ニューヨークへの勇気のつばさ<前編>
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ニューヨークへの勇気のつばさ<前編>

2019.07.10

飛行機で長時間移動することや、見知らぬ地への旅には不安を感じる人が多い。特に、障がいのある人とその家族は、心のハードルを乗り越えず諦める人も多い。
しかし、不安を乗り越え勇気を出して一歩踏み出したその先には大きな気づき、楽しさがあり、家族のより強い絆がうまれる。

車いすユーザーで株式会社ミライロに所属し、ユニバーサルデザインのコンサルタントおよび「ユニバーサルマナー」の研修講師として活躍している岸田ひろ実さんと、同社の事業推進室で活躍されている娘の奈美さんにニューヨーク母娘旅のお話をうかがった。
※本記事は前後編連載に分けて掲載いたします。

文:岸田ひろ実 

多様性の街、ニューヨークへの憧れ

多様性の街、ニューヨークへの憧れ

ニューヨークを旅先に選んだ理由は、昔からずっと憧れていたからです。あらゆる流行の発信地で、挑戦と夢に溢れていて、眠らない街……そんなキラキラしたイメージを持っていました。でも、ニューヨークへの漠然とした憧れが、「行って、見て、知りたい!」と決意に変わったのは、2015年、ハワイへ訪れた時です。車いすで生活するようになってから初めて訪れた外国がハワイで、当時は不安でいっぱいでしたが、強烈な体験が得られました。アロハの精神による障がいのある人々への自然な向き合い方や、車いすのままビーチに入れた経験などが、生きる自信にも繋がりました。

でも、ハワイは世界有数の観光地です。一時的に滞在する観光客のための施設やサービスを多く見ていたので、今度は「仕事をして、そこで暮らす」ことが想像できる街を見たいと思いました。ニューヨークは多様性の街ですよね。行き交う人々の、国籍、民族、文化、言語の違いが、日本の比ではありません。ニューヨークで、障がいのある人も含め、たくさんの違いを持った人々がどうやって共に暮らしているのかを知り、これから多様化の進む日本で、私と娘が伝えていきたいと思いました。

フライト前にホッコリした、木製の車いす

飛行機での移動は、とても不安でした。飛行機に限らず、初めての移動手段や移動経路の時はいつも不安です。前日は眠れなくなります。今回不安だったのが、フライト時間の長さです。13時間ものフライトは経験したことがなかったので、お手洗いを利用できるか、床ずれができないかが心配でした。娘と一緒なので、もし何かあれば気兼ねなく娘に手伝ってもらえるというのは安心する一方、ちょっとだけ不安もあります。私のせいで、娘の楽しい旅行気分が削がれてしまったらどうしよう、娘にまで気まずい思いをさせてしまったらどうしよう、と考えてしまうんです。大切な人と一緒に行く旅からこそ、失敗したくない!と臆病になるのかもしれません。

そんなわけで、飛行機に乗る直前までビクビクしていましたが、搭乗口で用意してもらったキュートな車いすを見て、ちょっと緊張が和らぎました。木製で、コロンとカーブしたフォルムを見て、思わず「これカワイイ!」と叫んでしまいました。金属製の車いすだと、なんだか見た目が冷たい印象があり、なんとなく“介助されている”感じがあります。写真をSNSにアップしたら、同じく車いすユーザーの方々からもカワイイ!と評判でした。コメントでは「楽しんで!」「いってらっしゃい!」と、旅立ちの応援もたくさんいただいたので、肩の力がちょっと抜けた瞬間でもありましたね。

木製車いすに乗り、事前改札で最初に機内に搭乗しました

木製車いすに乗り、事前改札で最初に機内に搭乗しました

13時間の海外フライトに寄り添ってくれた、心配り

私には下半身麻痺があり、おへそから下の感覚が全く無いので、床ずれができやすいです。シートで寝返りを打ったり、機内で貸してもらえるクッションを身体に挟んだりして、床ずれを防ぐことができました。心配だったお手洗いも、フライト中に2回利用しましたが、なんの不便もありませんでした。お手洗いを利用する時は、CAさんに声をかけて機内用の車いすに移乗し、車いすのまま個室に入るところまで、サポートしてもらいました。広いお手洗い(多目的トイレ)に一番近い席を用意してもらえたのも、安心しました。

