写真家という職業柄、旅は日常の一部だ。そんな藤代さんが沖縄に拠点を移したのも彼の人生における長い旅の一つといえるかもしれない。
沖縄にうつった彼らを待ち構えていたのは、大自然の豊かな色彩だった。写真家の眼を通して眺める沖縄の「あお」。海と空が隣り合って佇むこの土地は、人間の心も美しく染めるという。沖縄の持つ色彩がつくりあげる、その魅力とは?
連載第2回「沖縄のみどり」、第3回「沖縄のしろ」もあわせてお楽しみください。
文・写真/藤代冥砂
目を閉じても瞼のうちに広がる色がある。沖縄のあお。それは海の青であり、空の青であり、そこに居る人間の心にある青である。
住んで、六年。僕の生活の日々に付き添うこの沖縄のあおは、南洋独特のタールのような濃い影と対をなすように、遠く近くで輝いて、細切れの天国を与え続けてくれた。
見上げる空に、眺める先の空に、沖縄のあおはあるのだけど、それはもちろん常にはないから、そういう時は、瞼のうちに、心のうちに、その吸い上げられてしまいそうな深い青を映すことになる。つまり天候に左右されることなく、僕は常に沖縄のあおと共にある。この六年の幸福は、このことに尽きると言っていい。たかが色の話じゃないか、と思われるかもしれないが、僕はそのたかがを大切に暮らしてきた。
カラーセラピーのことは明るくないが、色が人々に与えるものは、けっして小さくはないと思っている。赤なら赤の、黄なら黄の、力があって、少なくとも人という生物は、その影響を受けながら、生活から芸術までの間を歩いてきたのだと思う。
それぞれの土地には、その土地を語る色があって、それを感じて暮らすことは、つまりは土地に合わせて暮らすことに繋がり、生きやすくなると見当をつけている。それを怠り、自分の色とやらを土地に無理やり混ぜようとするから面倒が生じる。あちらの色に染まれば容易いし、染まる余裕を持つことが、楽に暮らすコツだと思う。
沖縄に移住し、最初に暮らした那覇の新都心のマンションからは海が見えなかったので、時々わざわざ海辺まで出かけて、海の青を楽しんだ。太陽の強さが、下地の砂の白さが、与えているのか、沖縄の海の青色は美しい色の常として、いつもその胸元へと見る者を招き入れ、僕はいつも脛まで海水に濡らすはめになるのだった。
幼い日々を思い出すような眩しい時間。沖縄の海の青は、日々のページに画鋲で留められたようになっている僕の心を、ノートの外へと連れ出してくれる。
陸から見える海に飽き足らなくなった時は、那覇港からフェリーに乗って、慶良間諸島まで度々出かけた。渡嘉敷、座間味、阿嘉の島々を船首は抜けて、その日の小島に僕を運んでくれた。
沖と浜辺では、海の青はまた違う。沖のそれは深く深く、野性の青と言っていい。波にうねり、盛り上がり、沈む青は、色は生きているのだと教えてくれる。
僕たちは生きている。そして、色も生きている。ふたつの生命が、波の上で出会い、寄せ合い、離れてはまた集まる。その繰り返しをフェリーのデッキから眺めていると、当たり前のように時を忘れる。自分という者の輪郭が曖昧になっていき、海の青に溶けていくのが心地よい。
楽しい時というのは、自分が消えてしまうほどに、何かに心を預けてしまっている時で、いかに自分をほどきやすくしておくかが、きっと大切なのだろう。その預け先として、沖縄の海の青は、なんとも純粋だ。もしかしたら、あの世からこちらに少しはみ出しているのかもしれない。
そして空の青。海の青の姉である。その影響力をひけらかさず、ときどき妹である海の上に自身の青を置き、水平線を引いては、曖昧にすることもある。その一方で、弟である陸の上にも置いて、植物たちに、動物たちに、静物たちに、夢を語っているようだ。夢は、不思議と青い色が似合う。
僕は沖縄の暮らしの中で、何度となく空を見上げては、その高さに小さなため息をついてきた。手を伸ばせば届くようでいて、遥か彼方から僕たちを見下ろしている。美しいものは、遠くと近くとを行き交いながら、間違いのない方向へと導き諭してくれているようだ。届きそうで届かない。人はそれを憧れとして心を広げてきたのだろう。青へ青へと、空へ海へと。
だが、思わぬタイミングでふらりとそばに立っている時もある。沖縄の宜野湾に住む友人には美しい娘が二人いて、姉の名前は、あおという。
藤代冥砂(ふじしろ・めいさ)
1967年千葉県生まれ。女性、聖地、旅、自然をメインに、エンターテイメントとアート横断した作品を発表。写真集に『RIDE RIDE RIDE』(スイッチ・パブリッシング)、妻の田辺あゆみを撮った『もう、家に帰ろう』(ロッキング・オン)、など多数。「新潮ムック 月刊シリーズ」(新潮社)で第34回講談社出版文化賞写真部門受賞。小説家として『誰も死なない恋愛小説』(幻冬舎)、『ドライブ』(宝島社)などを発表し、近年は詩作にも取り組んでいる。
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