ロックバンド・チャットモンチーでドラマーとして活躍し、現在は作家、作詞家、詩人、として多彩な作品を発表している高橋久美子さん。大の旅好きでもあり、タイ、ベトナム、フランス、モロッコなどを巡るバックパック紀行『旅を栖とす』(KADOKAWA)を今年1月に上梓しました。
画像1: 道に迷ってもスマホは見ない。作家・高橋久美子が語る、ひとり旅の楽しみ方

国内では1人でふらりと出かけることも多く、北海道、別所(長野)、直島や豊島(香川)、尾道(広島)、山鹿(熊本)など、好きになった場所には何度も足を運び、民泊や旅先で知り合った人の家に宿泊することもあるそう。

ふんわりと優しく穏やかな人柄ゆえか、旅人でありながらも地元の人々に溶け込み、すぐに顔なじみを作ってしまう。そんな高橋さんに、ひとり旅の思い出や楽しみ方を伺いました。

文:安楽由紀子
写真:浦将志

「自分を取り巻いているものから離れてみると、風が通るんです」

高橋さんがひとり旅をするようになったのは、バンドを脱退後、作家・作詞家として独り立ちし、歌詞制作や文筆に励むようになってから。締め切りがいくつも重なっているとき、ふと「旅に出よう」という気持ちになったそうです。

「家で歌詞を書いていたんですが、『自分の部屋の空気を全部使い果たしちゃった、もうここには何も残ってないわ』と思って。自分の部屋以外の場所で書きたい、自分を飛び出したいという気持ちになると旅をしていました。今もそんなシチュエーションで旅に出ることがあります」

昨年もコロナ禍が少し落ち着いた時期に、思い立って1人で茅ヶ崎(神奈川)へ。映画監督の故・小津安二郎さんが定宿にしていたという国指定有形文化財の旅館「茅ヶ崎館」で執筆し、疲れたら海をぼんやり眺め、また部屋に戻って執筆しました。

画像: 「自分を取り巻いているものから離れてみると、風が通るんです」

「予定をまったく入れずにそこで過ごしてみると……なんでしょうね、自分の中から何かが湧き上がるというよりも、環境が呼び起こしてくるものがあったりして、ふだん考えないようなことを考えるんです。たとえばずっと海を見ていて『山は地層があってこの層は何万年前という目印があるけど、海ってないよな、何歳かわからんな』とか。そんな発見が創作や生きるヒントになるときがある。だから、何かに迷っている方、今の状況にいっぱいいっぱいになっている方は、ひとり旅がいいと思いますよ。自分を取り巻いているものから離れてみると、風がふうっと通って、くよくよしていたことが案外と『あ、そこまでくよくよすることじゃなかった』と思えたり、気持ちが整理できたり。新しい四次元ポケットがポコッと入ってくる感じがするんです」

これまでの旅を記したエッセイ集『旅を栖とす』では、ひとり旅について「1人だからこそ、1人じゃないんだなと感じられる」と述べる一節があります。実際に、自分の知らないその場所で暮らす人々と積極的に言葉を交わすのも高橋さん流。

茅ヶ崎館までの道中も、路線バスに乗りながら運転手さんと「ここはなんでサザン通り?」「そりゃ、サザンオールスターズに決まってるじゃん」「そうか茅ヶ崎はサザンオールスターズの街だ!」なんて会話を楽しんだそう。それに、誰とも話さなくても自分以外の人の日常を眺めているだけで穏やかな気持ちになれたりします。

「熊本では夕方カフェでお茶をして、店長さんと話していたら『ひとり旅なら、いいバーを紹介してあげるよ』と、ほんとに素敵なバーに案内してもらって。そこにいた方たちと一緒に飲みました。気になったら自分から話しかけてしまいますね」

