文:安楽由紀子
市場で買い物をして、屋台で謎の食べ物を食べることも
コムアイさんは、自分では記憶のない赤ちゃんの頃から、旅行好きの両親に連れられて海外旅行をたくさんしていたそうです。自身で記憶がはっきりあるのは、6歳の頃だと振り返ります。
「ハワイのマウイ島に2カ月くらい一軒家を借りて家族でステイしたことがありました。親としては、英語に慣れさせたいということだったのかな。サマースクールに通っていたのですが、人見知りでなじめなくて、みんな優しかったけど私は勝手に心を閉ざしてしまいました。園長先生の部屋で毎日パズルみたいなのをやっていて、そっちの方が楽しくて。一つ年下の男の子も一緒だったのですが、彼は変顔をしたりして、言葉が通じないのにすぐにみんなの人気者になっていました。今でも雨の後の湿った土の匂いを嗅ぐと、蒸し暑いマウイのことを思い出します。
その後、日本の幼稚園に帰ってからも集団に入ると泣く癖がついてしまい、自分でも驚いた記憶があります。大人になってからオープンな性格になりましたが、自分が親だったらあまりにマイペースなわが子を見て焦っただろうなと思います(笑)」
他にもさまざまな国へ旅行したものの、本音を言うと「あんまりおもしろくなかった」そう。親世代の海外旅行は、ホテルを予約して行くリゾート地が中心。コムアイさんはもっと“生活感がある旅行”がしたいと思っていたのだそうです。その願いが叶ったのは、高校2年生のとき。
「世界一周旅行に一人で参加したんです。横浜の大さん橋から出て、ベトナム、シンガポール、セーシェル、ケニア、エジプト。それ以上高校を休めなくて、エジプトのポートサイドからカイロに行って飛行機で帰ってきました。だから、世界一周ではなく3分の1くらいなんですが、そのときに一般的な旅行では行かないような田舎の港町からいろんな国を見ることができました。
高校3年生のときには3週間、友だちと一緒にキューバに行きました。キューバは日本と全然違うイデオロギーの国。どういう状況なのか知りたくて、現地で同世代100人の写真を撮ってインタビューをしました」
キューバでの食事は市場で買ったマンゴーを食べたり、ガイドブックには「絶対に食べるな」と書いてあるような屋台の謎の食べ物を食べたりといったもの。お金が無かったからそうしていたのですが、豪華なホテルに泊まり、観光客が集まるレストランで食事をする旅行より、「その土地に根付いた暮らしが体験できるような気がして、自分に合っている」と語ります。
「ファームステイ」で思い込みを捨てる
そんなコムアイさんがおすすめしたいという旅のスタイルは、滞在先で農作業を手伝う「ファームステイ」。日本では茨城の農場で1カ月間農業体験をするなどすでに何カ所かで経験があり、海外でもいつか参加できたらと考えているそうです。
「食べるものを手に入れることは生活の中のすごくファンダメンタルな部分だけど、とても労力がいる。いつもはお金を使って手に入れていますが、それ以外の方法で手に入れられることを実感したことで、安心できたんです。
その後、農業とは関係ない仕事をしても『お金を稼がないと食べていけない』という思い込みから切り離せているような気がします。労働や食事を共有する中で育まれるフレンドシップもすごくいい。私がファームステイをしたときはロシア人が参加していて、そばの実をごはんのように炊いて食べるロシアの料理を作ってくれました。それが日本人もみんな気に入ってよく一緒に食べていましたね。そういうふうに自然にカルチャーを交換することができる。
自然の中のいろんなテクスチャー、色、匂い、感触や、土から出たばかりの野菜はみずみずしく生き物っぽいということも、知れて良かったと思っています」
各地の祭りから、音楽制作に刺激を受ける
音楽活動を始めたばかりの頃はなかなか旅する時間が取れなかったそうですが、2015年のアルバム「ジパング」はユーラシア大陸の旅がキーワードになっていたり、2017年に発表した「メロス」ではモンゴルでミュージックビデオを撮影していたり、2019年のデジタルEP(ミニアルバム)「YAKUSHIMA TREASURE」は屋久島とコラボレーションして制作していたりと、「水曜日のカンパネラ」の活動は旅に大きな影響を受けているように見えます。