車いすのまま利用できる機内のトイレ

車いすのまま利用できる機内のトイレ

バリアフリー化された設備に安心したのはもちろんのこと、それ以上に心強かったのは、CAさんや空港スタッフの皆さんの心配りです。自分の車いすから機内用の車いすに移乗する際、私はいつも二人がかりで身体を持ち上げもらいます。身体の負担が少ない持ち方があって、私の場合は、両脇と、膝のあたりを抱えていただくと楽です。一度、楽な持ち方をお伝えすると、チェックインカウンターのスタッフさんから搭乗口のスタッフさん、搭乗口のスタッフさんからCAさん、という具合で伝言してくださって、皆さんが楽な持ち方でサポートしてくれました。ニューヨークの空港でも同じ対応をしてくださったので、びっくりしました。説明しづらいことも、思い切って相談できる雰囲気が、とても嬉しかったです。

車いすの私の外出が増えれば、社会も慣れてくれる

私が勇気を持って外出すれば、電車、新幹線、飛行機、船など、利用する先々で、サポートしてくださる方と出会い、話す機会も増えることに気づきました。私が必要なサポートを伝える機会も増えるし、駅員さんやCAさんがサポートに慣れる機会も増える。今回も行きの便より、帰りの便の方が、CAさんとのコミュニケーションがスムーズで、そういう些細な変化がすごく嬉しかったです。外出をためらっている障がいのある方こそ、思い切ってドンドン外出に挑戦すれば、結果的に自身が外出しやすい社会になるんじゃないかな、と思いました。

車いすの私の外出が増えれば、社会も慣れてくれる

車いすでも浮足立つ、ニューヨーク観光

ハイウェイを走る車の窓から、遠目に街並みを眺めているだけで、私も娘もワクワクしっぱなしでした。川に架かる橋、レトロなレンガ造りと最新型の建築が交じる建物、そびえ立つビル、深夜でも昼だと思い込んでしまいそうなくらい眩しいネオンサイン、そして行き交う人々の多様さ。映画で観たままです。「憧れのニューヨークに来たぞ!」って感じがドーンと胸に押し寄せてきました。車いすでも浮足立つってこういうことか、と言って娘と笑いました。

車いすでも浮足立つ、ニューヨーク観光

初日は、美術館と劇場を巡りました。メトロポリタン美術館では、展示物の大きさ、点数、歴史の深さ、密度など、スケールの大きさにとにかく圧倒されました。でも、芸術品以外に、私のお気に入りがあるんです。古代エジプトの巨大な石門を展示しているスペースがあり、階段で石門の内部に入っていく構造なのですが、備え付けられている車いす用の昇降機が、門の重厚な石材そっくりに作られていたんです。リアルすぎて、最初は昇降機と気づきませんでした。粋な演出ですよね。

二ューヨーク近代美術館では「ゴッホの自画像」や「モネの睡蓮」など、誰もが知っている名作を鑑賞できる距離がとっても近くて驚きました。仕切りやショーケースのない作品がほとんどで、車いすに乗る私の目線の高さでも、不自由なくじっくり鑑賞できました。

ブロードウェイのミュージカル「FROZEN」も、演出が派手で、日本と違って大きな歓声やどよめきをあげる観客の反応も楽しかったです。そのパワフルさに、観劇後はしばらく客席から動けなくなりました。エンターテイメントの中心地、ということが良くわかりました。

車いすやベビーカーで入れるメトロポリタン美術館のバリアフリー入口

車いすやベビーカーで入れるメトロポリタン美術館のバリアフリー入口

ハードのバリアフリーは、日本が断然進んでいる

壮大な芸術作品を目にして、ちょっと落ち着いた気持ちでニューヨークの街を行き来してみると、キラキラした夢のような空間の中に、見えてくる現実もありました。道や施設のバリアフリーという観点では、断然、日本の方が進んでいると感じます。東京では、主要な道のほとんどはコンクリートで整備されていて、あまり不自由を感じませんでした。でも、ニューヨークの街路は凸凹や亀裂が多く、車いすで走っているとガタガタ揺れます。パンプスのヒールも引っかかって転びそうになるみたいで、娘はずっとスニーカーで過ごしていました。水溜りや工事で狭い道もたくさんあるので、車いすを一人でこいで街へ出るには、相当な体力と勇気が必要です。実際、5日間滞在して、一人で出かけている車いすユーザーを見ることはほとんどありませんでした。東京なら、1日に少なくとも2人は見かけます。

