もちろん世界の各地にも、伝統や風土に基づいた地酒が数多く存在します。秋はドイツのビール祭り『オクトーバーフェスト』や、ワイン産地として知られるフランス・ブルゴーニュ地方の『栄光の3日間』など、ヨーロッパのお酒に関するお祭りが盛んになる季節。今回はそんなヨーロッパ各地のお酒を、それぞれのストーリーとともにご紹介していきます。地域や人々の生活との関わりを知れば、きっとその場所で飲むお酒がもっと美味しくなるはず。ぜひ、旅先で地酒を楽しんでみてください。
北欧の寒い冬は、アルコール度数40度の「アクアヴィット」で乗り切る
アクアヴィット(北欧)
デザインやインテリアなどが日本でも人気の北欧。寒く厳しい冬は11月頃から始まり、3月頃まで長く続きます。そんな北欧諸国で広く親しまれているお酒が「アクアヴィット」。寒い冬でも収穫ができるため、北欧の家庭料理にもたびたび登場するジャガイモを原料とする蒸留酒で、アルコール度数は40度以上と強めのお酒です。年間を通して販売はされていますが、特にクリスマスや年末の特別な時期に愛飲されるそうで、現地では「クリスマスアクアヴィット」という限定商品も出るほど、シーズン定番の冬酒となっています。
このお酒とともにしばしば食されるのが、缶詰の「シュールストレミング」。主にスウェーデンでつくられているニシンの塩漬けの缶詰ですが、強烈な臭いで有名で、「世界一臭い」とまでいわれています。勇気のある方は試してみては?
お酒の販売規制が厳しいノルウェーでは、アルコール度数の高いものは国が認可した酒屋でしか買えないので、旅行で入手するのにはちょっとした手間がかかるかもしれません。でも、それも旅の醍醐味! 地元の人になった気分で、アクアヴィットを探してみましょう。ぐいっといったら、氷点下の寒さも吹き飛ぶかもしれませんよ。
イギリスの夏の風物詩。冷たくて爽やかなロンドン生まれのカクテル
ピムス(イギリス)
続いてご紹介するのは、言わずと知れたヨーロッパの大きな島国、イギリス。イギリスのお酒といえば、ビールやウイスキーを思い浮かべますか? じつは、夏になるとイギリス人がこぞって飲むお酒があるんです。それが「ピムス」。ロンドン発祥の、ジンベースのフルーツフレーバーリキュールです。長くて暗い寒い冬が終わったあとに、太陽がまぶしい夏が来たら、ピムスを使った爽やかなカクテルが飲みたくなるのかもしれません。
「ピムス」の始まりは1840年代、オイスターバーをやっていたジェームス・ピムがお店でつくったジンベースのオリジナルカクテル「ピムス・ナンバーワン・カップ」。このカクテルがロンドン紳士たちのあいだで大人気となったことを受けて、家庭でも再現できるようにと、混成酒ピムスがつくられました。それぞれ成分も味も異なるNo.1からNo.6までの種類があり、好きなナンバーのピムスに、フルーツやキュウリ、ミントを入れ、サイダーで割って飲むのが基本的な楽しみ方。冷たいピムスは火照った身体に気持ちよく染み渡ります。
イギリスの夏の風物詩ともいえるピムス。毎年6月から7月にかけてロンドンで行われるテニスの世界大会『ウィンブルドン選手権』では、なんと20万杯も飲まれることがあるとか! 夏のイギリスのパブで、地元の人々にまぎれてぜひ試してみてください。
ハンガリーの養命酒? 家庭でとれるフルーツでつくられてきたブランデー
パリンカ(ハンガリー)
ヨーロッパの大河のひとつ、ドナウ川沿いの美しい街ブダペストを首都に持つハンガリー。りんごやあんず、梨、さくらんぼなど、さまざまな種類の果物を使ってつくるブランデー「パリンカ」というお酒は、500年以上の長い歴史を持つといわれています。もともと、それぞれの家庭でとれる果物を使ったオリジナルレシピでつくられてきたといわれる、現地の生活に根ざしたお酒なんです。
