近年、人気の観光地としてますます注目を集める石川県。このエリアがいま、国内でも有数のアート・建築めぐりのメッカとなっているのをご存知でしょうか? もともと漆をはじめとする工芸の地として有名な石川ですが、21世紀に突入したころから、その先進性を加速。大小のアートスポットや、ゆかりの建築家による新施設が続々誕生するなど、他県にはない独自の磁力を発生させています。今回は、金沢市街の中心に建つ美術館、市場のなかに生まれたギャラリー、自然溢れる奥能登半島のアートフェスティバルなど、さまざまなロケーションで楽しむ芸術の旅へとご案内します。
文:杉原環樹

金沢21世紀美術館: 年間250万人以上が訪れる、金沢を代表する美術館

画像: 撮影 / 中道淳(ナカサアンドパートナーズ) 提供 / 金沢21世紀美術館

撮影 / 中道淳(ナカサアンドパートナーズ) 提供 / 金沢21世紀美術館

金沢のアートシーンを語るうえで欠かせない人気美術館。2004年、金沢のまちの中心地に、建築家ユニット・SANAAの設計により誕生しました。展示企画室があるガラス張りの建築を、まちとゆるやかにつながった広場が囲います。

美術館には無料で楽しめる交流スペースや、屋外の常設展示作品も多く設けられています。広くまちへと開かれたその美術館のあり方は、その後、日本各地の美術館にも影響を与えました。建物の中心に展示されたアルゼンチン出身の現代アーティスト、レアンドロ・エルリッヒによる常設作品『スイミング・プール』は、老若男女からの人気を集める館の代名詞です。

画像: レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》2004年 金沢21世紀美術館蔵 撮影:中道淳 / サアンドパートナーズ 写真提供:金沢21世紀美術館

レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》2004年 金沢21世紀美術館蔵
撮影:中道淳 / サアンドパートナーズ 写真提供:金沢21世紀美術館

一方の有料展示室では、国内外の有名アーティストの個展、また、時代の感性を切り取る企画展の数々が行われてきました。近年では、2018年1月8日まで開催中の『コレクション展2 死なない命』のようなバイオテクノロジーに着目したものや、工芸の街らしく、デザイン関係の展覧会が多く行われていることも特徴的。敷居が高い表現の世界への門戸を広げる、金沢アートスポットめぐりの出発点にふさわしい美術館です。

金沢21世紀美術館
営業時間10:00~18:00(金曜、土曜は20:00まで)
定休日月曜(ただし休日の場合は開館、翌平日が休館)
住所石川県金沢市広坂1-2-1
webhttps://www.kanazawa21.jp/

鈴木大拙館: 建築家・谷口吉生による設計に注目。静寂のなかに身を置いて、「禅」の思想を体感する

画像: 鈴木大拙館 思索空間と水鏡の庭

鈴木大拙館 思索空間と水鏡の庭

金沢21世紀美術館から徒歩圏内の高台のふもとに、2011年に開館。以後、国内外からの来客が後を絶たないいま話題のスポットです。鈴木大拙(1870~1966)は、禅や日本文化をいち早く海外に向けて紹介した金沢生まれの仏教哲学者。20世紀半ばに活躍したアメリカのビートニク(※)や実験的な作風で知られる音楽家のジョン・ケージなど、多くの文化人に影響を与えたことで知られています。

※ウィリアム・バロウズやアレン・ギンスバーグをはじめとする作家 / 詩人のグループ、そのムーブメントの総称

同館の優れた特徴は、展示品の数を厳選することで美しい建築を際立たせ、その空間がもたらす体験を通して「禅」の思想に触れられること。設計はニューヨーク近代美術館の新館を手がけた建築家、谷口吉生によるものです。展示室に続く長い回廊や、驚くべき静謐さを讃えた「水鏡の庭」での経験は、あなたをいっときの思索の旅へと誘うでしょう。

画像: 外部回廊と水鏡の庭・石積み

外部回廊と水鏡の庭・石積み

この建物に興味を持ったなら、ほかにも訪れるべき場所があります。じつは谷口吉生の父、谷口吉郎は金沢出身の建築家。この縁から、近辺には親子が手がけた建築が多く存在するのです。親子の共作「金沢市立玉川図書館」や、折り鶴の照明が印象的な「金沢市西町教育研修館」、また、吉郎の生家跡には建築博物館も誕生する予定。金沢のまちをめぐって、谷口建築の世界をより深くのぞきましょう。

鈴木大拙館
営業時間9:30~17:00
定休日月曜日(ただし休日の場合は開館、翌平日が休館)
住所石川県金沢市本多町3-4-20
webhttp://www.kanazawa-museum.jp/daisetz/index.html

金沢アートグミ、HAAG、SLANT: 金沢21世紀美術館近くの個性あふれるギャラリー

金沢のまちには、新しいギャラリーも続々と誕生しています。いずれも金沢21世紀美術館周辺から自転車や徒歩で回れる範囲に位置しているので、まちの探索を楽しみながらめぐることをおすすめします。

「金沢アートグミ」は観光客で賑わう近江町市場の一角、日本近代建築の巨匠、村野藤吾が手がけた北國銀行武蔵ヶ辻支店の三階にあります。壁に金庫扉を擁した広い空間では、北陸の若手アーティストを紹介する展示や、市民とアートをつなぐイベントが連日開催されています。

