京都でゼロになり、金沢で闘う。国内外を飛び回る茶人の「旅」

INTERVIEW

奈良 宗久

Soukyu Nara

  • 国内

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ハワイでは椰子の実を茶道具に

京都でゼロになり、金沢で闘う。国内外を飛び回る茶人の「旅」

2018.05.21

400年以上前に千利休から始まった茶道の文化、その流派のひとつ裏千家の業躰(ぎょうてい)である奈良宗久。業躰とは、家元のそばに仕え、厳しい修行を積むことで、家元での茶道を伝承することを許された一握りの指導者のことだ。
 
奈良は、金沢の名門窯元「大樋焼(おおひやき)」の家に生まれ、陶芸を志しながら、やがて茶の道へ進んだ。茶の湯の精神を現代に受け継ぐものとして、日々研鑽に励みながら、国内外を飛び回り指導に努める生活を送る。プライベートな時間は移動のときだけ、という多忙な茶の達人が生涯をかけて歩んでいく、茶の道という旅路とは。
 
取材・文:坂口千秋 インタビュー撮影:永峰拓也

海外100地域以上に広がる「茶」の文化。互いを思い、敬い、つながる感覚は万国共通

 

OnTrip JAL編集部(以下、JAL):業躰とはどのようなお仕事なのでしょうか。

 

奈良宗久(以下、奈良):裏千家のお家元でのお茶の指導を国内外に伝える者のことをいいます。業躰とは、「業を身体で体得し、伝えていく」という意味。裏千家に伝わる茶道の点前や考え方をお家元のお側で修行させていただき、それを世界の人に伝えさせていただくのが仕事です。

 

奈良宗久

奈良宗久

 

JAL:身体で覚えて、身体で伝えるということですね。

 

奈良:そうです。紙に書かれたことではなく、何百年と先人が伝えてきた茶道という道を、自分の身体で体得して伝承していく。業躰として、家元のさまざまな行事に同行させていただいています。裏千家の行事で、大使館や大学などの要請を受け、講演やお茶会に呼ばれることも多いです。一昨年はドバイへ行きました。現地の方が、現地の正装をして日本のお茶をされるんです。

 

JAL:異なる民族が正装して一緒にお茶を飲む。とても平和な光景に思えます。

 

奈良:海外はこれまでに20か国ほど行きました。裏千家の支部は日本中にありますが、海外にも100地域以上にあるんですよ。

 

JAL:海外でお茶をする方がそんなにたくさんいるのですね。

 

奈良:外国にある日本大使館には茶室のあるところがいくつもあります。現地の方のほか、現地に住む日本人で始められる方も多いです。海外で暮らして初めて日本の文化を学ばなければいけないと気づくんですね。

 

JAL:海外でお点前されると、外国の人からはどういうリアクションがありますか?

 

奈良:淡々としたお茶の所作が美しいと眼に映るようです。私からは、手間ひまをかけて、いまここでお茶を飲むことへ感謝する大切さについてお話ししています。

 

JAL:茶の心が海外の人にも伝わるというのは、すごいことですね。

奈良さんがいつも使用しているふくさ

奈良さんがいつも使用しているふくさ

 

奈良:「和敬清寂」という言葉があります。柄杓を構える、お湯をあける、茶筅を通し、ふくさで道具を清める、そうした所作にはすべて意味があります。それを人前で行うことで、道具を清めながら自分の気持ちも清め、同時にお客様の心も清めている。互いを思いやり敬いながら同じ時間を共有することで、人と人の関係がつながる感覚は、万国共通のものだと思います。

「祖父が晩年隠居していた金沢の家が、千利休のひ孫ゆかりの場所だった」

 

JAL:ご自身が茶の道に入られたきっかけは?

 

奈良:大学では美術を学び、陶芸家を目指していましたが、日本の陶芸は茶道と深いかかわりがあるので、まずはお茶をしっかり学ぼうと思ったんです。それで京都にある裏千家学園茶道専門学校へ入学して、全寮制で3年間過ごしました。その後はお家元に住み込みで入庵して、そこからさらに6年。

 

JAL:やはり長い修行が必要なんですね。

 

奈良:朝3時に起床して、茶室の掃除をして、花を活けて、お家元のおつとめの前にすべての準備を整えて待つ。これを毎朝365日、冬も夏も続けました。夜も茶室で寝ます。外と障子1枚で隔てられた部屋で、冬は寒いので、起きたら髪の毛が凍ってたこともありましたよ。

 

JAL:それは厳しい……。

 

奈良:慣れずに体調を崩したこともありましたけれど、とにかく5年くらいは自分を消す覚悟で続けました。

 

JAL:本格的に茶の道に進まれたのは、なにかきっかけがあったのですか?

 

奈良:入庵して1、2年の頃でしたね。私がいま金沢で稽古している好古庵は、祖父が晩年隠居していた家ですが、そこが茶道裏千家の始祖、千利休居士のひ孫である仙叟宗室居士の住居だったとわかったんです。また、幼い頃は現在父(大樋陶冶斎)が住んでいる実家の庭で樹齢500年の松の下に御座を敷いて、祖父とよく2人で抹茶をのんでいました。このようなことから、自分では変えようのない、不思議な縁に導かれているのではないかと思うようになっていったんです。

厳かなる「献茶」。タイのエメラルド寺院やヨーロッパの教会、硫黄島でも

 

JAL:ご自身で自覚される前から、もう道が決まっていたと。

 

奈良:そう思います。大学のときは、アメリカやヨーロッパのデザインや美術を見て回ったりしましたが、結局は日本に感覚が戻っていきました。

 

JAL:業躰になられてから初めて行った場所はどこですか?

 

奈良:初めて一人で指導に行かせていただいたのは大阪の堺です。堺は千利休居士の生まれた地で、茶の湯と縁の深い街です。何百人を前に初めて一人で指導するということでとても緊張していて、利休居士のお墓にまずお参りしたのを覚えています。

 

JAL:印象的だった都市やエピソードはありますか?

 

奈良:先代の家元の大宗匠(裏千家15代千玄室)は、お互いを尊敬しながらお茶を飲む精神が平和を呼ぶ、という裏千家の「一碗からピースフルネスを」の理念を持って世界中を回られました。古くから神仏や御霊にお茶を捧げる「御献茶式」という儀式があるのですが、これはとても言葉では伝えられない厳かな儀式です。
 
御献茶式では、点前所作が多くあり、お茶に息がかからないように大宗匠や御家元が覆面をかけられて献じられます。そばにいてとても緊張しますが、心洗われて厳かな気持ちになります。人と人とのお茶会もすばらしいですが、目に見えないものにお茶を差し上げる姿から平和のメッセージが伝わるんですね。タイのエメラルド寺院やヨーロッパの教会、グアムやサイパン、硫黄島などで行った船上での御献茶式では、戦没者に手向けるようにお茶を海に流されました。感動的で本当にありがたい時間でしたね。

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