ハードのバリアフリーは、日本が断然進んでいる

地下鉄のバリアフリーは、日本の方が断然進んでいます。ニューヨークでは、エレベーターが設置されている地下鉄の駅の割合が50%ほどですが、そのほとんどは故障中で動きませんでした。ホームの液晶掲示板に「エレベーターが使えない駅」がリアルタイムで表示されているのですが、ズラーッと並ぶ「故障中」の文字に苦笑いしました。土日は修理業者が来ないので、直る目処も立たないそうです。東京の駅なら98%以上にエレベーターやエスカレーターが設置されていて、故障も稀ですから、その差は歴然ですよね。

自動改札機も、日本の駅にあるような車いすやベビーカーで通りやすい幅の広い通路は、ニューヨークにはありません。その代わり柵でできた非常扉があって、そこから出入りします。開けると、ものすごい音でサイレンが鳴って、注目の的になりました。ちょっと恥ずかしいですね。

設備だけではなく、サービスも日本とは違います。ニューヨークの駅を3個所ほど経由しましたが、一度も駅員さんに会いませんでした。常駐することがあまりないそうです。でも、ホームと車両の間に隙間が無いので、駅員さんの介助が無くても、自力で乗り込むことができました。ホームまで付き添って、スロープを出してくれ、乗り継ぎの対応や目的地への連絡まで丁寧に対応してくれる日本の鉄道会社は本当に素晴らしいと思いました。

スロープ板を置かなくても乗り降りができるようになっている

スロープ板を置かなくても乗り降りができるようになっている

無人駅が多いニューヨークの地下鉄

無人駅が多いニューヨークの地下鉄

お店の入り口も、車いすに乗ったままでは開けづらい手動開き戸か、手動回転扉ばかりです。日本なら便利な自動ドアが主流ですよね。

不便を感じても、不自由とは感じない

日本と比べるとバリアフリー化されていないニューヨークの街でしたが、不便を感じても、不自由は感じませんでした。それは、街行くニューヨークの人々(ニューヨーカー)に、ハートのバリアが無かったからです。

最初は、ニューヨーカーって他人に無関心なのかな……と思っていたんです。初日にスーパーマーケットとファストフード店を利用したのですが、店員さんがスマートフォンをいじりながらレジをしていたり、手が届きづらい高さのカウンターに荷物を置かれたり。「いらっしゃいませ」と笑いかけてもらうこともありませんでした。日本のサービスに慣れていたので、どうしても違和感を感じてしまいました。

印象が変わったのは、滞在3日目、タイムズスクエアの劇場へコンサートを観に行った時です。客席はスタンディング形式で、車いす席はなく、私と娘はホールの後ろの方で待機していました。観客がどんどん入ってくると、目線の低い私からはステージが全く見えなくなります。仕方ないかと諦めていると、私たちに日本語で声をかけてくれた人がいました。長くニューヨークで暮らしているという、日本人の方でした。

「そこからじゃ、ステージが見えないでしょう?周りの人に交渉して、前の方に行かせてもらいましょうよ!せっかく来たんだから楽しまないと損よ」
「でも……」
「前に行きたいなら、自分でハッキリ言わなくちゃだめよ!あなたがステージを観たいって言わなくちゃ、誰もわかってくれない。それに、ニューヨーカーは心が広いから、良いよーって言ってくれるわよ」

そう言うと、その方は「Excuse us!(すみませーん)」と言いながら、人混みをかき分けて、私たちを導いてくれました。驚いている私とは裏腹に、前の方にいた人たちは「of course!(もちろん)」と次々に道を開けてくれたのです。迷惑そうな表情をしている人は誰もいませんでした。色々な意味で、衝撃的な夜でした。

「ルールを決める」だけではなく「目の前の人と向き合う」

店員さんや係員さんたちのオペレーション(入場・利用の手順、介助の方法など)が、キッチリと決まっていなかったのも印象的です。同じ施設で同じ立場でも、人によって対応がまったく違いました。

