占いを生業とする鏡さんといえば、部屋にこもって執筆をされているインドアなイメージがありますが、実は講演、学会などのため国内はもちろん、海外にも足伸ばし、飛び回る「旅人」でもあるそう。しかし、この新型コロナウイルスはそんな鏡さんの足と翼を止めてしまいました。
「占星術の協会の集まりや取材で海外に出ることも多く、国内もカルチャーセンターや大学の講義で動き回っていたんですよ。月の半分くらいしか東京にいないこともありましたね。今回のことでそういった動きが全て止まりました。6月にはイギリス占星術協会の年次大会に出席する予定で、ツアーまで組んでいたんですが、それもオンラインに切り替わりました。客員教授をしている京都文教大学での講義もオンラインに切り替えています」(鏡リュウジ、以下同)
そうして自宅生活が続く中で、執筆する環境を整えたり、海外の友人とオンラインでやりとりしたりしながら過ごしているのだそうです。
「まずは掃除したり、コーヒーマシンを出してきたりとステイホームの環境を整えるところから始めましたよ。時間ができたから、最初は『これは物凄く本を読んで、執筆もできる!』と思ったんですが、蓋を開けるとそうでもなくて、案外、集中力が続かなかったり。ようやくペースがつかめてきたところです。
イギリスに友人が多いので、『イギリスと日本ってあまりにも意識の違いが大きいよね』とか、そういうやりとりをしています。日本の対応と感染者数の少なさについては皆が不思議がっていて、どうしてなんだろう、といった話をしてますね」
鏡さんの旅のスタイル
そんな鏡リュウジさんにとって、思い出深い旅先と言えばイギリスなのだそうです。
「だいたい年に2、3回は行っているので、向こうに友人がたくさんいるんです。僕の場合、仕事の出張とプライベートの旅行が近いというのもあって、占星術協会の集まりの時に、そのまま何日か過ごすこともあります。
イギリス南東部の小さな海沿いの町に何十年もお世話になっている先生がいて、その方のお宅に滞在するんです。オイスターで有名なウイスタブルのそば、カンタベリーの近くなのですが、とても過ごしやすいんですよ。ロンドンにもたくさん友達が住んでいてなじみのお店があるので、もしかすると実家に行くより頻繁に行っているくらい慣れ親しんだところなんです」
そんな鏡さんの旅のスタイルは、世界中にいる友達に会いに行ってグルメを楽しむというもの。
「これは声を大にして言いたいのですが、イギリスの食事は本当に美味しいので、みなさん先入観を捨ててください!ここ20年くらいでしょうか?劇的にイギリスのグルメは美味しくなりました。食材もいいし、イギリス産のスパークリングワインなんて最高。街もきれいでおしゃれになりましたしね」
鏡さんは、ガイドブックに載っているようなお店ではなく、直感で選んだり、現地のレストランの店員さんに聞いたおすすめのお店を訪れたりすることが多いのだそう。
「ローカルな居酒屋に行ってみて、美味しかった場合、お店の方に『二軒目のおすすめはありますか?』とか、『次の日のランチで行きたいんですけど、どこかないですか?』と聞いてみるのがおすすめです。そうして教えてもらったお店はまずはずれがないですね。
僕はどうやら、お店を直感的に選ぶセンサーがあるらしくて。霊感じゃないんですが。国内なら雑居ビルの入りにくそうなお店でも平気で入っていけるんです。
大阪に行った時の話なのですが…年末年始で割とお店が閉まっているシーズンで、なかなかお店が見つからなかったんです。その時に、自然派ワインの専門店の看板がビルに小さく出ていて。ん?と思って惹かれたので、3階にあるそのお店に勇気を出して入っていったんです。後で地元の方に聞いたところ地元では隠れた名店だったらしく、どうやってここ入ってきたの?なんて聞かれました。とても美味しいお店だったんです」
旅先で人に聞いたり直感で選んだりと、そのときのベストなお店を探してグルメを楽しむ。まさに旅ならではの発見や出会いがありますね。
旅と占いの関係“遠い旅と近い旅”
鏡さんへのインタビューということで、「旅と占い」の関係や、占星術における「旅」、さらにOnTrip JALの旅占いの活用方法などについても聞いてみました。鏡さんは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに、ためになるお話をしてくださいました。
「西洋占星術の長い歴史の中では、旅行というものの意味は変化しています。今で言う『観光旅行』が成立するのは、トーマス・クックの事業からだそうですね。僕らの世代ならトーマス・クック社の赤い時刻表にお世話になった人も多いのでは?
