漁業などの一次産業の現場に、都市部の大学生が飛び込み、現場のリアルを知り、共にリアルな課題解決に挑む。そんな新しい旅のカタチである「青空留学」がスタートしました。一次産業の豊富な情報やネットワークを有するポケットマルシェと、国内を結ぶ航空ネットワークを有し地域創生に取り組んできたJALがタッグを組み、2021年から始まった企画です。

コロナ禍でリモート授業を余儀なくされ、生きる実感を渇望する大学生とともに、地域活性化の一助にもなる新たな取り組みの狙いを、立場を超えて結びついた仕掛け人のふたりが熱く語ります。

画像: JALの学生向け新サービス「青空留学」が導く、新たな地域創生のカタチ

青空留学の初回である2021年のテーマは、漁業。300人以上が興味を示した選考を通過した大学生7人が全国各地の漁業に従事。現場でリアルな課題を発掘し、その解決までを担いました。

発起人は、食を通して生産者と消費者をつなぐアプリを運営する「ポケットマルシェ」代表の高橋博之氏と、JAL 国際提携部 兼 JAL公認社内ベンチャーW-PIT代表・発起人の松崎志朗です。

震災から10年の記憶を辿る高橋さんに、松崎が“合流”。
すべての始まりは福島県沿岸部で“歩きながらしたプレゼン”

松崎「高橋さんとの出会いは、2019年末でした。JAL社員として参加した異業種リーダー研修の場でのことです。さまざまな企業の社員が事業者や自治体のリアルな課題を発掘し、解決プランを提示するという趣旨の研修で、高橋さんは事業者側。他の事業者がきれいな資料を用いてカチッとプレゼンするなか、高橋さんはご自身の熱い想いを資料を用いずご自身の言葉だけで演説したんです。『携帯で得られる情報はほとんどが過去の話だ』や、『都市と地方をかき混ぜることが日本の再活性化につながる』といった内容で、とても共感し、この方と日本の未来を創る“何か”に挑戦したいと体の中から湧き出るワクワク感がありました」

画像1: 震災から10年の記憶を辿る高橋さんに、松崎が“合流”。 すべての始まりは福島県沿岸部で“歩きながらしたプレゼン”

やがて社会はコロナ禍に直面し、JALは航空事業だけに依存しない新規事業のひとつとして地域事業を強化しました。そんな中、JAL社員として何かできないかという想いから、約10カ月ぶりに松崎は高橋さんを訪ねます。高橋さんは東日本大震災から10年を迎えるにあたり、被災地の宮城から福島までの海岸線500kmを自身の足で歩き、震災復興の10年を振り返る活動を行っていました。

画像2: 震災から10年の記憶を辿る高橋さんに、松崎が“合流”。 すべての始まりは福島県沿岸部で“歩きながらしたプレゼン”

高橋氏「しげるが合流して、最後の4日間は一緒に歩きました。沿岸部を歩きながらプレゼンを聞いた。これがすべての始まりです」

高橋さんは松崎のことを、愛称の「しげる」と呼ぶような仲に。意気投合したふたりは、日本の活性化を目的としたコンソーシアム構想「Japan Vitalization Platform(JVP)」を立ち上げることで合意しました。

立場を超えたふたりの想いから始まった、日本を元気にするコンソーシアム構想

高橋氏「都市と地方の関係は、頭と体の関係と一緒で、本来は切れてはいけないものです。その筆頭が食べ物を巡る生産と消費の関係ですが、今は断絶が起こっていて、生産者がいる地方の農山漁村は過疎高齢化にあえぎ、一方で人口が集中している都市部はその生産地の衰退に無関心でいます。もっと都市と地方を行き来し、都市住民と生産者の間に関係性が生まれる仕組みを作っていくことが大切です。JVPはひとつの運動で、企業や自治体、官公庁など、誰が入ってきてもいい。大事なのは個人から始まっていることです」

