また、二戸市浄法寺を拠点とする漆掻き職人が採取した「浄法寺漆(じょうぼうじうるし)」は、国宝や重要文化財の修復を支える国産漆の生産量の約81%(2022年)を占めるなど、同地は漆の主要生産地としても注目されている土地。
時代の変化の中で一度途絶えた漆器作りを再興し、今の暮らしに合う器が生み出されています。現代まで育まれてきた「“奥南部”漆物語」を体感しようと、八幡平市と二戸市を巡る旅に出かけました。
※価格は税込み表記です。
「漆の郷」が育まれた背景
自然環境と豊かな森林資源が育んだ木地の里
なぜ、この地域には漆の郷文化が育まれてきたのか。第一には自然環境に起因していると考えられます。東北地方の太平洋側は、夏に吹く冷たく湿った風「ヤマセ」の影響で、冷害に悩まされましたが、谷である安比川流域にもヤマセは流れ込み、同様に米が育ちにくい地域でした。
反して、冷温帯という気候により豊富だったのが、ブナ、トチ、ケヤキなど、木地(漆器の元となる木材)の素材となる落葉広葉樹林の森。これらの木々は、漆器産業が途絶えた後も、鉱山を支える木炭として使われるなど、当地の生活を支えてきました。
農作物に恵まれない地域であったからこそ、森や山と共に生き、その恵みに感謝してきた人々。今でも自然信仰が息づき、その風景をあちこちで目にすることができます。
安比川流域が、いつから漆の産地になったかは定かではありませんが、史実では、室町時代に木地生産が始まっていたことがわかっています。木地師(木地を作る職人)は材を求めて下流から居を移動し、やがて上流に集落を形成。最盛期には500人以上が木地仕事に従事していたと考えられています。
現在、「木地の里」とも呼ばれた安比川上流エリアに、木地師はいなくなってしまいましたが、「最後の木地師」と呼ばれた藤村金作さん(1912〜2002年)の息子の妻・ヨシエさんが、金作さんのありし日の姿や漆器のエピソードを語り継いでいます。
生活の中の漆器
「私がここへ嫁いできて、65年になります。その時は電動になっていましたが、それ以前は、安比川の水の力を使ってロクロを回していたそうです。道具もみんなおじいさん(金作さん)が作るんです。自分で鉄を叩いて、ヤスリで研いで」
ご自宅を訪ねると、ヨシエさんは金作さんが木地を手がけた数々の漆器を見せてくれました。現在は一般的に塗師が製品をデザインしますが、「何でも自分で考えて作る人でした」と、形はもちろん、どんな模様を施すかも金作さんが考え塗師に依頼していたそうです。
「私たちが子どもを育てた頃は、運動会といえば必ずお弁当持って学校に行ったものだよね。そうすればこういう重箱を使いました。ご祝儀で呼ばれた席で回す盃だったり、山や公民館の集まりに持っていく携帯用のお猪口だったり、おじいさんが作った漆器は、毎日は使わなくても、何か行事の時には使っていたものばかりです」
「それから、私が嫁いだ頃、結婚式といえばね、4日も祝言をやったんです。こね鉢に粉を入れて、熱湯と水だけでツナギをかけて蕎麦を作りました。餅つきもしてね、1日は本振舞い、次の日は隣近所とか同級生。次の日は村のおじいさんおばあさん。最後の日は手伝ってもらった人をおもてなしします。だから、こね鉢とか、お酒っこをふるまうヒアゲ(片口)とか、必ずどこの家にもありました。毎日お嫁さんが皆さんにお酌しなきゃならないでしょう。もう疲れてさ。でもね、農家ってそういうしきたりで、この辺みんなそうだったから、それもまたひとつの楽しみでしたよ」
山間地である当地には、陶器や磁器よりも、地域で採れた木材を使って作る、安価で、加飾のない、シンプルな漆器が生活の中に根付いていました。特別ではない、当たり前すぎたその景色は、戦後、さらに安価で、扱いやすいプラスチック製品の流入により、あっという間に失われ、漆器産業は一度途絶えてしまいます。
史実に残る漆産業の隆盛
ここで今一度歴史を遡ると、縄文時代の遺跡から漆を使用した痕跡が見つかっているほか、素朴で装飾のない実用的な漆器のルーツは、地元住民から「御山(おんやま)」と呼ばれる「天台寺」の僧侶が自ら作った、日々の食事のための器が、庶民に広まったと伝わっています。
