小学生から食日記をつけ続け、大学在学中に開設した食にまつわる日常を綴るブログが話題となり文筆活動をスタートさせた、フードエッセイストの平野紗季子さん。執筆活動以外にも菓子ブランド「(NO) RAISIN SANDWICH」のプロデュースや、「JAPAN PODCAST AWARDS 2020」大賞にも輝いたPodcast『味な副音声~voice of food~』のメインパーソナリティなど、食文化を豊かにするさまざまな活動を行っています。

その土地ならではの食を体験することが平野さんの生き甲斐。「食べてみたい!」と心惹かれた食が待つ場所へと足を運びます。 平野さんにとって、旅先だからこそ食べる特別な食事が「朝ごはん」。普段は夜型という平野さんですが、旅先では朝ごはんのために意を決して早起きするのだそう。 平野さんがまた食べたい「旅の朝ごはん」の思い出のひとつひとつは、非日常の楽しみ方のお手本のよう。それはまさに、旅の醍醐味です。この先、旅に出やすくなったときの「旅の朝ごはん」が待ち遠しくなるようなエピソードの数々を、ご紹介していきましょう。

画像1: フードエッセイスト・平野紗季子の「また食べたい、旅の朝ごはん」

文:沖 さやこ

食は、その土地と切っても切れない関係にある

まずは、平野さんの旅のスタイルに迫ります。

「緊張しないと旅じゃない」。平野さんは著書『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』(マガジンハウス刊)のハワイの章に、このようなタイトルをつけました。旅と遠出の違いを決定づけるのは、緊張という名の高揚だと語ります。

「緊張というとネガティブなイメージがあるかもしれませんが、ある種の興奮状態でもありますよね。見たことのない場所に行くことは、精神的な負荷が掛かるいっぽうで、とてもわくわくすること。ある程度の負荷をかけて、日常の自分を超えていくのは、旅ならではの感覚ですよね」

バンコク、ラオス、スリランカ、香港、ハワイ、イギリス、フランス、デンマーク……。平野さんの著書や連載には、日本国内だけでなく異国でのエピソードも数多く紹介されています。その旅の理由のほとんどが“食のため”。日常的に食のアンテナを広げていることで、レストランや市場、生産者の活動拠点といった目的地が増え、そこから旅の行程が作られていくのだそうです。

「北欧のレストランの予約が半年後に取れたから、それを中心に予定を組むといったように、その場所でしか食べられないものがある場所へと行きたくなりますね。その土地の気候がもたらした食材、その風土や文化や歴史から生まれた料理、その国でレストランを開く料理人の思想……それらを求めることに、地球の反対側まで行く価値があると思っています」

発信するフードエッセイには、食の味わいだけでなく、そこで見た風景や人、街について語られています。それは食や飲食店が、その土地ありきで生まれているものであり、切っても切れない関係にあるという考えに基づくものでした。

「レストランに行けばどんなレストランなのかはわかるけれど、そこから『なぜこのお店はここで生まれたんだろう?』という背景まで気になるタイプなんです。周辺を歩くことで『こういう土地柄だからこういうお店が必要とされて、長く存在しているんだな』と気づかされることが多くて。ただ美味しいものを食べたいなら、遠くに行く必要はないと思うんですよね」

食という「点」に、街や人といった要素を加え、「面」で楽しむ。平野さんが「食体験」という言葉を使う理由にもつながってきます。食においては美味しさが重要な価値であるいっぽう、食体験は食という主人公を取り囲んだ物語を楽しむことで、価値が生まれるのが特徴です。

「大人気のお店や高級店に行くことも価値のある行為かもしれないけれど、まったくその逆で、たまたま歩いていて通りすがったお店に自分の直感だけで入ってみたりするのも、とても贅沢な行為だなぁと思います。それがいいお店だったりしたら尚更です。そうやっていろんな体験を通して感情を揺さぶられたい欲望があるから、『営業してるのかな?』と思うような怪しいバーに突入したりもするし(笑)、塩対応の店主に冷たくあしらわれながらラーメンを食べたりするのもいい思い出。ファミレスに行って、新人の店員さんのミスで頼んだものと違う料理が出てきても『ああ、いい体験させてもらいました』と思うんですよね」

