建築家・田根剛。2005年に行われた「エストニア国立博物館」の国際設計コンペティションにおいて若干26歳という若さで最優秀賞を授賞し、国際的な注目を浴びた。同博物館は2016年10月1日にオープン。また、日本の新国立競技場のコンペティションにおいて「古墳スタジアム」の設計案が大きな話題を呼んだことも記憶に新しい。現在、田根はパリを拠点に世界中のクライアントからの要望に応えるため世界中を飛び回っている。建築家の仕事は単に構造物を設計することではなく、その土地に刻まれた文化や歴史を掘り起こすことからはじまると彼は語る。建築家・田根剛が旅先でその土地を見つめる眼差し、そして旅をすることの魅力とは?

「旅をすることも建築家の仕事のひとつですからね」

OnTrip JAL編集部(以下、JAL):田根さんは2017年より建築設計事務所Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを主宰し、パリを拠点に活動されています。世界中でプロジェクトを抱えていらっしゃるとお聞きしましたが、旅行へもよく行かれるのでしょうか?

田根剛氏(以下、田根):正直なところ、最近は仕事が立て込んでいて個人旅行はあまり行けてないんですよね(笑)。ただ建築の仕事をしていると、プロジェクトさえあれば行ったことのないさまざまな国や土地を訪れることになります。仕事の出張中などに、時間をつくってその土地をまわることが多いですね。

画像: 田根剛氏

田根剛氏

JAL:仕事と旅行の時間がはっきりと分かれていないということですね。

田根:そうですね。ただ旅行でも仕事でも、ぼく自身の過ごし方はあまり変わらないです。というのも、建築家にとっては旅をするのは仕事のひとつでもあると思っているので。

JAL:旅も仕事のうち……ですか?

田根:もちろん、打ち合わせや実務のあるなしの違いはありますが、それ以外の時間の過ごし方は共通しているんですよ。歩いて、その土地や人々のことを見て、文化や歴史を知っていく。旅行でも仕事のリサーチでも、かなりの時間を歩いているのではないでしょうか。

JAL:土地の魅力を発見することは仕事、旅行に関わらず通じたテーマなんですね。どのような点に着目して街を眺めるのでしょうか?

田根:歩きながら、建築やランドスケープ(景観)を眺めますね。あとは気候や風土によって木々や植物も大きく異なりますので、そこも風土の違いを感じるポイントです。あと、なによりも人。その国に住む人々が、どのような起源で、どこからきたのか。現在の街のなかでどのような混ざり方をしているのかというのは、自然と考えてしまいます。

JAL:建築家が行うリサーチというと、建築を中心に行なっているという印象だったのですが、そのほかのことにも目を向けるのですね。

田根:もちろん建築にも目を向けますよ。それこそ学生時代の頃にスペイン、イタリア、フランスを1か月かけて回ったときはヨーロッパの有名な現代建築をいかに、多く訪れられるかという風に巡っていました。ただ、いまはそんな風に一度にあちこちに行ったりはしないですね。

JAL:どのように変化したのでしょう。

田根:量よりも、ゆっくり見て歩くように変化してきましたね、歳をとったのかなと思いますけど(笑)。でも学生時代の頃のように、建築単体で見たものって、あんまり記憶に残ってないんですよね。それよりも地形やランドスケープ、建物をつなぐ「記憶」にあるものやそこで暮らしている人々の姿からわかることのほうが多い。なるべく全体を捉えるように意識が向いていますね。

旅を楽しむ最大のポイントは「偶然を楽しむこと」

JAL:旅行に行くときは、行き先をどうやって決めているのでしょうか?

田根:行き先は直感で決めることが多いです。一昨年はアイスランドに行ったんですが、あそこは地球とは思えない別の惑星ような場所でした。植林をしてはいるものの、基本的には溶岩の真っ黒な大地に苔が生えているぐらいで、土も木もない大地なんですよ。いわば「生命のない大地」。

そこに降り立って、「生きているってどういうことだろう?」と一人で考えながら歩きましたね。といっても、ブルーラグーンという温泉へ向かうツアーが満員で参加できず、たまたま見つけた火山口のなかを歩くというツアーに参加したときに、ふっと「生命」について立ち返りました。

JAL:あまり計画は立てずに、行った先で過ごし方を決めるのでしょうか。

田根:旅先ではトラブルもあるので、計画は1日にひとつくらいを決めて、後は偶然に任せてしまいます。その瞬間を最大限に楽しめるようにね。現地の人におすすめの場所を聞いて、行き当たりばったりを楽しんでみたりとか。こういった経験を繰り返すことで、トラブルがトラブルでなくなるので(笑)。そんな過ごし方をしているので、バッグ1つで身軽に旅行にふらっと行っちゃいますね。

画像: 日常使いにも、旅行用にも、4年以上愛用しているというトートバッグ。

日常使いにも、旅行用にも、4年以上愛用しているというトートバッグ。

JAL:旅先では偶然の出会いを楽しむということですね。

田根:そもそも、パリに拠点を置いたのも偶然なので。もともとぼくは北欧やロンドンに住んでいましたが、2005年に「エストニア国立博物館」のコンペティションに一緒に参加したメンバーの2人の元パートナーがパリ在住だったんですよ。拠点をどこにするかって話し合ったときに、多数決で負けて、それでパリに拠点を置くことになったんですよね(笑)。

JAL:そんな大きな決断も、多数決で決めてしまうとは驚きです。

田根:嫌ならやめようと思って3か月住んでみましたが、すぐパリの魅力に気づいたんですよ。景色も文化も芸術も素晴らしく、10年そのまま住むことになりました。パリの魅力は、誤解を恐れずに言えば「最も美しく、最も醜い街」なんですね。一見華やかですけど、その背景にはさまざまな文化の交錯や、複雑な歴史がある。建築家として世界に向けてチャレンジをしたいと思っているので、芸術が集まるという意味でも充実した場所です。

JAL:もともと海外で活動しようという意識はあったのでしょうか?

田根:それが、まったくなかったんですよね……。学生時代、旅をするのが楽しかったというだけで海外に飛び出し、いつの間にか海外に拠点を置くことになった。「エストニア国立博物館」の国際コンペティションに26歳という年齢でチャレンジできたのも、そのメンバーとともにパリを拠点に活動したのも、偶然ばかりです。

ヨーロッパだと多くのプロジェクトは頓挫してしまったり、コンペを勝ち取ってからも、計画通りに進まなかったりすることが多いのですが、幸いなことに昨年オープンを迎えることができました。すべて機会に恵まれてのことです。

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