岩手県・八幡平市から二戸市へと流れる「安比川」。この流域では、古くから漆(うるし)を利用する生活が育まれてきました。川の上流に木地師・中流に塗師・下流に漆掻き職人が暮らし、「生活の器」として漆器が庶民にも広く浸透。この「漆の郷としての歴史は、数ある漆器産地の中でも他には類を見ないと考えられ、「“奥南部”漆物語」は、文化庁の日本遺産にも認定されています。
画像: 八幡平市から二戸市を流れる安比川。民俗学者・柳田國男が、著書『豆の葉と太陽』において、この流域を「奥南部」と称しました

八幡平市から二戸市を流れる安比川。民俗学者・柳田國男が、著書『豆の葉と太陽』において、この流域を「奥南部」と称しました

また、二戸市浄法寺を拠点とする漆掻き職人が採取した「浄法寺漆(じょうぼうじうるし)」は、国宝や重要文化財の修復を支える国産漆の生産量の約81%(2022年)を占めるなど、同地は漆の主要生産地としても注目されている土地。

画像: 岩手の豊かな自然環境の中で、生活と共に育まれた漆文化。日本遺産「“奥南部”漆物語」を辿る旅

時代の変化の中で一度途絶えた漆器作りを再興し、今の暮らしに合う器が生み出されています。現代まで育まれてきた「“奥南部”漆物語」を体感しようと、八幡平市と二戸市を巡る旅に出かけました。

※価格は税込み表記です。

画像: 「“奥南部”漆物語」の舞台となる安比川流域で今に伝わる漆産業について解説するマップの一部(浄法寺歴史民俗資料館)

「“奥南部”漆物語」の舞台となる安比川流域で今に伝わる漆産業について解説するマップの一部(浄法寺歴史民俗資料館)

「漆の郷」が育まれた背景

自然環境と豊かな森林資源が育んだ木地の里

なぜ、この地域には漆の郷文化が育まれてきたのか。第一には自然環境に起因していると考えられます。東北地方の太平洋側は、夏に吹く冷たく湿った風「ヤマセ」の影響で、冷害に悩まされましたが、谷である安比川流域にもヤマセは流れ込み、同様に米が育ちにくい地域でした。

反して、冷温帯という気候により豊富だったのが、ブナ、トチ、ケヤキなど、木地(漆器の元となる木材)の素材となる落葉広葉樹林の森。これらの木々は、漆器産業が途絶えた後も、鉱山を支える木炭として使われるなど、当地の生活を支えてきました。

画像: 現在も残る「安比高原ブナ二次林」(岩手県八幡平市細野)は、森林浴の森日本100選。原生林ではなく、再生した二次林であることが、人々に使われていた森であることの証拠です

現在も残る「安比高原ブナ二次林」(岩手県八幡平市細野)は、森林浴の森日本100選。原生林ではなく、再生した二次林であることが、人々に使われていた森であることの証拠です

農作物に恵まれない地域であったからこそ、森や山と共に生き、その恵みに感謝してきた人々。今でも自然信仰が息づき、その風景をあちこちで目にすることができます。

画像: 28代にわたり個人で守られている舘市地区佐比内の「山神社(やまのがみしゃ)」

28代にわたり個人で守られている舘市地区佐比内の「山神社(やまのがみしゃ)」

画像: 当地では山仕事を生業とする人が多かったため、山神様が斧を持っているのが特徴的(山神社蔵)。仏師がいない東北地方各地では、きこりや木地師が仏像や神像を自ら彫って崇めた

当地では山仕事を生業とする人が多かったため、山神様が斧を持っているのが特徴的(山神社蔵)。仏師がいない東北地方各地では、きこりや木地師が仏像や神像を自ら彫って崇めた

画像: 巨大な岩に守られるように建つ「岩屋不動社」(岩手県八幡平市赤坂田)。かつての木地師の里にあります

巨大な岩に守られるように建つ「岩屋不動社」(岩手県八幡平市赤坂田)。かつての木地師の里にあります

安比川流域が、いつから漆の産地になったかは定かではありませんが、史実では、室町時代に木地生産が始まっていたことがわかっています。木地師(木地を作る職人)は材を求めて下流から居を移動し、やがて上流に集落を形成。最盛期には500人以上が木地仕事に従事していたと考えられています。

