江戸時代初期に建てられた津山城を有する津山市。観光のメインスポットに城下町が横たわり、並行するように流れる吉井川や旧街道、山々に囲まれた自然があります。人の交差点であった街のあちこちには、歴史と文化の香りが漂っていました。様々な時代のたてもの巡りとともに、観光スポットとグルメを楽しむ旅のレポートです。

画像1: タイムトリップ in津山 歴史街道を巡る1泊2日

西村 愛

2004年からスタートしたブログ「じぶん日記」管理者。47都道府県を踏破し、地域の文化や歴史が大好きなライター。
島根「地理・地名・地図」の謎 (実業之日本社)、わたしのまちが「日本一」事典 (PHP研究所)、ねこねこ日本史でわかる都道府県(実業之日本社)を執筆。 サントリーグルメガイド公式ブロガー、Retty公式トップユーザー、エキサイト公式プラチナブロガー。

画像2: タイムトリップ in津山 歴史街道を巡る1泊2日

11:30 「早瀬豆富店」の濃厚豆乳を使った豆富ランチ

お昼前に到着した津山。まずはランチをと、豆腐のお店として話題の「早瀬豆富店」へと向かうことにしました。
豆腐一筋70年余年「早瀬食品」が4年前、市内の豆腐工場で作られた豆腐製品を食べたり買ったりできる場所を作ろうとお店をオープン。城下町・城東エリアの町家を飲食店として改装したのが「津山城東とうふ茶屋 早瀬豆富店」です。

早瀬食品の豆腐は、長い時間をかけた試行錯誤の末に出来上がったものです。全国各地の大豆を使い豆腐作りを試し、最終的にたどり着いた大豆は、なんと地元・美作(みまさか)産の大豆だったそう。美作産大豆は良い土壌と水に育まれ、かつ、盆地性の寒暖差ある気候によって甘みを蓄えており、豆腐作りには理想的な味でした。
この大豆を使用した商品の中核となる“寄せ豆富”を基本として、様々な豆腐製品が作られています。飲食店では、豆腐をアレンジしたおかず満載のランチや、豆乳のデザートなどの喫茶が楽しめます。

現在はお隣の民家を店舗として改装中とのこと。豆腐や豆乳を使ったお菓子の工房や、庭が眺められる席も出来るそうです。これからがとても楽しみなお店です。この日のランチは「ありがとうふ御膳」。
豆腐の落とし揚げをメインとした豆腐尽くしです。たんぱく質たっぷりのヘルシーランチで、お客さんも9割以上が女性とのこと。“もち大豆”を使って作った豆腐の落とし揚げ、湯葉、豆乳は、まろやかさがあり濃厚。それでいてクセがなく、大豆の甘さが口の中に広がります。自慢の寄せ豆富はとにかくなめらか、オリジナルの醤油をかけるとさらに甘さが引き立ちます。他にも白和えや厚揚げ、デザートには豆乳プリン、豆乳の焼きドーナツが付き、最後まで満足の内容です。
豆乳を使ったソフトクリームも人気。城東地区の駐車場からも近いので、街歩きの途中の立ち寄りポイントとしてもいいですよ。
現在はお隣の民家を店舗として改装中とのこと。豆腐や豆乳を使ったお菓子の工房や、庭が眺められる席も出来るそうです。これからがとても楽しみなお店です。

津山城東とうふ茶屋 早瀬豆富店

住所岡山県津山市東新町82
営業時間10:00~17:00
休日月曜
webhttps://www.facebook.com/hayasetoufuchaya/

13:00  歴史感じる街並みをぶらり散策「つやま城東町家巡り」

1603(慶長8)年、美作国(現在の津山市)に森忠政が入封し、「津山城」とその城下町を建設しました。東西にのびる城下町の東側が城東地区、西側が城西地区と呼ばれ、ともに町並みすべてが歴史的で文化財で、保護する価値があるとされる「重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建)」に選定されています。
初日はこのうち東側・城東地区を、旧街道沿いに散策しました。

津山は播磨国姫路から出雲国松江までをつなぐ旧街道沿いの間にある町でした。当時の繁栄を思わせる街道沿いの旅籠や商人の町家が今も残っており、そぞろ歩きするのにぴったりです。
物流や人の行き来が盛んだった街道沿いの町は、当時の見事な“都市計画”が行われています。町家の特徴は「つし二階(中二階)建」と「本二階建」が混在していますが、庇はほぼ揃っており連続性があり、壮観です。