「ベトナムの少数民族の町・サパでは民族衣装の頭巾をかぶった人に『頭、カッコいいですね』と話しかけたら会話が弾み、『家、泊めてもらえませんか』『遠いけど大丈夫?』という流れになり、山道を6時間くらい歩いて泊まりに行きました(笑)。旅先だと丸裸になれるのかもしれない。だから飛び込みやすいし、飛び込まれやすいんでしょうね」

旅は予期せぬことが起こる、だからこそ自分の頭を飛び越えられる

「人と出会うために旅に行っている気がする」と語る高橋さんが旅先で心がけていることは、スマホを使わないこと、ネットの情報に頼らないこと。ガイドとして唯一携帯するのは『地球の歩き方』。

「この間、北海道を旅したときも、何も調べずに40分くらいふらふら歩いていたら『ここ、ほかのお店となんか違うな』と勘が反応したラーメン屋に辿り着いて、入ったらめっちゃくちゃおいしかったんです。自分の嗅覚で探し当てたときの喜びったらないですよね。そういう旅をすると忘れない。でも、たまにめっちゃ不味いときもあるんですよ(笑)。それはそれで忘れない」

Twitter: @kumikon_drum tweet

twitter.com

「イタリアに初めて行ったときも、まだあまり見る目がなかったのか、入ったお店がことごとく不味くて(笑)。でも1カ月くらい滞在しているうちに、だんだんと『ここはいけるぞ』とわかってくるようになった。おいしいものを食べたいと思って事前に調べる気持ちも分かるんですが『完璧な旅せないかん』って思いだすと、ワクワクが減る気がします。 もちろん前から行きたい店には行きますが、『旅は迷ってから、損してからが本番』と思うんですよ。考えていたこと以外のことが起こるからこそ、自分の頭の中を飛び越えられる。それが楽しいんです」

「旅は迷ってからが本番」、その気持ちで歩いていれば、誰かが「いいね」と言った旅ではなく、自分ならではのオリジナリティあふれる旅になるのです。

もうひとつ、高橋さんが心がけていることは、メモを取ることと録音すること。

画像: 旅は予期せぬことが起こる、だからこそ自分の頭を飛び越えられる

「東南アジアでは道路の歩道、炎天下でおばちゃんたちが笠をかぶってマンゴーやパパイヤを売ってて。その隣に鮮魚が並んでて、写真には写らんけど、甘い匂いに何か強烈な匂いも混ざって、日本にはない逞しさに心を掴まれて、どんな物がいくらか、どんな匂いか等を細かくメモしていましたね。

あと、録音もよくします。マラケシュ(モロッコ)で録った音を後で聞いたら、蛇使いのピロピロ〜という笛の音が入っていて。そのときは蛇に夢中になっていて気づかんかったけど、同時にロバがパッカパッカ歩いている音も入ってたんですね。ああそうか、このときロバが歩いてたんやなと。写真に映るところは限られているけど、音は場所全体が入るところがおもしろい」

つい最近行ってきたことのように生き生きと旅のエピソードや自身の感情の動きを語る高橋さん。そこには自らの五感をフルに使った旅の経験とその記録があるのです。

無人駅にたった1人、その経験が歌詞になった

旅の記憶が作品に投影されることもあります。原田知世さんに歌詞提供した『銀河絵日記』(作曲:伊藤ゴロー)には「辿り着くだけが旅じゃない」という一節があります。これは、間違って逆方向の電車に乗ってしまい、慌てて隣の無人駅で降りた時に生まれたフレーズなんだそう。次の電車が来るまでの2時間、ジリジリと日に照らされながら、ホームの目の前の工場の壁だけを見つめて座っていたら歌詞が生まれたそうです。

画像: 無人駅にたった1人、その経験が歌詞になった

「そのとき、まさに目的地に辿り着くだけが旅じゃないと思ったんですね。こうして無駄に思える時間も旅、それこそが人生だと思って。歌詞に『ライン川を眺めてる』という一節も出てくるんですけど、決して海外で書いたわけじゃなくて、実家のすぐ近くの無人駅なんです。すぐ近くなのに世界ってこんなに変わるんやと思って、新しい目が開いた感じがした」