つい最近、19世紀末までは、旅行というのはものすごく危険なことでした。疫病や盗賊に遭うかもしれないというリスクを負って、半分命がけでやっていたものだったんです。それが、交通や宿が整備され皆が同じように安全に体験できるものに変わっていきました」
トーマス・クックは、1851年に世界初の万国博覧会であるロンドン万国博覧会が開催された際に、安価な鉄道や馬車とロンドンの宿泊施設の料金をセットにしたパッケージ旅行を初めて商品化した旅行会社の創業者です。その後もトーマス・クック社はヨーロッパの鉄道の時刻表を出版し、2013年に別会社へ事業を引き継ぐまで100年以上も時刻表を作り続けていました。
すこし年配の方なら、このトーマス・クック時刻表を片手にイギリスやヨーロッパの鉄道旅をしたという経験のある方も多いのではないでしょうか。
この時刻表の登場は、世界の旅行史の中では重要なターニングポイントでした。それ以降「観光旅行」というスタイルが生まれたわけですが、占星術においても「旅」の意味合いが変化してきているのだそうです。
「占星術では、ホロスコープの中に旅行運を占う位置もあります。その旅行運を占う星は、古い時代から『宗教』、『哲学』を見る星と同じなんですよ。これは面白いと思います。
なぜ『旅』と『宗教』、『哲学』が同じなんでしょうか。現代の占星術では精神的に自分を広げるのが『宗教』や『哲学』、外的に自分を広げるのが物理的な『旅』、なんて理屈付けをしていたのですが、なんのことはない、古代社会においては旅といえば『巡礼』だと相場がきまっていたんです。旅はもともと、言葉本来の意味でのスピリチュアルな行為だったわけですね」
つまり、古代の旅行が巡礼や修行といった宗教的行為のことであったため、かつて占いの中での旅行と聖なるものが密接に結びついていたそうなのです。それが、観光が普及した現代では、ストイックな宗教観だけでなく「自分の世界を広げる行為」という解釈ができるようになったのです。さらに占いには「もうひとつの旅」があるといいます。
「占星術では伝統的に『遠い旅』と『近い旅』は違う分類なんです。その『近い旅』は、ホロスコープ上では反対の位置、初等教育とか子どもの時の学習を表現するところにあります」
遠い旅が宗教に対して、近い旅が初等教育というのは、どういう意味なのでしょう。
「僕の考えでは、近い旅というのは言葉が通じる場所での学びであるとか、自分の生活、習慣を変えなくても済むところへの移動のことだと思うんです。だからヨーロッパの人にとって観光や旅行というのは、移動手段を発達させることで自分の生活スタイルを変えなくても済むエリアを広げていく営みだったのかな、と考えるようになりました」
精神性を高める「遠い旅」と、生活スタイルを変えずにコミュニケーションを気楽に楽しむ「近い旅」、前者が現地の異なる生活や世界観に深く触れ合う経験、後者が気軽なツアーやショートトリップのようなものでしょうか。そう考えると、現代でも旅をすることとは、人や状況によっていろんな目的や価値があるものだと気付かされます。OnTrip JALの旅占いではこうした考え方をもとに、旅運を示してくださっています。その中での「旅の価値」について語っていただきました。
「占いという観点でも、やっぱり旅は自分の世界を広げる機会であるということが大切だと考えています。旅って、ちょっとした不便を楽しむことだと思うんです。不便だと感じるということは、自分のルーティーンと違う価値観と強制的に向き合わされているということで、そこに未来につながるきっかけがあるかもしれない。それをエンジョイしてほしいですね」
鏡リュウジプロデュース「占いを楽しむ旅」
さて、占いが好きな方にとっては、占いで示された場所に旅をするという楽しみもありますが、運勢に関係なく占いの文化や歴史を感じる旅も面白そうです。そこで、鏡さんに「占いを楽しむ旅」のおすすめスポットを聞いてみました。
「世界中、ほとんどどこでも占いをテーマにした旅はできますね。ほとんど世界中に占いはありますから。近いところでは香港や台湾では占いがたいへん盛んなんですよ。それから、イタリア・スペインも占いが盛んです」
