ラーニング・ジャーニーとは
ラーニング・ジャーニーとは、多様な背景・視点をもつメンバーが参加し、現地で課題に直面する当事者を訪ね、そこでの体験をもとに思考を深める旅です。組織強化やリーダーシップ開発の手法としても注目されています。
岩手県・洋野町で実施されたツアーでは、地元で活動するリーダーや移住者と深く触れ合い、その土地で起きている変化や課題を肌で感じ、参加者同士が問いかけを重ねて自身を深く掘り下げる、というプロセスが実施されました。
旅の舞台は、人口15,000人ほどのまち、洋野町。岩手県最北端、太平洋沿岸に位置する農山漁村です。親潮と黒潮が合流する北三陸は、全国に広く知られたウニの一大漁場であり、中でも県内一の水揚げを誇るのが同町です。
ひとりの熱い思いが生んだ、洋野町ラーニング・ジャーニー
北三陸ファクトリー・眞下美紀子さん インタビュー
一見静かなまちに潜む、“熱いうねり”。そこに可能性を感じた若者たちが洋野町へ移住し、小さな活動を積み重ねています。一つの活動は次への仕掛けとなり、そこからまた人がつながっていく。活動の連鎖が徐々に洋野町の輪郭をつくり出し、「洋野町って、どんなところ?」という好奇心を持つ若者に届きはじめているのです。
そして2022年秋、「地域と産業の未来を創る」をテーマに、まちづくりのプロセスを知り、さらに必要なモノやコトを深く掘り下げる「ラーニング・ジャーニー」が開催されました。その起点となったのは、6年前にUターンした眞下(まっか)美紀子さんの思いです。
「地域と産業と人との好循環を創造する仕事がしたい」。眞下さんがそう思ったのは高校生の頃でした。地元に元気がなくなってきたことを肌で感じ、社会を変えたい、そう思いつつも県外に進学し就職。いつか戻ってくるつもりでしたが、きっかけがなかなか掴めずにいたそうです。
そんな中で雑誌の「日本を突破する100人」に、復興リーダーとして載った下苧坪(したうつぼ)之典さんを見つけたことがターニングポイントになりました。下苧坪は洋野町にしかない名字。眞下さんは、「地元にリーダーがいたんだ。この人に会いたい、この人のもとで学びたい!」と突き動かされるように、洋野町のフィールドワークに参加。
2016年にUターンし、下苧坪さんが経営する株式会社北三陸ファクトリーで、商品開発&ブランディング、ウニの養殖、教育事業などに取り組んでいます。
眞下さんはこれまでの教育プログラムでも、漁師と中高生が関わり合い、地元の魅力や課題などをしっかり感じる機会づくりに取り組んできました。しかし、2019年から、両者のつなぎ役としてインターンの大学生を募集。
その理由について、「私だけでなく、コーディネーター役を外から迎えた方が、地域を変革させる力が強いと感じたんです。まなびの場と旅を掛け算すれば、地域をもっと深みあるものにできるのではと思いました」と話します。
そんな伏線を経て開催されたツアーには、大学生と社会人合わせて10名が参加。インターンとして同町を訪れた経験のある人、シンプルに興味を持って参加した人など、さまざまなメンバーが集まりました。
ここからは、ラーニング・ジャーニー当日の様子をダイジェストでお伝えします。
日の当たらない価値にこそブランディングが必要
登壇者:北三陸ファクトリー代表・下苧坪之典さん
眞下さんをUターンヘ動かした、北三陸ファクトリー代表・下苧坪之典さんが登壇。
「このまちでは、毎月30人が亡くなり、毎年30人しか生まれない。10年間で圧倒的に人口減少が進み、町の水産業はあと10年持たないかもしれない」
農山漁村地域としての切実な課題から、話がはじまります。しかし、「決して諦めているわけではなく、ここからどう良くしていくかだ」と語る力強い下苧坪さんの言葉に、参加者は自然と引き込まれていきます。
洋野町は、全国有数のウニの産地。良質なコンブやワカメが育つ浅瀬の環境で、日本で唯一のウニ増殖溝が造られたのは今から50年も前のことです。それ以来、身入りの良いウニを安定供給してきましたが、現在は人口減少、産地偽証、温暖化、魚価低迷、魚食離れなど数々の課題に直面しています。