それには、ここ数年、表現活動に生かすために海外を訪れる機会に恵まれていることが関係しているそう。「自分がどういうことを表現したいのかが、旅することでようやく見えてきた気がします」とコムアイさんは語ります。
「音楽や表現に大きな影響を与えているのは、世界各地のお祭りです。お祭りはどれも衝撃的。小さな寺院だけの儀式も強烈ですが、一番印象深いのは、3年くらい前に行ったオレゴンの皆既日食フェス『Oregon Eclipse』です。一人旅だったということもあって特に思い出に残っています。
広大な会場に世界各国から何万人という人が集まって、みんなが面白いものを出し合うという感覚で、無料のショーがあちこちで開かれている。サーカスがあったり、泥の風呂に素っ裸で飛び込む遊びがあったり、夜通し踊る音楽のステージがあったり。電波がないので、知り合いとはぐれたら再会に固執せず新しい出会いをつくりだして、それを大切にします。困ったことがあると知らない人が助けてくれるんですが、途中から友だちになってどっちが助けたとかどうでもよくなって……。周りの人を思いやるピュアな気持ちだけで完成している空間に『未来の街がこうあったらいいな』と思いました。お祭りに音楽は欠かせません。音楽はそういった空間を作り出すツールなんだと思います。
タイの野外音楽イベント「ワンダーフルーツ・フェスティバル」からも刺激を受けて帰ってきました。部屋で一人で聴くのが楽しい音楽もありますが、ダンスミュージックは、現地に行くと部屋で聴いているときにはわからないグルーヴを体感できるんです。笑い声や踊り方など。そして帰ってきてまたその音楽を聴いたときに、現地で体感したオーディエンスの反応も含めて一つの音楽として自分の中で再生される。旅によって音の聴こえ方がアップデートされていく気がします」
旅先で実践している、3つのルール
コムアイさんの旅のルールは3つ。長く滞在すること、小さな楽器を持っていくこと、お母さん的な人をみつけること。
「旅先には長く滞在したいですね。そして、なるべく一つの街にいたいです。毎日ホテルを替えるような旅だと『次の宿はどこにしよう』とそれだけで時間や気力を取られてしまう。ちょっとヒマだな、と思うような時間ができてからが楽しいと思っています。
小さな楽器を持っていくというのは、歌うよりも楽器のほうが人と遊びやすいからです。カンネル(エストニアの民族楽器)という木製の琴や、小さな笛を持っていくことが多いですね。列車に乗っているときなど、居合わせた人たちと交流するきっかけになることも。
そして、旅先ではいろんなことを教えてくれるお母さん的な人に、気づいたらなついています。インドに滞在したときは歌の先生が24歳と若かったので、そのお母さんを慕っていました。口うるさいこともあるけど(笑)、みんないろんなストーリーを持っていて話すと楽しいから、『あの人、気になるな』という感覚を大事にして、自分から声をかけたりして関わりを作るようにしています」
気になる人に声をかけるためのアドバイスを聞くと、「まず服のことを話しかけてみる」とのこと。「I like yourshirt(そのシャツかわいいね)」「 I like your hairstyle(ヘアスタイル素敵ね)」と話しかけて、そこから「どこから来てるの?」といった話に発展させるそうです。国によっては他人に話しかけることに勇気がいりますが、コムアイさんいわく「日本に比べたらインドネシアやインドなどでは比較的気楽ですよ」。
旅によって別の人生をシミュレーションできる
「人生は何億通りの可能性の中から、一本の道しか選べない。でも、他の場所に行っていろんな人の生活に触れたり、その国の人になったように生活してみたりすることで、『この国のこういう会社で働いていたらどうだろう』『ここで生まれて畑作業をしてたかもしれない』と、自分が選んでこなかった別の人生をシミュレーションすることができると思うんです。
そのことによって、自分の中で決めつけてしまっていたことがそうではないと気づけたり、知らなかった好きなものがみつかったりする。私はもともと日本で生まれたことにしっくりきていなかったので、行き詰まったときに旅をして『この国でも暮らせそうだな』と思うことが救いや安心感になるんです。旅をするたび希望が増えるから、旅が好きです」
