世界のローカルフードに魔法をかける。「カレー粉」を巡る香港旅
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カレーを愛しすぎる研究家・水野仁輔のスパイシーな旅 Vol.2

世界のローカルフードに魔法をかける。「カレー粉」を巡る香港旅

2018.09.20

カレーに関する著書は40冊以上。その情熱はとどまることがなく、気になるカレーがあれば、アジアはもちろん、ヨーロッパ、南米であっても現地に赴き、フィールドワークを重ねるカレー研究家・水野仁輔さん。そんな水野さんが世界中で出会った、その国々、街ならではの「ローカルなカレー文化」を紹介する連載。

第2回目は、カレーではなく「カレー粉」。カレーを愛するがあまり、材料である「カレー粉」を使った各国のアレンジ料理にまで、興味の範囲を広げていく水野さん。香港やドイツで出会った、驚くべき独自のカレー料理とはどんなものだったのでしょうか? いったん足を踏み入れたら最後、奥の深い「カレー粉」の世界へようこそ!

本文・写真:水野仁輔 編集:佐々木鋼平(CINRA)

カレー粉で、なんでも「カレー味」にしてきた日本人

いつだったか、カレー粉のことを「魔法の杖」と自著で書いた記憶がある。たったひと振りであらゆる料理をカレー風味に変身させることができる、魔法の杖。「カレーとは何か?」というテーマで講演をするとき、ぼくは必ずスパイスの役割について語る。カレー粉に含まれているスパイスには、香りをつける作用はあるが、味をつける作用は極めて薄い。だから、「どんな味がする料理、素材に対しても、香りで彩りを加えられるのがカレー粉の魅力だ」と話す。

写真提供:Shutter Stock

写真提供:Shutter Stock

それを150年近い歴史のなかで証明してきたのが日本のカレー文化である。カレーパン、カツカレー、カレーラーメン、カレーハンバーグ……、ありとあらゆる食べ物をカレー風味にアレンジしてきた過去がある。コンビニではスナック菓子でさえ「カレー味」が並ぶ。インドには見られない光景だ。

カレー粉によって生み出されるカレー料理の数々は、日本だけが世界に誇る食文化といえる。日本のカレー料理に興味を持ち始めた20年ほど前は、そう思っていた。

カレー粉の「魔法」に魅了された、香港やドイツの食カルチャー

「香港にはカレーラーメンがある」。この言葉をぼくが最初に耳にしたのは、15年以上前のことだ。とある雑誌の撮影を担当してくれた料理カメラマンがそう言った。そのことは「カレー粉の魔法」によって日本独自のカレー文化が築かれたと考えていたぼくにとって、特別な情報としてインプットされた。彼は撮影で世界各国をまわっていた人だったから説得力があったのか、彼の表現が素敵だったから惹かれたのかは思い出せない。「牛すじカレー麺というのがあっておいしいんだよ」ということだった。

その後、何年かに一度、時折思い出す程度だった香港のカレーラーメンについて、やはり「どうしても食べてみたい!」という気持ちが強まったのは、日本のカレーライスのルーツを取材するためにイギリスに3か月間滞在した2014年のころだった。

18世紀後半、インドからカレーという料理がイギリスに伝わった。その後、19世紀にかけてのどこかで、イギリス人が「カレー粉」というものを発明した。そして、カレー粉でつくったカレーライスが、明治期ごろ日本に伝わり、いまでは日本の国民食と呼ばれるほどに成長を遂げた。

日本で独自の進化を遂げたカレーライス 写真提供:Shutter Stock

日本で独自の進化を遂げたカレーライス 写真提供:Shutter Stock

しかし、イギリス滞在中に足を延ばして訪れたドイツ・ベルリンでは、ソーセージにカレー粉とケチャップをかけた「カリーヴルスト」なる料理の専門屋台が町中にいくつもあった。調べてみたところ、ドイツ人の国民食ともいえる料理で、その歴史を展示する「カリーヴルストミュージアム」まであるくらいだった。

ベルリンのカリーヴルスト

ベルリンのカリーヴルスト

ベルリンのカリーヴルスト屋台

ベルリンのカリーヴルスト屋台

インドで生まれたカレーを直接輸入するのではなく、イギリスを経由して「カレー粉」とともに輸入し、独自のカレー文化をつくりあげたという点で日本とドイツは仲間である。カレー粉という、ある種の完成された魔法の香りを体験し、「これはあの料理に加えたらおいしくなりそうだ」と魔法の杖を振ったのだろう。

この調子なら、他にもカレー粉が伝播することによって生まれたカレー料理が世界中にあるはずだ。よくよく考えてみれば、香港は1945年から1997年までイギリスの統治下にあった。カレー粉が伝わり、独自のカレー文化が生まれた可能性は高い。というか、あのときに話を聞いた「牛すじカレー麺」っていったい……!? そう考えたとき、「香港へ行かなくちゃ!」と頭のなかでけたたましくベルが鳴ったような気持ちになった。

独特すぎるカツカレー、カレーパンを香港で発見……!

