夏木マリさんは、映画、舞台、テレビで俳優として活躍されているだけでなく、コンセプチュアルアートシアター「印象派」の座長として、世界の演劇祭にも参加しています。さらに途上国への支援活動「One of Loveプロジェクト」の代表を務めるなど、国内外で多彩なご活躍をされています。そんな夏木マリさんに、外出自粛、渡航制限が続く今、改めて旅の魅力について語っていただきました。
阿寒湖の魅力
まずご紹介したいのがこちらの幻想的な写真。これは冬の阿寒湖で撮影したのだそうです。北海道にある阿寒湖アイヌシアター<イコロ>では、昨年から「ロストカムイ」という舞台が上演されているのですが、実は今年4月の上演分から、夏木さんが演出サポートとして参加されています。その経緯についてお伺いしました。
「今年の初め、友人と阿寒湖に旅した際に『ロストカムイ』を観させていただいたんです。その時にスタッフの方を紹介されて。この作品は2019年3月からスタートしていて、1年を経てリニューアルをしたいということだったんです。それで『ああしたら、こうしたら…』って言っていたら、『じゃあマリさん演出してください』ってオファーをいただいてしまいました(笑)」(夏木マリ、以下同)
「印象派」を主宰するなど現代舞踊にも精通する夏木さん。「ロストカムイ」は現代舞踊にアイヌの伝統舞踊をミックスし、さらにデジタルアートを取り入れるという革新的な舞台であったことから、その可能性を感じてオファーを受けたそうです。演出サポートのために何度となく阿寒湖を訪れた夏木さんは、やがてアイヌの歴史や文化にどんどん魅了されていきます。
「私は、アイヌの方々が日本の先住民族だと思っていたんですが、それが法的に認められたのが去年(2019年)だったということを初めて知りました。今年はオリンピックの年、のはずでしたね…。そのオリンピックに向けて日本が多様性を認める社会にどんどん進んでいく中で、足下の日本の先住民であるアイヌのことをもっと知りたいと思いました」
「阿寒湖にはアイヌコタンという集落があって、自然と共存してきた人たちが、とっても虐げられたりしていて…。そういう歴史を正しく理解したり、アイヌの舞踊に込められた想いを現代に引き継いだりしていくことは日本人にとっても大切なことだと思います。ラグビーも、ニュージーランドの選手たちが「ハカ」という先住民族の踊りをして注目されていましたが、日本にも歴史ある文化や踊りがあるということをたくさんの方に知って欲しいですね」
そしてアイヌの歴史や文化だけでなく、初めて訪れたという冬の阿寒湖の大自然に感動されたそう。
「私、冬の阿寒湖って初めてだったんです。見たことありますか?阿寒湖が、厚い氷に覆われていて歩くことができるんですね。湖の周囲には雄大な山脈が連なって、その景色は本当に素晴らしい。圧巻です。ものすごく寒いですけど…(笑)。ここで写真を撮らないわけにはいかない…!と思って同行していたフォトグラファーのHIRO KIMURAさんにお願いしてポートレートを撮影してもらったんです」
それが今回ご紹介した写真だったのですね。夏木さんが演出をサポートした「ロストカムイ」は、残念ながら新型コロナウイルスの影響で今は上演が中止されています(5月8日現在)。コロナ禍が落ち着き、また旅に出られるようになったらぜひ阿寒湖を訪れてほしいと語ります。
「阿寒は、酸素濃度が日本一らしいですよ。スピリチュアルな神社もあって、女子にはすごくおすすめです。『阿寒湖といえばマリモ』と思ってらっしゃる方はぜひ、今の魅力を感じて欲しいです」
夏木マリさんの、旅を夢見る場所
これまで仕事やプライベートでさまざまな国を旅してきた夏木さん。また旅に出られるようになったら行きたい場所について聞きました。
「ひとつは、ドイツですね。今回の騒動で一番印象的だったのがドイツ政府の文化支援の姿勢です。文科相の『アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ』という声明にも感動しました。大変な時に芸術を切り離すのではなくて、むしろ大変な時だからこそ文化や芸術を尊重する。そういう国の人たちにもう一度会いに行きたいって思いましたね」
そして今、一番思い入れがあるのがイギリスのロンドンだそうです。昨年から仕事も兼ねて渡英していた夏木さんは、ロンドンでさまざまな発見をしたそう。