当地の古い漆器の中でも特徴的なものの一つとして紹介されるのが「御山御器(おんやまごき)」。質素倹約を重んじる僧侶の食事を思わせる飯椀・汁椀・皿からなる「三つ椀」です。片手で一度に三つとも持つことができる小ぶりの椀は、農作業の折、外で食事をとる際にも使っていたと語り継がれるなど、簡素な生活の器であったことがわかります。
盛岡藩・南部利直公が残した史料からは、漆が藩の財政を支える重要な産業だったことがうかがえます。領地内に「漆掻き奉行」を派遣したほか、藩の指示のもとで木地を製作する「御用木地師」は、年貢の免除など特権が与えられていました。また、当時は樹脂・樹液に加え、貴重だった和蝋燭のロウの原料となる実を採るため、漆木を長い期間生かし、太く育てながら漆を採る「養生掻き」という手法がとられていたこともわかっています。
明治時代になると、現在の福井県から出稼ぎに来た「越前衆」と呼ばれる人たちにより、1年で漆を採取し尽くし、漆木を伐採する「殺し掻き」の手法と道具が伝来。生産量が飛躍的に増加し、一大産地へと成長します。漆の質の良さが評価されたことはもちろん、他の産業が起こりにくかった当地域では、漆掻きはひとつの切り離せない生業として伝承され、現在に至ると考えられます。
こうした産地としての隆盛を物語る資料が、浄法寺民俗資料館に保存されています。かつて「漆は捨てるところがない木」と言われたように、殺し掻きの導入により大量に伐採された漆木は、「アバギ(網端木)」として活用されました。軽くて水を吸いにくく、浮力があるという特性を活かした、魚網に取り付ける浮木のことで、日本各地の漁港に出荷していた記録が帳簿に残ります。
ロウの原料として使われていた実も、産業として成立しなくなった後は、ワックスとして使用されました。当地で暮らす人(特に現在80代くらいの方)たちは、漆の実にロウ成分が含まれていることを知っていたため、実を布袋に入れ、木造校舎の床磨きをした思い出を持っているそう。これも、漆の木と共に日常生活があったことがわかるエピソードです。
八幡平市博物館
住所 | : | 岩手県八幡平市叺田230 |
---|---|---|
電話 | : | 0195-63-1122 |
営業時間 | : | 9:00~16:30(入館は16:00まで) |
定休日 | : | 月曜(祝日の場合翌平日)、12月29日~1月3日 |
web | : | https://www.city.hachimantai.lg.jp/site/hachimantaisihakubutsukan/ |
八葉山天台寺
住所 | : | 岩手県二戸市浄法寺町御山久保33 |
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電話 | : | 0195-38-2500 |
拝観時間 | : | 4~10月 8:30~17:00、11~3月 8:30~16:00 |
web | : | http://www.tendaiji.or.jp/ |
二戸市立浄法寺歴史民俗資料館
住所 | : | 岩手県二戸市浄法寺町御山久保35 |
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電話 | : | 0195-38-3464 |
営業時間 | : | 9:00~16:30 |
定休日 | : | 月曜、祝日の翌日、12月29日~1月3日 |
web | : | http://www.edu.city.ninohe.iwate.jp/~maibun/j-index.html |
今に続く「“奥南部”漆物語」
現代の漆器~安代地区での再興
一度途絶えた漆器製造を再興する動きが見え始めたのは、昭和晩年。1983年に「漆器センター(現・安代漆工技術研究センター)」が旧安代町(現・八幡平市)に設立されます。創設に携わった冨士原文隆さんは、最後の木地師・藤村金作さんに学び、現在は同センターの主任技師として後継者の育成に尽力しています。
2年間、漆器の基礎を学んだ卒業生の活躍先はさまざま。全国でもめずらしい、剣道の防具「胴」に漆を塗る職人・羽沢良和さんもそのひとりです。
「私の製品は絶対ハゲませんと言っていますから、もしハゲたら、無料で修理します。ここの職人たちは、みんなそういう精神でやっていると思いますよ」と羽沢さん。器と異なり、塗り方を知っている人もいなかったため、自身で試行錯誤しながら技術を磨いてきました。
