多くのトップランナーは、1年の間に走るフルマラソンは2、3レースに絞り込むのが常識。でも、世界選手権にマラソン種目の日本代表として3度出場している川内優輝さんは、年間10〜12のフルマラソンに加え、ハーフやウルトラマラソンなどを合わせるとおよそ40近くのロードレースに出場しています。
2018年7月の時点で、完走したフルマラソンは83。そのうち33レースで優勝。2時間10分を切るサブテンは12度も達成し(日本最多)、2時間20分以内で走りきったレースとなると80回を数えます(世界最多)。
マラソンと、旅ランの魅力をご紹介する【JAL 旅ラン INTERVIEW】第二弾。今回は、日本を代表するトップランナーであり、無類の旅好きでもあるという川内優輝さんに、お話をお伺いしました。
トップランナーでありながら、なぜ川内さんは常識を覆すほどのレースに出場し続けるのでしょうか?
その答えは、”実は旅ランにある”ようです!
小学校1年生のときから旅ラン人生が始まった!?
OnTrip JAL編集部(以下、JAL):川内さんが走ることに目覚めたのは、いつころですか?
川内優輝(以下、川内):小学校1年生のとき、親にちびっ子マラソン大会にエントリーさせられて走ったのが最初です。当時、6歳だった僕は、「なんで走らなくちゃいけないんだ?」と思いながらいやいや走りました。でも、思いのほか良い成績を残せたことから、親はさらにいろんな大会にエントリーするようになって。
すると出場する大会が県外にも広がっていって、大会に出場することがちょっとした旅行になっていったんですね。市民マラソンに出場すれば、旅行に行ける。それが少しずつ楽しみになっていっていろいろな大会に出場するようになりました。
JAL:年間に数多くのレースに出場する今の川内さんのスタイルは、すでに小学生のころからはじまっていたんですね。
川内:小学生時代の経験は、僕の原点ですね。両親だけでなく、ときにはおじいさんやおばあさんに付き添ってもらうこともあって、マラソン大会のあとに温泉にいったり、その土地の料理を食べたり。そうした体験から僕のなかでは”マラソン=旅”というイメージが自然と育まれてきたんだと思います。
JAL:その後、高校時代ではケガに悩まされたと聞きました。
川内:高校は県内でも有数の陸上競技の強豪校に進学して駅伝の全国大会や、インターハイを目指しましたがケガをして満足に走れない状態が続きました。なによりも残念だったのは、市民マラソンにも出られなくなっていったこと。中学の顧問の先生は「どんどんエントリーして挑戦してこい」というスタンスだったのですが、駅伝はチームスポーツですので、顧問の先生の意を受けた先輩から勝手にレースに出るなと制限されるようになったんです。
JAL:大きな挫折を経験しても、走ることはやめなかったんですね。
川内:そうですね。小学生のころの体験が強烈に残っていて、ケガが治ったらまた市民マラソンを走りたいと、むしろ強く求めるようになっていました。だから大学は強豪校ではなく、もっと自由に走れる大学を選んで受験して陸上を続けました。
二度の箱根駅伝で得たもの
JAL:大学時代、チームでの出場は叶いませんでしたが、個人では二度も学連選抜のメンバーに選ばれて箱根駅伝も走られましたね。
川内:大学の練習が自分にマッチしたのだと思います。高校時代は、毎日朝練もあったし、かなり練習量も多かったのですが、大学は基本自主性に任されていて、追い込み型のハードな練習は週2回のみ。さらに週2日は休養日。その練習のおかげでケガも治って練習も積み重ねられるようになり、タイムも伸びるようになったんです。
JAL:箱根駅伝で任されたのは、山下りの6区。川内さんにとって箱根駅伝はどんな大会でしたか?