現在、「木地の里」とも呼ばれた安比川上流エリアに、木地師はいなくなってしまいましたが、「最後の木地師」と呼ばれた藤村金作さん(1912〜2002年)の息子の妻・ヨシエさんが、金作さんのありし日の姿や漆器のエピソードを語り継いでいます。

生活の中の漆器

画像: 藤村ヨシエさん

藤村ヨシエさん

「私がここへ嫁いできて、65年になります。その時は電動になっていましたが、それ以前は、安比川の水の力を使ってロクロを回していたそうです。道具もみんなおじいさん(金作さん)が作るんです。自分で鉄を叩いて、ヤスリで研いで」

ご自宅を訪ねると、ヨシエさんは金作さんが木地を手がけた数々の漆器を見せてくれました。現在は一般的に塗師が製品をデザインしますが、「何でも自分で考えて作る人でした」と、形はもちろん、どんな模様を施すかも金作さんが考え塗師に依頼していたそうです。

画像: 1段にすべてを収納できる5段の重箱。2段を1段に収納できるお弁当箱もありました。丸重であるのも、木地師が活躍した土地の漆器であることを物語ります

1段にすべてを収納できる5段の重箱。2段を1段に収納できるお弁当箱もありました。丸重であるのも、木地師が活躍した土地の漆器であることを物語ります

「私たちが子どもを育てた頃は、運動会といえば必ずお弁当持って学校に行ったものだよね。そうすればこういう重箱を使いました。ご祝儀で呼ばれた席で回す盃だったり、山や公民館の集まりに持っていく携帯用のお猪口だったり、おじいさんが作った漆器は、毎日は使わなくても、何か行事の時には使っていたものばかりです」

画像: 漆器の水筒もありました

漆器の水筒もありました

「それから、私が嫁いだ頃、結婚式といえばね、4日も祝言をやったんです。こね鉢に粉を入れて、熱湯と水だけでツナギをかけて蕎麦を作りました。餅つきもしてね、1日は本振舞い、次の日は隣近所とか同級生。次の日は村のおじいさんおばあさん。最後の日は手伝ってもらった人をおもてなしします。だから、こね鉢とか、お酒っこをふるまうヒアゲ(片口)とか、必ずどこの家にもありました。毎日お嫁さんが皆さんにお酌しなきゃならないでしょう。もう疲れてさ。でもね、農家ってそういうしきたりで、この辺みんなそうだったから、それもまたひとつの楽しみでしたよ」

画像: 金作さんはヒアゲ(片口)を作るのが好きだったそうで、たくさん作って親戚に配った思い出も話してくれました

金作さんはヒアゲ(片口)を作るのが好きだったそうで、たくさん作って親戚に配った思い出も話してくれました

山間地である当地には、陶器や磁器よりも、地域で採れた木材を使って作る、安価で、加飾のない、シンプルな漆器が生活の中に根付いていました。特別ではない、当たり前すぎたその景色は、戦後、さらに安価で、扱いやすいプラスチック製品の流入により、あっという間に失われ、漆器産業は一度途絶えてしまいます。

史実に残る漆産業の隆盛

ここで今一度歴史を遡ると、縄文時代の遺跡から漆を使用した痕跡が見つかっているほか、素朴で装飾のない実用的な漆器のルーツは、地元住民から「御山(おんやま)」と呼ばれる「天台寺」の僧侶が自ら作った、日々の食事のための器が、庶民に広まったと伝わっています。

画像: 縄文時代晩期の遺跡から出土した、漆を貯蔵していたと考えられる鉢(八幡平市博物館蔵)。昭和初期まで木地師の里と呼ばれた赤坂田地区の遺跡から出土しました。同館には「日本遺産・奥南部漆物語」コーナーがあり、構成文化財の一部である貴重な資料を見ることができます