羽沢さんと同じ研究センターの卒業生が1999年に立ち上げたのが、「安比塗漆器工房」です。2017年には企業組合として法人化し、製造から販売・運営まで担います。
安比川流域の漆器は、同じ「浄法寺塗(じょうぼうじぬり)」にルーツを持ちますが、同工房で製造する漆器は「安比塗(あっぴぬり)」としてブランド化。立ち上げ当時のメンバーが考えたロングセラーの商品に加え、作りたいアイテムをメンバーで話し合いながら新商品を少しずつ増やしています。
当地で使われていたお椀やお皿の形をベースに、現代の生活に合わせた商品を生み出しているそうで、「生活の器」として漆器が使われていた産地だからこそのアイデアなのだと感じる商品ばかりです。
「シンプルな器作りを心がけています。食卓にはいろんな食器が並ぶと思うので、どれと組み合わせていただいても喧嘩せず、どんなお料理も映えるということを意識して、派手さもないけれど、気がついたらいつも食卓にいるよねという存在になりたいなと思っています」と話すのは、代表理事の工藤理沙さん。奈良県出身で、これほど漆器が生活に根付いている奥南部の暮らしに最初は驚いたと言います。
「漆は高い美術品というイメージが強かったのですが、この辺りの古いお家に行くと、日常使いの漆器が出てきたり、おじいちゃんが塗師だったという話を聞いたり。ここで暮らしている人たちの生活の中に漆というものが身近にあって、今でも大切にしている人がいるからずっと産地としてつながってきたんだろうなと感じています。これからライフスタイルもどんどん変わると思いますが、漆器を使いたいとか作りたいと思ってもらえる人を少しずつ増やして、今度は私たちがつなげていかなければと考えています」と、工藤さんは展望を語ります。
工房のショップでは、オリジナル製品に加え、研究センターの卒業生の作品も販売しています。研究センターには、全国から作家を志して学びに来る人が多いこともあり、卒業生の大半は県外に活動の拠点を置いているそう。
「設立当初から、当地に残ることを絶対条件にしていないのも、研究センターの特徴だと思います。漆の仕事はたくさんあるわけではないので、みんながここに残ると仕事の取り合いになり、産地として成り立たなくなってしまう。そうではなくて、たとえば当工房で大量注文を受けた時は、県外にいる卒業生に仕事をお願いすることもありますし、全国各地で展示会をする時には情報提供やお手伝いをいただく。助け合いながらそれぞれの場所で成り立っていくことが、結果的に産業・産地の維持につながっていくと考えているんです」
安比塗漆器工房
住所 | : | 岩手県八幡平市叺田230-1 |
---|---|---|
電話 | : | 0195-63-1065 |
営業時間 | : | 9:30~17:00 |
定休日 | : | 月曜(12月~3月の冬期間は日曜・月曜)、年末年始不定休 |
web | : | https://www.appiurushistudio.com/ |
現代の漆器~浄法寺地区での再興
漆器センターの設立と時同じくして、旧浄法寺町(現・二戸市)で漆器産業の復活を目指したのが、岩舘隆さんです。父の正二さんは漆掻き職人で、当地の漆産業が斜陽の時代を迎えてからも、「岩手県浄法寺漆生産組合」「日本うるし掻き技術保存会」の設立に尽力し、漆の安定生産や漆掻き技術の伝承に奔走してきました。
漆器産業が廃れていた当時、正二さんの漆は県外に出荷されていましたが、隆さんが岩手県工業技術試験場(現・岩手県工業技術センター)で学び、当地で塗師に。現代に愛される漆器を目指し、正二さんとともに「浄法寺塗」を復活させました。
二戸市浄法寺町の「滴生舎」は、浄法寺漆の歴史をつないでいく発信拠点として1995年に誕生。ショールームでは、全工程に浄法寺漆を使用するオリジナル製品のほか、浄法寺漆を使用した作り手の商品を手にとって購入することができます。
滴生舎の「角椀」にひと目惚れし、現在の道に進んだと話すのは、塗師でもある馬場真樹子さん。大学時代、「生活の器」をテーマにしたワークショップに参加したことが転機となりました。
