異国とのミックスカルチャーが歴史的に根付いている長崎。皿うどん、ちゃんぽん、ハトシ、レモンステーキなど独特の料理や食文化も多く、食の街としても人気です。元「dancyu」編集長にして全国各地のおいしいものを訪ね歩いている“食の旅人”が、「さまざまな店を食べ歩いて辿り着いた最高の皿うどん」という一軒の店を訪ねます。90歳を過ぎても鍋をふるお母さんが丁寧につくる優しくて奥深い味わいは、胃も心も満足する幸せの一皿です。
画像1: 食の旅人・植野、長崎の旅へ。異国情緒が残る唐人町で、おいしくて幸せになる最高の「皿うどん」を味わう。

植野広生(うえの・こうせい) win-do.us代表/文筆家

食の雑誌「dancyu」元編集長。執筆、講演を始め、企業・自治体のアドバイザーなど、食を軸に幅広く活動している。BSフジ「日本一ふつうでおいしい植野食堂」に出演中。「情熱大陸」「プロフェッショナル 仕事の流儀」「アナザースカイ」などにも出演。

長崎に「皿うどん」を食べに行く。

これだけ書くと当たり前の話に思えるだろうが、仕事や観光で長崎に行くのでついでに食べに行こう、という話ではない。やさしい味わいと笑顔に包まれた「寿々屋」という食堂で最高に幸せな一皿を食べることが旅の目的なのだ。

画像2: 食の旅人・植野、長崎の旅へ。異国情緒が残る唐人町で、おいしくて幸せになる最高の「皿うどん」を味わう。
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観光客で賑わう中華街のメインストリートから少し離れ、「唐人屋敷跡」という名が掲げられた門をくぐると、土神堂や観音堂などかつての面影を思わせる建物が点在しているが、ひっそりとした住宅街だ。猫が日向ぼっこをしている路地の階段を上がり、さらに奥まった場所に「寿々屋」がぽつんと佇んでいる。

画像4: 食の旅人・植野、長崎の旅へ。異国情緒が残る唐人町で、おいしくて幸せになる最高の「皿うどん」を味わう。

暖簾が出ていなければ店であることに気づかないようなひっそりとした構え。暖かな日差しの中で時間がふんわりと止まっているような店内には、四人掛けのテーブルが四つと4人程が座れるカウンター。近年は観光客も増えたというが、平日の昼時には地元の人たちが当たり前のように食べている。

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久しぶりだが、放送作家の小山薫堂さんに連れられて初めて訪れた10年近く前と変わっていない。
90歳を過ぎてなお今も鍋をふるお母さん、髙橋暎子さんに「お元気そうで。相変わらず肌艶がきれいですね」というと、「毎日ラードの煙で燻されているからね」と笑う。「いつもこんな調子なんです」「ほんとに」と、娘の幸子さんと息子の乙世さんは微笑む。何も変わっていない。昭和43年の開店以来、ずっと変わっていないのだろう。

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運ばれて来た皿うどんも同じだ。皿から溢れんばかりに盛られた姿に圧倒されるが、その味わいはやさしい。麺は注文が入ってから揚げるためパリパリと香ばしく、餡のとろみですぐにヘタることがなく、食べ終えるまで麺の存在感が残る。皿うどんの醍醐味は食べ進むうちに麺と餡が融合していく食感と味わいのグラデーションにあるが、麺が弱いとすぐに柔らかくなってしまう。しかし、この皿うどんは麺の香ばしさと餡のとろみが静かに少しずつ融合していくので、繊細なグラデーションを最後まで楽しむことができる。

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餡は野菜、魚介、豚肉、蒲鉾など定番の具材がおだやかな餡の塩味と甘味に包まれて、違和感がまったくなくまろやかに麺を包む。とはいえ、キャベツや玉ねぎ、豚肉にほんの少しだけ焼き目が付く程度に丁寧に炒めているので、まろやかな中に素材の旨味がしっかり感じられる。
食べ進む途中で金蝶ソースを少しかけると、スパイシーな刺激が加わり、甘味を伴うおいしさがさらにくっきり引き立つ。