北三陸ファクトリーとしての事業目的は現状を維持することではなく、洋野町から全世界へとつながる持続可能なビジネスを生み出すことにあります。実は今、6年かけて進めてきた事業に対して、海外からも声がかかっているそうです。
「三陸は世界三大漁場でありながら注目度が低く、強い地域ブランドを創らないといつまでも光が当たらない。北三陸(宮古市~八戸市)エリアのブランドづくりをしっかりやっていこうと思っています。小さなまちが世界に出るのはハードルが高いけれど、大きな目標を立てると、不思議にも大きな会社も支援をしてくれるのです」
他者へのインタビューから、自身を問う時間へ
登壇者:fumoto・大原圭太郎さん、千葉桃子さん
地域課題を知るだけでなく、一歩踏み込んで自分自身への問いを深めていく。それこそが「ラーニング・ジャーニー」のめざすところです。続いては、実際に県外から移住した若手によるインタビューワークが行われました。
登壇者の大原圭太郎さんは東京でアパレルの仕事をしていましたが、「本当にこれが自分のやりたいことか? 誰かのためと実感できる仕事をしたい」と移住先を探しはじめ、2016年に奥さんの地元である洋野町へ地域おこし協力隊としてやってきました。
現在は(一社)fumotoの代表として、民間の立場から地域おこし協力隊を支援する仕事を担っています。「僕がまちで何かしたい、というより、ここで何かやりたい人を支援するポジションでありたい」と大原さん。まさにふもとを照らす灯のようです。
一方、このパートのファシリテーターでもある千葉桃子さんは、学生の頃に復興・創生インターンとして、洋野町を訪ねたのを機に移住。現在は高校魅力化コーディネーターとして高校生と関わる日々です。
千葉さんによると、「心地よいコミュニケーション」「知りたい情報の収集」「相手に理解してもらうこと」「相手に考えるきっかけを提供すること」の4点がインタビューのポイント。慣れない参加者を緩やかにナビゲートしていきます。
お互いにインタビューをしながら、このまちに来た経緯、洋野町で何をしているのか、今、感じていることなどをフリーに話す千葉さんと大原さん。それを参考に、参加者同士がペアになって、相手にインタビューをしていきます。これは、自分自身が何に関心を持つのか、自身の方向性を模索していく時間でもあります。
こうして、3時間近いインタビューワークのあと、眞下さんと参加メンバーは海浜公園をめぐり、夕暮れのまちへ。お互いを知る時間を経たことで、移動時間の会話も弾んだようです。
周囲との対話で、自分の思考を言語化する
ここまで、地域の人を通じて課題や魅力を知り、そこに関わる問いかけを重ねてきた参加者たち。最終総括に向け、自分を振り返って考えるための対話を実施します。
3人が1チームとなって、事前に書いてきた自分の歴史シートをもとに質問し、相手のプロフィールを埋め込んでいきます。インタビューワークの時とは打って変わって、どんどん問いかけを重ねていく参加者。「なぜ、そんな気持ちになったのか」「その理由は?」と一点を掘り下げる質問があちこちで交わされます。
洋野町にぎわい創造交流施設 ヒロノット
住所 | : | 岩手県九戸郡洋野町種市7-116-21 |
---|---|---|
電話 | : | 0194-75-4260 |
web | : | https://hirono-nigiwai.com |
そんな中、参加者でありながら自由に会場を動くひとりの学生がいました。八戸市出身で現在は東京都内の大学に通う栗林志音さんです。
数年前にインターンとして洋野町を訪ねたことを機に、卒業後は地元の観光まちづくり会社に就職予定。今回は運営者と参加者をつなぐ役割も兼ねてツアーに加わり、場の流れを双方の立場から見て参加者に寄り添います。
同様にインターンとして3年前に洋野町を訪ね、「久しぶりに地元の皆さんと会いたくて参加した」という三浦千裕さんも、質問を積極的に投げかけるなど全体を緩やかにサポートしています。
