路線バスで巡る長崎 佐世保・平戸の旅
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西村愛のゴーゴートリップ

路線バスで巡る長崎 佐世保・平戸の旅

2019.10.24

「世界遺産を巡る定期観光バス」に乗って、生月島まで渡ります。このツアーでは250年もの間、潜伏キリシタンとして生活をし続けてきた人々の信仰の形や、生活の中で徐々に変化していった宗教とのかかわり方などを知ることができます。平日、日・祝と運行していてその金額はなんと1,000円とかなりお得。非常に興味深い体験となりました。

ガイド付き世界遺産バスで、隠れキリシタンの里へ。

  • 土曜日を除いて定期運行している世界遺産を巡るバスツアーに参加しました。1,000円で平戸島から生月島まで渡り、お話を聞きながらポイントを周るコース。これはとてもお得です。

  • バスの中から鑑賞するスポットも多いので見逃さないように…!こちらの看板にある「マタラ神父」とは、明治時代カトリックに復帰した信者たちへ指導を行い、紐差教会や宝亀教会の建設にも携わった平戸で献身的に活動を行った神父です。

  • 途中に通り過ぎる川内地区は、突然かまぼこ屋さんがずらりと立ち並ぶ不思議な景色が広がります。

  • ここで作られているのは「すぼ」と呼ばれる、ストローにくるんだ蒸しかまぼこ。過去には藁で作っていたそうです。平戸ちゃんぽんを食べるとストローのなみ模様がついたかまぼこが必ず入っています。

  • 世界遺産バスでは通り過ぎるだけなのですが、自力で行っても面白い場所ですよ!

  • いよいよ生月島への橋が見えてきました。生月島には多くの潜伏キリシタンがいました。布教が進んだ頃にはほぼ100%の島民がキリシタンであったとも言われています。

  • 全長960mの「生月大橋」。1991年に開通し、離島であった生月島は平戸島の平戸大橋を通じて九州本土とつながりました。

  • 宗教の自由が確保されている今でも、カトリックには戻らず独自の信仰を続けている人たちを「隠れキリシタン」として分類しています。当時のキリシタン達にとっての宗教がどんなものであったのかを学べるのが「島の館」です。

  • 生月の人々が信仰の場としていたのが家の奥にある納戸。神棚や仏壇もあり、扉を隔てた納戸に絵画や聖水を置き、「オラショ」を唱えて密かに信仰を守りました。オラショは生月島だけで歌い継がれてきた祈りの歌です。

  • 納戸神の様子です。教会堂などは全て壊され、また十字架なども飾れなかったため、扉の向こうに信仰の道具を祀っていました。

  • 信仰の道具のひとつ、祈りの対象であった「聖水」です。祈りだけでなく、お祓いや洗礼にも使われました。これは平戸島と生月島の中間にある「中江ノ島」でお水取りされたものです。

  • こちらが世界遺産構成資産、無人島の「中江ノ島」です。この島では生月島の信者が殉教しました。殉教者の中の一人ヨハネ(ジュワン)坂本左衛門の名にちなみ、信者はこの島のことを「サンジュワン(St.ヨハネの意)様」と呼びます。

  • 「オテンペンシャ」と呼ばれる道具は元々苦行を行うことにより信仰を表すための鞭でした。その後お祓いを行う道具へと変化し、受け継がれてきました。特異な風習の中でもこれは私にとって少しショッキングなものでした。

  • 「オマブリ」とはお守りのこと。オマブリ切りというのはひとつの行事として行われていました。布教された際に教えられた信仰を人々が必死に継承し、それがこうして道具や儀式として受け継がれました。

  • 納戸神として飾られていた絵画「お掛け絵」です。見た目は和製の仏教絵画のように見えますが、マリア像や聖家族と言った、キリスト教の教えに基づいた絵になっています。

  • 「踏み絵」も見ることが出来ます。実物を見たのはこれが初めてでした。こちらは木製の枠に銅でできたメダイ型の踏み絵。このように島の館2階の展示室では、貴重な資料を数多く見ることが出来ます。