縄文時代晩期の遺跡から出土した、漆を貯蔵していたと考えられる鉢(八幡平市博物館蔵)。昭和初期まで木地師の里と呼ばれた赤坂田地区の遺跡から出土しました。同館には「日本遺産・奥南部漆物語」コーナーがあり、構成文化財の一部である貴重な資料を見ることができます

画像: 1200年前、行基によって開山したと伝わる天台寺。作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが1987年から18年間住職を務めたことでも知られています。現本堂は1658年に建立され、2013年から2020年にかけて大規模な修復が行われました

1200年前、行基によって開山したと伝わる天台寺。作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが1987年から18年間住職を務めたことでも知られています。現本堂は1658年に建立され、2013年から2020年にかけて大規模な修復が行われました

画像: 戦後、荒廃の道をたどることになった天台寺。瀬戸内寂聴さんの発案で植えられたアジサイが「御山」のシンボルとして境内や参道を美しく彩ります

戦後、荒廃の道をたどることになった天台寺。瀬戸内寂聴さんの発案で植えられたアジサイが「御山」のシンボルとして境内や参道を美しく彩ります

画像: ケヤキの板にふき漆を施し、色漆で松竹梅、水仙、椿など生け花を描いた大絵馬「漆絵立花図」(1716年)。天台寺の「桂泉蔵」で見ることができます

ケヤキの板にふき漆を施し、色漆で松竹梅、水仙、椿など生け花を描いた大絵馬「漆絵立花図」(1716年)。天台寺の「桂泉蔵」で見ることができます

当地の古い漆器の中でも特徴的なものの一つとして紹介されるのが「御山御器(おんやまごき)」。質素倹約を重んじる僧侶の食事を思わせる飯椀・汁椀・皿からなる「三つ椀」です。片手で一度に三つとも持つことができる小ぶりの椀は、農作業の折、外で食事をとる際にも使っていたと語り継がれるなど、簡素な生活の器であったことがわかります。

画像: 「浄法寺歴史民俗資料館」に展示されている「御山御器」。同館は漆に関する資料を数多く所蔵し、3,832点が国の重要文化財に指定されています

「浄法寺歴史民俗資料館」に展示されている「御山御器」。同館は漆に関する資料を数多く所蔵し、3,832点が国の重要文化財に指定されています

盛岡藩・南部利直公が残した史料からは、漆が藩の財政を支える重要な産業だったことがうかがえます。領地内に「漆掻き奉行」を派遣したほか、藩の指示のもとで木地を製作する「御用木地師」は、年貢の免除など特権が与えられていました。また、当時は樹脂・樹液に加え、貴重だった和蝋燭のロウの原料となる実を採るため、漆木を長い期間生かし、太く育てながら漆を採る「養生掻き」という手法がとられていたこともわかっています。

画像: 文化庁の「ふるさと文化財の森」の第1号に認定された二戸市浄法寺町の「漆の森」(岩手県二戸市浄法寺町明神沢)。現在も漆掻きが行われています

文化庁の「ふるさと文化財の森」の第1号に認定された二戸市浄法寺町の「漆の森」(岩手県二戸市浄法寺町明神沢)。現在も漆掻きが行われています

明治時代になると、現在の福井県から出稼ぎに来た「越前衆」と呼ばれる人たちにより、1年で漆を採取し尽くし、漆木を伐採する「殺し掻き」の手法と道具が伝来。生産量が飛躍的に増加し、一大産地へと成長します。漆の質の良さが評価されたことはもちろん、他の産業が起こりにくかった当地域では、漆掻きはひとつの切り離せない生業として伝承され、現在に至ると考えられます。

画像: 本の木から採れる漆は約200ml。現在も当地では殺し掻きが行われていますが、漆を採り終えた木は伐り倒すことで萌芽(ぼうが)を促進。これにより漆の森は再生します

本の木から採れる漆は約200ml。現在も当地では殺し掻きが行われていますが、漆を採り終えた木は伐り倒すことで萌芽(ぼうが)を促進。これにより漆の森は再生します

画像: 間伐する木を使用したデモンストレーションの様子。二戸市では人材育成のため、ガイド養成やインターン生の受け入れにも積極的です。漆芸のための欠かせない仕事に就こうと考えた秋本風香さんは、地域おこし協力隊として漆掻き職人となり、現在は漆を掻く道具作りにも挑戦しようとしています

