世界中を旅しながら撮影を続けてきた藤代冥砂さんは、2011年沖縄へと移り住み、その自然の豊かな色彩に魅了された。そんな彼は2016年、沖縄の風景を捉えた写真集『あおあお』(赤々舎)を出版し、以降も沖縄と東京を行き来しながら撮影を続けている。沖縄県北部・ヤンバル地域には亜熱帯の気候のもとに育まれた緑が広がっている。内陸では見ることのできない植物たちが力強く空へと向かって伸び、生命力に満ちた空気が漂うこの地は、沖縄でも屈指のパワースポットだ。藤代さんはこの地で、ヤンバルにのみ生息するといわれる天然記念物「ヤンバルクイナ」と出会う。人々の手が入っていない大自然のなかで、彼が見つめた沖縄の魅力とは?
連載第1回「沖縄のあお」、第3回「沖縄のしろ」もあわせてお楽しみください。
文・写真/藤代冥砂

ヤンバルの深い「みどり」のなかへ

沖縄本島の北部地方はヤンバルと呼ばれ、漢字では山原と書く。どこから以北がヤンバルかは諸説あるが、僕の個人的なイメージからすると、それは名護より北の地域である。沖縄自動車道を北上していくと、名護のちょっと手前にある許田(きょだ)を終点としているので、高速を降りたらそこからがヤンバルとみなしてもいい。

美ら海水族館がある本部(ほんべ)はもちろんヤンバルに属する。沖縄本島を訪れたことがあれば、ジンベエザメの泳ぐ大水槽を覚えている方も多いと思う。あの水族館周辺はすでにヤンバルである。

さらに島の西側の海沿いを北へと車を走らせれば、今帰仁(なきじん)や大宜味(おおぎみ)に入っていくことになる。ここらからはさらに手付かずの自然を近くに感じられるヤンバルの気配がぐっと増していく。海はいよいよ青さを淡く深め、緑は燃えるように空へと伸びる。

画像: ヤンバルの深い「みどり」のなかへ

沖縄に移住した6年前の僕は、やったことのないことをしたいという単純な好奇心に押されて、半ば本気で自給自足の足場をヤンバルに求め、友人たちと共同生活をする土地を探すために、何度も繰り返しヤンバルを訪れたものだった。結局、自給自足にも、ヤンバルにも縁を結べなかったのだが、左手に東シナ海を置いてハンドルを握って北上すれば、いつでもあの時の心の揺れを思い出してしまう。

「みどり」が人の心にもたらす効用

定住向きではない僕は家族を伴って、東京から葉山へ、葉山から沖縄へと移住した。そして沖縄の中でも、自然がより濃く残っているヤンバルへと、あの時の僕たちは流されるままに流されていた。何かを求めてというような意思というよりも、何も求めていない者の浮力がそうさせたのかもしれない。

それは決して我が道を悠然と行くような心持ちではなくて、誰もが行っていない道を行く不安が大きかった。そんな僕の心を慰めてくれたのが、沖縄の「あお」であり、そして「みどり」なのだった。

画像1: 「みどり」が人の心にもたらす効用

僕たちは自給自足をするために農作業ができる大きな土地を求めようと考えていた。業者に案内された山の斜面を眺め、上下水道もガスも電気も通っていない土地に佇んでは、希望と不安とが混ぜこぜになった感情に吹き飛ばされそうだった。そういう時、みどりの美しさがいつだって僕を平静の状態にとどまらせてくれた。

もともとみどり色には、心を落ち着かせる効果があるが、沖縄のヤンバルのそれには、燃えるような力強さがあって、山に入り、そのみどりの渦中に身をおけば、自らが草木の一部となって命を燃やしているかのように感じられる。バナナやヒカゲヘゴなどの南洋の植物たちの形は、地上の天国に添えられた神様の手さばきのようで、眺めているとため息しか出てこない。

画像2: 「みどり」が人の心にもたらす効用

ヤンバルクイナとの出会い

沖縄本島を大宜味から東の方角へと横断していけば、パイナップルの産地として有名な東村に入り、やがて太平洋へと突き当たる。さらにその海を今度は右手に見ながら北上すれば、ヤンバルクイナに注意とかかれた看板が頻出することになる。

息子と二人でヤンバルの海辺でキャンプを何度かしたが、そのたびにこの国の天然記念物であるヤンバルクイナを目撃したものだ。自然保護のために場所は明示できないが、朝夕のだいたい決まった時間にそこに行けば、鶏ほどの大きさのクイナと出くわすことが多い。

それほど人間を恐れていないようなので、遠くから目撃するチャンスは多いだろう。そのヤンバルクイナがすっと消え去る先には、大きなみどりの世界が広がっている。帰る先がみどりだなんて、なんて素敵だろう。みどりより出てのち、みどりに帰る。せめて心だけでも日々そうありたいと、ヤンバルクイナに習う気持ちになる。

画像1: ヤンバルクイナとの出会い

最近のニュースによれば、このヤンバルクイナの生息数が激減しているという。原因は野犬だと報告されている。こういう時に生態系のバランスが語られることが多いが、野犬は自然発生するわけではない。

ヤンバルなど、住む人の比較的少ない地域は時として不要とされた犬猫の捨て場となってしまう。人が放棄した犬が野犬化し、人が天然記念物として保護しようとしているヤンバルクイナを殺傷してしまう。何かと何かは、途中で多くの事物を交えながら常に繋がっていることを実感する例だ。

画像2: ヤンバルクイナとの出会い

沖縄には美しいみどりがある。そのみどりを守るには、みどりのそばだけでなく、遠く離れた個人の家の中、暮らしも大きく関係しているという想像力を保ちたい。
みどりの奥には、さらにみどりがある。そういう大きくて深い自然にいつまでも魅了されていたい。

藤代冥砂(ふじしろ・めいさ)

1967年千葉県生まれ。女性、聖地、旅、自然をメインに、エンターテイメントとアート横断した作品を発表。写真集に『RIDE RIDE RIDE』(スイッチ・パブリッシング)、妻の田辺あゆみを撮った『もう、家に帰ろう』(ロッキング・オン)、など多数。「新潮ムック 月刊シリーズ」(新潮社)で第34回講談社出版文化賞写真部門受賞。小説家として『誰も死なない恋愛小説』(幻冬舎)、『ドライブ』(宝島社)などを発表し、近年は詩作にも取り組んでいる。

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