バスターミナルがある平戸の交通の中心「平戸港交流広場」からバスでスタート。平戸島は広く、自力でまわるのにもかなり時間を要する上、ただ見に行ってもその意味が分からない箇所もたくさん。ガイドさん同行の上で巡る世界遺産スポットというのは大変意義だと感じました。
このバスでは、平戸島から生月大橋を渡り、生月島へ上陸。
生月島は領主がキリスト教へに改宗したことで、島民のほぼ全員がキリシタンになりました。しかしその後の弾圧の歴史の中、数々の殉教や迫害を受け、潜伏キリシタンという苦悩の道へと進んでいきます。
住民たちは家の見えるところに神棚や仏壇を置く一方、家の奥の納戸にキリスト教の祈りの場を設けていました。これを「納戸神」と呼びます。納戸にかけられた絵は日本の絵画そのもので、お寺などにありそうな仏教色が強い画風になっています。祈り「オラショ」もこの地域独特の風習です。長い年月パードレ(神父)に教えてもらった祈りの言葉を口承で伝えているうちに、何語でもないひとつの祈りの言葉が出来上がりました。
当時密かに信仰を続けていた人たちは、その後禁教令が解かれると日本のカトリックへと属していくようになりました。その際、それまで長く信じてきた「納戸神」や「オラショ」、また神道や仏教の行事をやめることが出来なかった人々は、カトリックに戻ることなく潜伏当時の独自の信仰方法を続けることを選択、そのような人たちのことを「隠れキリシタン」と呼んで区別しています。この隠れキリシタンの人たちが、今でも多く住み続けているのが生月島だと言われています。
このバスで立ち寄る「生月町博物館・島の館」では、潜伏当時の信仰の道具や納戸神、踏み絵などを見ることが出来ます。

  • 土曜日を除いて定期運行している世界遺産を巡るバスツアーに参加しました。1,000円で平戸島から生月島まで渡り、お話を聞きながらポイントを周るコース。これはとてもお得です。

  • バスの中から鑑賞するスポットも多いので見逃さないように…!こちらの看板にある「マタラ神父」とは、明治時代カトリックに復帰した信者たちへ指導を行い、紐差教会や宝亀教会の建設にも携わった平戸で献身的に活動を行った神父です。

  • 途中に通り過ぎる川内地区は、突然かまぼこ屋さんがずらりと立ち並ぶ不思議な景色が広がります。

  • ここで作られているのは「すぼ」と呼ばれる、ストローにくるんだ蒸しかまぼこ。過去には藁で作っていたそうです。平戸ちゃんぽんを食べるとストローのなみ模様がついたかまぼこが必ず入っています。

  • 世界遺産バスでは通り過ぎるだけなのですが、自力で行っても面白い場所ですよ!

  • いよいよ生月島への橋が見えてきました。生月島には多くの潜伏キリシタンがいました。布教が進んだ頃にはほぼ100%の島民がキリシタンであったとも言われています。

  • 全長960mの「生月大橋」。1991年に開通し、離島であった生月島は平戸島の平戸大橋を通じて九州本土とつながりました。

  • 宗教の自由が確保されている今でも、カトリックには戻らず独自の信仰を続けている人たちを「隠れキリシタン」として分類しています。当時のキリシタン達にとっての宗教がどんなものであったのかを学べるのが「島の館」です。

  • 生月の人々が信仰の場としていたのが家の奥にある納戸。神棚や仏壇もあり、扉を隔てた納戸に絵画や聖水を置き、「オラショ」を唱えて密かに信仰を守りました。オラショは生月島だけで歌い継がれてきた祈りの歌です。

  • 納戸神の様子です。教会堂などは全て壊され、また十字架なども飾れなかったため、扉の向こうに信仰の道具を祀っていました。

  • 信仰の道具のひとつ、祈りの対象であった「聖水」です。祈りだけでなく、お祓いや洗礼にも使われました。これは平戸島と生月島の中間にある「中江ノ島」でお水取りされたものです。

  • こちらが世界遺産構成資産、無人島の「中江ノ島」です。この島では生月島の信者が殉教しました。殉教者の中の一人ヨハネ(ジュワン)坂本左衛門の名にちなみ、信者はこの島のことを「サンジュワン(St.ヨハネの意)様」と呼びます。

  • 「オテンペンシャ」と呼ばれる道具は元々苦行を行うことにより信仰を表すための鞭でした。その後お祓いを行う道具へと変化し、受け継がれてきました。特異な風習の中でもこれは私にとって少しショッキングなものでした。

  • 「オマブリ」とはお守りのこと。オマブリ切りというのはひとつの行事として行われていました。布教された際に教えられた信仰を人々が必死に継承し、それがこうして道具や儀式として受け継がれました。

  • 納戸神として飾られていた絵画「お掛け絵」です。見た目は和製の仏教絵画のように見えますが、マリア像や聖家族と言った、キリスト教の教えに基づいた絵になっています。