間伐する木を使用したデモンストレーションの様子。二戸市では人材育成のため、ガイド養成やインターン生の受け入れにも積極的です。漆芸のための欠かせない仕事に就こうと考えた秋本風香さんは、地域おこし協力隊として漆掻き職人となり、現在は漆を掻く道具作りにも挑戦しようとしています

こうした産地としての隆盛を物語る資料が、浄法寺民俗資料館に保存されています。かつて「漆は捨てるところがない木」と言われたように、殺し掻きの導入により大量に伐採された漆木は、「アバギ(網端木)」として活用されました。軽くて水を吸いにくく、浮力があるという特性を活かした、魚網に取り付ける浮木のことで、日本各地の漁港に出荷していた記録が帳簿に残ります。

画像: 「アバギ」として使用された漆の木(浄法寺歴史民俗資料館蔵)

「アバギ」として使用された漆の木(浄法寺歴史民俗資料館蔵)

ロウの原料として使われていた実も、産業として成立しなくなった後は、ワックスとして使用されました。当地で暮らす人(特に現在80代くらいの方)たちは、漆の実にロウ成分が含まれていることを知っていたため、実を布袋に入れ、木造校舎の床磨きをした思い出を持っているそう。これも、漆の木と共に日常生活があったことがわかるエピソードです。

画像: 江戸期にはロウをとり、かつては「天然のワックス」として活用された漆の実(浄法寺歴史民俗資料館蔵)。種は馬の飼料として活かされました

江戸期にはロウをとり、かつては「天然のワックス」として活用された漆の実(浄法寺歴史民俗資料館蔵)。種は馬の飼料として活かされました

八幡平市博物館

住所岩手県八幡平市叺田230
電話0195-63-1122
営業時間9:00~16:30(入館は16:00まで)
定休日月曜(祝日の場合翌平日)、12月29日~1月3日
webhttps://www.city.hachimantai.lg.jp/site/hachimantaisihakubutsukan/

八葉山天台寺

住所岩手県二戸市浄法寺町御山久保33
電話0195-38-2500
拝観時間4~10月 8:30~17:00、11~3月 8:30~16:00
webhttp://www.tendaiji.or.jp/

二戸市立浄法寺歴史民俗資料館

住所岩手県二戸市浄法寺町御山久保35
電話0195-38-3464
営業時間9:00~16:30
定休日月曜、祝日の翌日、12月29日~1月3日
webhttp://www.edu.city.ninohe.iwate.jp/~maibun/j-index.html

今に続く「“奥南部”漆物語」

現代の漆器~安代地区での再興

一度途絶えた漆器製造を再興する動きが見え始めたのは、昭和晩年。1983年に「漆器センター(現・安代漆工技術研究センター)」が旧安代町(現・八幡平市)に設立されます。創設に携わった冨士原文隆さんは、最後の木地師・藤村金作さんに学び、現在は同センターの主任技師として後継者の育成に尽力しています。

2年間、漆器の基礎を学んだ卒業生の活躍先はさまざま。全国でもめずらしい、剣道の防具「胴」に漆を塗る職人・羽沢良和さんもそのひとりです。

画像: 八幡平市で「羽沢工房」を営む羽沢良和さん

八幡平市で「羽沢工房」を営む羽沢良和さん

「私の製品は絶対ハゲませんと言っていますから、もしハゲたら、無料で修理します。ここの職人たちは、みんなそういう精神でやっていると思いますよ」と羽沢さん。器と異なり、塗り方を知っている人もいなかったため、自身で試行錯誤しながら技術を磨いてきました。

画像: 漆塗りの胴は主にハレの場で披露され、全国の高段者から求められます

漆塗りの胴は主にハレの場で披露され、全国の高段者から求められます

羽沢さんと同じ研究センターの卒業生が1999年に立ち上げたのが、「安比塗漆器工房」です。2017年には企業組合として法人化し、製造から販売・運営まで担います。

安比川流域の漆器は、同じ「浄法寺塗(じょうぼうじぬり)」にルーツを持ちますが、同工房で製造する漆器は「安比塗(あっぴぬり)」としてブランド化。立ち上げ当時のメンバーが考えたロングセラーの商品に加え、作りたいアイテムをメンバーで話し合いながら新商品を少しずつ増やしています。

