高級リゾート、お金持ち、近未来的な超高層ビル……中東のドバイと聞いて多くの人がイメージするキーワードではないだろうか。たしかにドバイにはきらびやかな高級ホテルや、ニューヨークの摩天楼もびっくりの高層ビルが立ち並んでいる。
けれどもそれはドバイの一部であって、すべてではない。じつはドバイを擁するアラブ首長国連邦(UAE)は、約200の国と地域からやって来た人々が住まう、究極の多国籍国家でもある。華やかで高級な観光地から少し離れて、多様な文化に触れることができるローカルグルメスポットをご紹介しよう。
文:西田聖和

ドバイの王族も来店。ケバブが長年愛される老舗イラン食堂

Al Ustad Special Kabab(アル・ウスタド・スペシャル・ケバブ)

ドバイは世界からヒトやモノが集まる中東のハブだ。飲食業界の競争も激しく、1年も経たないうちにどんどん店が入れ替わっていく。そんな新陳代謝のいいドバイで、長年人々に愛されているのが、老舗のイラン料理屋「Al Ustad Special Kabab(アル・ウスタド・スペシャル・ケバブ)」である。

ドバイでなぜイラン料理? と思われるかもしれない。イランとUAE(アラブ首長国連邦)は地理的に近く、1971年にUAEが建国する以前から関係が深い。ドバイのスーク(市場)でよく見かける、世界一高級なスパイスといわれるサフランや、ローズウォーター(バラの蒸留水)もほとんどがイランから輸入されたものだ。青を基調としたイラン式の美しいモスクもドバイには数か所あり、在ドバイのイラン人たちが集まる場所になっている。

いまではちゃっかり「ドバイの伝統」として語られているものでも、イランに由来しているものがある。「ドバイの伝統地区」としておなじみの観光スポット「バスタキヤ地区」はその最たる例だろう。19世紀末に建てられた伝統的住まいを再現した同地区は、もともとイラン南部・バスタックの商人が移り住んだ場所であることからその名がついた。

紹介したいイラン食堂は、このバスタキヤ地区から歩いて数分の場所にある。しかし、残念ながら「ドバイの伝統地区」をひとしきりめぐり、同地区にあるおしゃれなレストランでラクダ肉のハンバーガーを食べるのが、観光客の定番のルートとなっている。たった、数十メートルしか離れていないのに、この店をスルーしてしまうのはもったいない。

この店を訪れたならば、ぜひ試していただきたいのが「チェロウ・ケバブ」だ。イランを代表する料理の一つである。チェロウはペルシャ語でご飯、ケバブは焼いた肉を意味する。

画像: サフラン入りのライスの上に、ケバブが乗った「チェロウ・ケバブ」

サフラン入りのライスの上に、ケバブが乗った「チェロウ・ケバブ」

添えられたバターをライスとなじませ、塩辛いケバブと絡めて食べる。ほんのりとしたライスの甘さとケバブの塩加減が、絶妙なバランスでお互いを引き立てあう。

画像: 壁一面に飾られた写真にも注目

壁一面に飾られた写真にも注目

食事をしながら、ぜひ店内のデコレーションにも注目されたい。1978年から営業を続けるこの店の壁は、これまで訪れた人々の記念写真であふれている。なかにはドバイの王族の写真も。国内外から「歴史がない」と揶揄される新興都市ドバイだが、この場所にはイランとドバイの関係を物語るささやかな歴史がある。

Al Ustad Special Kabab(アル・ウスタド・スペシャル・ケバブ)
営業時間12:00〜16:00、18:30〜25:00(土〜木)、18:30〜25:00(金)
定休日なし
住所バール・ドバイ地区。アル・ファヒディ駅から徒歩5分

ドバイ市民の胃袋を支える。カレーが安くてウマいパキスタン料理食堂

Ravi Restaurant(ラヴィ・レストラン)

ドバイには、24時間営業のファミレスやコンビニは日本と比べると少ない。そんななか、ほぼ24時間営業という驚異のサービス精神で営業する店がある。それがサトワ地区にあるパキスタン料理の「Ravi Restaurant(ラヴィ・レストラン)」だ。

レストランと銘打っているが、食堂と表現するほうが近い。安く、早く美味い料理が食べられるとあって、客も次から次へと入れ替わっていく。ドバイで外食といえばその主体はもっぱら家族であり、時間をかけて一家団欒を楽しみながら食事をとっている光景をよく見かけるが、それに比べると驚異の回転率である。

画像: Ravi Restaurant(ラヴィ・レストラン)

しかも客のほとんどが男である。めまぐるしい勢いで都市開発がつづくドバイでは、主に建設関係の従事者として多くの単身出稼ぎ労働者を受け入れているため、人口の7割近くが男性なのだ。それゆえ男だらけのスポットが各所に存在する。このレストランもそのひとつで、女性が飛び込むのは少々勇気がいるかもしれない。けれども、味はたしかだ。

画像: 羊肉が入ったシンプルな「マトン・ペシャワリ」。羊肉特有のくさみもなく、骨まで食べられる衝撃の柔らかさ。無料のナンがセットでついてくる

羊肉が入ったシンプルな「マトン・ペシャワリ」。羊肉特有のくさみもなく、骨まで食べられる衝撃の柔らかさ。無料のナンがセットでついてくる

メインはカレーだが、その種類はなんと15以上もある。メニューの多さに圧倒されそうになったら、とりあえずこの店で人気の「マトン・ペシャワリ」か「チキン・ペシャワリ」を選ぶべし。お腹いっぱい食べて、料金はたったの20ディラハム(約600円)。なんの変哲もないビジネスランチですら、平気で2,000円も3,000円もするのがドバイの相場である。いかにお安いかが分かるだろう。