例えば、路線バス。車いすで乗り込むと、運転手さんが車いすをベルトで固定してくれるのですが、固定する場所も方法も異なります。他の乗客に「車いすの人を乗せるから待って!」と説明する運転手さんもいますし、パパッと固定だけ済ませる運転手さんもいます。「雑」だと思う人もいるかもしれませんが、不思議とその時は「柔軟さ」が心地よく感じました。ルールや決まりで機械的に対応するのではなく、目の前にいる私との関係性やコミュニケーションが重視してくれたからです。なぜ困っているのか、どうやって助けて欲しいのかを、自分の言葉でしっかり伝えれば、一緒に考えてくれたのです。

「ルールを決める」だけではなく「目の前の人と向き合う」
バスも安心して利用できます

バスも安心して利用できます

障がい者だからこうする、ルールだからこうする、ではなくて。あなただからこうする、という感覚が嬉しかったです。もちろん、人によってはぶっきらぼうな対応をされることもありましたが「私の説明が良くなかったかも。次は別の人に頼んでみよう!」と前向きに捉えることができました。

自由の女神へ向かうフェリー

自由の女神へ向かうフェリー

勇気を持って踏み出した旅は、選択の自由を広げてくれる

遊覧船に乗って、リバティ島へ自由の女神を見に行きました。ニューヨーカーに「自由の女神の背中側で写真を撮るのが、リバティ島へ上陸した証なんだよ」と教えてもらい、娘と一緒に女神の真似をして撮りました。お気に入りの写真です。

勇気を持って踏み出した旅は、選択の自由を広げてくれる

音声ガイドを聞きながら、自由という言葉には、色々な意味があると考えました。自分らしく生きる自由があると言うことは、自分で選択する自由があるということ。与えられるのを待つのではなく、自分で勇気を持って踏み出し、掴み取らなければならない。障がい者だからと言って、黙って特別扱いされるわけではない。ニューヨークにはそんな、自由と挑戦が溢れていました。

日本とアメリカ。ハードのバリアフリーも違えば、ハートバリアフリーも全く違います。良いところもあれば、悪いところもある。どちらの方が居心地が良いかを、選択する自由は私にある、ということを知りました。

10年前、病気により一生車いす生活を宣告された時、目の前が真っ暗になりました。娘と一緒に、涙が枯れるまで泣きました。街に出れば、様々なバリアに遭遇し、周りの人からじろじろと見られている気がして、生きるのが辛かったです。娘にも、後ろめたい気持ちが常にありました。でも、ニューヨークに滞在し、自分の思いをどんどん周りに伝え、新しい場所に踏み出し、ワクワクするような景色を見ていく体験は「障がいのある私は後ろめたい存在でも、守られるべき存在でもない」という気持ちにさせてくれました。

ロックフェラーセンターで見下ろしたニューヨークの景色

ロックフェラーセンターで見下ろしたニューヨークの景色

自動ドアやエレベーターの設備が多く、鉄道や飛行機ではスタッフの皆さんがしっかりサポートしてくれ、丁寧なホスピタリティさえ感じる日本で暮らしていることを、誇りに思うようになりました。でも、この先でもし「苦しさ」を感じることがあっても、私にはいろんな選択肢があります。今の私には、思い切ってニューヨークで暮らす、という選択肢も現れました。

選択肢がなければ、選ぶことはできません。もし、私と同じように、障がいがあって生きづらさや諦めを感じている人がいたら、そういう人こそ旅に出かけていただきたいです。旅先での気づき、感動、トラブル、人々との出会い、すべての体験が、人生の選択肢を増やしてくれます。サポートしてほしいことを伝えるには勇気がいりますが、思い切ってやってみれば、意外となんとかなりますし、伝わった時の嬉しさは忘れられません。

13時間のフライトが、私の人生の自由を広げる、勇気の翼になりました。

岸田 ひろ実

1968年大阪生まれ。知的障害のある長男の出産、夫の突然死を経験した後、2008年に自身も大動脈解離の後遺症で下半身麻痺となる。約2年間に及ぶリハビリ生活中に絶望して自殺を決意するが、娘の一言がきっかけで、娘が創業メンバーを務める株式会社ミライロに入社。年間平均150回以上の講演・研修活動を行う。文部科学省、厚生労働省、国土交通省、総務省、観光庁などにおいてバリアフリーや障がい児の教育等に関する検討委員を多数務める。著書に「ママ、死にたいなら死んでもいいよ」(致知出版社)

掲載の内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。

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