画像: 安比塗漆器工房のオリジナル製品「4寸汁椀」(9,130円)

安比塗漆器工房のオリジナル製品「4寸汁椀」(9,130円)

当地で使われていたお椀やお皿の形をベースに、現代の生活に合わせた商品を生み出しているそうで、「生活の器」として漆器が使われていた産地だからこそのアイデアなのだと感じる商品ばかりです。

「シンプルな器作りを心がけています。食卓にはいろんな食器が並ぶと思うので、どれと組み合わせていただいても喧嘩せず、どんなお料理も映えるということを意識して、派手さもないけれど、気がついたらいつも食卓にいるよねという存在になりたいなと思っています」と話すのは、代表理事の工藤理沙さん。奈良県出身で、これほど漆器が生活に根付いている奥南部の暮らしに最初は驚いたと言います。

画像: ショップの窓から製造工程の一部を見ることができます

ショップの窓から製造工程の一部を見ることができます

画像: 製造工程の様子

製造工程の様子

「漆は高い美術品というイメージが強かったのですが、この辺りの古いお家に行くと、日常使いの漆器が出てきたり、おじいちゃんが塗師だったという話を聞いたり。ここで暮らしている人たちの生活の中に漆というものが身近にあって、今でも大切にしている人がいるからずっと産地としてつながってきたんだろうなと感じています。これからライフスタイルもどんどん変わると思いますが、漆器を使いたいとか作りたいと思ってもらえる人を少しずつ増やして、今度は私たちがつなげていかなければと考えています」と、工藤さんは展望を語ります。

画像: 工藤理沙さん。近隣の小学校と連携し、工房で体験や漆の話をする授業もあるそう。家庭では、漆器のお椀と箸、スプーンを日常使いしています

工藤理沙さん。近隣の小学校と連携し、工房で体験や漆の話をする授業もあるそう。家庭では、漆器のお椀と箸、スプーンを日常使いしています

工房のショップでは、オリジナル製品に加え、研究センターの卒業生の作品も販売しています。研究センターには、全国から作家を志して学びに来る人が多いこともあり、卒業生の大半は県外に活動の拠点を置いているそう。

「設立当初から、当地に残ることを絶対条件にしていないのも、研究センターの特徴だと思います。漆の仕事はたくさんあるわけではないので、みんながここに残ると仕事の取り合いになり、産地として成り立たなくなってしまう。そうではなくて、たとえば当工房で大量注文を受けた時は、県外にいる卒業生に仕事をお願いすることもありますし、全国各地で展示会をする時には情報提供やお手伝いをいただく。助け合いながらそれぞれの場所で成り立っていくことが、結果的に産業・産地の維持につながっていくと考えているんです」

画像: 安比塗漆器工房と研究センターを卒業した作家の製品を手に取って購入できるショップスペース

安比塗漆器工房と研究センターを卒業した作家の製品を手に取って購入できるショップスペース

安比塗漆器工房

住所岩手県八幡平市叺田230-1
電話0195-63-1065
営業時間9:30~17:00
定休日月曜(12月~3月の冬期間は日曜・月曜)、年末年始不定休
webhttps://www.appiurushistudio.com/

現代の漆器~浄法寺地区での再興

漆器センターの設立と時同じくして、旧浄法寺町(現・二戸市)で漆器産業の復活を目指したのが、岩舘隆さんです。父の正二さんは漆掻き職人で、当地の漆産業が斜陽の時代を迎えてからも、「岩手県浄法寺漆生産組合」「日本うるし掻き技術保存会」の設立に尽力し、漆の安定生産や漆掻き技術の伝承に奔走してきました。

漆器産業が廃れていた当時、正二さんの漆は県外に出荷されていましたが、隆さんが岩手県工業技術試験場(現・岩手県工業技術センター)で学び、当地で塗師に。現代に愛される漆器を目指し、正二さんとともに「浄法寺塗」を復活させました。