ドバイで働く男たちの胃袋を支える素晴らしき食堂が、ここにはある。

画像: 緑色の看板と外装が目印

緑色の看板と外装が目印

Ravi Restaurant(ラヴィ・レストラン)
営業時間5:00〜27:00
定休日なし
住所サトワ地区。サトワ・ラウンドアバウトの近く

甘い香りがクセになる。砂漠の遊牧民スタイルのパンケーキ

Al Fanar Restaurant & Cafe(アル・ファナル・レストラン&カフェ)

UAE人といえばいまや、ベンツの4WDを乗り回すお金持ち、というイメージが定着している。けれど、ほんの50年ほど前まではベンツではなく、ラクダを乗り回す砂漠の遊牧民だった。そんな「遊牧民時代」の食事を楽しめるのが、「Al Fanar Restaurant & Cafe(アル・ファナル・レストラン&カフェ)」だ。

画像: 店内のいたるところに、伝統的な調度品や古き時代のドバイの白黒風景写真が飾られている

店内のいたるところに、伝統的な調度品や古き時代のドバイの白黒風景写真が飾られている

遊牧民スタイルの朝食は非常にシンプル。緑も水もない砂漠での生活を代弁するかのようである。けれども、素朴な味わいがある。パンケーキからはデーツシロップの香りがふんわりと漂う。

画像: 遊牧民スタイルのパンケーキ、「チャバブ」

遊牧民スタイルのパンケーキ、「チャバブ」

いまではファストフードから高級料理まで世界中のあらゆる食がなだれ込み、飽和状態になってしまったドバイの食卓。アル・ファナルは、その素朴な味とともにドバイの原点へと思いを馳せる場でもある。

Al Fanar Restaurant & Cafe(アル・ファナル・レストラン&カフェ)
営業時間8:30〜23:30
定休日なし
住所ドバイ・フェスティバル・シティ・モール内

ドバイ最安値!? 30円のふわふわ焼きたてパンが名物のアフガンベーカリー

ADRAR Bakery(アドラル・ベーカリー)

ドバイでローカルな雰囲気を楽しむなら、デイラ地区にあるナイーフ・スーク近辺がおすすめだ。ドバイ定番の観光スポット、ゴールド・スークから歩いて10分ほどの場所にある。

この場所が活気にあふれるのは、金曜日の正午過ぎ。イスラーム教の休日である金曜日の正午頃に集団礼拝が行われるためだ。礼拝が終わるとモスクから一斉に人々が散らばり、礼拝前のゴーストタウンのような状態からは打って変わって、辺りがにぎわい始める。

画像: アジア人の店主に、アフリカ、アラブの女性客たち。ドバイの多様性を感じるスークでの一コマ

アジア人の店主に、アフリカ、アラブの女性客たち。ドバイの多様性を感じるスークでの一コマ

モスク近くのレストランで食事をとる家族や、スークで熱心に香水を品定めするアラブ人女性たち。特にこのエリアでは、平日には見られない「金曜市」なるものが各所で開催される。古着や果物やらが路上に並べられ、即興の露天市と化す。

メインストリートから裏路地へ入ると、香ばしい匂いとともに人だかりが目に入る。礼拝を終えた人々が、昼食の買い出しに来ているらしい。人だかりを分け入ってみると、3人の男達が分担制で「ロティ」と呼ばれるパンを焼いていた。みな、アフガニスタンからやって来たという。

画像: ADRAR Bakery(アドラル・ベーカリー)

シンプルな見た目だからといって、単なるパンとあなどってはいけない。焼きたてのアフガン・ロティは「超芳醇」さえも超越する食感を持っている。しかも、1つでたったの30円。

画像: ロティと呼ばれるパンの一種

ロティと呼ばれるパンの一種

観光地を少しはずれて路地裏を歩けば、ドバイにもこんな激安グルメが潜んでいる。特にモスク近くは人々が集まる場所だから、飲食店も集まりやすい。金曜の人だかりを頼りにふらりと見知らぬ店に立ち寄るのも悪くないだろう。

画像: 店の外の人だかりが人気ぶりを物語る

店の外の人だかりが人気ぶりを物語る

ADRAR Bakery(アドラル・ベーカリー)
営業時間8:00〜15:00
定休日なし
住所デイラ地区。ナイーフ・スーク横のモスクの裏

多様な国籍の人間が住むドバイには、アラブ料理だけでは満たせない胃袋がわんさかある。サトワやデイラといったドバイの下町を歩けば、日本人にとっては見知らぬ食べ物に出くわすことも多く、その度にドバイの多様性に驚かされる。そうした未知なる食べ物との遭遇もドバイ観光の醍醐味の一つではないだろうか。

注記:ラマダン(断食月。2019年は5月初旬から約30日間)中は営業時間が変更する可能性があるので、事前に電話で確認したほうがよいだろう。

西田聖和

学生時代にイスラエル、パレスチナへ留学。東京の外資系広告代理店に勤めたあと、ドバイで就職。在住歴3年目。ドバイの観光情報や、日々の生活での気づきをつづったブログ「進め!中東探検隊」を運営。著書に『ソマリアを旅するーアフリカの角の果てへ』。
https://seiwanishida.com/

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