「食も含めた地域の背景を学んだ上で、ゆっくりしっかりひとつの器について考えるという体験を通じて、“アートの材料ではない漆”のおもしろさに出会うことができました。そのワークショップで講師が見せてくれた器の中にあったのが角椀です。持ちやすくて、ビジュアル的にもかっこいい。さらに、使い込んで風合いが変わるとか、修理ができるという話を聞いて、すごい!って心が躍ったんです」
結果的に浄法寺という漆の主要産地で働くことになり、木の大事な命をいただいていることを実感しながらものづくりができていると話します。
「ひとつのモノの背景にあるいろんな想いや技術を丁寧にお伝えしたいと思っているので、私たち作る人間も売り場に立って、木地のことや漆の苗のことまで、お客さまの興味をうかがいながらお話しする時間を大切にしています。デザインやアイテムのヒントをいただくことももちろんですが、それ以上に、何百ものお椀を作る中の1個は、お客さまにとっては、選んで、選んで、これから何年も使おうと思ってくださっているものなので、身が引き締まる思いにもなるんです」
「“奥南部”漆物語は、その時代、その時代の人たちが、地域の素材を活かして、今までに伝えてきてくれたものです。里山の風景の中に立つ漆の木が本当に好きなのですが、それを見ると、現代に至るまで漆と共にある生活が続いているんだなと実感します。私たちも今の時代に合うものをちゃんと見極めて、向き合って、活かして、表現して、次の時代につなげていきたい。そうしてはじめて物語になると思うんです」
滴生舎
住所 | : | 岩手県二戸市浄法寺町御山中前田23-6 |
---|---|---|
電話 | : | 0195-38-2511 |
営業時間 | : | 8:30~17:00 |
定休日 | : | 火曜、年末年始 |
web | : | https://urushi-joboji.com/ |
話を聞けば聞くほど魅了される奥南部の漆器。使い心地も試してみてから購入を決めたいという人は、稲庭交流センター「天台の湯」で体験することができます。「漆の間」に宿泊すると、浄法寺漆器を使用したコース料理をいただくことができ、小鉢から大皿まで、使い方のアイデアをもらえます。盛り付ける料理をイメージしながら、自分の手に合う漆器を求めに安比塗漆器工房と滴生舎を訪れてみてはいかがでしょうか。
天台の湯
住所 | : | 岩手県二戸市浄法寺町野黒沢133-1 |
---|---|---|
電話 | : | 0195-38-3222 |
営業時間 | : | 日帰り入浴 10:00~20:00(受付時間) 宿泊 チェックイン 15:00/チェックアウト 10:00 |
定休日 | : | 火曜、年末年始 |
web | : | https://tendainoyu.co.jp/ |
IGRに乗って、「“奥南部”漆物語」の世界へ
一帯を巡る拠点となる二戸駅へは、東北新幹線のほか、盛岡駅から「IGRいわて銀河鉄道」が運行(所要時間約1時間10分)。盛岡駅まではいわて花巻空港からアクセスバスも運行しています(所要時間約45分)。二戸駅に隣接する二戸広域観光物産センター「カシオペアメッセ・なにゃーと」には、漆を使用した商品をはじめ、同地域のおみやげ品も充実しています。レンタカーと組み合わせ、「“奥南部”漆物語」を体感する旅へ出かけませんか?
二戸広域観光物産センター「カシオペアメッセ・なにゃーと」
住所 | : | 岩手県二戸市石切所字森合68 |
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電話 | : | 0195-23-7210 |
営業時間 | : | 9:00〜22:00 |
定休日 | : | 無休 |
web | : | https://nanyato-sisetu.com/ |
安比川流域を辿ると、浮かび上がってくる生活と密接に結びついた漆の郷の物語。この地域で受け継がれてきた信仰や暮らしを感じながら現代の安比塗・浄法寺塗の器を手に取れば、この場所だからこそ生まれた、ここにしかないものであることにより一層の魅力を感じられるはずです。
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