二戸市浄法寺町の「滴生舎」は、浄法寺漆の歴史をつないでいく発信拠点として1995年に誕生。ショールームでは、全工程に浄法寺漆を使用するオリジナル製品のほか、浄法寺漆を使用した作り手の商品を手にとって購入することができます。

画像: 滴生舎のショールーム

滴生舎のショールーム

滴生舎の「角椀」にひと目惚れし、現在の道に進んだと話すのは、塗師でもある馬場真樹子さん。大学時代、「生活の器」をテーマにしたワークショップに参加したことが転機となりました。

「食も含めた地域の背景を学んだ上で、ゆっくりしっかりひとつの器について考えるという体験を通じて、“アートの材料ではない漆”のおもしろさに出会うことができました。そのワークショップで講師が見せてくれた器の中にあったのが角椀です。持ちやすくて、ビジュアル的にもかっこいい。さらに、使い込んで風合いが変わるとか、修理ができるという話を聞いて、すごい!って心が躍ったんです」

画像: 馬場真樹子さん

馬場真樹子さん

結果的に浄法寺という漆の主要産地で働くことになり、木の大事な命をいただいていることを実感しながらものづくりができていると話します。

「ひとつのモノの背景にあるいろんな想いや技術を丁寧にお伝えしたいと思っているので、私たち作る人間も売り場に立って、木地のことや漆の苗のことまで、お客さまの興味をうかがいながらお話しする時間を大切にしています。デザインやアイテムのヒントをいただくことももちろんですが、それ以上に、何百ものお椀を作る中の1個は、お客さまにとっては、選んで、選んで、これから何年も使おうと思ってくださっているものなので、身が引き締まる思いにもなるんです」

画像: 真樹子さんがひと目惚れした角椀(大)(13,090円)

真樹子さんがひと目惚れした角椀(大)(13,090円)

「“奥南部”漆物語は、その時代、その時代の人たちが、地域の素材を活かして、今までに伝えてきてくれたものです。里山の風景の中に立つ漆の木が本当に好きなのですが、それを見ると、現代に至るまで漆と共にある生活が続いているんだなと実感します。私たちも今の時代に合うものをちゃんと見極めて、向き合って、活かして、表現して、次の時代につなげていきたい。そうしてはじめて物語になると思うんです」

画像: メンバーには木地師もおり、浄法寺産の木材・センと、浄法寺産の漆を使用した、オール浄法寺の「組み合わせをたのしむカップ」(大・12,100円、小・11,000円)も開発しました

メンバーには木地師もおり、浄法寺産の木材・センと、浄法寺産の漆を使用した、オール浄法寺の「組み合わせをたのしむカップ」(大・12,100円、小・11,000円)も開発しました

画像: 2段目に並ぶのは、飲み比べを楽しんでもらおうと開発した盃。「つき」「ゆき』「はな」(各7,480円)の3種類があります

2段目に並ぶのは、飲み比べを楽しんでもらおうと開発した盃。「つき」「ゆき』「はな」(各7,480円)の3種類があります

滴生舎

住所岩手県二戸市浄法寺町御山中前田23-6
電話0195-38-2511
営業時間8:30~17:00
定休日火曜、年末年始
webhttps://urushi-joboji.com/

話を聞けば聞くほど魅了される奥南部の漆器。使い心地も試してみてから購入を決めたいという人は、稲庭交流センター「天台の湯」で体験することができます。「漆の間」に宿泊すると、浄法寺漆器を使用したコース料理をいただくことができ、小鉢から大皿まで、使い方のアイデアをもらえます。盛り付ける料理をイメージしながら、自分の手に合う漆器を求めに安比塗漆器工房と滴生舎を訪れてみてはいかがでしょうか。