特徴はまだまだあります。それぞれの家には防火用の「袖壁」、壁面には「なまこ壁」、窓には「出格子と平格子」、漆喰で文字や絵を描いた「鏝絵(こてえ)」なども見られ、町全体が豊かな雰囲気があります。

途中、豪商の家や江戸時代の町家は歴史ドラマや映画のロケ地に使われた建物もあり、風情感じられる景色が未だ多く残されていることがわかります。
それぞれの小路には名前がつけられ、それらは当時の周囲の施設や屋敷に関連づけられたものでした。例えば「美須屋(みすや)小路」は簾(すだれ)屋七郎兵衛の屋敷があったことから、「瓦屋小路」は津山藩主森氏の瓦師がその近辺に住んでいたことからその名がつきました。小路の名前ひとつにも津山の歴史が刻み込まれているので、色々空想しながら周るのも楽しいです。
商店だった場所や町家は現在改装されて、休憩どころや飲食店として使われています。あちこち立ち寄りながら歩くと町の人との会話でもでき、より思い出深い旅になります。

ゆっくり回っていると、1時間くらいはあっという間です。城東巡りはぜひ、時間をたっぷり用意して行ってみてください。

城東町並保存地区

webhttp://www.tsuyamakan.jp/tour/detail/?pk=132 (津山市公式観光サイト)

15:00 4つの時代を感じられる重厚な豪商町家「城東むかし町家(旧梶村邸)」

城東の出雲街道沿いにある「城東むかし町家」は、江戸時代から続いた重伝建に残る商家です。元禄時代からこの地に屋敷を持ち、江戸時代中期になると、当時の当主であった茂渡籐右衛門(しげとうとうえもん)が津山藩から両替商「札元」(今の銀行)を命じられ、「藩札」の発行を行っていました。

300坪という広大な敷地の中に、4つの時代が重なり合う建物。最も古いのは江戸時代末期に造られた主屋や、明治初期に造られた母屋と大正時代に建てられた座敷から見える巨石を配した和風庭園もあります。ドイツ風の洋館や、蔵、昭和の時代になってから作られた茶室もあり、増改築を繰り返しながらも大切に使われ続けてきた歴史と、豪商の華麗な暮らしを見ることができます。
保存状態も良く、使われている建材なども上質。建物は国登録有形文化財(建造物)、庭園は県内唯一の国登録記念物(名勝)です。和の意匠も数あり、建具には当時の指物師の技や市松編み、網代編みを配した装飾などが見られます。“うぐいす張り”になった広縁は、歩くとキュッキュッと音がします。

凝りに凝った建物やお庭に加え、当時ガラスをここまでふんだんに使い庭園の見晴らしにこだわった設計になっているのも“相当なお金持ち”であった証拠です。
入館無料で自由見学でき、古き良き和風建築にうっとりしながら穏やかな時間を過ごすことができました。

城東むかし町家(旧梶村邸)

住所岡山県津山市東新町40
営業時間9:00~17:00(入館は16:30まで)
休日火曜、祝日の時は翌日、12/29~1/3
webhttp://www.tsuyamakan.jp/tour/detail/?pk=96 (津山市公式観光サイト)

16:00 重要文化財の蔵元に付属する町家を改装した一棟貸しの宿「城下小宿糀や」

城東地区に2020年7月に開業した、新しい一棟貸しの宿見学にお邪魔しました。宿名の「糀や」とは、この建物がもともと「苅田(かんだ)酒造」という蔵元に隣接した建物であったことから名付けられています。

旧苅田酒造は260年前にこの地で創業、津山藩の御用酒屋を務めるほどにまで発展した酒蔵です。
以降、2013(平成25)年にこの地が重伝建として選定されるまで、“諸白”というお酒を造り続けていました。外から見るだけでも蔵や煙突など、造り酒屋として繁栄した当時の面影が垣間見えます。出雲街道沿いではひときわ大きい建物で、醸造を行っていた10の施設が国の重要文化財に指定されています。
この旧苅田家住宅から西側へ続く、木造2階建の付属町家群宿泊棟3棟と共用のラウンジ1つに改装されました。
どの部屋も家族で使える6~11名で泊まれるほどの広さです。各部屋にはツインベッドの用意があり、人数によっては畳の部屋に布団を追加するスタイル。エクステリアは和モダンですが要所に洋風も取り入れ、使い勝手の良い仕様です。部屋の浴室にはお風呂用酒が用意されており、檜の浴槽にたっぷりと日本酒を注ぎ入れ、「日本酒風呂」が楽しめるようになっています。キッチン、庭、デッキテラスもあり、歴史と文化を感じながら、ゆっくりと自分時間を楽しむことができます。