そう、甘味は長崎の味わいの特徴でもある(人類の永遠の憧れの味覚でもある)。江戸時代に貴重品であった砂糖が長崎に入るようになると、福岡へ向かう長崎街道が“シュガーロード”となり、さまざまな砂糖菓子が生まれた。料理にも砂糖が使われるようになり、甘味がご馳走となった。その名残りか、今でも長崎の料理には甘味を感じるものが多い。
「寿々屋」の皿うどんも甘味が口の中に広がるが、それは“甘さ”ではなく、素材の味をしっかりと引き出すほんのりとした“甘み”だ。麺のグラデーションとも相まって、ボリュームたっぷりでも食べ飽きることがない。

ボリュームたっぷりなのも長崎の“おもてなし”だ。かつては、祝い事や法事など、人が集まると大きな皿に盛られた皿うどんを出前で取り、みんなで取り分けて食べるのが普通であったという。以前「寿々屋」でも実際につくってもらったことがあるが、直径50cmはあろうかという大皿にたっぷり盛られた姿は壮観であった。そして、出前の際には金蝶ソースを栄養ドリンクの空き瓶に入れて一緒に持っていく。地元のチョーコー醤油という会社がつくる金蝶ソースはスパイシーで酸味が効いたウスターソースで、皿うどんには欠かせない調味料なのだが、「寿々屋」の皿うどんに最もよく合うと思う。

長崎には何度も訪れていて、数多くの店で皿うどんを食べた。どこもそれぞれのおいしさがある。しかし、「寿々屋」のそれは皿うどんのおいしさが全て詰まっていて、地元に根付いた滋味に溢れている。一朝一夕ではできない、60年の時を重ねることでしか出ない味わいだ。お母さんとお子さんたちで営むやわらかな空間で食べると、とても幸せな気持ちになる。この幸福感を得るために長崎に向かうのだ。
(そして、ちゃんぽんも同じように麺と具材とスープのやさしいバランスが素晴らしく、ふくよかなおいしさ。こちらもボリュームたっぷりだがスーッと胃に収まる)

画像8: 食の旅人・植野、長崎の旅へ。異国情緒が残る唐人町で、おいしくて幸せになる最高の「皿うどん」を味わう。
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「寿々屋」で幸せな昼食を終えると、旅の目的は果たしたことになるのだが、やはりせっかく長崎に来たらいろいろ食べたい。夜は、しみじみうまいおでんの「桃若」で日本酒を呑むか、東京で腕を振るった前園シェフの落ち着いたフレンチ「ペリニョン」でワインとともに過ごすか、あるいは「雲龍亭」で餃子にビールもいい……と悩んだが、長崎名物のハトシが食べたくなり、「朱欒(ざぼん)」へ。

繁華街の喧騒から少し離れた場所に佇む和食の店で、お通し、刺身、揚げたてのハトシ、朱欒揚げ(さつま揚げとがんもどきの間くらいのしっとりふわっとした揚げ物)はほぼお約束、後はお腹の好き具合と酒の呑み具合によって元気なお母さんと相談しながら料理を決めるシステム。どれも滋味あふれるおいしさで酒が進んでしまう。

中でもハトシのおいしさには驚いた。ハトシとは、海老や魚のすり身を食パンで挟んで揚げる長崎伝統の卓袱(しっぽく)料理のひとつ。あちこちで食べてきたが、こちらは海老の上品な甘味と揚げたパンの香ばしさのバランスが絶妙。ハトシ好きとしてはこれだけでも食べに来たいくらいの逸品だった。

画像10: 食の旅人・植野、長崎の旅へ。異国情緒が残る唐人町で、おいしくて幸せになる最高の「皿うどん」を味わう。

あれこれ呑み食いして満腹、満足になったのだが、やはり長崎の夜の締めは「かにや」に行かねば。昭和40年開店、30種類以上の握り立てのおにぎりが揃うこの店は夜中まで開いていて、呑ん兵衛たちがハシゴの最後に訪れる(つまみも酒もあるので、またつい呑んでしまうが)。この日はビールを飲みながら、紅生姜がゴロゴロ入ったおにぎりで締めた。

さて、明日の朝は昭和21年開店の純喫茶「富士男」で注文が入ってからつくる、これまた幸せになれるたまごサンドを食べよう。

画像11: 食の旅人・植野、長崎の旅へ。異国情緒が残る唐人町で、おいしくて幸せになる最高の「皿うどん」を味わう。

長崎は、幸せな味わいが多い街であることに改めて気付いた旅であった。

※この記事の内容は2026年1月時点のものです。

寿々屋

住所長崎県長崎市十人町10-15
電話095-822-0996
営業時間11:30〜14:00/17:00〜18:30
定休日日曜、不定休

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