画像: 漆器が料理を映えさせます

漆器が料理を映えさせます

画像: 特産の短角牛や佐助豚をはじめとした地場産の食材をふんだんに使った「北いわて」の郷土料理が楽しめます ※メニューは時季により異なります

特産の短角牛や佐助豚をはじめとした地場産の食材をふんだんに使った「北いわて」の郷土料理が楽しめます ※メニューは時季により異なります

画像: ヒアゲに地酒を注ぎ、酒器の形の違いによる飲み比べも楽しめます。地酒「南部美人」を堪能することをおすすめします

ヒアゲに地酒を注ぎ、酒器の形の違いによる飲み比べも楽しめます。地酒「南部美人」を堪能することをおすすめします

画像: 「天台の湯」の大浴場の湯泉には、「稲庭岳」の中腹から湧き出る「岩誦坊(がんしょうぼう)」の水が使用されています。水温は年間を通じて5~7℃。今でも多くの人が水源を訪れます

「天台の湯」の大浴場の湯泉には、「稲庭岳」の中腹から湧き出る「岩誦坊(がんしょうぼう)」の水が使用されています。水温は年間を通じて5~7℃。今でも多くの人が水源を訪れます

画像: 二戸市の北西に位置する稲庭岳の山裾には広葉樹の原生林があり、木地師が良木を求めて分け入ったと考えられています

二戸市の北西に位置する稲庭岳の山裾には広葉樹の原生林があり、木地師が良木を求めて分け入ったと考えられています

天台の湯

住所岩手県二戸市浄法寺町野黒沢133-1
電話0195-38-3222
営業時間日帰り入浴 10:00~20:00(受付時間)
宿泊 チェックイン 15:00/チェックアウト 10:00
定休日火曜、年末年始
webhttps://tendainoyu.co.jp/

IGRに乗って、「“奥南部”漆物語」の世界へ

一帯を巡る拠点となる二戸駅へは、東北新幹線のほか、盛岡駅から「IGRいわて銀河鉄道」が運行(所要時間約1時間10分)。盛岡駅まではいわて花巻空港からアクセスバスも運行しています(所要時間約45分)。二戸駅に隣接する二戸広域観光物産センター「カシオペアメッセ・なにゃーと」には、漆を使用した商品をはじめ、同地域のおみやげ品も充実しています。レンタカーと組み合わせ、「“奥南部”漆物語」を体感する旅へ出かけませんか?

画像: 景色や旅情もゆっくりと楽しめるIGR

景色や旅情もゆっくりと楽しめるIGR

画像: 二戸駅には漆のモチーフがあちこちに見られます

二戸駅には漆のモチーフがあちこちに見られます

画像: 南部美人による浄法寺漆を使用した「クラフトジン」(左・700ml 5,390円)と、ドングリと栗を使用した「縄文Gin」(右・700ml 6,248円)

南部美人による浄法寺漆を使用した「クラフトジン」(左・700ml 5,390円)と、ドングリと栗を使用した「縄文Gin」(右・700ml 6,248円)

画像: 「浄法寺産 うるし蜂蜜」(350g 3,200円、140g 1,512円)

「浄法寺産 うるし蜂蜜」(350g 3,200円、140g 1,512円)

画像: 南部美人の製品も充実。インターナショナルワインチャレンジ(IWC)2017で「チャンピオンサケ」を受賞した特別純米酒(720ml 1,936円)が人気

南部美人の製品も充実。インターナショナルワインチャレンジ(IWC)2017で「チャンピオンサケ」を受賞した特別純米酒(720ml 1,936円)が人気

画像: 米が育ちにくかったことから雑穀を栽培し、生活に取り入れてきた当地。キビ、アワ、ヒエなども豊富に揃います

米が育ちにくかったことから雑穀を栽培し、生活に取り入れてきた当地。キビ、アワ、ヒエなども豊富に揃います

二戸広域観光物産センター「カシオペアメッセ・なにゃーと」

住所岩手県二戸市石切所字森合68
電話0195-23-7210
営業時間9:00〜22:00
定休日無休
webhttps://nanyato-sisetu.com/

安比川流域を辿ると、浮かび上がってくる生活と密接に結びついた漆の郷の物語。この地域で受け継がれてきた信仰や暮らしを感じながら現代の安比塗・浄法寺塗の器を手に取れば、この場所だからこそ生まれた、ここにしかないものであることにより一層の魅力を感じられるはずです。

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