博多うどんの心身に染みる出汁の味。繊細で素朴なごぼ天うどんがおすすめ
福岡・博多「かねいしうどん」
私にとって、旅にうどんはつきものだ。「いらっしゃいませ」の代わりに「風邪、治ったん?」、お客さん同士で「おお、来とったん」。そんな会話が交わされる地方のうどん店は、小さなコミュニティーサロンのようなものだと思う。だから、旅行者である私はその日常に足を踏み入れると少しドキドキする。だが、それはすぐに心地よさに変わる。BGMはないが、クツクツと湯の沸く音が聞こえる。洒落たアートパネルはないが、めくられずじまいのカレンダーには味がある。未知の日常に身を置く、これも旅の醍醐味なのだ。忙しい商人のため麺を茹で置いたことに由来をもつ博多うどん、さまざまな讃岐うどんがある高松でもひときわ繊細でたおやかな讃岐うどん、うどん不毛の地、沖縄で出会った知られざる一杯。旅先で出会ったうどんとのひとときを振り返る。
大阪人がお好み焼きに一家言あるように、博多っ子が愛してやまないのが、柔らかい麺と透き通った出汁からなる博多うどんだ。天神あたりで道行く人に聞けば、嬉々としてこう答えてくれるだろう。「ソウルフード? そりゃぁ博多うどんったい!」。私の溺愛店の一つに「かねいしうどん」という店がある。ここ数年、福岡を訪れるたびに足を運んでいるのだが、ここのごぼう天うどんがべらぼうに美味しい。
まず、佇まいがいい。拍子木切りのごぼう天が5、6個に、コシのないふやふやのうどんがぽわんと浮かぶ。決して「町のうどん屋」の域を出るような派手さはないが、俗世間のわずらわしさなどどこ吹く風といった呑気さが漂っている。丼のなかから「あぁいい湯だぁ」なんてうどんの声が聞こえてきそうなおとぼけ感もある。それから、出汁。麺同様、出汁も人それぞれ好みがあると思うが、私は鰹節を効かせているものが好きだ。「かねいしうどん」の出汁はまさにドンピシャで、昆布の丸みと鰹節の軽い酸味が見事に重なり、ゆかしく心身に染みる。すべてを胃に収めると、ほっこり平和な気持ちがじわじわと湧いてくる。
近頃、東京でも「博多うどん」を謳う店が増えている。博多うどん応援隊としてこれには大変喜んでいるのだが、やはり本場の雰囲気で味わう博多うどんは格別だ。
かねいしうどん | ||
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定休日 | : | 日曜日 |
営業時間 | : | 10:30~20:00(月〜金曜日) |
住所 | : | 福岡県福岡市博多区博多駅東3丁目9−20 |
本場・香川県高松で讃岐うどんを。老舗の清純派美人のようなきつねうどん
香川・高松「うどん棒」
香川・高松。南新町商店街すぐの「うどん棒」はほどよい活気もありながら、観光客が押し寄せるタイプの店とは趣の異なる、緩やかな空気が流れる店だ。昼過ぎに入店すると、女性店員がにこやかな笑顔で入口近くのカウンター席を勧めてくれた。
すっきりとした文字の手書きメニューのなかから「きつねうどん」を注文。店内を見渡すと、地元住民と思われる年配の方が多い。ほどなくしてうどんが運ばれてきた。きれいな三角形のお揚げに生姜がちょこんと乗り、その下で香川県産小麦を使った手打ちうどんがほっそりと、たおやかな曲線を描いている。
個人的な楽しみだが、たまに目の前のうどんを擬人化させてみることにしている。こうすると無骨な野武士タイプだったり、筋肉隆々の体育会系だったり、気品ある貴婦人だったり、さまざまな性格が浮き出てきて面白い。「うどん棒」のうどんは柔らかさのなかにぷるんと弾力があり、ちゅるちゅると喉を通っていく。上品だが、それでいて親しみやすい。華奢で色白な清純派美人のようなイメージだ。
出汁もべっぴんなうどんに寄り添う穏やかな仕上がりで、早朝からうどん店を巡りこちらで7杯目であるにもかかわらず、胃の赴くまま飲み干してしまった。ちなみにこのきつねうどん、420円也。身の丈の幸せは気楽に旨い。
うどん棒 | ||
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定休日 | : | なし |
営業時間 | : | 11:00~21:00 |
住所 | : | 香川県高松市亀井町8−19 |
web | : | http://www.sanukimen.com/udonbou/ |