つくり方は普通のブランデーと同じで、材料となる果物を潰したあとに、2回ほど蒸留をしてでき上がります。食後や食前に消化を助ける目的や、風邪を引いたときなどに滋養のため飲まれることも多いのだとか。いわば、ハンガリーにおける養命酒のような役割なのかもしれませんね。
ちなみに「パリンカ」という名前でフルーツブランデーを売るには、とても厳しい決まりがあるんです。例えば、「添加物は含んではならない」「ハンガリーで原料の栽培から、発酵、醸造、ボトル詰めまでを行う」などなど……。つまり、ハンガリー以外でつくられたパリンカは存在しないのです! まさにこれこそハンガリーの地酒といえるかもしれません。
ギリシャ正教の聖地・アトス山で生まれた「神の酒」
ウーゾ(ギリシャ)
続いてはハンガリーよりぐっと南下し、地中海の国ギリシャへ。温暖な気候と青い空、美しい海が開放的な気分にさせてくれるギリシャには、「神の酒」と呼ばれる地酒があります。「ウーゾ」という名前のそのお酒は、ブドウやレーズンの蒸留酒をベースに、アニスなどのハーブで独特の香りをつけたリキュールです。アルコール度数は40度以上と高めで、水を加えると無色透明から白濁色に変わる不思議なお酒なんです。
でも、なぜ「神の酒」と呼ばれているのでしょうか? それはウーゾが、14世紀、ギリシャ正教の聖地として知られるアトス山の修道士によって最初につくられたといわれているからです。現在はアニス以外にもさまざまなハーブを用いてつくられ、醸造所によってその風味が違うのだとか。
ギリシャでは食前酒として日常的に飲まれていて、日本でいうおつまみのような小皿料理「メゼ」とともにウーゾを提供する「ウーゼリー」と呼ばれるカフェがたくさんあるそうです。地元の人のオススメの飲み方は、水割り。ギリシャの「ウーゼリー」に行ったら、ぜひ目の前で水割りにしてもらいましょう。透明から白色に変わる不思議な「神の酒」をどうぞ。
ワインの炭酸割り「ショーレ」。名産地ドイツで愛されるワインの楽しみ方
ショーレ(ドイツ)
最後に、中央ヨーロッパの大国ドイツの少し変わったワインカクテル「ワインショーレ」をご紹介します。これはワインを炭酸水で割ったものです。ワインのタイプにもよりますが、甘めの白ワインを炭酸で割って飲むと、まるでジュースのように飲みやすくなり、アルコールが苦手な方でもどんどん飲めてしまうんです。
ドイツはワインの名産地としても知られていますが、ワインショーレはぶどうの収穫時期に産地で行われる「ワイン祭」でも飲まれる、ドイツ人にはとても身近な飲み物。ドイツの短い夏にも、よく飲まれます。ワインと炭酸の爽やかな組み合わせ、夏にはぴったりなんです。
ちなみに、炭酸水で割った飲み物全般をドイツ語で「ショーレ」といい、100%のりんごジュースを使った「アプフェルショーレ」なども夏場によく飲まれます。他にもオレンジジュースやクランベリージュースを使ったショーレもあり、子どもたちに人気です。炭酸割りで簡単につくれる飲み物「ショーレ」は、ドイツの夏を感じさせてくれます。
ヨーロッパの5つの地域について、人々の暮らしのなかで生まれてきた5つの地酒をご紹介いたしました。旅の途中でお酒を飲む機会には、ぜひ地酒を飲んでみてはいかがでしょう。もっとその町が好きになれるかもしれませんよ。
写真提供:DisobeyArt、BLFootage、Marina Khlybova、Magdanatka、I Wei Huang、TTstudio、vitfoto、Olga Gavrilova、rawf8、Africa Studio(いずれもShutterstock.com)、Pro Stuttgart Verkehrsverein e.V.
荒巻香織
東京在住のライター・カメラマン。ドイツとベルリンが好きすぎて渡ベルリンは10回以上にのぼり、地元民よりも地理に詳しい。著書に『ベルリントラベルブック』(東京地図出版)。
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