可能な調理工程の開発、機内食の運用に耐えられる盛り付けの検討、原価管理など多岐にわたります。
2021年7月21日、羽田空港内のティエフケーに佐藤調理長らをお招きし、機内食として再現したメニューの確認会が開催されました。
「私が提案した際よりも美しい」と佐藤調理長も驚かれたメニューが並びます。
「佐藤調理長がご提供対象となるお客さまのことや機内食の制約などを深くご理解いただいた上でメニューをご提案くださいましたので、ご提案いただいたメニューとほとんど変わらない機内食を完成させることができました。佐藤調理長がメニューに込められた思いそのままに、乗務員の皆さんへバトンを繋ぐことができます」と語るのはティエフケー 和食担当の小柳さん。
確認会の場では、佐藤調理長ならびに監修店代表がご試食のうえで、見栄え、味についてコメントし、ご承認をいただくことで、監修メニューとしての提供を決定します。
完成度をさらに高める、JALならではの機内食の工夫
「日本海、宍道湖、中国山地に囲まれた島根県産の豊富な食材を取り入れた逸品揃いのメニューであり、『極練り胡麻豆腐』や『奥出雲ポーク マスカルポーネソース』などは、皆美館さまを訪れなければ召し上がることができない料理も含まれ、まるで島根を訪れた気分で、機内食をお楽しみいただけるものと思います」(吉田)
今回の企画を担当した吉田は、こだわりの詰まったJAL国内線ファーストクラスのサービスに自信をのぞかせます。監修メニューでは、機内食ならではの、よりおいしく召し上がっていただく工夫が多数あったと振り返ります。
「たとえば、飛行時間の都合で主菜を温められずにご提供する伊丹線と、温めてご提供するその他の路線があります。そのため、ご提供温度にかかわらず美味しく召し上がっていただけるような工夫をしています。また、料理の見栄えを損なうことがないよう、離陸時の飛行機の傾きにも耐えられる盛り付けをしています」(吉田)
こだわりは食材にまで及びます。島根県の食材を積極的に使用するほか、世界標準レベルの農業生産工程を遵守し栽培されたミニトマトや、生産者が土づくりにこだわり丹精込めて育てた特別栽培米を採用しています。食後には、和菓子処松江の老舗菓子屋の茶菓をご用意しました。
「機内食」を、フライトのなかの楽しみとされているお客さまは多くいらっしゃいます。それぞれの立場の担当者が「地上と同じ様に機内でも美味しいお料理を召し上がっていただきたい」という思いを込め、さまざまな工程を工夫しながらバトンを繋ぎ、完成していきます。こうして、監修店から機内食会社ティエフケー、JALの企画部門、客室乗務員へとバトンが繋がった9月のメニューの調理が始まりました。こだわりの3種類のメニューは上旬・中旬・下旬と10日替わりで提供されます。
全国各地の四季折々を機内食で。旅路に思いを馳せてはいかがですか?
このように日本の風情をお楽しみいただけるよう趣向を凝らしている理由は、ご搭乗のお客さまにご満足いただけるサービスのためであることはもちろん、もうひとつあります。それは、日本各地の食の魅力をご紹介することを通じて、微力ながらも地域活性化のお手伝いをできればという想いからです。フライトの際には、機内食を味わっていただきながら、まだ見ぬ旅先への思いを馳せてみるのはいかがでしょうか?
A350導入の裏話や機内食のメニュー開発など、JALの仕事の舞台裏を紹介します。
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