川内:初めて出場した2年生のときは足がつりそうになって大変でしたが、大学4年のときは、東京農大と国士舘の2チームを抜いて順位を上げて、さらに目標だった60分も切ることができました。
また6区なので、スタートは朝の8時と早朝にもかかわらず、大学からは僕しか出場しないのに、応援団からチアリーダー、吹奏楽部まで駆けつけてくれたり、校内には「川内くん、箱根駅伝出場!」の看板まで立ててくれたり、学校をあげて応援してもらいました。レースで力を発揮できたのは、こうした応援のおかげ。小涌園前をはじめとする沿道からの耳が聞こえなくなるほどの声援も忘れられない。人から応援してもらうことがどんなに嬉しくて力になるのかを、箱根駅伝では学ぶことができたように思います。
ランナーであると同時に僕は旅人でもある
JAL:その大学4年生のときの箱根駅伝からわずか1ヶ月後に別府大分毎日マラソンを走られましたね。川内さんにとってはフルマラソンのデビュー戦でもあったわけですが、スケジュール的にはかなりきつかったにもかかわらず、なぜこの大会に出場しようと決めたのでしょうか?
川内:大学時代、東京マラソンの学生ボランティアをしていたこともあって、東京マラソンに出場したいという思いがありました。でも抽選なしのエリート部門で出場するにはフルマラソンの標準記録があって、それを切らないといけない。それで最初は反対されましたがなんとか監督を説得して、急遽エントリーしました。
でも、「東京マラソンに出場するため」という思いは決してうそではありませんが、実はもうひとつ目的があり……。それまで九州に行ったことがなくて、別府に純粋に行きたかったんです。しかも、監督には「初マラソンの疲れを癒すためにレース後、1週間くらい休ませてください」と事前に伝えて人生初の長旅を計画しました。四国にも行ったことがなかったので、大分からフェリーで四国にわたって、特急に乗って、愛媛県の道後温泉や香川県の丸亀に泊まり、さらに倉敷にも泊まって、岡山県の後楽園を観光して最後は大阪に寄り道してお好み焼きを食べて夜行バスで帰りました。
初マラソンも経験できたうえに、初めて九州と四国にも行けて、さらにいくつかの観光名所もめぐれて、旅好きの僕としては、もう最高の卒業旅行になりました。
JAL:まさに旅ランですね!
川内:多くのエリート選手は大会が終わればすぐに帰る人が多いけれど、僕は時間が許す限り、ギリギリまで滞在して観光したい人。可能なときは延泊して翌日の朝は少し早起きしてカメラを片手に街を走ります。僕はランナーであると同時に、旅人なんです。
いま、トレーニングも兼ねてたくさんの大会に出場しながら、最終的にはねらった大会に照準を合わせて勝負にいく。これが僕のスタイルでもあるのですが、じつはたくさんのレースに出場する本当の目的は、いろいろな土地を走りたい、という願いもあるんです。
JAL:行ってみたい土地があってそこにマラソン大会があれば、川内さんにとって最高の組み合わせですね。
川内:そうですね。実際に出場する大会を選ぶ際に、行ったことのない場所はかならず候補に入れます。新しい土地に行くのは、僕の大きなモチベーションになるので。また、どこにいても練習はするので、普通の旅行でも当然旅先で走ります。大会があってもなくても、結局はその街を走る。だから、僕にとって走ることと旅は、切り離すことはできないものだと思っています。
一体感に包まれてサブテンを達成した愛媛マラソン
JAL:昨年、愛媛マラソンに出場されましたが、この愛媛も「行きたかった」場所のひとつだったのでしょうか?
川内:愛媛松山は大学時代に旅した思い出の街。愛媛マラソンの事務局からも何度かご招待もいただいていたのですが、なかなかスケジュールがあわずに出場できなかった大会のひとつでした。なにより愛媛マラソンは応援がすばらしく、エイドや運営がランナーの間ですごく評判がいい大会なんですね。いち市民ランナーとしては、そんなに評判がいいならぜひ走ってみたいとずっと思っていて、それが昨年ようやく叶ったという感じです。
JAL:実際に走ってみて、どうでしたか?