松崎「『あなたは地域事業本部の所属じゃないのに、何でやっているの?』とよく聞かれます。そんなとき、私はこのように答えます。『私は国際提携部(海外の航空会社との提携業務を主とする)所属だが、日本の都市と世界のみならず、日本の地域と世界をつなぐこともしたい。だから都市と地域をかき混ぜ、そこから世界とつなぐことを目指しています』と。地域活性化の文脈のなかで、JVPに目新しさはないかもしれません。しかしベンチャー企業の社長、民間企業、官公庁、学生、生産者という従来あまり交わることのなかった人同士が“ごちゃまぜ”になる取組みはあまりない。“ごちゃまぜ”になることで初めて気づくことが多く、そこに未来を創る可能性を強く感じています」

JVPの活動第一弾「青空留学」は、現役大学生の危機感が発端

青空留学は、JVPにおける第一弾の取り組みとして生まれました。

画像: JVPの活動第一弾「青空留学」は、現役大学生の危機感が発端

松崎「最初、大学生に関わってもらうアイディアは私にはありませんでした。高橋さんがJALにお越しになったとき、東京大学の学生を連れてきてくださったんです。彼から『JALが取り組む〈ふるさとアンバサダー〉や〈ふるさと応援隊〉に関わりたい』と提案がありました。というのも、コロナ禍で大学生はリモート授業を余儀なくされ、家族や友人と直接触れる機会が激減したことで“生きるリアリティ”を失ってしまったのです。しかし、一次産業の現場など、地域には生のリアリティを感じられる場がある。生きている実感を得たい大学生と、人手を求めている地域を結ぶことは、双方にメリットがあると考えました。一方JALもコロナ禍における事業環境の変化や、社員一人ひとりの働き方や生き方の変革が求められる時代背景から、JAL社員自身も当事者として地域と向き合うことが大事と考えました。そこで学生と共に地域に飛び込み伴走することにしたのです」

こうして、青空留学の骨子が作られました。しかし、コロナ禍だけが取り組みの背景にあるわけではありません。

高橋氏「若者は生存や生活に必要な条件が満たされた空前の豊かさを謳歌するなかで、『何のために生きるのか』という根源的な課題に、若くしてぶつかります。やりたいことがわからない人も多い。好きなことは頭で考えてではなく、体を使って五感で感じた結果見つかるものだと思います。実際に現場に身を投じる経験を重ねることで、心が揺さぶられ、気づいたらどこかで夢中になれるかもしれない。都市生活では得にくい、五感をフル動員した身体的、感情的な体験で心を鍛えるため、生産現場に身を投じてほしい。

また、人間同士の関係が乏しい都市生活では、生の実感も得にくい。だから、自分の生存や生活が誰によって支えられ、成り立っているのかが見えやすい地方の地域社会で、人と人の関わりの大切さを感じる経験を、社会に出る前に重ねてほしいんです。都市の消費社会だけの経験を、すべての価値基準にしてほしくない。地方に身を置くことで、際限のない拡張的な合理性を追求してきた社会が何を取りこぼしてきたかがきっとわかると思うんです。いろいろな場で、いろいろな人に出会い、いろいろな価値観に触れてきた人が作る未来に期待したいと思います」

未来の日本を創る若者が実現した、新たな地域創生のアイデア

画像1: 生きるを学ぶ留学「青空留学」コンセプト映像 urldefense.com

生きるを学ぶ留学「青空留学」コンセプト映像

urldefense.com

高橋さんは、青空留学を「未来の日本人を育てる場」に位置付けています。

高橋氏「役に立つか立たないか、便利か不便か。そんな合理性のみを優先するだけでは、それは機械的な世界の社会ですよね。AIの進化によってますます合理性が追求される世の中にあって、人間とは何か、社会とは何かを再定義することが必要だと思います。そのことを考えるために、合理性の外にある価値を大切に守り、受け継いできた地方の農山漁村などの地域社会があり続け、そこに都市住民が継続的に関わることは大事なんです」

未来の日本を作る大学生に生きるリアリティを得てもらい、担い手不足の生産者の課題を解決し、持続可能な地域のあり方を模索する取り組みとして、青空留学というプロジェクトが公表されたのが2021年6月のことです。