  • 「踏み絵」も見ることが出来ます。実物を見たのはこれが初めてでした。こちらは木製の枠に銅でできたメダイ型の踏み絵。このように島の館2階の展示室では、貴重な資料を数多く見ることが出来ます。

世界文化遺産「平戸の聖地と集落」、春日集落と安満岳、中江ノ島。

  • そしてここからは「春日地区」へと車を進めます。のどかな田んぼの風景ですがここも世界遺産の構成資産の一部です。

  • 棚田の向こうの山のさらに向こう、うっすらと見える高い山が「安満岳」。こちらも信仰の対象となっていました。

  • こちらはダンジク=暖竹という植物。背の高い暖竹の中に隠れて弾圧を逃れようとした家族がついに見つかり処刑されてしまったことを歌った「ダンジク様の歌」も生月島で歌い継がれている曲です。

  • あまりにものどかで日本のどこにでもありそうな里山の景色と、江戸時代に起こった数々の悲しい殉教の歴史とがどうしても頭の中でリンクせず…。彼らが自分たちの信じるものを必死に守り抜き、それを伝えた250年間。聞けば聞くほど難しく、そしてもっと色々お話を伺いたかったです。

  • 世界遺産バス最後の立ち寄り地は春日地区の「かたりな」。ここでは潜伏キリシタン関連資料やその後の隠れキリシタンのお話を聞くことが出来ます。楽しみなのは地域のお母さんたちが作ったおいしい野菜のお漬け物やフルーツなどのおもてなしです。

  • ご覧ください!この美味しそうな漬け物たちを~。これは売ってほしいと本気で思うレベルで美味しいです。今年初の柿も一足先に食べられました。美味しいお茶もたくさん淹れていただきましたよ。

いよいよここからが世界文化遺産の構成施設エリアへと入っていきます。
「安満岳」は潜伏キリシタンたちにとっては聖地でした。潜伏キリシタンたちはオラショの中で「安満岳様」「安満岳の奥の院様」と唱え、信仰のよりどころとしていました。安満岳はもともとキリスト教が伝わる前から、自然崇拝を行う「神道」と白山信仰を行う「仏教」それぞれの聖地であり、その後キリシタンたちからも祈りの対象として信仰されていきました。
「春日集落」は一見した限りではここが世界遺産であるとは気づかないのどかな風景広がる里山です。安満岳への登山道へとつながっており、潜伏キリシタンが多く住む地域でした。春日集落にある「かたりな」は、潜伏キリシタンが使っていた宗教道具などが展示されており、間近で見ることが出来ます。
彼らが聖地として崇めたもうひとつの場所が「中江ノ島」。一般には上陸不可の無人島ですが、平戸島や生月島から眺めることが出来ます。
キリシタン弾圧の折、多くの処刑が行われた場所で、これを聖地として捉え、島に向かい手を合わせていたということです。
現在でも聖水を取る「お水取り」は続けられています。岩から染み出る水を取るために上陸し、それを宗教行事の中で使用します。
潜伏キリシタンたちは信仰指導をする宣教師や神父がいない中、どのように信仰を実践していこうかと模索する中で、殉教地を拝んだり既存の聖地を自分たちの祈りの場所とするなど、なんとかして信仰を守るための道筋を自ら生み出してきました。
「春日集落と安満岳」と「中江ノ島」は、世界文化遺産の構成要素として認められています。

  • そしてここからは「春日地区」へと車を進めます。のどかな田んぼの風景ですがここも世界遺産の構成資産の一部です。

  • 棚田の向こうの山のさらに向こう、うっすらと見える高い山が「安満岳」。こちらも信仰の対象となっていました。

  • こちらはダンジク=暖竹という植物。背の高い暖竹の中に隠れて弾圧を逃れようとした家族がついに見つかり処刑されてしまったことを歌った「ダンジク様の歌」も生月島で歌い継がれている曲です。

  • あまりにものどかで日本のどこにでもありそうな里山の景色と、江戸時代に起こった数々の悲しい殉教の歴史とがどうしても頭の中でリンクせず…。彼らが自分たちの信じるものを必死に守り抜き、それを伝えた250年間。聞けば聞くほど難しく、そしてもっと色々お話を伺いたかったです。

  • 世界遺産バス最後の立ち寄り地は春日地区の「かたりな」。ここでは潜伏キリシタン関連資料やその後の隠れキリシタンのお話を聞くことが出来ます。楽しみなのは地域のお母さんたちが作ったおいしい野菜のお漬け物やフルーツなどのおもてなしです。