川内:本当に評判どおり、すばらしい大会でした。都市マラソンの多くは、スタートは郊外でゴールは街中、あるいはその逆のパターンか、どちらかの場合が多いのですが、愛媛マラソンは愛媛県庁前をスタートして郊外に向かって走っていき、折り返して最後は県庁近くの松山城を望む城山公園がゴールになります。スタートとゴールが街の中心で歴史と伝統もある大会なので愛媛の一大イベントとして応援してくれる人がたくさんいるんですね。
ランナーにとって、声援は一番の力。箱根駅伝のときのようにこの愛媛マラソンでも沿道の方々からの声援に励まされて、2時間9分54秒の好タイムでサブテン優勝することができました。
JAL:ゴールしたときは多いに盛り上がったのではないでしょうか?
川内:当日はすごく調子もよくて、ハーフ手前から独走状態でした。競う人がいなくなると、苦しくなったときになかなか踏ん張ることがむずかしいものなのですが、この日は本当に声援が後押ししてくれて。「サブテンいけるぞ!」「がんばれ!」と、沿道から熱い応援をたくさんいただいて、最後は沿道の方と一体感のようなものを感じて力を振り絞って、ぎりぎり2時間10分を切ることができました。ゴールしたときはまわりの方々もとても喜んでくれて、すごく盛り上がりました。本当に気持ちのいい、思い出深い大会のひとつですね。
川内優輝流、旅ランの楽しみ方とは?
JAL:最後にふたつの質問を。まずは川内さんにとってマラソンや走ることの魅力とは何かを教えてください。
川内:世界中どこにいっても通じること。走るという行為はすごくシンプルだし、走れない場所なんてないし、ランナーやレースはどこにでもある。だから走ることを通じていろいろな人とつながっていけるし、そうして人脈や視野を世界に広げていけるところがマラソンの大きな魅力だと感じています。
たとえば、この間のボストンマラソンで優勝したことで、嬉しいことに今まで以上に海外からも多くの招待を受けるようになり、いろいろな海外選手からもレースのときに声をかけられるようになりました。もともと新しい土地に行くことが趣味でもある僕にとって、海外はまだまだ未知の世界。これから人脈も、走る場所も地球規模になっていくことが、今の僕の密かな楽しみでもあります。
JAL:もうひとつ。川内さんにとって旅の魅力とは何ですか?
川内:毎回、新しい発見や感動に出会えること。それは自然や街の風景だったり、ときには人やおもてなしに感動したり。観光ガイドにのっていない街の魅力ってまだまだたくさんある。それを見つけたり、発見することが楽しくて仕方がないですね。
そのなかでも街を観光するなら、自分の足でめぐるのが一番。クルマや電車だと景色は流れていくけれど、走ったり歩いて見たりすると、思いがけないものに出会えたりします。見たり、聞いたりするだけでなく、こうして街そのものを「自分の脚で」体感しながら走るのが旅ランの醍醐味だと僕は思っています。
撮影協力:WILLIAMS http://www.williams-japan.com/
アスリートから一般市民まで、すべてのランナーのチャレンジをフルサポートする愛媛マラソンの魅力とは?
夏目漱石の小説『坊っちゃん』の舞台として知られる愛媛県松山市。その市街を総勢1万人のランナーが駆け抜ける愛媛マラソン大会は、来年2月10日(日)に57回目のレースを迎えます。公益財団法人 日本陸上競技連盟公認の大会として箱根駅伝出場選手が初マラソンとして参加するなど出場選手のレベルは高く、大会記録は川内さんが第55回大会(2017年2月)で記録した2時間9分54秒。半世紀近く破られていなかったそれまでの記録を7分近く縮め、会場を大いに盛り上げました。
実業団や学生のトップアスリートがしのぎを削る一方で、市民ランナーにとっても走りやすい環境が整備された魅力的な大会でもあります。参加資格は「5時間45分で完走できる者」。市民マラソン大会としては比較的高い設定ですが、コースにはポンジュースをはじめ、栄養を補給するエイドがまんべんなく用意され、走る選手をフルサポート。また、レース後に体が冷えないようにと、ゴールエリアでは郷土料理のいもたきが全出場選手に振る舞われるほか、道後温泉の源泉を利用した足湯が設置されるなど、温かいサービスが参加者をもてなしてくれます。
また、ランナーズアップデートとして、10km以降、5kmごとに通過タイムを携帯端末からリアルタイムで確認することができたり、その計測データからランナーの位置情報がWEBの地図アプリ上で表示されるなど、応援する側の人にとっても嬉しいサービスが充実しているのです。
細かいアップダウンが続くコース攻略のポイントは?