コムアイさんにとっての旅は、人生の救いや希望。ですが、新型コロナウイルスはそんなコムアイさんの旅にも影響を与えてしまいました。2020年3月に予定していた、歌の勉強のためのインドへの長期の渡航が中止になってしまったそうです。
「個人的にインドに行けなくなって悲しいし、なるべく早く行けるようになったらいいなと思っています。でも、コロナ禍をきっかけに、今まで『こんなもんだろう』と麻痺していたことに『これはおかしい』『変えるべきだ』と世の中が気づいていっている気がします。BLMや、ベラルーシやタイで起きている政治運動など。政治に対しても、自分のこととして考える人が世界的に増えてきていることを感じます。社会のダメなところを見ても落ち込みすぎず、でも目を逸らさずにタフに乗り越えて世界がいい方向に変わっていくといいですよね」
インドで学ぶ予定だった歌は、オンラインレッスンを受けて一人で練習しているそう。また、発想を転換させて、日本の芸能についても勉強を始めたのだとか。いつかインドに行けたときに「今まで何もしてこなかった」とならないようにすることが目標だと、コムアイさんは語ります。
行き詰まる前にどこかを旅して感じてほしい
趣味が多様化し、外に出なくても楽しめる時代。それでも、旅をすることでしか得られないものがあります。
「『いろんな人がいる』と気づかないまま生きるのは怖い。旅に行かなくてもわかればいいんですけど、行ったことがない国の印象って、その国の大統領が言うことや外交政策からできてしまいますよね。
私はアメリカに行く前はアメリカが好きではなかったんです。でも、2016年にアメリカ・テキサス州の音楽フェス『サウス・バイ・サウスウエスト』でライブをしたときに、気持ちが変化しました。楽屋の警備員に『リラックスして。大丈夫だから楽しんできな』と言われたり、通りすがりのおじさんに『ライブ見たよ、よかったよ。君がもっと素直になれば、オーディエンスももっと素直に返してくれるよ』と言われたりして、こんなに素直に思ったことを言える国なんだなと驚いた。そういう個人的な体験のおかげで『アメリカにはこんな顔がある』と意識が変わりました。現地に行かなかったら気づけなかったと思う。中国も同じで、ライブをするようになってから気の合う友達が増えてきて、中国にいる時の自分って気が楽でいられるなあと思うようになりました。」
最後に、読者に向けてメッセージをいただきました。
「行き詰まる前に旅をしてほしいです。まったく違う世界が星の数ほどあって、その中のたった一つの感じ方でしか自分は生きていないことに気づくと楽になれる。それは頭で分かった気になっていても体感しないと本当にはわからない。視野が狭くなって自分はダメだなと感じてしまったときは、どこかに行ってほしいなと思います」
終始穏やかな口調で、以前の旅を思い出してはとても楽しそうに語ってくれたコムアイさん。コムアイさんにとって、旅は救いや希望であり、生きることそのものなのです。
KOM_I
歌手・アーティスト。1992年生まれ、神奈川育ち。ホームパーティで音楽活動の勧誘を受け歌い始める。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして、国内だけでなく世界中のフェスに出演、ツアーを廻り、その土地や人々と呼応しながらライブパフォーマンスを創り上げている。
好きな食べ物は南インド料理。趣味は世界各地に受け継がれる祭祀や儀礼を見学すること、唄や踊りを習うこと。
音楽活動の他にも、モデルや役者、ナレーターなど、様々なジャンルで活動している。
2019年4月に屋久島からインスピレーションを汲み上げながらプロデューサーにオオルタイチを迎えて制作したEP「YAKUSHIMA TREASURE」をリリース。同名のプロジェクト「YAKUSHIMA TREASURE」のワンマンライブ映像がYouTubeにて公開中。
YouTube
インタビューの一覧はこちら
OnTrip JAL 編集部スタッフが、いま話を聞きたいあの人にインタビュー。旅行にまつわるストーリーをお届けします。
掲載の内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。