観光客向けにお膳立てされた場所では感じられない、現地の空気

朝食で有名なメキシコシティの食堂・フォンダマルガリータでも、旅ならではの高揚感を体験。ビビッドピンクの壁の店内には、相席で利用する長テーブルが並び、多くの利用客だけでなく、ギターを弾いて歌う男性もいるなど、現地の人々で大賑わいしていました。

ゆえに店内は英語がまったく通じず、メニューの内容もわからない。そんなピンチともいえる状況に手を差し伸べてくれたのは、向かいに座っていたお客さんでした。その人物はほんの少しだけ日本語の話せる現地の方だったとのことで、彼のアシストのおかげで豆料理やスープを楽しむことができたそう。果敢に飛び込んでいったからこその貴重な経験です。

「危険な場所に行ったり、現地の方に迷惑をかけるようなことはすべきではないと思いますが、だからと言って観光客向けにお膳立てされたお店にばかり足を運ぶのもなんだか味気ないですよね。滞在中の短い時間であったとしても、出来る限りその街や人、文化や歴史について理解することができるような食の場に足を運びたいんです」

旅に出る前、その土地の歴史や文化に関する書物を読むことで、現地でより感度が上がり、理解を深めることができます。

「目の前の景色と事前に学んだ知識がつながっていくと、より深くその土地について理解することもできます。料理にしてもそうで、自分の味覚と相容れない料理と出会ったとしても、単純に“口に合わない”で終わらずにまた違った味わいを知ることもできます」

旅先の朝ごはんは、特別なもの

Podcast『味な副音声~voice of food~』の冒頭で「365日食べ物のことしか考えていない食のしもべ」と自己紹介する平野さんですが、夜型生活のため朝起きるのが大の苦手。普段起きるのはモーニングタイムが終わっている時間帯で、実は朝ごはんは日常生活ではかなりレアな存在なのだとか。だからこそ朝ごはんは、旅先で意を決して起床して食べる、特別なものだそうです。

そこで、これまでに食べてきた旅先の朝ごはんの中で、平野さんの印象に残っている「また食べたい、旅の朝ごはん」を教えてもらいました。

「台湾は朝ごはん文化が盛んで、出勤前に屋台や食堂でさくっとごはんを食べていくんですよね。ラフなサンダルとワンピースで出掛けて、豆漿(トウジャン。豆乳を使用した、台湾の朝ごはんの定番)に揚げパンを浸しながら食べていると、お店のなかに朝日が射し込んできて……。手元にある食べ物、あの光のあたたかさ、風の柔らかさ、食堂に響き渡る音――全部含めて、現実世界にこんなにも天国みたいな場所があるんだなと思ったんです。その場所にしかない楽園を感じられるのが、わたしにとっての『また食べたい、旅の朝ごはん』ですね」

ストックホルムにあるベーカリー・ペトリュスで食べた、焼きたてのカルダモンロールも、記憶に強く残っている朝ごはんのひとつ。カルダモンロールとは、スパイスの女王と称されるカルダモンを練り込んだ、スウェーデンでは非常にポピュラーな菓子パンです。さまざまなお店のカルダモンロールを食べ歩いていた平野さんに、現地在住の友人がペトリュスを薦めてきたことが、ストックホルムへの旅のきっかけでした。

画像: 旅先の朝ごはんは、特別なもの

「気品のある鮮やかなカルダモンの香り、焦げた砂糖と香ばしいバター、天然酵母で作られたやわらかい生地……とっても美味しかったです。北欧は冬の日照時間が短いから、まだ真っ暗ななかにそのパン屋さんだけ明かりがついていて、その前にずらっとお客さんが並んでいて。開店するや否や、市場みたいに、飛ぶようにパンが売れてました(笑)。街の人の胃袋を支えているお店であることを目の当たりにしましたね」