松崎「プレスリリースと同時に募集を掛け、300人以上が興味を示してくださった中から学生を7人に絞りました。協力先の生産者は3人の漁師の方が名乗りを上げてくださいました。学生7人を3チームに分け、帯同のJAL社員とともに秋田県、山口県、熊本県で漁師生活を行いました」

画像: 秋田県にかほ市の最年少船長 佐藤栄治郎氏の船上で学生とJAL社員が漁を手伝う様子

秋田県にかほ市の最年少船長 佐藤栄治郎氏の船上で学生とJAL社員が漁を手伝う様子

ただの漁師体験ではなく、あくまでも留学で、学びが大切なテーマです。漁業や地域におけるリアルな課題を探り、それを解決するビジネス手段を生み出すまでがゴールです。

熊本県阿蘇郡高森町にあるかわべ養魚場の打越友香さん(一番右)と学生(左から3人)の様子

具体的な内容は後編記事で詳しくご紹介しますが、まず秋田県にかほ市の底引き網漁(船長:佐藤栄治郎氏)を体験したチームは漁師体験ができる旅行ツアーを企画。

また、山口県山陽小野田市のワタリガニ漁と底引き網漁(船長:久保田宏司氏)を体験したチームは、地元の食品加工会社とコラボレーションし、新商品を開発しました。

熊本県阿蘇郡高森町のかわべ養魚場(代表取締役:村上寛直)でヤマメの養殖に携わったチームは、ヤマメを調理して「青空留学」限定商品をポケマル上でオンライン販売。

各地の課題を分析し、解決の手段を提案し実行しました。そこには学生のアイデアのみならず、ビジネスとして実現させるJAL社員の手腕も求められました。

大学生とJAL社員が得られた、実体験ならでは大きな気づき

松崎「JAL社員は、渡航のためのチケットや宿泊などの事務手続きはもちろんのこと、現地では当事者。学生も社員もワンチームで現場に飛び込んでいくという関係です。彼らは地域に貢献したいと願う、W-PITのメンバーです」

画像: wpit-official.themedia.jp
wpit-official.themedia.jp

W-PITとは、2017年に松崎が立ち上げ、「JALをベンチャーに。」というミッションを掲げるJAL公認の社内ベンチャーチーム。全員が主務を抱えながら、部署や立場を超えた約220人のメンバーが社内副業として、“Wakuwaku(内発的動機)”をキーコンセプトに異業種共創を推進します。

画像1: 大学生とJAL社員が得られた、実体験ならでは大きな気づき

高橋氏「学生もJAL社員も、いろいろな気づきを得られるという確信がありました。自分の生活が生産者とどうつながっているのか、過程が可視化されるので、生きるリアリティを体感できたことでしょう。また、都心のオフィスビルや大学のキャンパスで『地方で過疎化が進んでいる』とデータで見てもわからないことが、骨身に染みてわかったはずです。そして心が動く。心は頭ではなく、体の中にある。これが最大の気づきといえます。この体験をもとにした、新たな“旅路”にご期待いただきたいと思います」

一方、次に向けた新しい課題も残されました。

松崎「JALは航空運送事業に関する知見やノウハウは持っていますが、学生教育や地域貢献に関する知見やノウハウは発展途上です。学生のアイディアと社会人のビジネスの手腕が掛け合わされることで、化学反応が起きる仮説は立証できました。しかし、より精度の高い地域貢献のアウトプットに導くために、具体的な手引きと道順を示したほうがいいと感じました。とはいえ、これらの課題が、やってみないと分からなかった前向きな気づきそのものです。どのように改善できるかが楽しみです」

画像2: 大学生とJAL社員が得られた、実体験ならでは大きな気づき

コロナ禍による働き方やライフスタイルの変化を経て、従来の観光需要や出張需要に加え、多拠点で生きることが身近なものになりつつあります。この青空留学を皮切りに、JALは移動手段の提供のみならず、ポケットマルシェのようなパートナーと共に“都市と地域をかき混ぜる”ための新たなご提案を実行してまいります。

後編記事はこちら

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