2018年の4月、ついにはじめて香港を訪れた。まずは、香港のカレー粉を調べるために、上環地区にあるスパイスショップへ。表にずらりと並んだ袋は、クローブ(丁子)、シナモン(桂皮)、フェンネル(ウイキョウ)、スターアニス(八角)など、漢方薬でおなじみのラインナップ。そして何種類かの唐辛子や山椒と並んでカレー粉もあった。2種類あって、ひとつが高級なものだという。

香港のスパイスショップ

香港のスパイスショップ

香りを嗅がせてもらうと少し漢方薬のような独特の香りがあって、イギリスや日本のそれとは違う。

「あのお、このあたりでカレーを食べたいんですけど、どこかありますか?」

「カレー?」

「そうです。このカレー粉を使ったカレーライスがあれば食べてみたいんです」

「そんなのどこに行っても食べられるわよ。レストランでも食堂でも屋台でもファミレスでもカレーならどこにでもあるわ。ほら、そこの店にも」

スパイスショップのおばちゃんが指さしたのは、通りの向かいの食堂。メニューを見てみるとカレーがあった。

さっそく注文してみると、ココナッツミルクベースのビーフカレーで、ライスか麺を選べるスタイル。食べながら、店員に「このカレーは、香港スタイルですか?」と尋ねると、「あたり前だよ」という顔をされた。

香港スタイルのココナッツミルクベースのビーフカレー

香港スタイルのココナッツミルクベースのビーフカレー

その後も香港滞在中にたくさんのカレーに出会った。カレー専門店と思しき店に入ったら、なんとカツカレーが名物メニューで、客の多くが注文している。ココナッツミルクとカレー粉、牛スープを混ぜてジャガイモと煮込んだだけのような簡素なカレーソースにどっさりとトンカツが盛られたライス。これには驚いた。

香港スタイルのカツカレー

香港スタイルのカツカレー

ミシュランに掲載されているというカレー専門店「新仙清湯腩咖哩専門店」に足を運んだら、メニューにはカレーパンがあった。食パンのような分厚いパンのなかをくりぬき、さらっとスパイシーなポークカレーが注がれている。香港スタイルの少し癖のあるカレーの風味がふわっと香る。素朴に見えたパンが驚くほどうまい。外側をカリッカリに焼いているのだけれど、なかはふわっとしていて、カレーソースがあたっているところはむにゅっとしていて、気に入ってしまった。

新仙清湯腩咖哩専門店のカレーパン

新仙清湯腩咖哩専門店のカレーパン

じつはこのカレーパン、南アフリカ共和国の「バニーチャウ」という料理に似ているそうだ。南アフリカと香港とのあいだに食文化的な接点は見い出せないが、これも行って確かめてみたい。ネットで見た店の解説には、「広東料理」とジャンル分けされていた。香港ではなじみ深い味なのだろうが、中国・広東省にもこのカレーパンがあるかどうかも気になってしまう。

ついに、憧れの「カレー麺」とのご対面

そして、いよいよ待ちに待ったカレー麺とのご対面。香港島はひしめき合うように立ち並ぶ建物とそれを縫うように伸びる急な坂道が名物だ。上環地区のとある坂道を上って曲がった路地沿いに、「九記牛腩」という麺料理店がある。赤い看板に黒い文字がまぶしい。店の前でタクシーを降りたぼくは大きくひとつ、深呼吸した。ようやく、この日がやってきた。

狭い店内は客でごった返している。そのほとんどが香港人と思しき風貌をしているが、ふらりとランチに寄ったような人、カップルでデートの途中に寄ったような二人、遠方からスーツケースをガラガラを引っ張ってきた人などが入り乱れて活気がある。

円卓に相席で座り、店内の壁にあるメニューを見て、息をのんだ。「カリー麺」という文字が並ぶ。汁ありタイプと汁なしタイプがある。麺の種類も、平打ちライスヌードル、卵麺、太麺、ビーフンなどさまざま。バリエーションが豊かだ。みんな思い思いの麺をセレクトしていたので、ぼくは平打ち麺を注文して食べた。

九記のカレーラーメン

九記のカレーラーメン

とろとろになるまで煮込まれた牛すじ肉のうま味を感じるスープに刺激的なカレー粉の香りが調和する。麺をすするたびに爽快感が頭の後頭部へと駆け抜けた。うまい。しみじみとぼくは目を閉じた。

香港のカレー料理たちは、いつどこで魔法の杖「カレー粉」と出会い、どんな影響を受けて今日まで育ってきたのだろうか。そこには日本とは違った独自のカレーラーメンがあり、カツカレーがあり、カレーパンがあった。それほどまでに「カレー粉」というアイテムが、香港の人にとっても魅力的で波及力が強かったということなのだろう。日本も香港もドイツもその魔法にかかった仲間なのだ。

水野仁輔(みずの じんすけ)

株式会社エアスパイス代表取締役。レシピつきのスパイスセットを配送するサービス「AIR SPICE」の立ち上げ、コンセプト、商品、レシピ開発を手がける。カレーをコミュニケーションツールとして「ハッピーな空間」をつくることを目標に活動している出張料理ユニット「東京カリ~番長」の中心メンバーとして全国各地へ出張し、これまで1,000回を超えるライブクッキングを実施。カレーやスパイスに関する著書は40冊以上。


http://www.airspice.jp/

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