宿見学の中、城東地区の町家の特徴である「つし2階」を体感することもできました。
出雲街道の周辺の町家は、参勤交代などで街道をお殿様が通るため、屋根を高くすることが許されませんでした。建物が低くなることで、特に2階の居室空間が狭くなってしまいます。そこで天井板をはらずに梁をむき出しにすることで出来るだけ高さを取るのですが、それでも2階は頭がつかえてしまうくらいに低くなります。「つし2階」という建築方法は、本来は居住スペースではなく使用人の部屋として使われていたこともあり、生活的にはいささか勝手が悪かっただろうと思われます。しかし、この「つし2階」の2階部分は、改めて見ると“屋根裏部屋”のようなお籠り感があり、たまらなく落ち着くスペースです。太い梁に囲まれながら読書をしたり、パソコンを開いて仕事をしたりと集中する時間が持てそうな空間でした。

津山の伝統建築がかもし出す雰囲気の中、快適さは守られながら歴史にも触れられ、古さと新しさの共演を楽しめる宿。プライベート空間がしっかり守られるのも、今の時代にぴったりです。

津山城東むかし町 城下小宿 糀や

住所岡山県津山市林田町68
※チェックインは市内「ザ・シロヤマテラス津山別邸」にて。温泉施設も利用可。
webhttps://www.tsuyama-kojiya.com/

18:00 ”肉のまち津山”「いぶし銀」で体験するご当地肉グルメ

岡山県津山市が「肉のまち」と呼ばれていることをご存じでしょうか。
津山には古くから肉食の文化があり、今でも独特な肉の食べ方やグルメが伝わっています。
江戸時代、肉食が禁じられていた頃でも、獣肉を食べられることを認められていた場所がありました。津山藩もそのひとつで、近江彦根藩と共に“肉は薬”として考えられていました。その文化を「養生食い」と言い、体を健康にし、治すために肉食をしていたと伝えられています。明治時代には、すでに津山は牛肉の町として認識されていたという記録も残っています。

そんな津山の肉尽くしの夜は、鶴山通り沿いにある「いぶし銀」。その名も“肉ビル”の大きな文字に温かな光がともる、なんともそそられる外観です。
精肉店で働いていた経験を生かし“肉居酒屋”をオープンしたというご店主が、プロフェッショナルな肉の目利きと扱いで、最高の状態の肉料理を提供してくれます。

まずオーダーしたのは、津山独特な肉料理の中でも最初に挙がる「干し肉」。
食べたことがなかった私は、この名前を聞いた時に「“ジャーキー”のようなものなのかな。」と思いました。赤身の部位を干し、味を凝縮させた肉を炙っていただきます。ステーキのようにガツガツ食べるというよりも、じっくりとお酒と一緒に楽しむもので、旨味が凝縮されじわりと肉の甘味も感じる贅沢な一品です。いぶし銀では、1日~1日半ほど干した自家製干し肉を、備長炭で香ばしく炙ったものが提供されます。

牛すじを煮込んでスープ状になったものを、冷蔵庫で固めたのが「煮こごり」。
口の温度でスーッと溶けた後、すじの弾力や肉感を感じられるごちそう。コラーゲンたっぷりで、また散らされた柚子皮が合います。アツアツのごはんに乗せて、ちょっと溶けたところで醤油をかけて食べるという、通な食べ方を教えてもらいました。

「ヨメナカセ」はコリコリとした血管(大動脈)の部位。
下処理が難しいために「お嫁さんが困る」という意味で名づけられた部位。低カロリーなのに食感が良いため食べ応えがあり、名前とは逆でぜひ女性に食べていただきたい部位です。
その他にも、テールを茹でてほろほろにしたところにおろしポン酢をかけた「テールポン酢」、ローストビーフを豪快にいただける「かっぱっチョ」など、肉々しいメニューが目白押しでした。
肉文化が育った町ならではの進化を遂げた、津山の肉料理。溢れんばかりの人情居酒屋で津山の夜はふけていきました。

大衆肉酒場 いぶし銀

住所岡山県津山市大手町11-22 肉ビル 1F
営業時間18:00~23:00(L.O.22:30)
休日日曜
webhttps://www.instagram.com/ibushigintsuyahman/ (Instagram)

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https://www.jal.co.jp/jp/ja/info/2020/other/200228/

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