コースは、細かいアップダウンが繰り返されながら前半は下り気味、後半は上り気味となる、なかなかタフなコース設定になっています。そんなテクニカルな愛媛マラソンで完走やタイムをねらうにはどうすればよいのか。コース攻略のポイントを、川内さんに聞いてみました。
【Point1】上りは”小刻みなピッチ”で、下りは”落ちる感覚”でリラックスして走る
「愛媛マラソンのコース攻略のポイントとして、大きくふたつの点が挙げられます。ひとつは、細かく連続する上りと下りをいかにリズムを崩さずに走りきれるか、という点です。
まず上りでは、小刻みなピッチとリズムを意識するとよいでしょう。目線は人によって異なりますが、個人的には少し下げぎみにしてあまり上り坂は意識しないようにしています。一定のリズムを刻むことに意識を集中し、気づいたら坂が終わっていたという感覚のほうが比較的、安定したペースを保ちやすくなるからです。
一方、下り坂では、ブレーキをかけようとすると足に負荷がかかり、後半一気に疲れが出てしまいかねません。コツはブレーキをなるべくかけずに”落ちる”ような感覚で走ること。具体的には、腰のポジションを少し高い位置に保つように意識すると下り坂では自然と適度な前傾姿勢となり、落ちる感覚をつかみやすくなります。このとき、腕や上半身に無駄な力が入らないように、リラックスすることも大切です。」
【Point2】前半は飛ばしすぎないように、後半に体力を温存しよう
「ふたつめの攻略ポイントは、前半をいかに省エネで切り抜け、上り気味の後半に向けて体力を温存することです。連続する上りと下りで走り方を調整することでなるべく足への負担を最小限に抑え、できるだけ一定のペースを保つことで後半に向けて体力や筋力を温存することができます。下り気味の前半であまり気持ちよくなって飛ばしすぎないように注意しましょう。
最大の難関は、もっともきつくなる35km過ぎで迎える「平田の坂」と呼ばれる大きな上り坂。ここを乗り越えなければゴールは見えてきません。コース全体の特徴を把握し、しっかりとペース配分を考えて走ることが、愛媛マラソンを攻略する最大のポイントになると思います!
がんばってください!」
愛媛マラソン大会事務局
2018年8月20日(月)〜8月31日(金)までエントリー受付
https://ehimemarathon.jp/
【レース後は……】マラソンの疲れを温泉で癒しながら、一句をしたためる
「春や昔十五万石の城下哉」。
俳人、正岡子規が生まれ育ったふるさと、愛媛松山を詠った一句です。松山市は俳句のまちとしても知られ、市内には数多くの句碑が建てられています。さらに市内93箇所に「俳都松山俳句ポスト」があり、気軽に自分の作品を投函できるようになっています。ポストは3ヶ月に一度開函され、松山の著名俳人によって特選3句、入選20句が選ばれます。入選された一句は、松山市のホームページや愛媛新聞紙上で発表され、記念品も贈呈されるとのこと。
松山を訪れたらかならず足を運びたいのが「松山城」と、「道後温泉」。国の重要文化材にも指定されている松山城は400年前に建てられたもの。正岡子規の俳句にも詠われているかつて十五万石を誇った松山の象徴で、その強さと美しさを兼ね備えた造りは城マニアの間でも多くのファンを持つ名城です。
もうひとつのシンボル、道後温泉も公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定された日本最古ともいわれている名湯。松山城よりもはるかに歴史は古く、3000年前にさかのぼるそう。
マラソンを走ったあとは、まずは道後温泉へ。ゆったりと温泉につかり、マラソンの疲れを癒しながら一句を詠みあげ、「俳都松山俳句ポスト」に投函してみてはいかがでしょうか。マラソンで感じたことを、俳句にしたためる。これも俳句のまち、松山ならではの楽しみですね。
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