イタリアやスペインで占いが盛んというのは意外なのではないでしょうか。しかし、ヨーロッパの歴史を考えればどちらも宗教や文明の中で占いは重要な役割を果たしていて、それが現代のカルチャーにも根付いているのだと鏡さんは語ります。
「例えば、10年くらい前かな、スペインで僕が観たのは、通販番組のような感じで1日中タロット占いをやっているテレビチャンネルです。視聴者から電話がかかってきて、その内容をタロットで占う様子を放送しているものです。それからイタリアも占いと魔術が盛んです。魔術をマジアというわけですが、これが盛んなんです。タバッキ、つまりたばこ屋さんでタロットを売っていたりするんですよ。タロットは15世紀のイタリア発祥で、もともとゲーム用として生まれたものだからです。だからトランプのような感覚で売られていたりします」
世界の占いカルチャーを感じる旅は意外な発見があって楽しそうです。さらに、歴史や文化遺産を占星術の視点で楽しむ方法も教えていただきました。
「ヨーロッパで美術館や博物館、歴史的な建造物を観に行けば、どこも占星術的なものだらけですよ(笑)。例えばフィレンツェのサンロレンツォ大聖堂に行くと、旧聖具室の丸天井はプラネタリウムのようになっているのですが、それは、占星術師によってアドバイスされたものだそうです。ある教会では、正義や節制や力…要するにタロットと同じ意味のものがステンドグラスに描かれていたりします。
最初はオカルトっぽいとびっくりしたのですが、そんなことはなくて、古い時代から徳目を擬人化する伝統があって、これがキリスト教にも取り入れられたということなんですね。タロットも同じ伝統から生まれています」
「大英博物館も、僕がガイドしたら丸一日占いや魔術の視点で展示物をご紹介できますよ(笑)例えば、ジョン・ディー博士の魔法道具。ユークリッド幾何学をイギリスに紹介した大数学者ですが、当時の数学者は占星術師でもありました。あのエリザベス女王の戴冠式の日時を決めたのもディーです。ディーは晩年に天使を呼ぶ魔術に凝りはじめるんですが、彼が使ったとされる水晶玉とか、魔法円とかが大英博物館に展示されています…」
占いにまつわる旅について、鏡さんの話は尽きません。ぜひ鏡さんと一緒にヨーロッパの占い旅に行きたいところですが、それが叶わなくても、自分で歴史を調べながらその建造物や博物館の展示に思いを馳せるというのも、旅の楽しさのひとつ。インターネットや本で知った知識は、実際にその目で見て初めて自分の知性や思い出として蓄積されていくのではないでしょうか。思うように旅に出られない今だからこそ、行きたい場所の知識を増やしていくことも、旅を夢見て、のひとつの方法かも知れません。
旅を夢見て、読者に向けてメッセージ
旅と占いの関係、そして占いを楽しむ旅のお話などを語ってくださった鏡さんから、読者のみなさんに向けて前向きなメッセージをいただきました。
「占いと旅といえば、僕たちは『ジャーニー』という言葉をよく使います。例えば、タロットを『愚者の旅』、『フールズジャーニー』なんていいます。タロットの1枚1枚が、フールという無垢な存在、シンプルな存在で、だんだん人生のいろんなステージを経験していくものととらえられているんです。大げさなことを言うと、人生って旅みたいなものだから、ステイホームしても人生という旅は続いてるんじゃないかと思います」
鏡さんが語るように、異なる価値観と向き合うことで、未来へのきっかけを生むのが旅の魅力。人生を旅にたとえるなら、ウイルスという、まさにこれまでのルーティーンを覆す脅威と向き合いながら、新しい未来をつくるきっかけを探していきたいですね。
※クレジットの無い写真はすべて鏡リュウジさん提供
鏡リュウジ
1968年、京都生まれ。心理占星術研究家・翻訳家。心理学的アプローチをまじえた占星術を日本で紹介、占星術の第一人者としての地位を確たるものとし、一般女性誌の占い特集では欠くことのできない存在となる。趣味は料理と古書蒐集。好きなものは赤ワインと肉、イギリス。
インタビューの一覧はこちら
OnTrip JAL 編集部スタッフが、いま話を聞きたいあの人にインタビュー。旅行にまつわるストーリーをお届けします。
掲載の内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。