彼女のフォローによって「やや気持ちに変化があった」と話す参加者がいました。宿泊先で三浦さんから談話室に誘われたという嶋田恭子さんです。「いつもなら積極的に大勢の中にはいかないのですが、同じ空間を共有したことで、次のステップにおいてお互いの理解が進みやすいなと感じました」。
土地の空気を感じる、まち歩き
「種市うに栽培漁業センター」でうに牧場を見学
洋野町の基幹事業である稚ウニの育成施設「種市うに栽培漁業センター」。同施設では、1年目は同施設で1cm程度までウニを育て、2年目と3年目は海藻が茂る沖合で大きくし、さらに4年目は沿岸の岩盤溝に連なる「うに牧場®」に移し、コンブをたっぷり食べさせて出荷します。
「旨みが強く、身入りが安定した天然の生ウニ。水揚げしてすぐに、地元で培われた熟練の手技で加工出荷しています。水揚げ量を想定しながら、大切に育て上げる、サステナブルな漁業を実現しています」と眞下さん。さらに、実際にウニの増殖溝が見える丘、役場などをめぐりました。
南部もぐりで知られる「種市高校」を訪ねる
「南部もぐり」で全国に知られる岩手県立種市高等学校。潜水と土木の基礎的知識・技術を学ぶことのできる全国唯一の学科、海洋開発科があります。全国にいる潜水士の約2/3は同校出身なのだそう。
海上保安庁や海上自衛隊、沈没船の調査や引き上げ、港や防波堤造成における水中作業、海洋調査、水産業など、卒業生は幅広く活躍しています。同校の海洋開発科には全国各地から入学者がありますが、普通科を中心とした魅力化により高校の可能性を引き出すべく、眞下さんが担当する総合的な探究の授業には「学びの個性」の面でも大きな期待がかかります。
「宿戸大浜」で海岸クリーン活動
宿戸大浜は、休日や好天の日は多くのサーファーでにぎわいます。この浜沿いはJR八戸線が通っており、窓辺から絶景を眺められるポイント。美しい海岸を守るべく、地域で月1回行われる清掃活動に参加しました。
これは種市高校の生徒のアイデアで2021年9月からスタートした取り組み。1時間近い清掃活動で、ペットボトル、食べ物の包装資材など、各自が持つ袋がいっぱいに。中には海外からたどり着いたゴミもあり、分別しながらゴミの行く末について思考を巡らせました。
JR八戸線「洋野エモーション」に参加
JR八戸線を走る「東北エモーション」は、東北の復興支援と地域活性化に向け、JR東日本が2013年から運行を開始したレストラン列車。海岸の景色を楽しみながら一流シェフのランチを味わえる人気の企画で、青森県・八戸駅と岩手県・久慈駅の間を1日1往復しています。
この列車が通る時間に合わせ、「遠くからきた人を感謝の気持ちで迎えたい」とはじまったのが「洋野エモーション」。地域の皆さんが大漁旗を振り、乗客を歓迎する気持ちを伝える活動です。自然に集まってきた住民の皆さんと参加者が一緒に旗を掲げると、列車が警笛を鳴らして応えます。
わずか十数秒ながら、旗と音による会話は静かなエモーショナルで、心に染み渡ります。
まちが直面する課題を知るだけでなく、そこから思考を深めるというプロセスまでを含めて体験するのが、ラーニング・ジャーニーの特徴。まちにとって力になるだけでなく、一人ひとりの人生に大きな影響を与える機会となる可能性を感じました。
今後ますます発展するであろう、洋野町のラーニング・ジャーニー。人が思いを循環させ、どのように地域を変えるのか。サステナブルな産業やまちが何から生まれていくのか。そのヒントになる洋野町の明日から、目が離せません。
北三陸ファクトリー
住所 | : | 岩手県九戸郡洋野町種市第22地割133-1 |
---|---|---|
電話 | : | 0194-75-3548 |
web | : | http://kitasanrikufactory.co.jp |
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