私立恵比寿中学に提供した『青い青い星の名前』(作曲:太田雄大)は、直前にベトナム南部に行ってて、環境問題の深刻さを感じたり、少数民族の方の家に泊めてもらった際に多くの子が学校に行かずに民芸品を作りそれを売って生活しているという話を聞いたことなどにも影響を受けて書きました。「遠くで泣いてるあの子の明日を 変えられるのは僕らかもしれない」。歌詞には、旅を通して高橋さんの中に生まれた強い想いが宿っています。

旅も新しい発見もすぐそこにある

ひとり旅はもうベテランの高橋さんですが、これからひとり旅をしてみたいという人には「そんなに遠くへ行かないこと」とアドバイス。

画像1: 旅も新しい発見もすぐそこにある

「同じ都道府県内でも行ったことがない地域ってありますよね。例えば島とか。旅してみると意外と違う文化だったりして、近くほど知らないことがありますね。どこに行っても旅は楽しいと思うんですけど、もう一步踏み込むなら、観光案内所で地図をもらって、案内所の方に『観光であまり行かなそうなところを教えてください』と聞いてみるのもいいと思います。

近くへの旅でも車やタクシーでなく、鉄道で行くと一気に旅度が上がります。駅からはレンタサイクルか路線バス。地図と自分の勘で、なるべくスマホは使わない。道がわからんかったら店に飛び込んで教えてもらうといいですよ。なるべく老舗っぽい和菓子屋さんに入って聞いて、そして和菓子を食べるんです。最高ですよ。酒屋さんで利き酒なんかしながら行くのも大人の旅としては楽しいですね」

残念ながら今は旅に出づらい時期。それでも高橋さんは近所での小さな旅を楽しんでいるそうです。隣町を歩いてみたら趣ある銭湯を見つけて「湯河原に来ている気分になるんですよ」。住宅街では「ご自由におとりください」と軒先に出ている雑貨や手芸品をいただくことも。

「1人だと話し相手がいない分、きょろきょろ町を見ますよね。これなんやろ、こっちはなんやろって発見の連続で。遠くまで出かけるのももちろん旅の醍醐味ですけど、同じ地域で知らないものと出会えるのも旅だと思いましたね」

Twitter: @kumikon_drum tweet

twitter.com

Twitter: @kumikon_drum tweet

twitter.com

旅は足をのばした先にも、日常のすぐ近くにもあり、そのなかを1人で奔放に歩くからこそ偶然に出会える場所、人、景色がある。そしてそれらが、停滞する日常や凝り固まった考えに、風をすっと通してくれます。

綿密に計画したり調べたりするのではなく、高橋さんのように、あえて偶然を楽しむひとり旅をしてみるのもいいかもしれません。

画像2: 旅も新しい発見もすぐそこにある

高橋久美子(たかはし・くみこ)

1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家・詩人。
バンド・チャットモンチーで、ドラマー・作詞家として活躍後、2012年にもの書きに。詩、エッセイ、小説、絵本の創作のほか、さまざまなアーティストへの歌詞提供や翻訳を行い、ラジオDJとしても活躍する。主な著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜凶暴だからわたし』(ミシマ社)等。翻訳絵本『おかあさんはね』(マイクロマガジン社)は第9回ようちえん絵本大賞を受賞。4月に19編の短篇からなる初の小説集『ぐるり』(筑摩書房)を出版。

インタビューの一覧はこちら

画像2: 道に迷ってもスマホは見ない。作家・高橋久美子が語る、ひとり旅の楽しみ方

PEOPLE(インタビュー連載)

OnTrip JAL 編集部スタッフが、いま話を聞きたいあの人にインタビュー。旅行にまつわるストーリーをお届けします。

掲載の内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。

This article is a sponsored article by
''.