うどん不毛の地・沖縄で見つけた宝物のようなかけうどん
沖縄・那覇「陽より」
はるばる沖縄に行ってまでうどん屋を探し、とうとう沖縄そばもラフテーも食べられなかった、と言うと大抵の人には呆れられる。だが、「なさそうな土地」にそれを見つけたときの喜びはひとしおで、それも抜群に好みのうどんだったときなんてもう太陽の下、小躍りしてしまうというものだ。那覇の中心地、沖縄県庁前に建つ「陽より」という店にもそんな思いをさせてもらった。
整然とした格子窓に小さな白暖簾が揺れる佇まいはどこか涼し気で、観光客で賑わう国際通りとはまるで対照的。扉を開いた瞬間、すんっと鼻腔に飛び込んできた出汁の香りについ胃袋が反応する。嬉しさで顔がにやけ、きっと変な女だと思われただろう。年配のご夫婦の背後を通り、積み木がそのまま大きくなったような椅子に腰を掛けて大きくため息。あぁ、暑い。まだ5月とはいえ、沖縄の暑さはさすがだ。本音では、きりっと氷水で締めたざるうどんでも食べたいところだが、基本的に初めてのお店ではまずかけうどんと決めている。出汁との出会いも愉しみの一つだからだ。
出汁は店主の感性を映し出す。素材の個性を知り、重ね、ここぞという味の頂点にぴたっとはめる。それはとてもアーティスティックな仕事で、オーケストラと指揮者の関係みたいだ。「陽より」の出汁は、それはそれは透明で、心地いい余韻を残しつつ、音色を奏でるように舌に吸収されていく。添えられた鰹節粉を加えればより一層味が膨らみ、口当たりのいいうどんとともに夢中ですすらずにいられない。丼を被るようにして飲み干し、額に汗を浮かべて外へ出るとそこへ風がひと吹き。身体を包んでいた香気が一瞬で消え去るような気がして、少し寂しくなった。
陽より | ||
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定休日 | : | 日曜日 |
営業時間 | : | 11:30~14:30 17:30~22:00 |
住所 | : | 沖縄県那覇市泉崎2丁目3−6 |
姫路のきつねうどんは、黄金の出汁が魅力
兵庫・姫路「花月うどん」
姫路駅から岡山方面へと延びる姫新線に乗り、播磨高岡駅へ。無人の改札を少し緊張しながら通り抜ける。「花月うどん」は大通りから一歩入った場所に建つ、地元の人のための店だ。この地で生まれ育った店主が福岡出身の奥さまと出会い、福岡の優しいうどん文化に開眼。博多の有名店で修業後、「花月うどん」をオープンしたそうだ。鈍色の壁に向かうカウンター席に腰をかける。きつねうどんを注文し、メニューをしまうときに初めて目の前に招き猫やフクロウなどの小さな置物が並んでいることに気がつく。こういうものを好む店主はなんだかいい人な気がする。しばらくしてうどんが運ばれてきた。
お揚げが3枚にかまぼこ、ネギ。熱々の丼から湯気と一緒にいい香りが立ち上る。神々しいほど黄金色の出汁に喉が鳴り、鼻の穴が広がる。口に含むとじんわぁと複雑な風味が広がり、旨味の階段を一気に駆け上るような気分だ。花月うどんでは一晩水に浸した昆布に、鰹節、サバ節、ウルメイワシなどから出汁を引いているという。帰り際、私が東京から来たことを知った奥さんが顔をくしゃっとさせて喜び、「東京からだって!」と厨房にいたご主人に声をかける。飾らないご夫婦だ。次に関西へ行くときには、また奥さんの「くしゃっ」を見に行こう。
花月うどん | ||
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定休日 | : | 火曜日 |
営業時間 | : | 11:00~14:00,17:30分~20:30 |
住所 | : | 兵庫県姫路市東今宿2丁目6−19 あづみマンション1F |
SNS | : | https://www.facebook.com/kagetsu.udon.himeji/?rf=410417828980919 -- |
井上こん
ライター。福岡県出身。食分野を中心に執筆。特にうどんに関しては年間500杯食べるうどん好きとして記事やコラムの執筆、テレビ出演も。ブログ『うどん手帖』では全国各地で出会ったうどんを紹介。
http://koninoue.com/
※2019年8月27日に一部内容を更新しました。
掲載の内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。