豊かな食体験は、矛盾のない空間で生まれる

海外だけでなく、もちろん国内旅行先でも食体験を堪能している平野さん。これまでで印象的だったのは、軽井沢の森のなかにあるピザ屋で食べたブランチでした。

「森のなかを歩いていると、唐突に木の小屋が現れて。そこですごくかっこいい女性がひとりでピザを焼いているんです。お店の外にテーブル席が1つだけあって、森に囲まれながら彼女の焼いたピザを食べて……とっても幸せでしたね。軽井沢は松が多い場所らしく、車で走っていると青く澄んだ松の香りがするんです。その香りと、ピザの焼ける香ばしい香りの相性がすごく良くて。その土地の空気や風、匂いとともに味わうことで、より一層奮う味だなあと思いました。あのピザはわたしにとっての軽井沢の味ですね(笑)」

豊かな食体験が送れる場所は、物語に矛盾が生じていない。平野さんはそう語ります。

「大切なのはおいしいかどうかではなく、その食体験に矛盾がないか、ということだと思うんです。例えば、ちょっと寂れた食堂で腰の曲がったおばあちゃんが心をこめて出してくれたナスの煮びたしは、とびきり美味しいものでなかったとしても、なんだかいいものを頂いたんだなあという感動が残る。でも、まったく同じものが、スーパーでプラスチックの総菜パックに入っていたらきっと何も思わない。私たちはものを食べているだけではなくて、そこに流れる物語まで含めて味わっているんだと思うんです。その物語にほころびや矛盾のない体験は、本当に特別で、心に残るんですよね」

矛盾がないということは、嘘や無理のない、素直な空間とも言い換えられます。平野さんは裏表のない空間に惹かれるのかもしれません。

Podcast『味な副音声~voice of food~』に登場するゲストも、矛盾のない食体験を提供する専門家や生産者、飲食店の店長たち。食への喜びと感動に満ちた対談は、リスナーを無意識のうちに食体験の道へといざないます。

「大好きな人たちと対談したり、印象的だった食体験を話したり……今まではそれを文章でやってきたんですよね。でも音声メディアは、語り手の言葉選びや話し方から、その人が纏う空気感を伝えられる良さがあるなと思います。みなさんいい意味でだいぶ変わり者なので、それが伝わっているんじゃないかな(笑)」

都市には多くの飲食店が存在しますが、面白い場所や素敵な空間は都市以外の場所にも存在し、すべての街にその街ならではの趣があります。同じ街も、天気や季節が変われば違う表情を見せるでしょう。

「軽井沢のピザ屋さんでの食体験も、晴れている日だったから味わうことができたことなので、その場所へ行ったら必ずその体験があるわけではなくて。奇跡が重なったから出会えたんですよね。食を通して『生きてて良かった!』と思うような運命的な瞬間に出会うことができたら、それ以上幸せなことはないですよね」

すべての街は面白い――平野さんは今後もそのモットーを胸に、さまざまな土地を旅して食体験を重ねていくのでしょう。毎日の朝ごはんにさほどこだわりがないという方でも、旅先こそ朝ごはんを意識的に選べば、新鮮な気持ちで1日をスタートできるはずです。また安心して旅に出られるようになったら、朝ごはんを起点とした旅を計画するのもいいかもしれません。

画像: Hanako BOOKS ©マガジンハウス

Hanako BOOKS ©マガジンハウス

平野紗季子(ひらの・さきこ)
1991年、福岡県生まれ。フードエッセイストとして雑誌等での執筆活動のほか、イベントの企画、お菓子ブランドの開発、テレビ番組への出演等、精力的に食にまつわる発信・企画を行っている。
Hanako(マガジンハウス)で連載されたエッセイをまとめた『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』では、多様な56の街で出合った味を本人の写真と文字で綴っている。隔週月曜日にはSPINEARにてPodcast『味な副音声 ~voice of food~』を配信中。

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画像14: フードエッセイスト・平野紗季子の「また食べたい、旅の朝ごはん」

PEOPLE(インタビュー連載)

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