巨大な飛行機に対し、洗う道具は手持ちのモップ
「今夜手掛けるボーイング777-300は、大型機ですので4時間くらいかかります。機体洗浄は主に夜間に行われる作業で、13~14人ほどのチームを組んで、1晩に2機洗います」
こう語る紺野佑貴は現在25歳。JALグランドサービスに入社以来、機体洗浄に5年間携わってきました。JALでは、すべての飛行機を約90日サイクルで洗浄します。
「実は入社したとき、『飛行機って洗うんだ』ということに衝撃を受けました(笑)。使う道具はモップで、サイズは2つあります。機体の横などを洗う柄が長いものと、胴体下などに使う短いものを使い分けます」
機体洗浄は最初から最後まで、すべて人の手で行われます。飛行機の巨体に比べるとあまりにも小さい幅30cm程度のモップは、特別なものではありません。先端は硬質スポンジですが、一晩で交換することもあるほどのハードワーク。そして、チームワークが求められる作業です。
使う洗剤は2種類。精密機器に触れる慎重な作業
作業は、まずセンサーや補助動力装置などに泡や水が入らないように、上の写真のように全員でマスキング(被せもの)を施します。そこから受け持つ担当エリアを決めます。そして高圧ホースで水をかけてから、洗剤で磨き、洗い流します。
「洗い漏れがないように前方から後方へ、洗浄跡が残らないように下部から上部へ、念入りに行っていきます。飛行機は流線型のフォルムですが、細かい凹凸があり、またセンサー類も数多くあるため、気を遣うんです」
洗剤には種類が2つあり、希釈して使う通常の洗剤と、原液で使う強力な洗剤を使い分けます。そのままかけたり漬け置きしたり、汚れのレベルに応じてどちらを使うか判断します。
汚れが目立つ場所、そしてお客さまの目に留まる場所は、特に念入りに
主に汚れが目立つのは、搭乗口のタラップが接続する箇所や、エンジンの排気口付近です。
「これらの場所は重点的に洗浄していきます。あとは飛行機の下側、特に後方ですね。汚れが焼き付いてしまって落ちないケースもあるので、そういうときは重整備という定期点検時に対応します」
これらの作業の中で特に困難なのが、機体後方にせり立つ垂直尾翼です。このボーイング777シリーズともなると、全高は18.5mにも及びます。高所作業用の特殊車両のリフトを使って尾翼の高さまで上がり、洗浄作業を行います。
「高いので、とても緊張感を覚えます。しかしJALの鶴丸マークがありますし、一番念入りに洗います。やはり、ここの写真を撮られるお客さまも多いですから」
季節やフライトコースで変わる汚れと、洗浄テクニック
飛行機の運航は一年365日行われます。ゆえに、洗浄作業も年間を通して行われるのです。
「季節によって汚れも変わります。一時期の春先、中国から帰ってきた便に黄砂が付いているときがあって、そのときは本当に汚れがひどかったです。また夏場は虫がコクピット付近に付いています。また北海道や東北地方から来る冬場の便には、翼全体に防徐雪氷液という雪が付着しにくくなる特別な薬剤をかけているのですが、それが汚れになります」
季節が変われば洗浄方法も変わります。
「夏は水が乾くのが早いので、水が流れた跡が残りやすくなりますから、そこは気を遣います。また冬場は、水をかけると凍ってしまう可能性があります。なので、気温が極めて低い場合はドライクリーニングを行います。オイルに近い成分の洗剤でこすって、水の付いたモップで落として最後にから拭きをするんです。通常より工程が増えるので、冬場はとても時間がかかります。夏は水を被りたくなるくらいの暑さですが、冬の方が大変かもしれません」
技術と熟練度が求められる職人の世界
これらの作業の一つひとつが、熟練度を求められる職人の世界です。機体洗浄の仕事は、一朝一夕でできるものではないのです。
「熟練した人は、こするときにモップの柄を左右にしならせて洗うのですが、最初のうちはモップを機体にあてて動かすのも大変でした。その練習が本当にしんどくて……。また入社したてのころは地上からモップが届く範囲だけを洗うのですが、だんだんとできる作業が増えていきます。車両資格があって、年数を重ねていくとリフトに乗れるようになるんです。私の場合は入社3〜4年目で任せてもらいました」
“飛行機を洗う”という作業には、さまざまな技術や資格が必要なのです。それだけに、プロたちの手による機体洗浄を経て、機体は生まれ変わったように美しくなります。
「チームを組んで、決められた出発時間までにきれいに仕上げることへのプレッシャーは感じます。しかし、その分達成感のある仕事です。今の目標は、チームを引っ張っていける人材になること。車両資格をとって作業ができると、全体の動きが見えるようになりますから」
しっかりときれいにしながら、出発時間に間に合わせる。職人技であると同時にチームワークが求められる。――お客さまを美しい機体にお乗せするためには、このようなチーム一人ひとりの努力があります。深夜の機体洗浄は、空港の片隅で今夜も人知れず行われています。
A350導入の裏話や機内食のメニュー開発など、JALの仕事の舞台裏を紹介します。
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