画像: 金沢アートグミ

金沢アートグミ

金沢アートグミ
営業時間10:00~18:00
定休日水曜日(ただし休日の場合は開館、翌平日が休館)
住所石川県金沢市青草町88 北國銀行武蔵ヶ辻支店3階
webhttp://gallery.artgummi.com/

同じく観光地のひがし茶屋街に位置するのは、築100年以上の町家を利用したギャラリー「HAAG」。この場所では、趣ある二階建ての空間と、金沢美術工芸大学の学生や卒業生らによる作品との融合が楽しめます。

そして、金沢21世紀美術館のすぐ隣にある「SLANT」は、打ちっ放しのコンクリート空間に国内外の気鋭の作家たちの作品が並ぶギャラリーです。現代写真に力を入れたスペースとしては金沢でも随一の存在感。

画像: SLANT

SLANT

HAAG
営業時間展覧会によって異なる
定休日日曜、火曜、木曜、土曜日
住所石川県金沢市東山1-12-4
webhttp://haagkanazawa.wixsite.com/haag
SLANT
営業時間12:00~20:00
定休日展覧会によって異なる
住所石川県金沢市広坂1-2-32 2F
webhttp://slant.jp/#1

よりディープな創作の現場を目撃したければ、観光地から少し離れた石引商店街にある「芸宿」へ向かいましょう。金沢美術工芸大学の生徒らが立ち上げたこのスペースは、ときに展示空間として開放される、住人作家たちの住居兼スタジオ。全国の新進アーティストたちの隠れた実験場となっている芸宿では、彼らのリアルな制作現場を間近で感じることができるはずです。

芸宿
営業時間展覧会によって異なる
定休日展覧会によって異なる
住所石川県金沢市石引1-16-28
その他・備考芸宿はあくまでも住居のため、展覧会開催中以外はご入場いただけません。詳細は公式Facebookページをご確認ください
SNShttps://www.facebook.com/geshuku/

奥能登国際芸術祭: 2017年に誕生した「さいはての地」のアートフェスティバル

画像: 珠洲海道五十三次 写真:中乃波木

珠洲海道五十三次 写真:中乃波木

最後に、2017年より始まった『奥能登国際芸術祭』をご紹介します。舞台は、金沢市内から車で2時間ほどかかる能登半島の突端のまち、珠洲市。日本海に突き出したこの「北陸さいはての地」は、かつて海の交通の要所として栄えた歴史を持つ、大陸と国内の異文化が混じりあう賑やかな土地でした。

しかし、近代化の煽りを受けてまちは衰退。そんな、豊かな自然と文化の盛衰の歴史をあわせ持つ土地で行われるのが『奥能登国際芸術祭』です。総合ディレクターを務めるのは、国際的にも評価の高い『瀬戸内国際芸術祭』の立役者、北川フラム氏。11の国と地域から39組のアーティストが参加し、作品を通して奥能登に眠る物語と出会うことができます。

画像: Something Else is Possible/なにか他にできる 写真:中乃波木

Something Else is Possible/なにか他にできる 写真:中乃波木

奥能登には、地域の外からやって来た人やものを大切にする文化があります。半島の沿岸部には、漂流物や「伝承」をモチーフに、海と深い関係を築いてきたこの土地ならではの作品が点在。一方、珠洲市街地では、廃線になった鉄道の旧駅舎や元遊郭などの特徴的な建物を活かした作品が、まちに生きた人々の思いを訪問客に伝えてくれます。

画像: 魚話 写真:中乃波木

魚話 写真:中乃波木

2017年の会期はすでに折り返しを過ぎましたが、周辺エリアに足を運ぶ予定のある方はぜひ立ち寄ってみてください。金沢のアートスポットと合わせて訪れることで、このエリアの抱える歴史や、そこから生まれる磁力をより実感できるでしょう。

『奥能登国際芸術祭』
住所石川県珠洲市全域
webhttp://oku-noto.jp/

伝統工芸が盛んで、長く新しい文化の受け入れが苦手だったという金沢。しかし、金沢21世紀美術館の開館をひとつの契機に、新風が吹きはじめました。コンパクトなまちのなかでは新旧の表現者たちが盛んに交流し、地元発のアートや建築の魅力を発信しています。そして新たに「さいはての芸術祭」も加わったいま、金沢、奥能登の文化をめぐって旅することは、東京や関西だけではない日本の土地から生まれる芸術の可能性に触れることでもあるのです。

杉原環樹

ライター。1984年東京生まれ。出版社勤務を経て、現在は美術系雑誌や書籍を中心に、記事構成・インタビュー・執筆を行う。主な媒体に「美術手帖」「CINRA.NET」「プレジデント」「朝日新聞デジタル&w」など。構成を担当した書籍に、トリスタン・ブルネ著『水曜日のアニメが待ち遠しい:フランス人から見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす』。一部構成として関わった書籍に、Chim↑Pom著『都市は人なり— 「Sukurappu ando Birudoプロジェクト」全記録』、筧菜奈子著『めくるめく現代アート イラストで楽しむ世界の作家とキーワード』など。

http://tmksghr.tumblr.com

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※2019年9月6日に一部内容を更新しました。

掲載の内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。

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