「今年の初めが最後の旅になってしまいましたが、ロンドンに行きました。ロンドンの人たちは思った以上に温かい。ご飯も美味しいし、レストランで働いている人も皆笑顔だし、テキパキ働いている。街の人もみんな優しいんです。これまでの体験と全然、違いました」
「アビーロードスタジオで、私がプロデュースする2020(ドゥゼロドゥゼロ)の作品をマスタリング(音質、音圧調整)したんですね。ビートルズのゆかりの場所で有名な観光地ですが、仕事では初めて行ったんです。実際スタジオで作業をしてみると全然音圧が違うんですね。全部の音がちゃんと耳に入ってくる感覚があるというか。今度は私のアルバムづくりの時にレコーディングしたいです」
ロンドンでは仕事の合間を縫って街歩きを楽しんだという夏木さん。ご自身のInstagramでも当時の様子をアップしています。
ドイツ、ロンドン…。夏木さんの「旅を夢見て」話はつきません。
「それからノヴさん(夫であり世界的に著名なパーカッショニスト)が今年、70歳でデビュー50周年なんです。それで、実現するかわからないけれど、ノヴさんの記念ライブをニューヨークで企画しているところです。もし終息したら、実行してあげたい。あと、エチオピアの子どもたちも気になるし…(※夏木さんは発展途上国の子どもたちに未来の仕事を贈る慈善活動『One of Loveプロジェクト』を主催している)、行きたいところがつきないですね」
改めて想う、旅のすばらしさ
「旅って、自分で作るもの。旅行っていうのは目的地があるから、「旅行に行くよ」って言われたら「どこ行くの?」ですが、「旅に出てくるわ」って言うと「どんな旅?」って話になります。そこが違うんです。旅は目的地に行くことではなくて、予定を立てる時から既に始まっていて、その予定や予想を裏切る色々な発見があって、人生と同じようなものですね。行動することによって自分が成熟していくものなんです。そういう刺激が欲しいから、私は旅が大好きなんです」
予想やイメージとの違い、発見を楽しむのが旅の魅力という夏木さんですが、実は、かつてはかなり綿密に計画を立てていたそうです。
「昔は、旅に行く前にはすごく計画を立てていました。家に黒電話があったんですけど、電話を横に置いていろんなところに確認して、きっちり計画立てて…。もう「歩く旅行代理店」と呼ばれてました (笑)。一緒に行った友達から「5分刻みとか、やめて!」って怒られたり…」
「そのぐらいきっちり計画しても思い通りには行かないし、今は「旅は、あきらめることも重要」って思っています。十分に用意できるものでもあるけれど、あれもしたいこれもしたい、って思っても、限られた時間の中では全てはできないわけで。人生と一緒ですね。旅支度って、いろんなものを捨ててくことが、何よりも重要な気がするんです。一つの旅で、成長できるし、大人になっていく。そんな旅をまたしたいですね」
旅は支度をする時から始まり、計画を立てる中で何を残して何を捨てるかを考える。そして現地に足を運ぶことで、そのイメージを超える発見を楽しむ。夏木さんの語るように、今、自宅にいながら旅を夢見れば、もう未来の旅が始まっているのかもしれませんね。
夏木マリ(なつき・まり)
73年デビュー。80年代から演劇にも活動の場を広げ、芸術選奨文部大臣新人賞などを受賞。93年からコンセプチュアルアートシアター「印象派」でエディンバラ、アヴィニヨンなどの演劇祭に参加。09年パフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)を立上げ主宰。ワークショップを通じて後進の指導にも力を入れ、その功績に対しモンブラン国際文化賞を受章。近年、音楽活動ではジャジーでスタイリッシュなステージを「MARI de MODE」と題し、Blue Note TOKYO Liveは好評を博している。また、新人アーティスト2020(ドゥゼロドゥゼロ)のプロデュースという新しいアプローチも積極的に展開。俳優としては、多数の舞台・映画・ドラマに参加し、数々の賞を受賞。その他、途上国への支援活動「One of Loveプロジェクト」の代表を務めるなど、多岐にわたる活動を精力的に続けている。
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