  • ご覧ください!この美味しそうな漬け物たちを~。これは売ってほしいと本気で思うレベルで美味しいです。今年初の柿も一足先に食べられました。美味しいお茶もたくさん淹れていただきましたよ。

無理してでも行くべき!レンガの美しい教会「田平天主堂」。

  • 世界遺産バスは乗った場所まで送ってくれました。そこからまた路線バスに乗り換えて佐世保まで戻る予定だったのですが、その前に立ち寄りたかった「田平天主堂」へ行きました。

  • 田平天主堂は鉄川与助が設計・建築した最後の赤レンガ造りの教会です。その荘厳さ、重厚さ、ち密な構造などから、鉄川の最高傑作とも評される教会です。

  • 遠くから見た時は柔らかな雰囲気に見えたのですが、近くで見た後の印象の差に驚きます。ごつごつと浮き出るレンガ、それでいて色違いのレンガをボーダーに組み合わせる工夫、三連続アーチ窓など、見る者を飽きさせない意匠の数々。

  • 裏側から見た雰囲気も、これがまた全然違っていて、八角形のドーム、そして黒光りする瓦屋根と印象的。様々な教会に携わってきた鉄川が自らの建築の技を全て結集させ完成させたと言っても過言ではない、素晴らしい教会です。

  • 教会のすぐ横に墓地があるのも珍しく、またこれらが周囲の自然と程よく調和していて、この一帯からは荘厳な雰囲気が感じられました。

  • 田平天主堂は松浦鉄道「西田平駅」かバスの「荻田バス停」が最寄りです。少し行きにくい場所なのですが、後悔はさせない長崎を代表する名建築でした。

こちらは世界遺産構成資産ではないのでバスツアーのコースには含まれていないのですが、人気の教会で、見学する際は世界遺産センターに申し込みが必要です。平戸島の対岸、西田平駅が最寄りなので、平戸島から帰る時に立ち寄りました。
行程途中に大雨が降ってしまい立ち寄るのを諦めようと思ったのですが、地元の方たちが「絶対に行った方がいい!」と言うので行くことにしました。最寄り駅の西田平駅までは徒歩で30分ほどあり、公共交通機関でまわる場合はかなり大変です。しかしそれだけの感動が…!待っていました。
瓦と煉瓦でできた和風、ロマネスク様式天主堂。長崎の天主堂を数多く手がけた鉄川与助の煉瓦造りの最後の天主堂で、国の重要文化財に指定されています。
鉄川は布教のために訪れた宣教師の元で教会建築を学び、いくつもの教会建設を進めてゆく中で、その技術や装飾、カトリック思想などを詰め込んだ天主堂を建てていきました。
ステンドグラスから彩り豊かな光が差し込みとても美しい教会です。また珍しいのは、教会墓地がすぐ横にあること。教会堂と墓地が隣り合っているのは、あまり見ない景色です。
教会そのものは17時くらいには閉まってしまうので注意が必要です。
たびら平戸口駅にはレンタサイクルもあり予約も可能なので、駅からサイクリングも良いでしょう(しかし少し距離があります)。時間がない場合はタクシーかレンタカーをオススメします。

  • 世界遺産バスは乗った場所まで送ってくれました。そこからまた路線バスに乗り換えて佐世保まで戻る予定だったのですが、その前に立ち寄りたかった「田平天主堂」へ行きました。

  • 田平天主堂は鉄川与助が設計・建築した最後の赤レンガ造りの教会です。その荘厳さ、重厚さ、ち密な構造などから、鉄川の最高傑作とも評される教会です。

  • 遠くから見た時は柔らかな雰囲気に見えたのですが、近くで見た後の印象の差に驚きます。ごつごつと浮き出るレンガ、それでいて色違いのレンガをボーダーに組み合わせる工夫、三連続アーチ窓など、見る者を飽きさせない意匠の数々。

  • 裏側から見た雰囲気も、これがまた全然違っていて、八角形のドーム、そして黒光りする瓦屋根と印象的。様々な教会に携わってきた鉄川が自らの建築の技を全て結集させ完成させたと言っても過言ではない、素晴らしい教会です。

  • 教会のすぐ横に墓地があるのも珍しく、またこれらが周囲の自然と程よく調和していて、この一帯からは荘厳な雰囲気が感じられました。

  • 田平天主堂は松浦鉄道「西田平駅」かバスの「荻田バス停」が最寄りです。少し行きにくい場所なのですが、後悔はさせない長崎を代表する名建築でした。

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